郊外にある、広いだけが取り柄の自然公園。
アスレチックの類などもほとんどないこの公園は、小さな子供連れの親子を数組見かけるだけで、あまり人がいない。
そんな場所の、さらに人気の少ない公園の奥地にて。
少々変わった人々が集まってはしゃいでいた。
「華麗なる蟲の使い手! ムシメヅルヒメ!」
動きやすそうなワンピース姿の少女が、心から楽しそうな笑顔を浮かべポーズを決める。
日曜の朝辺りに放送している子供向けのヒーロー番組のような格好だ。
それに続くように、公園には不釣合いなスーツ姿の女性が叫ぶ。
「炎熱の乙女! ホムラバシリ!」
整った顔立ちとは裏腹に、ワンピース姿の少女よりも元気な声を張り上げている。
さらにその後にこちらはやや照れ臭そうな様子で、ジーンズに白いワイシャツといったラフな格好の男性が続く。
「えーと……。とにかくフユショーグンー」
ポーズを決める態度も投げやりな様子である。
そして最後に、パーカー姿の男の子が小さな小さな声で呟いた。
「……モリビトー」
声は小さいがやる気がないわけではないようで、ポーズを決めるその指先はぴんと伸びきっている。
「「我ら四人そろって!」」
四人がそれぞれポーズを決めたところで、声を揃え、叫ぶ。
実際に叫んでいるのは二人だけではあるが。
「……何にしよっか?」
「グループ名が決まらないんスよねー」
その元気良く叫んだ女性陣二人は顔を見合わせた。
「そろそろ会議始めへん? おっちゃんそろそろ疲れてしまうわー」
ラフな格好の男性は、ポーズを解くとその辺の木の根元に腰を下ろす。
そこには大きめのシートが敷かれてして、お茶の入ったポットなども用意されていた。
自分のことを「おっちゃん」と呼ぶ男、フユショーグンは自分でカップに茶を注ぐ。
彼の見た目から年齢は判断しにくい。
20代になったばかりにも見えなくはないし、三十過ぎにも見えるという今ひとつ年齢不詳な男である。
「そうッスね。時間もそんなに余裕ないッスからね」
フユショーグンの隣に腰を下ろした女性は、ホムラバシリ。
パリっとしたスーツを着こなして、仕事に命かけてます! という雰囲気を放っている20代半ば程の女性である。
「ヒメちゃんとモリくんが成人してたら飲み会できるんスけどねー。残念ッスよ」
しかし、クールビューティなのは見た目と仕草だけで、喋り方はバリバリ体育会系。
上品な立ち振る舞いとざっくばらんな口調が実に不釣合いな女性であった。
「そうねー。門限過ぎたらお爺ちゃんにものっそい怒られるから」
10台半ばのワンピース姿の少女、ヒメちゃんことムシメヅルヒメも二人の正面に腰を下ろす。
二人に敬語を使っていないところから、この集団の仲の良さが窺い知れる。
こちらはホムラと違って、活発そうな笑顔を浮かべ、元気に喋る見た目通りの女の子だ。
最年少の男の子であるモリビトは黙ってシートの端に座る。
この子はどうも大人しい気質のようだ。
「では第……何回か忘れたけど、会議をはじめまーす」
「はーい。今日も議長お願いしますねフユさん」
「はいッス」
「今回の議題は、『自分たちの限界を探ってみよう!』です」
議題を決めたあと、フユさんは簡単な纏めを始めた。
「えー。我々はとあるESPオタクのサイトで出会い、掲示板上で仲良くなりました」
「で、実はホントに超能力者なんだよーって言ってた人らがオフ会で集まってみたら」
ヒメちゃんがその台詞を継ぎ、
「マジで全員ホンモノだったっちゅーオチなんスよねぇ」
ホムラさんも続ける。
モリくんは黙って頷くのみだ。
「うん。ん、で、や。どうせなら集まって能力見せ合って研究して、有効に活用しようってのがおっちゃんらの目的やね」
「だね」
「ッスね。で、今回は限界までチカラ使ってみようってワケッスか! いいッスね!」
ぐっと拳を固め、めらめらとやる気の炎を瞳に宿すホムラさん。
