「うわー。すっげぇ美人」

「着流しっていうんだったかな、あの格好。似合ってるとカッコイイー」

「あの日本刀、模造刀だろうけどよく出来てるなぁ。俺も欲しい……」

「小太刀と大太刀で二刀流か。あんな細い腕で凄い力だなー」

「ダンナを庇ってるけど、知り合いなのかしら」





ここは朝の校門前。

そろそろホームルームが始まる時間なので、本来なら人はまばらにしかいない場所。

しかし、今日は様子が違う。

校門の周りには野次馬の生徒たちが集まっていた。

騒ぎの中心にいるのは三人の人影。







「うううっ……」

朝の名物風紀委員こと、木刀娘の早坂小雪。

「……あー」

彼が独り言をつぶやくと超常現象が起こるとウワサの男、通称ダンナ。

「くっくっく」

そして二人の間に突如……本当に突如現れた謎のお姉さん。

チョンマゲのようなポニーテールで、着流し姿の女性。

いつものように早坂小雪が木刀をダンナに振り下ろそうとした瞬間、いきなり現れてそれを防いだのだ。

両手には大太刀、小太刀を構えており、鞘に収めたままのそれを十字にして斬撃を止めている。







「いきなり現れたってレベルじゃないよね。瞬間移動でもしてきたみたいな」

「俺には地面から出てきたように見えたぞ」

「穴でも掘ってて、そこに隠れてたのか? ……んなわけないよな」

「そんなことより美人だよなー……」

「だな。お姉さん美人だから、そこはどうでもいいか」







「助太刀致すっ」

「……うわっ!」

注目の的であるお姉さんは、手にしていた刀を振るい、早坂小雪を弾き飛ばす。

吹き飛ばされた彼女は多少足をよろめかせつつも、倒れることなく踏みとどまった。

「呼んでないのに勝手に来たな……」

守ってもらったダンナは、こめかみをおさえつつ低い声で呟いた。

あまり助けてもらって感謝している様子はない。

「や。相棒の危機には駆けつけるのが人情だからの」

「誰が相棒だ、誰が」

「びっくりしたっ。何なのっ。いったいお姉さんは誰っ」

訳も分からず吹っ飛ばされた早坂小雪は、木刀を振り回しつつ怒っていた。

自分がダンナに殴りかかったこと自体は棚に上げている。

(……やってくれたな、ツクモガタリめ。まさか妖刀なんぞ呼び出しよるとは)

そして彼女の所有物である木刀はもっと怒っていた。

ダンナと妖刀以外にはわからないが、木刀の周りの空気がびりびりと震えている。

(いいだろう……。まずは貴様の眷属から叩きのめしてくれる)

「眷属ではないわっ。対等な関係じゃっ」

(どうでもよい。まずは妖刀、貴様からだ。かかってくるがいい)

「望むところだの!」

声を弾ませ、嬉々としてお姉さん型妖刀は抜刀しかける。

「抜刀したら、早坂小雪に傷をつけたら、周りに被害出したら。二度と家の敷居は跨がせねぇ……」

そんな妖刀の背中に、ぽつぽつと言葉を投げかけるダンナ。

「それだけ分かったら勝負して良し」

「も、勿論だの。それくらい分かってるだの」

冷や汗を流しつつ答える妖刀。

「……ふん」

多少納得いかない様子だが、ダンナは鼻を鳴らしつつその場から離れていく。

(話は済んだか。妖刀)

「待たせたの。……では、やるかの?」

「な、何なのっ? 何が始まるのっ?」

一人混乱している早坂小雪だが、身体はしっかりと木刀を構えている。

年季の入ったこの木刀は、どうも持ち主の肉体を操れるようである。

戸惑っていた様子の早坂小雪の顔から、段々と表情が消えていく。

瞳からも光が薄れ、そこからは彼女の意思は感じられない。

(準備は出来た。いくぞ)

妖木刀、とでも呼べる存在。

ツクモガタリは関係なしに自分の意識と力を持っているらしい。

「……その能力、便利だのー」

化けられるようになる前にその力持ってたら便利だったのに、とか思う妖刀であった。

だが、そんなことを思っている間に『彼女』が切り掛かってきた。

手元を狙った一撃を、後ろに跳んでかわす。

許可が出なかったので鞘に納まったままの大太刀を避けながら振るったが、軽く動かした木刀に軌道を逸らされる。

『彼女』は正眼の構えのまま、すり足で一気に間合いを詰め、再び右手の手元を狙う。

妖刀は今度は避けずに受け止めようと刀を動かしたところ。

(――ふっ!)

