「いやー。ダンナはやっぱり良いダンナなのにゃ」

少年の後ろ姿を眺めながら、元猫は幸せそうに微笑んでいる。

まぁ彼女はいつでも幸せそうではあるのだが。

「まぁ……そうかもね。アイツも結構気配りの出来る男だし」

元シャーペンは小さな声で答えを返す。

「やっぱりダンナの子供を産ませてもらうしかにゃいなー」

元シャーペンの言葉を聞き流し、元猫は夢見る瞳で明後日の方を見つめている。

「子作りの話もいいけど、アイツは淡白だから手を出させるの苦労するわよ。きっと」

「そーれが問題なのにゃ」

ぺちり、と元猫は自分の額を叩く。

「ダンナの淡白さは異常なのにゃ。年頃のオスなのに発情する素振りも見せないにゃんて」

「えっちな本もビデオも持ってないしね。女友達との接し方から見て女の子に興味ないわけじゃないみたいだけど」

「やっはー。彼女たち」

「天下の往来で、発情だの何だの情熱的な話してるねー」

話し込んでいた二人? に突然軽い調子で話し掛けてくる者たちがいた。

二人? が声のした方に視線を向けると、身も心も羽のように軽そうな若者二人組が立っている。

非常に馴れ馴れしい様子であった。

「二人ともヒマそうね。よかったらオレたちと今から遊びに行かねー?」

「ていうかさらっちゃおうかなー?」

元シャーペンは二人組に非常に不快感を抱いたらしい。

ただでさえ鋭い目つきを、さらに吊り上げさせた。

「断固として断るわ」

実に刺々しい口調であった。

「ウチもお断りにゃー。ダンナ以外の、しかもただのニンゲンのオスにゃー興味ねーのにゃ」

元猫もまるで相手にする気はないようである。

まったく自分たちに眼中に無い、という態度に二人組は少し頭にきたようだ。

「……言ってくれるねー」

「そこまできっぱり言われちゃうと、こっちも頑張りたくなっちゃうなー?」

少々低くなった声で二人組の片割れは元シャーペンの腕を掴んだ。

いささか強く掴まれたので、触覚に慣れていない元シャーペンには実に気持ちの悪い感触だった。

「触るんじゃないわよ!」

乾いた音が辺りに響く。

腕を掴んだ若者は頬を抑えて呆然としている。

元シャーペンが空いた手で思いっきり頬を張ったのだ。

若者が呆然としてる隙に元シャーペンは腕を振り払う。

「慣れ慣れしいのよ」

吐き捨てるような態度と口調。

けんもほろろにナンパを断られた二人組を、周りの通行人たちはくすくすと笑っている。

屈辱に慣れていないのだろう、若者二人の顔が怒りで真っ赤に染まる。

「こ……んのアマが……!」

「調子にノってんじゃねーぞ」

じりじりと迫る二人組に、それでも元シャーペンは態度を崩さない。

「調子に乗ってるのはアンタたちでしょうが。出直してきなさい」

「それがいいのにゃー」

元猫はこの険悪な雰囲気に気付いているのかいないのか、一人呑気な態度であった。

その態度も馬鹿にされているように若者二人は感じたらしく、さらに目つきを鋭くさせる。

低い声を発しつつ、若者の片割れが再び元シャーペンの腕を掴んできた。

「ちょっと静かなトコで話そうぜ?」

「触らないでよっ」

振り払おうと抵抗する元シャーペンだが、今度は固く握ってきているので身を離せない。

「さ。こっちの嬢ちゃんも」

もう片方の若者も元猫の腕を掴みにかかる。

「何をするのにゃ。近寄るんじゃないのにゃあ」

元シャーペンほど怒ってはいないようだが、それでも見知らぬニンゲンに触られるのは猫的に気分が悪い。

軽い身のこなしで一歩後ろに跳んで身をかわす。

「てめッ。大人しくしやがれッ」

「ウチに大人しくしろとはムチャを言うのにゃあ」

元猫は不敵に笑うと腰を低く落とした。

どうやら元猫は戦闘態勢に入っているようだ。

大きな瞳が見開かれ、獲物を狙う目つきになっている。

少量の殺気の混ざった視線に射抜かれて、若者は少したじろぐ。

「な、なんだよ。やる気か」

「何ビビってんだ」

「ビビってなんかねーっつーのッ。……チクショウ、ナメやがって」

相方に煽られ、退くに退けなくなった若者は気合を入れて元猫と向き合い直す。