「はいほい。それは各自、まずは準備運動ー」
フユさんはそう言うと、脇に置いてあったお茶の入ったカップを手に取った。
「いくでー」
言いつつ、空いている方の指で、軽くカップを弾く。
すると、中のお茶が見る見るうちに凍り始めた。
数秒もかからずに、音もなくカップの中身は完全に凍り付いてしまった。
その異様な光景を、残りの三人は特に驚くわけでもなく、楽しげな瞳で眺めている。
まるで動物園でパンダでも眺めているかのような雰囲気だ。
「ほいっと。じゃあ、次はホムラちゃんな」
「はいッス!」
湯気ではなく冷気を漂わせているカップを受け取ると、
「ほぁぁぁ……」
ホムラは凍りついた中身に何やら気合を送り始めた。
目を閉じてカップを額に押し付ける。
すると、凍り付いていた中身はあっという間に溶けてしまう。
いや、溶けるだけではない。
カップの中身はぐつぐつと音を立てて煮え始める。
猛烈な勢いで蒸気へと姿を変えていくお茶は、ほどなくしてカップから消えてしまった。
「ふぅ」
ホムラは一息つくと空になったカップを額から離し、握りつぶす。
手の中のカップは瞬くように燃え上がり、少しの灰を残して消滅した。
「よっし。じゃあ次はモリくんなー」
フユさんは言いながら別のカップをモリくんの前に差し出した。
その中にもお茶が並々と注がれている。
モリくんは無言でカップの中にぱらぱらと種を放り込んだ。
とん、と縁を軽く指で叩く。
すると、爆発したかのような勢いで、カップからアサガオが飛び出した。
芽が見えたかと思った瞬間には一気に葉を広げ、花を咲かせる。
その花もあっという間に散ってしまい、葉や茎も瞬く間に枯れていく。
崩れ落ちるように全てが枯れ果てると、空っぽになったカップの中には、種だけが残されていた。
ただ、その数は入れる前よりも増えている。
「うーっし。では締めはヒメちゃんでー」
「よーし! では……っ」
ヒメちゃんはバッグの中からバスケットボールほどのサイズの蜂の巣を取り出した。
「じゃあみんな。練習した通りにね」
そう巣に向かって囁くと、中から大量のオオスズメバチが飛び出した。
「こわっ!」
「こわいッスよ、ヒメちゃん!」
フユさんとホムラは慌ててヒメちゃんから距離を取る。
モリくんも声こそ出さなかったが、完全に背を向けて逃げ出している。
だが、飛び出したオオスズメバチの群れは誰を襲うこともなく、ヒメちゃんを中心に螺旋を描いて飛び回っている。
「ぜんたーい、止まれ!」
指示を飛ばすと、飛び回っていた群れはその場に制止し、ホバリングを始めた。
見事な光景だが、羽音が恐ろしく喧しい。
ヒメちゃん自身も五月蝿いようで、少々眉をしかめながらさらに指示を飛ばす。
「はーい。戻ってよろしい!」
ハチの群れはその声に速やかに従い、整然と巣の中に戻っていった。
「こえー。超びびったッスよ」
「ハチはないわー」
巣の中にハチが戻ったことを確認してから、フユさんとホムラは恐る恐る戻ってきた。
「モリくーん。もう大丈夫やでー」
かなり離れた木の陰に隠れてこちらを窺っているモリくんに声をかけた後、フユさんは場を仕切りなおした。
その名の通り、モノを冷やし、凍らせることができるフユショーグン。
彼と反対にモノを熱して燃やすことの可能なホムラバシリ。
二人とは違い、養分も無しに植物とその成長を操作できるモリビト。
そして虫に慕われ、会話することのできるムシメヅルヒメ。
四人は自分の特異な能力に名前をつけ、その名でお互いを呼び合っていた。
本名は誰も明かしていないが、その理由は秘密結社っぽい雰囲気を出したいというだけの話である。
「さーてーと。みなさん準備運動が終わったところで、今度は本気出してみましょかー」
「じゃあホムラからやらしてもらうッスねー」
ホムラはシートから大きく距離を取ると、少し離れたところに立っている木を睨み付ける。
