七月二十八日
夏休みが始まって、そろそろ二週間ほどになる。

そろそろダラけるだけにも飽きてきた、そんなある日の朝。

(ダンナ、ダンナー!)

部屋で猫と戯れていたツクモガタリの元に、一匹のセミが飛び込んできた。

(にゃー!)

反射的に捕らえようとする猫を抑え、ツクモガタリはセミを掌の上に留まらせた。

「何か用か」

(ヒメが! ヒメが大変なんです! 今駅にいるんですぐに迎えに行ってやって下さい!)

セミは随分と切羽詰った様子である。

従妹のヒメが、夏休みにツクガタリの家に遊びに来ると言っていたことを思い出す。

「いつ来るのかと思ってたら……どういう状況になってるんだか」

ツクモガタリはやれやれと腰を上げると、出かける支度を始めた。







そして駅前。

セミに教えられた駅に着くと、駅前のベンチで巫女さんが寝転んでいた。

従妹のヒメである。

ズタ袋のようになったリュックサックを枕にして、青い顔でぐったりとしている。

「ホントにどういう状況だよ……」

ツクモガタリはベンチに近づくと、寝ている上から顔を覗き込む。

「よぅ、ヒメちゃん。大丈夫か?」

その声に閉じていた目を開け、ツクモガタリの顔を見たヒメは瞳に涙を滲ませた。

「ミ、ミっちゃぁぁぁん……」

よろよろと身を起こすと、心底ほっとした様子を見せる。

「終業式が終わったかと思うといきなりお爺ちゃんに山に連れてかれてね。座禅とか滝打ちとかそれはもう酷い目に……」

「マジで修行させられてたのか……」

ヒメはよっぽど憔悴しているのか、いつもの芝居がかった口調が出来ないでいる。

「うん。山中の虫たちに協力を仰いで、やっとのことで逃げてこられたの。

この格好は恥ずかしいし、お金ないからご飯も食べられなかったし。もうヘトヘトだよ……」

「可哀相に……。母さんに言って今日から夏休みの間泊まれるようにしてやるから。とりあえずウチに来な」

「ありがとぅぅぅ」

疲れきって立つこともできない状態のヒメを背負ってやると、ツクモガタリは家まで歩き始めた。

巫女を背負って歩く少年という異様な光景に、人々の視線が集まったが彼は何とか我慢した。

もしうっかり田舎に遊びに行っていれば、自分もヒメと同じ目に遭うところだったのである。

何時の間にか背中で寝息を立てている従妹。

夏休みの間くらい、せいぜい可愛がってやろうと思うツクモガタリなのであった。







数時間後。

「こ、これは何事かツクモガタリ!? 猫が! シャーペンが! 人間に化けた! すごい! 久しぶりに見た!」

食事をとって風呂にも入り、すっかり元気になったヒメ。

自分の部屋でいつもの芝居がかった口調で騒ぎまくっている。

その様子をうんざりして眺めているツクモガタリが、先ほどの決意をさっそく撤回することなるのにそれほど時間はかからなさそうである。




七月二十八日
「ツクモガタリめ……。何を隠している?」

「変に芝居がかった喋り方しながら人の部屋を漁るなヒメちゃん。別にそんな面白いモノはないぞ」

「おっと筆箱発見。男子の使ってるのって味気ないデザインだよねー」

「元に戻しておきなさい……」





(やー。ムシメヅルヒメに触られちゃったよ。照れるなぁ)

(筆箱のクセに女の子相手にデレてんじゃないわよ)

(なんだなんだ。シャーペンさん何怒ってんの?)

(怒ってないわよ)

(……はっ。ダンナが部屋に女の子連れ込んでるのが気に食わな……イテテ!? 芯を飛ばすのはやめて! ごめん!)




七月二十八日
「それにしても今日は暑いよねミっちゃん。こんな日は何か冷たいものが食べたいなぁ」

「午前中は駅で倒れてたクセに元気なもんだな。……そうだな、カキ氷でも喰うか」

「妙案だなツクモガタリ。じゃあ私が削るから、氷のセットよろしくー」

「はいはい。……さて、氷たち。覚悟はいいな?」

(の、望むところです!)

(美味しく頂いてもらえるのなら本望であります!)

(個人的には素麺の中に入れられるよりはマシだと思うから満足だぜ!)

「……だそうだ。ヒメちゃん、遠慮はいらん。やってしまえ」

「私には何言ってるかわかんないけど、わかったよミっちゃん! やぁぁぁ!」

((あれぇぇぇぇ!))




