三月十七日
朝にパン屋の前を通ると、中から景気の良い声が響いてくる。

(出来たての焼き立てのほやほやだよー)

(ふかふかのほかほかですぜー)

(美味しいよー、買ってってー、食べてってー)

あぁこいつらは食べられたい派なんだなぁ、と思いつつも俺は前を素通りした。

せっかくなので買っていきたかったが、今はちょっと時間がない。

後ろ髪を引かれる想いをしつつもその場を去っていった。




夕方の帰り道。

再びパン屋の前を通ると、中から悲壮な声が聞こえてきた。

(うう、売れ残っちゃった。売れ残っちゃったよぅ)

(かちかちになったし、冷めちゃったし)

(誰かボクを食べてよー、寂しいよー)

「い、いくつか買っていくか」

ちょっと素通りできなかった俺は、財布の中身を確認しつつ店の中に足を踏み入れるのだった。


「うーっ。何だか知らないけど頭痛いっ」

教室に遊びに来ていた早坂小雪は、こめかみを抑えて少し辛そうに言った。

「小雪ちゃん大丈夫? バファ○ン持ってるからお昼食べた後に飲んだら?」

それに対して委員長は鞄から小さなクリアケースを取り出して早坂小雪に見せる。

「ありがとっ。でも何でバファ○ン持ってるのさっ? 委員長も体調悪いのっ?」

「いざという時のために何種類かお薬持ち歩いてるのよ」

言いつつ委員長はケースを差し出す。

早坂小雪は礼を言いつつ受け取るが、ふと疑問を感じたようで小首を傾げた。

「なるほどっ。ところでバファ○ンの半分は優しさだっていうけどホントかなっ?」

「俺が確かめてやろう」

「うわっ、いきなり出てきたなっ」

「まぁまぁ。で、どうなんだ? 実際のとこは」

突然会話に加わられて驚いている早坂小雪を尻目に、クリアケースに話しかける。

(今から俺を飲もうって相手に優しさなんか見せれるわけねーだろ。クソッタレが)

吐き捨てるように言われてしまった。

触れるもの全て傷つけてやるぜ、とでも言いたげな口調だ。

無論優しさの欠片も感じない。

「……バファ○ン分の優しさくらいは俺がくれてやろうじゃないか」

そう言いつつ早坂小雪の頭をよしよしと撫でる。

「な、何するんだよっ」

文句を言いながらも抵抗はしない早坂小雪。

「……あぁ。私も何だか頭が痛くなってきたわ」

その光景を見ていた委員長は悩ましげに眉間を抑える。

「ん? 保健室行くか?」

「……あんまりだわ」

「何がさ」


「文芸部の部室なのに、何でこんなに色んな衣装があるんだろうな。ここは」

「資料らしいわよ。部長いわく」

「美術部じゃないんだから現物はいらなくないか?」

「書いている話に合わせた格好をすることにより、感情移入がしやすくなるんだって。部長が」

「なんだそりゃ。……おお、チャイナドレスとかあるんだ」

「前に三国志をお題にみんなで書いた時に買ったものね」

「部費はもうちょっと有意義に使うべきだと思うぜ」

「九割自腹だから大丈夫よ」

「ますます大丈夫じゃない気もするが」

(ちなみに旦那。この娘たち、衣装着て撮影会とかやってるんですぜ)

「マジかチャイナドレス。本当に何部なんだ、ここは」

「そんなにチャイナドレスが気に入ったの? ……何なら着て見せる?」

「遠慮します」


三月二十六日
「こんこん」

(……)

「なんだ。委員長、風邪か?」

「ごほごほ。そうなのよ。うっかりだわ」

(……)

「まだまだ寒い日が多いからな。仕方ないと言えば仕方ないよな」

「けほけほ。早く気候的にも春になってほしいものね」

(……ちっ)

「まったくだ」

(あー。セキを間近で吐かれまくってうっとうしー)

「そう言うなよマスク……」

「ん? 何か言った?」

「いや別に」


三月二十七日
(我慢ならなかったんだ)

「うん」

(糞尿にまみれるのは平気なんだ。そのために作られたんだし)

「……うん」

(でもタバコの吸殻を投げ込まれるのは我慢ならなかったんだ……! ティッシュでもイヤなのに……!)

「お前の気持ちはよくわかったよ、便器」

(うう……)

「でもだからって下水を逆流させなくてもいいじゃないか。もう大惨事だったんぞ」

(我慢ならなかったんだよー……)

「……まぁタバコ吸ってたスカポンたちには良い薬かもな」

三月二十七日
「桜も少しずつ花開いてきたわねぇ」

「だな」

「……風流ね。この春の花々はどんなことを想って、こんな綺麗に咲いているのかしら」



(繁殖! 繁殖!)

(花粉を飛ばせ! 受粉しろぉ!)

(虫どもぉ! 蜜やるからもっと花粉運ばんかいぃぃ)



「……その辺は想像するのが楽しいんだよな。本当のことはともかく」

「ふふ。そうよね」


三月二十七日
(この学校で一番偉いニンゲンは校長)

「……」

(つまり、その頭の上に君臨しているオレは最も偉いモノということになるな)

「……」

(わっはっは。もっとオレを敬うがいいぞ)

「うるさいカツラだなぁ。……え、いや俺は何も言ってませんよ校長先生? お気になさらず」


三月二十七日
(パプリカパープル!)

(同じくイエロー!)

(さらにオレンジ!)

(そしてリーダーのパプリカレッド!)

((我ら揃ってパプリカレンジャー!!))



「楽しい?」

(うん、まぁそこそこ)

(ちょっとだけ虚しかったけど)

「ところでやっぱりレッドがリーダーなんだな」

(当然。赤のオレが一番栄養あるからな)

「へぇ。じゃあ赤色は残さず食べないとな」

(そ、そういうことだな)








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