この時点で結構な騒ぎになっているのだが、周りの人々は関わり合いたくないのか見てみぬふりで通していた。

「この姿になってからどーも力が有り余ってたトコロにゃ。ちょっと遊んでやるのにゃあ」

元猫の瞳が不穏な輝きを発し。

「いい加減に本気で怒るわよ……!」

元シャーペンの髪がざわめき始める。

二人? の発する妖気に背筋が寒くなる若者たち。

霊感を持っているわけではないが、身体の感覚に何かが「こいつらはヤバイ」と告げている。

しかし、ちらちらと通行人の視線を感じる中、女の子二人相手に逃げるわけにもいかない。

両陣がしばし黙ったままにらみ合っていると。

「その辺でやめとけ」

突然、平坦な声が割って入ってきた。

二人? の持ち主にして飼い主の少年であった。

両手をポケットに突っ込んで、やや憮然とした表情を浮かべている。

「お前らの様子は行列からも良く見えてたぞ。ったく道の真ん中で何やってんだか」

もう少しで俺の番だったのに、とぼやく少年。

「ごめんなさいなのにゃあ……」

「仕方ないじゃないっ。こいつらしつこいんだもの」

少年に声をかけられた時に出来た若者の隙を突いて、腕を振りほどいて元シャーペンは少年の下に駆け寄る。

元猫もそれに続き、少年が二人? を両脇に従えている格好になった。

不意を突かれてしまい、元シャーペンを逃がしてしまった若者たちは少年を睨みつける。

「……なんだテメェ」

「オレらはこのコらと話してたんですけどー? 野郎に用は無いんですけどー?」

若者たちからの視線を嫌そうな顔で受け止めながら、渋々と言った様子で口を開く少年。

「キミたちは何だ。ナンパしてたのか?」

「何か文句でもあんのか?」

「ていうか何だよ、お前は」

喧嘩腰な二人にため息を吐きつつ、少年は元シャーペンと元猫の肩に手を置いた。

「こいつらは俺のモノなんだ。手を出されると困る」

比喩でも何でもなく、文字通りの意味である。

「そのとーりなーのにゃー」

「……まぁ、そういうことよ」

少年の所有物であることに間違いはない二人? は勿論否定などはしない。

しかし彼女たちの正体を知らない若者たちから見れば、少年は物凄いスケコマシに見えた。

と、同時に羨ましさを通り越して怒りを感じている。

「……何かムカツク。お前何かすっげぇムカツクな?」

「同じくぅー……。オスとしての格を見せ付けられたみたいでヒジョーにムカツク」

怒りの矛先を二人? から少年に完全に移す若者たち。

「何を怒ってるんだか知らないが、こんな街中で騒いでたらいくら何でも警察来るぞ」

睨みつけられている少年はあくまで淡々としている。

「知るかよ。ケーサツが来る前に何発か殴ってやらぁ」

「だな。それくらいはやらねぇと気が済まないな」

「キレる若者たちかよ。めんどくさ……」

心底嫌そうに少年は空を仰ぐ。

彼には初対面の相手にここまで悪意を向けられる理由がわからなかった。

「お巡りさんが来る前にちょっと引っ掻いちゃっていいかにゃ?」

「やっちゃいなさい。私が許す」

「俺は許さんよ。落ち着け」

せっかく街に来たのに絡まれて時間を潰された二人? の怒りは大きいようであった。

しかし少年としても、自分のペットや持ち物が人型になっただけでも大変なのに、事件まで起こされては敵わない。

色めき立っている少女たちと憤っている若者たちに挟まれながら、低い声で呟いた。

「悪いが、そのまま動くな」

それほど大きくはないが、妙に響く声音。

その声を耳にした途端、両陣の動きがぴたりと止まった。

動くな、と言われたので止まっているわけではない。

動けないのだ。

「……何だ? か、身体が動かねぇっ」

若者の片割れが悲痛な声を漏らす。

「な、何で私たちまで動けなくするのよ」

「にゃー! にゃー!」

「お前らも少し落ち着きなさい」

少女たちからの抗議もどこ拭く風。

少年は涼しい顔で何やら指示を出していた。

「よーし。その調子でこいつらの動きを抑えてくれ。お洋服さん方」

(まーねー。私たちもケンカになって汚れるのヤだしねー)

(まったくですよ。さっき買ってもらったばかりなのに破れたりするのはカンベンですよ)