「んん……!」
拝みこむような格好で両手を組んで額にあて、ホムラは深く集中し始めた。
彼女の周りの空気が高温で熱され、ゆらめいている。
足元の芝生もちりちりと焦げていく中、彼女の顔の正面辺りに、硬球ほどのサイズの火の玉が生まれていた。
完全な球形でもなく、今にも崩れそうな不安定さ。
だが、青白く燃える火球は相当な温度であろう。
「すごー! ホムラさん格好いいぃぃ!」
傍から眺めているヒメは心から楽しそうだ。
鼻血を噴出しかねないほど興奮している。
「ううううう……!」
ホムラはさらに額に力を込め、ゆっくりと火球を前に動かし始めた。
睨み付けていた木を狙っているのだろうが、その速度は遅い。
牛歩の歩みだ。
二、三メートルほど火球を進ませたところで。
「……あふぅー」
集中力が尽きたらしい。
音もなく青い鬼火はかき消えてしまった。
それと同時にぶっ倒れれるホムラ。
「ホムラちゃーん。だいじょぶかー」
「……ひぃ……ひぃ……ひぃ……」
フユショーグンが慌てて駆け寄ると、芝生に倒れこんだ彼女は冗談抜きで煙を吹いていた。
別に肌や服が焦げているわけでもないのに、黒い煙が身体の各所からぶすぶすと吹き出ている。
陽炎も発生していることからして、相当な余熱があるのは間違いない。
真っ赤な顔で気絶しているホムラに向かって、フユショーグンは指を鳴らす。
ぱちん、ぱちん、と指を鳴らす度に、きらきらと輝く冷気がホムラに降り注ぐ。
周りの空気を冷やしてやっているようだ。
「おっちゃんもうちょっと冷やしとくから、次はモリくんやってくれるー?」
モリくんはシートの上に座り込んだまま動かない。
じっと気絶しているホムラを見つめている。
「モリくーん?」
ふるふると首を横に振るモリくん。
どうもやりたくないようだ。
「……あー。ホムラちゃんが気絶したの見て怖くなってもーたか」
こくこくと首を縦に振るモリくん。
無理もない話である。
例えるなら、気を失うまで走りこみをしてこいと言われるようなものだ。
「ヒメちゃんはどない?」
「私が臆するとでも思ったか! ていうか新技開発してきたから見てくださーい」
変に芝居がかった口調で立ち上がると、再びオオスズメバチの巣を取り出すヒメ。
「おっちゃんさっきから気になってたんやけど、そんな風に巣を持ち歩いて平気なん?」
「近所の軒先に出来てた巣だから。住宅街にあったら駆除されちゃうし、移してあげようと思ったの」
それにこの辺ならエサも多いしね、とヒメ。
「ふーん。そんならええけど。水差して悪かったな。続けて続けて」
「うん。それで私の新技は……ゴー!」
気合を入れて掛け声一つ。
巣の中からオオスズメバチたちが飛び出し、公園の各所へと散っていく。
ヒメは瞼を閉じると、ふんふんと一人頷いている。
いったいどういった技なのかとフユさんとモリくんが見守っていると。
「この公園には家族連れが六組。恋人が三組。一人でぶらぶらしてる人が四人。……だぁっ」
それだけ言い切って、かっと目を見開くヒメ。
疲れたなどと言いつつ大きく息を吐いた。
「……どうっ? お爺ちゃんの無理矢理修行から逃げたときに身についた技なんだけど」
「どうと言われてもなー。なぁ?」
フユさんと顔を見合わせ、こくりと頷くモリくん。
「えええっ。反応薄い?」
「なんちゅーかね。何をやっとったんだか良くわからん」
「わかりません? わかんないかぁ。結構辛い技なんだけどな……」
ヒメは少し落ち込んだ様子を見せたが、すぐに気を取り直して説明を始めた。
「えっとね。付近の虫と視界を共有したの。虫が見たものが私にも見えるの」
「……ほぉ!」
心から感心した様子のフユさんと、小首を傾げるモリくん。
モリくんは意味が良くわからないようだ。
さらに説明は続く。
「さらにこの技の凄いところは、ちゃんと人間の視界に変換されて頭の中に映るの!」
