五月九日
(お主を見てると血が騒ぐのー)

(ああん? 何だジーサン、やんのか?)

(お? お? やっちゃっていいのかの?)

(骨とう品がチョーシのんなよコラ)

「五月人形に妖刀先生、家の中で暴れるのだけはカンベンしてくれ。ていうか先生も勝手に来ない!」


五月九日
(こう、毎日毎日踏まれる生活っていうのもたまにイヤんなるんよね)

「まぁそう言わないで。街を支える道路さん」

(戯れに何かしたくなるわぁ。ちょっとアスファルト溶かしてみたり、こっそり坂になってみたり)

「いやいや。そう言わないで。ホントに。頼むから」

(冗談やって。道路さんは責任大きいからねー。余計なことはせーへんよー)

「……助かります」


五月九日
「おお。こんなところからポケットティッシュが」

(……去年の夏から放置されてたポケットティッシュです。コンニチハ)

「いや、悪いな。今度出かける時にちゃんと使うからさ」

(ダメです。ぷっちんキてるのです。許さないのです)

「そう言われてもなぁ」

(というわけで使用中に洗濯機の中に飛び込むという自爆テロを敢行したく思うのです)

「そ、それは勘弁してもらいたい」

(または水洗便所の中に突っ込んでやるのです)

「それ詰まるから……」

(……じゃあ最初に出す時、一枚でいいのに余計に出すぎちゃう、くらいで許すのです)

「あー……それくらいなら。ていうかお前、ホントは怒ってないことないか?」


五月九日
「ふひひひ。ふひ。ふひひ」

気持ちの悪い笑い声を上げながら、全身を黒に固めた男は、神経質に足を踏み鳴らしていた。

目の前には、顔を青ざめて立ち尽くす女性が一人。

黒服は、最近世間を騒がしている辻斬りだった。

人気のない所を歩いている女性を襲い、斬り殺し、その死体を嬲って捨てるという狂気じみた変態だ。

日常生活ではまずお目にかかれないような大ぶりのナイフを手にしている。

女性は悲鳴を上げ、黒服に背を向け逃げ出すが、黒服の足は速かった。

たちまちに追いつかれ、組み伏せられる。

死体にしか興味がない黒服は、絶叫を上げる女性に躊躇うことなくナイフを振り上げ、それを叩きつけるように……。

……振り下ろすことはできなかった。

固い、金属質な音が深夜の空気に響き渡る。

弾き飛ばされたナイフは、少し離れた地面に浅く突き刺さった。

「妖刀の先生の言った通りだなぁ……」

場にそぐわない、呑気な声とも感じられる平坦な声が、ぼそりと呟いた。

「血の臭いがするからって……。面倒がらずに出てきて正解だった」

顔を上げる黒服。

そこには、ほとんど部屋着と言っていいほどに気楽な格好をした少年が立っていた。

呆れた顔をして腕を組んでいる。

コンビニに寄った帰りのような雰囲気で、まるで緊張感は感じられない。

「今、何かしたか。ガキ」

何をどうやられたかは理解できないが、興を削がれて殺気立つ黒服。

ふん、と鼻を鳴らす少年。

腕を組んだまま、そして平坦な声のまま黒服に告げる。

「黙れ。つべこべ言わずにかかって来い」

舐められている。

そうとしか受け取りようのない少年の態度に、狂った変態の少ない理性は弾けた。

腰から予備のナイフを抜き放つと、少年に踊りかかった。

少年は組んでいた腕を解き、緩慢な動作で右腕を振る。

すると、次の瞬間、少年の手には日本刀が握られていた。

隠し持っていた、と言うよりもまるで最初からそこにあったかのような自然さで。

月の無い夜に、異様な光を放つ美麗な刀。

怪異な光景に目を剥く黒服。

だが振りかぶったナイフは止めず、そのまま斬りかかる。

少年の瞳には恐怖も焦りもない。

剣の心得も何もあったものではなく、刀を力任せに、地面と水平に薙ぎ払った。

その太刀筋は不自然なまでに速い。

黒服の握っていたナイフは、再び弾き飛ばされて宙を舞った。

「……ごめんよー」

申し訳なそうに呟く少年。

「何が。ごめん、だ」

「今のはナイフに謝ったんだよ。……つーか」

得物を全て失い、丸腰の黒服に刀を向ける少年。

今まで平坦だった瞳に、初めて感情が浮かぶ。

怒りと嫌悪感に満ちていた。

「俺はツクモガタリと呼ばれちゃいるが……」

大きく振りかぶりながら、大股で黒服に歩み寄っていく。

距離を取ろうとする黒服だったが、何故か動くことが出来ない。

どうしてか、関節を動かせないのだ。

まるで着ている服が拘束服に変わってしまったかのようだった。

身動きの出来ない黒服の眼前に、少年は立つ。

まるで断首台の如く、高々と刀を掲げて。

「――外道と語る、口はねぇ」

刃が、閃いた。







「おはよう」

「おはよっす。委員長」

「今朝のニュース見た? 例の連続通り魔、捕まったんだって」

「ほぉ」

「何でも全身切傷だらけで、半死半生の状態で道端に転がってたとか」

「はぁ」

「少しでも発見が遅れてたら死んでたかも、だって。もしかして別の通り魔が出たのかもって噂よ」

「へぇ」

「……あんまり興味無さそうね?」

「いやいや、そんなことは。害獣駆除は大事だよな。うん」

「害獣?」

「助けた女の人が気が付いたらいなくなってたのは少し寂しかったけど、現実はそんなもんだよな」

「な、何の話なのー?」


五月十二日
「暑い……」

(お、オレの出番っすかね?)

「エアコンか……」

(起動しちゃっていいっすかぁ)

「……いや、まだ駄目だ」

(ええー。暑いんなら冷やしましょうよー)

「まだ五月だぞ? ……もうエアコンに頼るのは早い気がする」

(うー。夏が待ち遠しいっすねぇ)











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