「痛い……痛いよ」

ムシメヅルヒメは地面に這いつくばり、目に涙を滲ませていた。

頭が痛い。身体が痛い。吐き気がする。

視界に映るのは、荒い息を吐きながらも、まだ何とか自分を守るように立っているフユショーグン。

自分と同じようにモリビトとホムラバシリもこの林のどこかで倒れていることだろう。

「諦メロヨ。イイ加減面倒ナンダガ」

そして、だぼついたパーカーを着た人影。

性別も良くはわからないが、言葉遣いや物腰から察するに男性であろう人物。

自分たちの楽しみを叩き潰した彼に、ヒメたちは今まさに屈服させられようとしていた。









「ヤーヤー。ドウモ遅レテシマイマシテ」

「気にせんでええよー。……ライデンくん、やったかな?」

「ハイ」

異能者同盟(仮)の集まりに遅れてやってきたこの人物。

ライデンとサイト上で名乗っていた彼は、随分と怪しい者だった。

サイズの大きな服のせいで体格は良く分からず、声も変声機か何かを使っているようだ。

年恰好も性別も声もわからない不審人物だが、ヒメたちは喜んで歓迎していた。

自分たちだって本名を隠しているし、こういう怪しげな男も悪くないと思ったのである。

「で、ライデンくんは電気使いなんやって?」

とりあえず場を仕切るのはフユだ。

モリもホムラもヒメもみんな人見知りをする性質なので、今は大人しくフユとライデンの様子を見守っている。

「ハイ。コノ通リ」

ライデンはあっさりと答えると、分厚い手袋に覆われた掌を広げてみせる。

その表面を青白い火花が走り回る。

まるで生き物のように掌の上で跳ねる電流に、皆は感心した声を漏らす。

「おー」

「大したもんやなー」

「やるもんッスねぇ」

「ハッハッハ。ソレホドデモ」

電子音を響かせて笑うライデン。

その笑い声を聞いて、モリビトはわずかに眉をひそめ、フユにぼそぼそと耳打ちする。

「なんやて? ……あー。はいはい」

フユはうんうんと頷くと、申し訳なさそうにライデンに向き直った。

「ライデンくん。悪いんやけどその声な、モリくん聞き取り難いんやって」

もうちょっとどうにか調節してやってくれんかなぁ、とフユ。

言われたライデンはぽんと自分の頭を叩き、

「コレハ申シ訳ナイ。声変エスギテマシタネ。……少々オ待チヲ」

続いて喉の辺りを何度か叩く。

「アー……あー……あっと。これくらいでどうでしょうカネ?」

語尾が少しおかしかったが、だいぶ人間らしい声になる。

「どうデス?」

それなら大丈夫とモリくんは薄く微笑んで頷いた。







それからはしばし皆でご歓談。

たわいもない話ばかりだが、女性陣は普段何やって遊ぶかなど自分からどんどん喋るのに対し、
男性陣はあまり私生活のことは語らなかった。

もともと秘密主義なのを前提に集まっているので、そのことで不満を感じる者は別にいない。

適度な距離を取って、心地よい人間関係を築いていければそれで良かったのだ。

しかし、それは今までのメンバーでの話。

新入りであるライデンにはどうにも物足りない様子だ。





「じゃあ、何デスカ? みなさん、せっかくのチカラを本当に遊びに使ってるダケ?」

「そーいうことになるッスねぇ」

ホムラは持参してきたスナック菓子を摘まみながら答える。

「だね。有効利用するのも難しいもの。人助けとかやり始めたらキリが無いし」

同じようにお菓子を頬張りつつヒメも同意する。

「我らが同盟の現在のスタンスは、『社会に対して毒にも薬にもならない』って感じやねー」

「勿体無いとは思わないまセン?」

身を乗り出し、皆の顔をゆっくり見渡し、ライデンは再度問いかける。

「我々のチカラをうまく使えば、最低でも金儲けはできますノニ」

「あはは。ライデンくんだったらケータイの充電屋さんとか?」

けらけらと笑うヒメにライデンは顔を向ける。

深くフードを被ってる上に、近くで見れば目出し帽にサングラスまでしているのでまるで顔が見えない。

だが、妙な威圧感をそこから感じたヒメは思わず無言になる。

「窃盗、強盗、器物破損」

「え?」

「通行人にすれ違い様に電撃かまして、裏路地に連れ込んだ後に金品を盗るんダヨ」

ばりばりと全身から火花を発しつつ、ライデンは続ける。

「夜中のコンビニで、監視カメラを破壊した後に店員気絶させてレジの中身を奪うんダヨ」

まるで生き物のように火花は踊り、青白い輝きを増していく。

「自販機やATMを破壊して、中身をごっそり頂くんダヨ」

「……それは犯罪やで?」

フユの言葉に、ライデンはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「だから何ダ? 証拠なんか残さネェ。警察にオレが止められるカヨ」