どうやら少年は若者たちや少女たちが着ている服に指示を出したらしい。

利害も一致しているので、衣服たちは完全に彼らの動きを封じている。

着ている服に逆らわれた格好になっている彼らは間接などを曲げることが出来ない状態だ。

「何で動けなっ……。……はっ、もしかして」

必死になって身体を動かそうとしていた若者の片割れ。

「こ、これがプレッシャーってヤツなのかッ」

妙な解釈をしていた。

「な、なるほど……!」

相方も納得した模様だ。

「ということはコイツはかなり強いヤツ……ってことか」

「ケンカ自慢程度にオレらじゃ相手にならねぇかもな……!」

動けない身体で格闘漫画のようなことを口走り続けている若者二人。

何故か少し楽しそうである。

そんな彼らを尻目に、元シャーペンは疲れた様子。

「……はぁ、何かもう疲れちゃった。帰りましょ」

「……だな。もう日も暮れてきちまったしな」

しかし元猫は不満そう。

「えー。アイス食べたかったのにゃあ」

「今から並び直すと遅くなるから今日は止めとこう。家にも安物だけどアイスあるから」

「にー。仕方ないのにゃ。じゃあ帰るのにゃあ」

「帰りましょ帰りましょ」

「んむ。帰ろう」

話がまとまった少年たち。

元シャーペンたちの着ている服に拘束を止めさせると、踵を返してその場から去っていくのであった。

一方、未だに拘束を解いてもらえずにその場に放置された若者たち。

「プレッシャーだけで動けなくなるような相手だ……正面からは危険すぎる」

「だな。……よし、まずオレがオトリになるから、お前がその隙にヤツを攻めるんだ」

「バカ。それはお前が危険すぎるだろうがっ」

「だからって退くワケにはいかないだろう? ……まぁココは任せときな」

「ホントにお前はバカヤロウだよ……!」

少年たちが立ち去ったことに気付きもせず、二人の間の友情を深め合い続けていた。







その日の夜。

適当に夕食を済ませ、三人? は色々とあって疲れていたので、風呂に入ると早々に床についていた。

今日買った服は押入れに仕舞いこみ、律儀にも幻のパジャマに着替えた元猫は布団の周りでごろごろしている。

「今日は楽しかったのにゃ! 明日は何して遊ぶか今から楽しみなのにゃあ」

「そうだな。月曜からは色々大変だろうから、明日もどっかに連れてってやるよ」

布団の中で仰向けで寝ている少年は、柔らかい口調で相手をしてやっている。

「じゃあ明日こそ遊園地に行きたいのにゃあー」

「わかったわかった。シャーペンも遊園地でいいか?」

「それで構わないわ」

押入れの中にスペースを作り、その中で横になっていた元シャーペンも笑顔で頷く。

「じゃ。明日に備えてもう寝るか。おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみなのにゃあ」

言いながら元猫はごそごそと少年の隣に潜り込む。

「……こらこらこらこら」

ちょっと看過できなかったらしい元シャーペンは押入れから出てくると、元猫を布団から引きずり出す。

「なーにをするのにゃあ」

「ちゃんと押入れで寝なさいよ。アンタの分のスペースも作ったんだから」

言いながら押入れを指す元シャーペン。

ちなみに上の段が元猫の場所で、下は元シャーペンの場所である。

「ウチはいつもダンナと一緒に寝てるのにゃあ」

「アンタもう人の姿してるんだから色々とわきまえなさい!」

「イヤにゃイヤにゃ。ダンナと寝ーるーのーにゃー!」

少年の身体にしがみ付いて駄々をこねる元猫。

元シャーペンはそれを引き剥がそうと奮起していたが、黙って目を瞑っていた少年が口を開いた。

「今夜までだぞ。明日からはちゃんと一人で寝るんだぞ?」

