八月七日
「実に風流だな、ツクモガタリ」

「何が?」

「この蚊取り線香のニオイが、だよ。夏って感じじゃない?」

「ふーん。まぁそうかもな。で、本人はどう思ってるのかね。煙にでも聞いてみるか」



(服に俺たちの匂いしみこむとか言われてもどうしょうもねぇんだよね、とだけ言っとくわ)



「だってさ」

「ミっちゃん。私には聞こえないんだってば」


八月七日
「ムシメヅルヒメ、見ッ参! ……というわけで今日はミっちゃんと花火を見にきました」



「でもはぐれました。クジ引き屋さんに気を取られすぎたのが敗因です。無念」



「今近所の虫さんたちにお願いして探してもらってます。寂しいのはそれまでのガマン」

「何を一人でブツブツ言ってんだ? ヒメちゃん」

「おっ。早かったねミっちゃん! 誰が見つけてくれたの? お礼言わなきゃ」

「いや、俺は虫に案内されたんじゃなくて」

「え?」

「花火に教えてもらった。もうでけぇ声で叫ぶからうるさくてうるさくて」

「……どんな感じに?」

「ミっちゃんミっちゃんと半泣きで歩いている女の子がいるので心当たりのある方は……みたいな」

「迷子のご案内じゃあるまいし!」

「俺に突っ込むなよ!」




八月七日
「いてて。グリップをちょっと強く握ったくらいで芯を飛ばすなよ、シャーペン」

(もっと優しく扱いなさいって言ってるでしょ!)



(こういう微笑ましいやり取りの度に打ち出される俺らの立場って何なんだろうなぁ、同僚)

(そうだよな。もう完全にシャーペンの姉御が上位だからどうすることもできねぇよな)



「まったく勿体無いったらありゃしないな……」

(貧乏臭いわねぇ)



(可能な限りダンナが拾ってくれるのがまだ救いだな)

(でも貧乏臭いとか姉御にだけは言われたくねぇよなぁ。あんまりだ)



「お前の子分が何かブツブツ言ってるぞ」

(子分って言い方はやめてよ)


八月九日
「暑い……ね、ミっちゃん」

「だな。こんな日に外でぶらぶらしてたら日射病になりそうだ」

「ああ……本当に山から逃げてきて良かった。そうじゃなきゃ今ごろ死んでた。または野生化してた」

「爺ちゃんは無茶するからなぁ」

「まぁおかげで出来ることが一つ増えたけどね。人間追い込まれるとどうなるか分かんないね」

「へぇ」

「あとで見せてあげるよ」

「別にいいよ」

「……いけず」

「そんなことより後でプールでも行こうぜー」




八月九日
「……悪い! それだけは行きたくない! ごめん、それじゃ! ……ふぅ」

「どしたの? 何か本気でイヤがってたけど」

「友達に肝試しに誘われたんだよ」

「……あー。ミっちゃんってば聞こえちゃうもんね」

「聞こえちゃうからな。幽霊だけは勘弁だ」

「昔憑かれた時は酷かったねぇ」

「追っ払うだけなら簡単だけど、可哀想でほっとけないのが辛い」

「人知を超えたものが聞こえると参っちゃうよねー」




八月九日
「ねぇねぇミっちゃん。物置から大凧が出てきたんだけど」

「ウチの物置も何がしまってあるのか分からんな……。で、それをどうしたいんだ?」

「乗って、飛びたい」

「……大凧の意見を聞こう」



(ダンナの力添えがあればムリな話じゃないですがねー。痛むのイヤなんで一応体重聞きたいんですけども)



「とりあえず体重教えろだってよ」

「……じゃあ、いい」

「まだ何キロ以内とか言ってないのに」

「いいと言っているだろう! まったく無粋な男だな!」

「急に口調変えるなよ……」


八月九日
『そこの二人ー! 流れるプールでビーチエアーマットを使って波乗りするのはやめなさーい!』



「爽快! 実に爽快だなツクモガタリ!」

「ん。これは悪くないよな」

(やっぱりせっかく来て頂いたんですから楽しんでいってもらわないといけませんからねー)

「悪いなプールくん。こんな良い波立ててもらって」

(お安い御用ですよ)



『やめなさーい! ていうか何であそこだけ大波立ってるの!? このプールにそんな機能ないのに!』




八月九日
(刺したくて刺したくて刺したくて……今日も針を尖らせます)

「……ん?」

(どう? いい詩じゃない?)

