人ごみで賑わう、土曜日の街中を一人の少年と、一匹の元猫と、一本の元シャーペンは歩いていた。
妖怪を引き連れている少年だが、周りから見れば年頃の少女を二人、両腕に絡ませて歩いているようにしか見えない。
少年の腕を抱きしめて幸せそうに歩く元猫と、反対の腕に掴まりながら恐る恐る歩く元シャーペン。
両脇をかっちりと固められた少年はかなり歩きにくそうだ。
「お前らは一人で歩けないのか」
少しうんざりした様子の少年はぼやいた。
「し、仕方ないじゃない!」
恥ずかしいのか怒っているのか。
先ほどから顔を真っ赤にさせている元シャーペンは少年の言葉に口を尖らせる。
「何ていうの? 五感ってヤツ? ソレに慣れないのよ。街中は刺激が多すぎて落ち着かないのよぉぉ」
もともと生物ではない元シャーペンは、ありとあらゆることに慣れないらしい。
周りをきょろきょろすることもなく、少年の腕に掴まって歩くだけで精一杯といった様子だ。
「こうやって道の真ん中を二本足で歩く日が来るとは思わなかったのにゃ!」
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対照的に元猫はご機嫌だ。
腕に絡んでいるのはただ単に甘えているだけで、楽しげに周りを見ながら歩いている。
「人型で街に出るのは初めてだしな……。今日くらいは仕方ないかね」
この二人? が人型になったからには疲れることはこれから先に、いくらでも待っていることだろう。
腕に絡まれるくらいのことにいちいち反応してたら体力がもたない気がする。
そう考えた少年は、腹をくくってそのまま歩くことにした。
とにかく服を見に行こうと、適当な店を選び中に入る。
少年はアロハとアロハに合う服以外にあまり興味はないので、お洒落っぽい店のお洒落な店員さんに全てを任せる気だ。
一応女モノを多く扱っている店を選んで入ったので、店内の客は女性がほとんどだった。
数少ない男性の客も、付き添いで来ているだけである。
そこに制服姿の少女を二人も両腕に絡ませた状態で入った少年はやけに目立つ存在であった。
周りからの視線を感じつつも、少年は連れの妖怪たちに声をかける。
「とりあえずこの店から選んでみろよ。気に入らなかったら他の店に連れてってやるから」
言われた元猫と元シャーペンは少年の腕から身を離すと、店内をぶらぶらと見回り始めた。
興味深げに服を摘んだり、胸に合わせたりしていたが。
「……なんだよ」
すぐに少年のところに戻ってくると再び腕を掴んだ体勢に戻ってしまった。
「いや。よく考えたらどんな格好がいいのか自分じゃわからないのよね……」
「同じくなのにゃ」
「だからって腕に掴まり直さなくてもよくないか」
その点を指摘されると、元シャーペンは慌てた態度で少年から身を離した。
「そ、そう言えばそうよね。私ったらついつい……」
無意識のことだったらしい。
「ウチは甘えてるだけなんで気にしないで欲しいのにゃあ」
「ああ、そう。……すいませーん」
元猫の言葉を適当に流すと、少年は近くの店員に声をかけた。
「はい?」
「この二人に適当に服を見繕ってやってくれません?」
「畏まりました。……ではお客様方、こちらへどうぞ」
店員は快い接客態度で微笑むと、元猫と元シャーペンを店の奥へと促した。
「落ち着かないわぁ」
「よろしくなーのにゃ」
二人が服を見繕ってもらっている間、少年はかなり手持ち無沙汰である。
店内の服にも興味は無いし、そもそもこの空間の雰囲気が落ち着かない。
なのでトイレにでも行ってしまうことにした。
少しでも時間を潰すのである。
店員と何やら話しこんでいる二人? を置いて、少年はそそくさとトイレへと向かうのであった。
便座に座ってケータイさんと少し雑談して暇を潰した少年は、きちんと手を洗ってからトイレから出てきた。
「どうだ。何か気に入ったの……は!?」
そして出てきた瞬間、衝撃の光景を見せ付けられるはめとなった。
何がどうなってそういう展開になったのか。
元シャーペンが愛想の良かった店員にアッパーカットを喰らわせていた。
実に見事な一撃であった。
悲鳴をあげることも出来ず、その場に崩れ落ちる店員。
「おいおいおい……」
少年は慌てて店員に駆け寄って具合をみる。
きれいに決まったので、逆に怪我はないようだ。気持ちよく気絶している。
店員をそっと床を寝かしながら、恐れおののいた視線を元シャーペンに向ける。
「お前……何をするんだ、何を」
「きゅ、急に身体に触ってきたからビックリしてやっちゃったのよー!」
「サイズを測ろうとしただけにゃのに」
殴った本人である元シャーペンが一番おろおろしている。
ざわつく店内、店の奥から現れた店長。
少年は警察を呼ばれることを覚悟しつつ、土下座でもして謝ろうと腹をくくっていた。
「あー……。何か疲れたな」
「そーだにゃー……」
「うう、悪かったわよー……」
あの後、目を覚ました店員が予想以上に良い人だったおかげで警察を呼ばれることもなく無事に済んだ。
ただ、店へのお詫びも兼ねて店員が勧めてくれた服は全て買うことになってしまったが。
えらい出費であった。
「まぁ……。本物の服も持ってて損はないだろうしな、うん。……うん」
少年は自分に言い聞かせるように呟いている。
「悪かったってばぁ」
「この服ってやつも悪くないにゃ。ちょっと落ち着かにゃいけど」
元シャーペンは少しは慣れてきたのか、もう少年の腕は掴まずに一人で歩いていた。
元猫もひらひらと嬉しそうにスカートをはためかせながら踊るように歩いている。
開放された両腕をぐるぐると回しながら、気分直しのためにと思って口を開いた。
「その辺でアイスでも食ってくか」
歩いていると、丁度いいところに人気のアイスクリーム屋があった。
若い女性やカップルたちでちょっとした行列が出来ている。
「アイスッ」
その単語に元猫は瞳を輝かせた。
猫の姿の頃から、アイスは大好物なのである。
ただ腹を壊すといけないので、ほんの少ししか分けてもらえていなかったのだが。
「今日は一つ丸ごと食べてみたいのにゃあ」
元猫の主張に少年は少しだけ悩む様子を見せる。
「……今日だけだぞ。無理そうなら残せよ。猫缶一つで満腹になれるお前が一つ丸ごと食べれるとは思えんし」
「りょーかいなーのにゃ」
はしゃぐ元猫の頭を抑えながら、少年は元シャーペンにも声をかける。
「お前も試しに食べてみろよ。味覚も感じれるかもしれんぞ」
「でも私……。さっきはムダにお金使わせちゃったし」
どうも店内での暴行行為をかなり気にしているようだ。
「それもこれも人型になった記念ってことで今日は勘弁してやるさ。まだまだ仕方ないだろ」
飄々とした口調。
少年の態度に元シャーペンは救われる想いがした。
「……ありがと」
「うむ。じゃあちょっと並んでくるからここで待ってろよ」
そう言い残し、少年は列の最後尾へと向かっていった。
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