立ち上がると、大げさな仕草で両手を広げ、ライデンは叫ぶ。

「勿体ネェ、勿体ネェヨ! せっかくのチカラ、持て余してんナヨ! オレたちはその辺の人間とは
格が違うんダゼ!? お前らはわかってネェヨ!!」

思わず耳を塞ぎたるようなほどの音を立てて弾けている電流を身にまとい。

フード姿の男は異能者同盟を見下ろして。

「オレがお前らにチカラの使い方ってもんを教えてヤンヨ。損はさせネェゼ?」

傲慢な態度で言い放った。

最初の口調はかなり猫を被っていたようである。

ライデンの高圧的な態度に、他のメンバーは顔を見合わせると。

「おっちゃんもういい歳やから。あんまヤンチャはできんわー」

「社会人としてそういうことは出来ないッスね」

「そんなことしたらお爺ちゃんとミっちゃんに怒られるよ……」

そして無言で首を横に振るモリくん。

「ハッ」

次々に否定の言葉を口にする彼らを、馬鹿にしきった様子で短く笑いとばし。

「仲間が嫌なら手下にしてヤンヨ」

そう呟いた瞬間、ライデンの身体を駆け巡っていた電流が一瞬消え、両腕を皆に向かって突き出す。

「――みんな、伏せろ!」

何かを察したフユがライデンと皆の間の前に飛び出した。

耳をつんざく轟音。

空気の焼ける臭い。

目を焼く閃光。

「ひああっ!?」

「きゃああっ」

悲鳴を上げるホムラとヒメ。

モリくんは悲鳴を上げる代わりに亀のように蹲っている。

雷でも落ちたのかとヒメたちが思ってしまうほど、強烈な衝撃。

シートは表面が溶け、ヒメたちも全身にちりちりとした痛みと気だるさを感じていた。

ライデンが両腕から電撃を放ったらしい。

「きっくぅぅ……」

辛そうだが、まだ余裕を感じさせる声を漏らしつつ、フユは顔を覆っていた腕を下ろす。

ライデンにぎりぎりまで近づき、皆の盾になったらしい。

「……やるナァ、オッサン」

そして感心した様子を隠すつもりのないライデン。

「ゴムなんか装備してたのカヨ。……面白いナァ?」

今の電撃で焼けたシャツの隙間から黒っぽい素材が見える。

表面が少し溶けてしまっていたが、まだまだ使えそうだ。

「おっちゃんは臆病モンやからねー。いろいろと準備はしてんのよ。……しっかし」

そしてぐるりと腕を振りかぶり。

「……ちょっと暴れすぎやぞっと!」

ライデンに向かって殴りかかった。

「おっとっトォ」

大きく後ろへ跳躍し、それをあっさりと避ける。

「ちょ!? 何今の!」

驚愕の声を上げるヒメ。

しかしそれも無理もない。

ライデンは今、軽々と十数メートルの距離を跳んだのだ。

明らかに人間の動きではない。

「……あんたは人間じゃないんッスか?」

「さてナァ。そんなことよりお前ら覚悟しろヨ?」

ホムラの問いかけにくつくつと笑いながら、ライデンは両腕に電流をまとわせる。

「今から散々に痛めつけて痛めつけて……屈服させてやるからヨォ!!」

そして彼の腕が瞬いたかと思うと。

「ぐっ!?」

「きゃんっ」

「ひっ!?」

ヒメたちの身体に痛みが走った。

そして何とも言えないだるさと軽い吐き気に襲われる。

「さすがに距離が離れてると威力は減るがナァ。電撃喰らうと気持ち悪ぃダロ」

「あかん! みんな林の中に逃げるんや! あれは避けられん!」

耐電装備のおかげでダメージの少ないフユが慌てて指示を飛ばす。

人間の反射神経で避けられる攻撃ではない。

電気の流れる速さは光とほぼ同じ速さなのだ。

ライデンの腕が光った、と認識した時にはもう攻撃は身体に当たっているのである。

できることは彼の視界から消えることと、距離を取ることだけだ。

幸いここは木々の多い自然公園。隠れる場所には困らない。

皆、急いで林の中に入ると、木々を盾にしてライデンの視界から逃れた。