「わーいなーのにゃー」

許可を貰った元猫は嬉しそうに少年に抱きつき直す。

納得できないのは元シャーペンだ。

「ちょっと! あんまり甘やかさないでよ!」

「まだ人型になったばかりだからなぁ……。しばらくは仕方ないだろ」

騒がしいのには慣れている彼は、この状況の中でも既にうとうととし始めていた。

そんな彼の隣で幸せそうに横になっている元猫。

布団を見下ろしながら元シャーペンは不満げに呟く。

「……だったら私だってニンゲンになったばかりで慣れてないのに」

「んー……?」

ほとんど半分眠った状態になっている少年は、その呟きに朦朧とした声で答えた。

「じゃあお前も一緒に寝るかー……?」

「なっ……!」

少年の言葉に、一気に顔を赤くさせる元シャーペン。

そして何故か怒り出す。

「バ、バカにしないでよ! 一人で寝れるわ!」

「ああ、そう……」

「おやすみ!」

足を踏み鳴らしながら元シャーペンは押入れの中へと戻っていった。

しかしやはり少し心細いのか、開け放ったまま床についていた。







そしてその三十分後。

「ヒマだわ……」

押入れの中で横になっていた元シャーペンはぼそりと呟く。

別に眠くないのである。

というか姿こそ人間だが、本体はシャーペンなのだ。

元シャーペンは自分に睡眠が必要とはとても思えなかった。

実際身体に不調は感じない。

机の辺りで、普段から仲良くしている文房具たちと雑談でもしていよう。

そう決めた元シャーペンは身を起こすと、押入れから抜け出す。

押入れから机まで行く間には、静かな寝息を立てている少年と、それに寄り添う元猫がいた。

素通りしようと思った元シャーペンだったが、寝相の悪い元猫のせいで掛け布団がめくれてしまっている。

それを見て元シャーペンは肩をすくめた。

元猫はともかく、少年が風邪をひいてしまうかもしれない。

ということでめくれた布団を掛け直してやる。

少年を起こしてしまわないように静かに掛け布団に手をかけた時、ふと彼の胸元が気になった。

正確には彼の着ているパジャマの胸ポケットが目に付いた。

「……そう言えばシャーペンの姿の頃はいつもこの中に居たのよね」

極々小さな声で呟くと、そっと胸ポケットに手を置いた。

暖かい。

多分、暖かいと言うのだろう。この感覚は。

今日一日でだいぶ五感には慣れた気がする。

しかし、人間の姿になったことにより彼との距離が離れてしまったのは少し寂しい。

口には断固として出さないが。

自分は人間になりたかったのだろうか。

ふと元シャーペンは窓の外で浮かんでいる月に目をやる。

今夜は喋りだす気配はない。

「お月さまの気紛れでニンゲンにされちゃったのかしらね……」

正に数奇な運命だわ、とため息一つ。

これから色々と大変なことが待っていることだろう。

住む場所もいつまでも押入れに居るわけにもいかないだろうし。

もし彼の両親に見つかったらどう言い訳していいのかわからない。

デメリットの方が多い気がする。

ただ、唯一。人間の姿になって、良かったと心から言えることは。

「コイツと並んで歩けるってことかしらね……」

言いながら優しく寝ている少年の頬を撫でる。

その点だけは月に感謝していいと思えるのだ。

しばらく眠る少年の隣に座り、寝顔を眺めていた元シャーペン。

何だか意識が霞んでくるのを感じ始めてきた。

これもまた初めての感覚だ。

眠気ってやつかしら、と元シャーペンはぼんやりし始めた頭でそう思う。

だが、これはなかなか心地よい。

元シャーペンは、まどろみに身を任せ、そのまま彼の隣に倒れこむように横になった。







(にゃんでにゃんでにゃんでー!?)