イメージとしては大量のテレビをいっぺんに見てる感じ! と締め括った。
「今の場合は特にハチさんたちに指示出して色々と見てきてもらったってわけ。遠隔で指示は出せないからね」
「そーれーはそれは。かなり実用的やなぁ、ヒメちゃん。……テストの時とか役立っとるやろ?」
「てへっ」
ぺろっと舌を出して笑うヒメちゃん。
「ただ弱点としては酔うの。物凄く酔う。だからあまり長い時間は使えないのよねー」
「ふーむ。とりあえずヒメちゃんはこれからの人生、筆記試験は苦労せんでよさそうなんはわかった」
「羨ましい?」
「めっちゃな。おっちゃんどんなけ苦労したか……」
しみじみと遠い目をするフユさん。
モリくんはまだ試験で苦労するような年でもないせいか、興味はないらしい。
まだ煙を噴いているホムラに手で風を送ってあげている。
「やっぱ日常生活にはおっちゃんらみたいなタイプよりヒメちゃんみたいなのが便利やね」
やれやれと肩をすくめながら。
「強いて言うならいつでも冷え冷えのビールが飲めるくらいのもんやでぇ」
へたれたことを言うフユさん。
「私みたいなタイプだったら、やっぱりミっちゃんが最強だけどね!」
褒められて気分がよくなったヒメちゃんは身内自慢まで始めた。
「ヒメちゃんの従兄さんやったっけ? 何とでも話せて干渉できるって凄まじいにも程があるわ」
「でしょ? しかも人間に化けるモノとかとも仲良くしてるんだから」
「もう超能力とかそういう域ではないわな……。一回お会いしたいもんや」
フユさんの言葉に、ヒメちゃんは渋い顔をする。
「私も紹介したいんだけど。……何かと理由つけて断られちゃうの」
「ほーかー。まぁでもアレや。今日は他のイベントがあるからいいやん」
「そう……そうよね!」
ぐっと拳を突き上げるヒメちゃん。
きらきらと瞳を輝かせている。
「今日は新メンバーが来るんだもんね! 楽しみ!」
「……新メンバー!?」
ヒメちゃんの声に反応して、倒れていたホムラが跳ね上がるように立ち上がった。
「今の今までぶっ倒れてたんやから無茶したらあかんでー」
「新メンバー来たッスか!?」
まるで聞かずにホムラは周りをきょろきょろと見渡す。
「まだだよー」
「そうッスか。遅れるとは言ってたけど、そろそろ来て欲しいッスよね!」
「そうそう。早く来てくれないと門限が……」
「未成年は大変ッスね。ホムラとフユさんはオトナなんで余裕ッスけど」
「いやー。でもモリくん送ったらなあかんからなー。おっちゃんも長くはおれんけどな」
それよりもちょっと座って安静にしとき、とフユさんは冷気を送る。
最年長といっても完全に仕切れているわけではないようだ。
「えー。一緒にビールでも飲みながら待ってみませんッスか?」
「年長者として無責任なことはできんでー」
「それはそうッスどぉ」
このように、集まってはただグダグダするだけの集団。
それが異能者同盟(仮)の実態なのであった。
常人ならざる能力を持ち、持て余し、特に活用することもない人々。
悪用するような悪人でもなし。
社会のために有効利用できるほど要領も良くない。
単なる仲良しサークルな彼らだが、本人たちに別に不満はなかった。
異能の才はともかく、中身は極々一般人なのだ。
秘密を共有できる仲間がいればそれで良いのである。
「……仲ノ良イコトデ」
だが、その様子を物陰から見ている人物がいた。
だぼついたズボンに、ぶかぶかのパーカー。
そしてフードを深く被っているので顔どころか体格まで隠されていて、性別も良くわからない。
羽の焼き焦げたハチを手の中で弄んでいる。
その手も、分厚い手袋に覆われていた。
「サテサテ。アイツラハ使エル、カナ……?」
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