「指向性の雷と言うか遠距離スタンガンとか言うか。まったく洒落にならん……」

林の中で合流し、ライデンの様子を窺う。

腕に宿る雷光を明滅させながら、辺りを探っていた。

「面倒かけさせやがっテェ……。どこダァ……」

「このまま逃げてまうか? 逃げるだけなら何とかなりそうやで?」

フユが皆にそう尋ねると、今までずっと黙っていたモリがぼそりと呟く。

「悪いこと、やめてもらわないと」

「良く言ったモリくん! そうだね、悪い人は成敗しないとね!」

拳を固め、迷わずそれに賛同するヒメ。

一方、フユとホムラは嫌そうに眉をひそめている。

「えー。本気ッスか? 危ないッスよー」

「おっちゃんも賛成できんなー……」

二人はオトナなので自分から危険に首を突っ込みたがらないのであった。

しかし正義感に燃えるヒメとモリは引き下がらない。

「何言ってるの! アイツはここでやっつけて反省させないと! またどっかで悪事繰り返すよ!」

こくこくと頷くモリ。

ううむ、と顔を見合わせるフユとホムラ。

「困ったもんッスねぇ……」

「まったくやな……」

「四人がかりなら何とかなるって! やっつけちゃおう!」

さらに詰め寄るヒメ。

その瞳には爛々と正義の炎が燃えていた。

若いその情熱に押され、思わず……。

「し、仕方ないッスな……」

「しゃあないなぁ……」

頷いてしまったオトナ二人なのであった。







「チッ。一撃で気絶させられなかったのは痛かったナ。逃げられたカ?」

林の中まで進入し、ヒメたちを捜すライデン。

いつでも攻撃を放てるようにその腕には雷光を纏わせていた。

切れかけた蛍光灯のようにちかちかと瞬くそれは、とっさの防御にも攻撃にも対応した攻防一体の技である。

ライデンは決して異能者同盟を侮ってはいなかった。

きょろきょろと周りを探っていると、顔に向かって乾いた木の葉が飛んできた。

何気なくそれを払うが、木の葉は次から次へと舞ってくる上に振り払うことができない。

まるでノリでも塗られているかのように腕や顔に張り付いてくる。

不愉快さに舌打ちするライデン。

次々へと張り付いてくる木の葉に全身を覆われ、身動きもしにくくなってくきた。

電撃を纏わせている腕だけは、木の葉が焼けてしまうので自由に動く。

だが乾いた木の葉は良く燃えて、逆に服に引火しそうで危なかった。

「モリビトとかいう子供の攻撃……?」

ならば近くにいるか、と何とか視界だけでも確保しようと顔の周りの木の葉を焼き払う。

「……ム」

開けた視界の先には、スーツ姿の女性が一人。

ホムラバシリが指を銃にような形にして構え、そこに立っていた。

その銃口に見立てた指の先には、ライターほどの火が点っている。

「ばんっ」

そしてその小さな火は、ライデンに向かって撃ち出された。

ライデンに纏わり付く木の葉に直撃した火は、あり得ない勢いで燃え上がり始める。

まるで生き物のように炎は蠢いてライデンの身体を覆っていく。

身体を地面に投げ出し、炎を消そうと試みるライデンだが、火の勢いは衰える様子もない。

彼に向かって腕を突き出し、炎を操るホムラ。

隠れていたモリも姿を現して、同じく燃え上がる木の葉を操って火の勢いを調節する手助けをしている。

「どや? いちおう手加減して服の表面に炎を踊らさせてるだけやけど、結構キツイやろ?」

転がりまわるライデンを見下ろすのは、木の陰から出てきたフユショーグン。

「改心するなら火ぃ消したってもええんやで、坊主」

手の周りに冷気を発生させ、身体を冷やしてやる準備をする。

肌を焼かないように調節しているとは言え、かなり熱い思いをしていることだろう。

悲鳴を上げていないだけ、なかなか根性があるなとフユは思っていた。

しかし。

「ようやく出てきたナ」