「うーむ」

(……はぁ)

翌朝。少年たちが目を覚ますと。

猫とシャーペンは元の姿に戻っていた。

(あんまりなのにゃあ!)

猫は悔しくて堪らないらしく、爪研ぎを引っ掻き続けている。

「お月さんから貰った力が切れたんじゃないか。人型を保ち続けることが出来るほどではなかったんだろ」

少年は相変わらす冷静に分析している。

(……まぁ、ご両親が帰ってくる前に元の姿に戻ったのはある意味運が良かったかもね)

最近の波の激しい生活にシャーペンはお疲れの模様。

「だな。それより何でお前は今朝は俺の顔の横で転がってたんだ? ペン先が刺さりそうで怖かったぞ」

(う、うるさいわね。そんなことどうでもいいじゃない!)

「はいはい」

ため息を漏らしながら少年はシャーペンを拾い上げると、パジャマの胸ポケットの中に入れる。

(遊園地にも行ってにゃいのにー!)

「はいはい」

悶え続けている猫も抱き上げる。

「とりあえず下に降りて朝飯でも食おうぜ」

(にー! ウチは諦めないのにゃ! 絶対にまたネコマタになってみせるのにゃあ!)

少年の腕の中で猫はまだ悔しそうに鳴き続けている。

(とりあえず今夜から月光浴するのにゃあ!)

「家の外でやるんだったら風邪ひかないようにほどほどにな」

(わかったにゃ! 頑張るのにゃ!)

元猫は瞳を輝かせつつ、元気いっぱい返事をした。

(シャーペンさんも一緒に頑張るのにゃあ!)

(な、何で私も?)

急に話を振られて少し驚いた様子のシャーペン。

(シャーペンさんは遊園地行きたくないのにゃ?)

(そりゃあ……ちょっと行ってみたかったけど)

(他にもやってみたいことがいっぱいあるのにゃあ)

(アンタほどの情熱はないけど……まぁ月光浴くらいなら付き合ってあげるわよ)

猫の熱意に押し切られたようだ。

少年の胸ポケットの中でシャーペンは頷くような気配を見せる。

ちなみに二人が語り合っている間、少年は話をまったく聞かずに台所へ向かっている。

ありとあらゆるモノの声が聞こえる彼は、話を聞き流す能力に特化しているのだ。

(よーし。それじゃあ今夜から早速頑張るのにゃあ。えいえいおーっにゃ!)

(コイツも言ってたけど外でするなら夜風には気をつけましょうね……)

(ところでシャーペンさんはまたニンゲンになれたら何をやりたいのにゃ?)

(話聞きなさいよ……)

猫のテンションに少し疲れ気味のシャーペンだが、根は良い子なので律儀に答える。

(まぁ……コイツとまた並んで歩けたらそれで十分かしらね……)

(にゃんと! 純情派ですにゃあ、シャーペンさん!)

(……はっ! 思わず本音が……って違う違う! 今のナシ! ナシね!)

疲れのせいか、するっと本音が口から零れ落ちたらしいシャーペンは一人慌てふためく。

(アンタも勘違いするんじゃないわよ!)

噛み付くように少年を怒鳴りつける。

「ん、何か言っていたか?」

聞き流していたらしい。

一人で動揺して恥ずかしがっている自分が馬鹿に思えてきたシャーペン。

猫に羞恥心などがないのはともかく、この少年の淡白さには腹が立ってくる。

少年に普段から持ち歩いてもらっている自分が、変に人間臭い感情を持っていることもイラついてくる。

自分の少年に対する感情が、所有者に対するものを越えていることを半分自覚しているだけにもやもやするのだ。

とにかく様々な想いを込めて、胸ポケットの中からシャーペンは思いっきり叫んだ。

(何でもないわよ、バーカ!)




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