「俺はぱくりは良くないと思うなー、サボテンよ」

(ぎく)




八月九日
(ダンナダンナー。見て見てなのにゃあ)

(放してくれよー……)

「トカゲ捕まえてきたのか」

(ウチの見事なハンターっぷり! 撫でてくれなのにゃあ)

「はいはいよしよし」

(こいつ酷いんだぜー……。スキマに逃げたのに人間に化けて手ぇ突っ込んでくるんだもんよ)

「確かにそりゃ反則だな」

(オレが化けれたら人間なんかより竜にでも化けてやるのによー……)

「まぁ逃がしてやるから、な?」

(ありがてぇ……)

(あ! 何で逃がすのにゃダンナ!)

「食べるわけでもないのに捕まえてくるんじゃありません」

(にゃー……)


八月九日
「あ、テレビで美○と野獣やってるよ」

「ディズ○ーか……」

「コレに出てくるポットとかも喋るよね。ミっちゃんの周りのモノもこんな感じで歌って踊ったら面白いのに」

「そんなミュージカルな日常はさすがに鬱陶しくて仕方ねぇなー」




八月九日
(テメェ、オレたちを呼び出すとは良い度胸だな)

(この辺を仕切ってるオイラたちを呼び出した理由は……)

(ケンカ売りたいってことでいいんだよなぁ?)



(ふふふ。その通りなのにゃあ。まとめてかかってくるがいいのにゃ)



(いい度胸だな。今が発情期だったら嫁にしてやるところだぜ)

(まったく惜しいメスだ)

(だがここまで舐められてタダで返すわけには……)



(変ッ化!)



(うおお!? 化けた!)

(猫又かコイツ!)

(ちょっ! 反則だろお前!)



「月夜のウチは無敵なーのにゃー! ……きしゃー!」



(((ぎゃー!)))




八月十七日
「冷やし中華始めました」

「……いただきます」

「その態度は何だ、ツクモガタリ!」

「もう一週間も連続で昼飯が冷やし中華じゃテンションも下がるだろ」

「冷やし中華美味しいじゃん」

「まぁそうだけどさ……」

(ふ、不満があるなら別に食べて頂かなくとも結構なのですが……ハイ)

「冷たいし野菜も摂れるし。夏は冷やし中華だけで生きていけるよー」

「うーん……」

(食べなくていいのに……いいのにぃぃー……)


八月十七日
「よー。久しぶり」

「おおっ。キミかっ」

「ほんと久しぶり。夏休みに部室来るなんてどうしたの?」

「いや家にいるのも疲れてきてさ。ちょっと漫画でも読ませてもらおうと思って」

「ここは漫画喫茶じゃないよっ。……いや、来るなとは言わないけどっ」

「家でいても退屈だものね」

「退屈はしてないんだけどな。従妹来てるし」

「……従妹っ」

「……へぇ」

「でもまだ幼いから相手するのもちょっと大変だよ」

「そっかっ、幼いのかっ」

「そーお、それは大変そうねー」

「そのうち紹介するかもしれないけど、その時は仲良くしてやってくれな?」

「この早坂小雪に任せておくといいよっ」

「ふふ、喜んで」




八月十七日
「そういえば前から気になってたんだけど、ミっちゃん」

「ん?」

「そのストラップはどうかと思うよ」

「友達の女子にもらったモノなんだけど、これ変なのか?」

「日曜の朝にやってる小さい女の子向けのアニメのキャラのだよ?」

「むむ。そうなのか……」

(あーもう! 言わなきゃ分からなかったのに!)

「何か適当に他のに変えたら?」

(余計なことを言わないでよー……頼むよー……)

「……うーん。ま、別に不具合はないからコレでいくよ」

「えー。ちょっと男の子が使うにはおかし……いた!?」

(もう黙ってよ!)

「ストラップに叩かれたー!?」

「ほら。モノの気持ちを考えない発言をするからそうなるんだぞ」


八月十七日
「そういえばヒメちゃん。宿題やらなくていいのか?」

「……嗚呼、ツクモガタリ。貴様は何と酷い男なのだ」

「何だよ」

「……宿題は全部お爺ちゃんの山に置いてきちゃった」

「……あー」

「持って逃げる余裕が……」



(ヒメ! 置いてきた荷物届けに来たぜ!)

(みんなで少しずつ中継して運んできましたよー)



「おお。律儀な虫たち……ってヒメちゃん何故不満そうな顔をする」

「そ、そんなことないよ! みんな、ありがとうねー!」




八月十七日
「最近鬱になる人多いんだってねぇ。……軟弱モノどもが! っていうほど簡単な問題じゃないか」

「精神病は怖いよ……」

「そういやミっちゃんが小さい頃、頭のおかしい子扱いされて病院つれてかれたんだってね」

「あれは怖かったな。精神安定剤っぽい注射打たれそうになった時は暴れた暴れた」

「ていうか大人は怖いよね」

「だな。ちょっと変な能力あったくらいじゃ社会にゃ勝てませんよ、まったく」

「だからさりげなく活用したいよねー」

「……いや、それはどうだろう」











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