今まで炎に悶えていたかに見えてライデンは、唐突にがばりと身を起こす。

「え……えっ?」

ホムラとモリは咄嗟のことに反応ができない。

そして起き上がると同時に、炎を操っていたホムラに向かって右腕を突き出した。

そこから放たれる雷光。

「……うああっ!?」

電撃を全身に浴び、ホムラは悲鳴を上げてその場で昏倒した。

「しもたっ!」

慌ててフォローに回ろうとするフユだったが。

「――遅イィッ!」

続けざまに左腕から光が放たれる。

それは呆然と立ち尽くしていたモリに直撃し、幼い彼の意識を奪い去った。

声を上げることも出来ずに倒れたモリを、フユは悔しげに見つめる。

「こんなちっちゃい子にまで……」

「油断したナ」

ホムラとモリが気を失ってしまったので、自然のものではない炎は跡形もなく消えてしまっている。

焦げた服の表面を払いながら、ライデンは楽しげな様子だ。

「結構やるじゃねェカ、お前ラ」

そして腕に再び雷光を纏わせ、構える。

フユはため息を一つ吐くと、ポケットから皮手袋を取り出した、

それを手早く身に付け、両手を広げる。

きらきらとした氷の粒が掌の中に生まれたかと思うと。

「ほォ」

興味深そうにライデンが声を漏らす。

「しゃあないなぁ、ホントに坊主は」

フユの両手には、大振りのナイフが一本ずつ握られていた。

氷で作られた刃物は、白い冷気を放ちつつ鋭い輝きを見せている。

生まれた凶器を手馴れた様子でくるくると回しつつ、フユは軽くステップを踏み始める。

「おっちゃんがちょっと遊んだろ」

そう言い放つと、鮮やかな足裁きで木の陰へと消えてしまった。

視界から消えたフユを、ライデンは電撃を放つ準備をしつつ探る。

そんなライデンの前を一匹のオオスズメバチが通りすぎた。

「ン?」

気が付けば、周りには恐ろしい数のハチが羽音を立てて飛び回っていた。

フユは囮だったのか。

ハチとよりフユと戦いたかったライデンは面倒くさそうに腕を上げる……が。

数があまりに多すぎる。

その上、狙うにしてはハチは速く、的が小さい。

「意外とやっかいだ……ナ!?」

台詞の途中で慌ててライデンは腕を下げた。

ほんの一瞬前まで腕があったその場所を、青白い塊が通りすぎ……。

――鈍く、重い音を立てて近場の木の幹の突き刺さった。

先ほどフユが作り出したナイフ。

その凶悪な大きさと鋭さを持つ刃物は、深々とその刀身を幹にえぐり込ませていた。

「なんつー威力だヨ……」

「腕の一本くらいはもらうかもしれんでぇ。そのくらいの覚悟はあったや……ろ!」

ライデンの呟きに、どこからともなく現れたフユは答えと共にナイフを放つ。

今度も腕に向かって飛来するナイフをライデンは横っ飛びに跳躍して交わす。

外れたナイフは掠った木の幹をえぐり飛ばしても速度を緩ませることなく、林の中へと消えていった。

フユショーグン。

彼は異能者としての能力よりも、その投擲技術の方が脅威なのである。

ホムラバシリやライデンのように冷気を飛ばすことは出来ないが、固めた氷を投げる技量は相当なものだった。

「囮はハチだったカ。読み間違えたゼェ」

それでもライデンは愉快そうに笑っていた。

彼が体勢を整えた頃にはすでにフユの姿はない。

飛び交うハチを気にもせず、フユの気配だけを追って林の中を駆ける。





人間離れした戦いが続く。

もぐら叩きでもするかのように時折姿を見せるフユに電撃を放ち続けるライデンと。

ナタほどの大きさの刃物を、砲撃のような勢いで投擲し続けるフユショーグン。

林の木々は焦がされ、抉られ、戦いの跡が刻まれていく。

しかし攻撃は互いを捉えることはなく、戦闘は長引きそうであった。





「むー……」

困っているのはムシメヅルヒメ。

ハチに頼んで牽制してもらっているのに、ライデンは怯む様子もないからだ。