七月二十八日
「泊めてもらって身だし、紅茶くらい淹れてあげよーう」

「はいはい」



(だ、だめだめ! 二人分なのに私たち茶葉はそんなに要らない!)

(ダメェェェ! その温度のお湯じゃダメェェェ!)

(ミルクが多い、多いの!)

(カップは前もって暖めておいてくださーい!)



「さぁありがたく飲むが良い、ツクモガタリよ」

「……うーむ」




七月二十八日
「ねぇねぇミっちゃん。物置からギターなんか見つけたよ」

「ヒメちゃんは人の家を漁りすぎ。……父さんが昔弾いてたんだろ?」

「ミっちゃんは弾かないの?」

「俺が楽器持つとなぁ……」



(ぃよーし! 人間どもはオレ様のポテンシャルをまるで引き出せやしねぇ! オレ様自らが演奏してやらぁ!)



「おおお。勝手に演奏し始めた」 

「芸術家肌が多いみたいで、自分で演奏したがるんだよな」



(てぇぇぇりゃぁぁぁぁ)



「テクニックがすごいのは解るけど、あんまり良い曲だとは思えないなー」

「まぁセンスがあるかどうかはやっぱり個人差だからな」


七月二十八日
「ヒマねー……」

「……ヒマだねっ」

「夏休みだっていうのに、朝から喫茶店でダラけてるなんて不毛よねぇ」

「まったくもってその通りだねっ。そろそろ遊びに行く予定でも立てようかっ」

「そうとすると彼も誘わないと。夏休み入ってからほとんど会ってないし……」

「……何回か会ったみたいな言い方だねっ」

「何回かは会ったわよ。小雪ちゃんは夏休み入ってからは会ってないの?」

「……そりゃ会ったけどさっ」

「ならいいじゃない。お互い様ってことで、ね?」

「お、お互い様って……っ」

「あ、外を彼が歩いてる……」

「えっ? ホントにっ? ……なんか女のコ背負ってるっ」

「……しかも巫女さん。……マニアックねぇ」

「どういう状況なんだろっ?」

「それはわからないけど……。もしかしたら、うかうかしていられないことになるかも」




七月二十八日
「そういえばミっちゃん」

「なんだヒメちゃん」

「さっきお風呂入ったときに気付いたんだけど、ここのお風呂結構カビいるよね。天井とか凄かった」

「だろ? なかなか面白いヤツらだから生かしておいてるんだ」

「だね。私菌類とも話せるんだけど、小粋なジョークを聞かされるとは思わなかったよー」

「ああいうのどうやって覚えてるんだろうなぁ」

「今晩もっかいお風呂入るときが楽しみー」





「酷い……。世の中は無情に満ちている……」

「何言ってんだ」

「おばさんが昼間の間にカビ駆除しちゃってたみたい……徹底的に」

「……世の中そんなもんさ」


七月三十日
「風鈴の音って風流だよね。涼しげで」



(あっつー……)



「この音聞いてると夏って感じがするよ」



(まぶしー……)



「……って何で風鈴外してるの?」

「もうちょっと日陰の方に移してやろうと思って」

「あー……。何となくわかった」




七月三十日
「はい、もしもし。……委員長か。どした?」

「ミっちゃんミっちゃん。アイス食べていい?」

「小豆は残しとけよ。……いや何でもない。文芸部で合宿に? ふぅん、海かぁ」

「迂闊! ……こぼしちゃった。アリさーんおいでおいでー」

(これはありがたいでやんす)

(ヒメは太っ腹でやんすねぇ)

「家に蟻をあんまり大量に入れるなー。バレると駆除され……いや、こっちの話。で、俺も来ないかって?」

「カーペット染みになったら困るからがんばって吸ってね」

「とりあえず拭きなさい。……で、海。海ねぇ。悪いけど俺はパスするよ。また誘ってくれ。……ふう」

「せっかく誘われたんだから行けばいいのに、海」

「このクソ暑いのに何でわざわざ海まで行かなくちゃならんのだ。家で寝てるほうがいい」

「だらしがないぞツクモガタリ! ……ていうか夏バテしてるんだねー」

「もうだるくて……」


七月三十日
「浴衣もたまには着てやらないとなぁ」

(そうッスよ。ダンナも夏くらいは自分に袖を通してもらわないと困るッス)

「今度祭りがあるから、その時にでも着るとするよ」

(そうして下さいッス)



「いいなぁ。浴衣。私も着たいなー」

「といってもウチには女物の浴衣はないんだよな」

「田舎に戻ればいっぱいあるけど……戻るわけにはいかないし」

「俺のでよかったら貸すぜ」

「愚弄する気かツクモガタリ! ……うう、今年は諦めよう」











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