寸前で軌道を変え、限りなく突きに近い斬撃を、手首の力だけで妖刀の脳天に叩き込む。

「……のっ!?」

鋭い一撃をもろに貰った妖刀は、多少よろけつつも、大きく後ろに跳躍。間合いを取り直す。

(一本)

淡々とした雰囲気が伝わってくる。

勝ち誇った様子すら無いのが妖刀には腹が立った。

「そんなもの何発喰らってもワシには効かんからの」

効かないというのは嘘である。

だが、人間なら即気絶の一撃を受けてもぴんぴんしている辺り、余裕なのは確かだ。

今度はこっちの番だとばかりに、妖刀は大太刀を大きく振りかぶり斬りかかる。

人間離れした速度で突っ込んでくる斬撃を、『彼女』は軽く捌く。

「くっ……!」

(素人め)

吐き捨てるようには呟くと、『彼女』はほとんど距離の離れていない今の位置から。

(――チェストォォォ!!)

裂帛の気合と共に、全力の突きを妖刀に叩きつけた。

突きというものは喉を狙うもの。

「がふっ!?」

喉が強烈な直撃をくらった妖刀は、その場に崩れ落ちた。

人型なだけで人間ではないので、別に喉が急所というわけではない。

ただ単純に今の一撃はかなりの攻撃力をもっていたようだった。

(数多の武人の鍛錬に使われてきた我と、長い時をただただ飾られて過ごした貴様との差がこれだ)

膝をついて荒い息を吐く妖刀に、木刀は語る。

(貴様、その鞘の造りを見るに……戦う為に生まれたではなかろう)

「……その通りだの」

悔しげな妖刀に、木刀は続ける。

(貴様が刀を使えんのは恥じることではない。我らはモノ。向き不向きというものがある)

木刀は自らを地面に突き立てる。

(だが、貴様は妖怪としてはなかなか格が高い)

「なぬ?」

(刀を振るうことに拘るな。貴様には貴様の戦い方があるということだ)

「……そうか」

(それに)

急に木刀の口調が、妖刀に同情しているようなものに変わる。

(主からここまで離れてしまっては、ろくに力を出すことは出来まいに)

「え?」

言われて周りを見渡す妖刀。

とっくに授業が始まる時間なので、野次馬は消えており。

「ツクモガタリがいないー!?」

ダンナもいなくなっていた。

二人が戦っている間にさっさと教室に行ってしまったようだ。

(貴様の力の元はツクモガタリであろう? いくらなんでも貴様ほどのアヤカシが、我にぼろ負けするわけなかろう)

「ほ、放っていくとは……」

ぷるぷると肩を震わせる妖刀。

あんな脅すようなことを言っておいて、まさか放置していかれるとは思わなかったである。

「あんまりではないかのーっ!」

妖刀はがばりと起き上がると、よよと泣き出しながら走り去ってしまった。

そのままどこかの影に飛び込んで帰るのであろう。

(まぁせいぜい精進するが良い……)

気の毒そうな声を出しつつ、見送る木刀。

世話好きな性格なので、妖刀みたいなモノを見ると鍛えてやりたくなる木刀なのだ。

「……あれっ」

そして我に帰る早坂小雪。

妖刀が帰ったので木刀が身体を返したようだ。

辺りを見渡し、ぽつりと呟く。

「この早坂小雪っ、今まで何をしてたんだっけっ?」

誰もいない校門前に、一人で立っている自分に疑問を感じつつ。

「ていうか何か筋肉痛だっ……。何でだろっ」

困惑しながらとぼとぼと教室に戻るのであった。










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