顔の周りを飛び交うハチも完全に無視している。

「……困った」

ヒメには人を攻撃するような覚悟はない。

オオスズメバチなどで刺してまっては洒落にならないので、迂闊に攻撃を指示することもできない。

フユさんは意外と怖い人だったんだなぁ、などと思いながら木の陰に隠れていた。

ヒメの能力の利点は、指示さえ出しておけば本人はどこかで隠れていても大丈夫ということだろう。

戦いの音を遠くに聞きながら、ヒメは遠くに住む従兄に想いを馳せる。

「こんな時にミっちゃんが居たら何とかしてくれるのに……」

「オ。まだいるのカ? 異能者ハ」

「――ひ!?」

背後から突然声をかけられ、口から心臓が飛び出そうになる。

慌てて背後を振り向くと、そこには両腕で光らせているライデンが。

何時の間にやらヒメのいる場所にまで寄ってきていたらしい。

「わ、わわわ!?」

転がるようにその場から逃げ出す。

そしてヒメの危機に気づいたハチたちが彼女を守るために集結し始めた。

四方八方、ライデンを取り囲むと一斉に襲いかかる。

その光景に、ライデンよりもヒメが悲鳴をあげた。

「そそそそんなに刺したら死んじゃ……!」

と、制止をかけようとする声を遮り、空気を焼く耳障りな音が辺りに響いた。

それと共に視界が光で塗りつぶされたので、一瞬何も見えなくなる。

ちかちかする目を何とか開くと。

「あ、ああああ……」

そこには羽を焦がされ、地面に叩き落とされたハチたちの姿が。

ライデンは威力さえ落とせば広範囲に雷撃を放てるらしいかった。

ヒメにしか聞くことにできない、ハチたちの苦悶の声が林の中に満ちる。

はらはらと涙を流し、そのうちの一匹を抱き寄せる。

「ごめん……巻き込んじゃってごめんなさい……!」

羽を焼かれ、徐々に息絶えていくハチたちに泣きながら謝るヒメを。

「虫の声なんか聞こえると大変そうだナ」

困ったようにライデンは見下ろす。

だが、攻撃を止める気はないようだ。

「せめて痛くないようにしてやるカ」

蹲って泣いているヒメの首筋に、軽く電流を流す。

う、と短い悲鳴を漏らしヒメは地面に倒れてしまった。

「うーむ。結局誰も守れんかったかぁ……」

沈痛な声に、ライデンはゆっくりと振り向く。

そこには苦々しい面持ちでフユが。

「情けないわぁ。せめて坊主を仕留めんと、これはもう気が済まんね」

本人の身長と同じ程の長さの槍を構えていた。

しかも、今まさに投げようとしている体勢で。

「ム……!」

距離が近く、もう避けることの出来る間合いではない。

「病院には……」

全身を弓のようにしならせ……。

「――連れてったるわぁ!!」

裂帛の気合と共に、投げ槍を投擲した。

「ハッハッハァ!」

ライデンは回避を諦め、高らかに笑いながら右腕を突き出し、正面から槍を受け止める。

電撃から生まれる熱で穂先の刃を溶かすが、槍全体の勢いは止まらない。

手首は潰れ、右腕はめきめきと歪んでいく。

「オッサン、楽しかったゼェ!」

だが、ライデンは右腕を犠牲に槍の方向を逸らすと、逆に突っ込んできた。

あらぬ方向に腕を曲げつつ、怯んだ様子もない。

そのままフユに密着し、顔面を左手で鷲掴みにする。

しかしフユはまだ慌てない。

こちらからも冷却し、電撃を放たれる前に凍傷にしてやろうとその腕を掴む。

「……な」

が、握ったその感触が異様なものだった。

戸惑ってしまったフユは最後の機会を生かすことが出来ずに……。

「喰らエ」

強烈な電流を叩き込まれた。

「……!」

びくびくと全身が痙攣するフユをライデンは片腕で持ち上げ、地面に投げ捨てる。

「フ、フユさぁん……」

まだ意識を保っていたヒメは、その様子を悔しい思いで眺めていた。

むざむざハチたちを殺された上に、仲間たちが酷い目にあってしまった。

それでも自分にはどうすることもできない。

涙目で拳を固めていると、ライデンが右腕が捻じ曲がった状態のまま近寄ってきた。

痛みは感じていないのだろうか。

「どうダ。言うことを聞く気になったカ?」

「な、何を……」

「これ以上、お前ら痛い目に逢いたくないよナァ?」

ばちばちと雷光を爆ぜる音を響かせて、ヒメに迫る。

「やめて……やめてよ」

「お前たちが従うならナ。放置するには惜しいんダヨ」

逃げようにも身体が痛い。だるい。吐き気もする。

怖くて怖くて逃げ出したいのに、指先一つ動かすことも叶わない。

「まだ……まだやでぇ……」

「ン?」

そこによろめきながらフユが割り込んできた。

今にも倒れそうではあるが、手にはナイフを握り、戦う意思を失っていない。

「オッサンもう無理すんナ。あんたは良くやったヨ。一回きっちり勝負したいくらいダ」

「やかましいわ……」

フユがまだ立ち向かおうとしているのに、動くことのできないヒメは自分が情けなかった。

誰か、誰かに助けて欲しい。

こんな時に浮かぶ顔は一つ。

淡白な性格のヒメの従兄。

強力な力を持て余しながら平和に暮らす、穏やかな少年の顔。

「……ミっちゃん、助けてぇ……」







「呼・ん・だ・か?」







「ナ!?」 「……ん?」

「えっ!?」

ライデン、フユ、ヒメの驚きの声が重なる。

驚愕のあまりライデンの腕からは雷光が消え、フユはナイフを取り落とす。

しかしそれも無理はない。

地面に横たわっているヒメのその影から、じわりじわりと染み出すように。

「ミ、ミっちゃん!?」

人間が現れたからだ。

年のころは高校生ほどの、長袖のアロハシャツを着た少年。

渋い顔をしている彼の腰には、美麗な日本刀が差されていた。

肩に猫を乗せ、胸ポケットにシャーペンを突っ込んでいる少年は苦々しげに呟く。

「気持ち悪い……。先生の修行に付き合って長距離を渡ったはいいが、遠いと酔うな……」

言いながら肩でぐったりとしている猫の頭を撫でてやっている。

「先生とシャーペンは平気か。無機物はいいな、まったく」

一人でぶつぶつ喋りながら、ようやくヒメの方に向き直った。

「俺の血縁者の影になら渡れるはず、という先生の修行に付き合って遊びに来たぜぃ」

「ミっちゃん……」

「……が。何か面倒なことになってるみたいだな。……大丈夫か?」

言いながらしゃがみ込み、ヒメの頭に手を置く。

「来てくれた……ミっちゃんが来てくれたよぉ……」

すっかり安心したヒメはその場でぐずぐずと泣き出してしまう。

しばらくヒメの頭を撫でていた『ミっちゃん』だったが。

「さて……。事情はわからんが、いじめっ子は成敗しないとな」

「キミが……ミっちゃん?」

呆然としながらもフユは少年に問いかける。

「そうです。どうもヒメがお世話になったみたいで……」

「おっちゃんもキミのことは良く聞いてるで。……それより、あいつは任せてええかな?」

言いながら顎でライデンを指す。

相当驚いたのか、ライデンはまだぽかんと立ち尽くしている。

「お任せ下さい」

きっぱりと言い切る少年。

それに安心したのか、フユは力尽き、微笑みながら崩れ落ちた。

「あの坊主は電撃を使う……気を、付けてな」

もう限界だったのだろう。

それだけ言うとフユは気を失ってしまった。

「お前ハ……何者ダ?」

戸惑いながらもライデンは何とか言葉を搾り出す。

少年は悠然と腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべた。

「ツクモガタリ、と呼ばれてるな」








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