三月十四日
昼休みの教室にて。

遊びに来ている早坂小雪は、俺の机の上に腰掛けて嬉しげに話し掛けてくる。

「風紀委員だから持ってきてないんだけどさっ。前から欲しかったものがやっと買えたんだっ」

「へぇ。何買ったんだ?」

「へっへーっ。何だと思うっ?」

いたずらっぽく微笑む早坂小雪。

相当テンション上がってるなぁ、こいつ。

「新しい木刀?」

「木刀買って喜ぶ女子高生がどこにいるのっ」

適当に答えたら怒られた。

まったく気の荒い娘だぜ。

早坂小雪は勿体つけつつ正解を言った。

「買ったものっ。それはっ。iPodなのっ!」

なんだ。普通に良いモノじゃないか。

「iPod nanoか。流行ってるもんなぁ」

うんうんと頷く俺。

「微妙に二人の会話がかみ合ってないような気がするのは私だけかしら……」

「お。戻ってきたか」

声のした方に顔を向けると、パンの入った袋を抱えた委員長が。

「先に食べてくれてて良かったのに」

委員長はやんわりと微笑みながら、手近な椅子を引き寄せて座る。

「みんなで食べたほうが美味しいだろ?」

言いながら弁当にしてある厳重な封を解く。

少しでも人数が多くないと中身に逃げられるからなぁ。

「ふふ。そうよね。ほら、小雪ちゃんも机になんか座らないで」

「うんっ。そろそろ食べよっかっ」

机の上にそれぞれの昼食を並べる。

そして三人そろって「いただきます」

もぐもぐと弁当を頬張りながら、俺はふと思い出して口を開いた。

「そうそう。今日はホワイトデーだったよな。お返し用意してきたぜー」

俺の言葉に委員長と早坂小雪は瞳を輝かせる。

「ホントにっ?」

「そんな……。何だか悪いわ」

ごそごそと鞄から小箱を取り出し、まずは早坂小雪に差し出す。

「ほれ」

「ありがとっ。開けていいっ?」

「おう」

嬉々として早坂小雪は小箱のリボンを解き、中身を取り出す。

そして中身を見て眉をひそめた。

「……何これっ?」

「鍔だよ。木刀用の。早坂小雪の使ってるヤツには付いてないだろ? だからさ」

中に入っていた鍔を手にとり、早坂小雪は非常に難しい顔をした。

「……ありがとっ」

あまり嬉しそうでもない表情。

まぁ無理もないだろうな。ていうか冗談だし。

「で、委員長には……」

俺は次に鞄からリボンを取り出すと、適当に自分の頭に巻きつける。

委員長に向かってウインクなんぞしてみつつ。

「プレゼントは、俺!」

先月されたネタをそのまま返してみる。

一瞬、三人の間の空気が凍った。

……すべったかな。

発作的に死にたくなったそのとき、委員長はなぜか舌なめずりをした。

眼鏡の奥の瞳がぎらぎらと輝いているような気がする。

「……さ。行きましょうか」

「「どこへ」」

早坂小雪とハモりつつ、二人して委員長の脳天に軽くチョップをかます。

「いったぁい」

涙目になっている委員長に、今度は本物のプレゼントを差し出した。

「冗談はさておき、委員長にはコレね」

「眼鏡ケース……。あ、ありがと」

委員長は何だか微妙な顔をしつつ受け取った。

「二人とも自分の長所は大事にしないとな。うんうん」

「私の長所って眼鏡……」

「……木刀なのかっ」

複雑な表情を浮かべる二人を前にして、一人満足げな表情を浮かべる俺なのだった。





PS:ヒメちゃんには昆虫採集セットを送りました。



そして放課後。

「iPodに入れるCDを借りに行こうと思うんだっ」

下校しようと教室から出たところで、早坂小雪に捕まった。

「行ってくれば?」

わざわざ俺に宣言しなくても、と思いつつ小首を傾げて答える。

「何しろいっぱい曲が入るからねっ。普段聴かないのも借りようと思うから一緒に来てくれないかなっ?」

手をもじもじと胸も前で絡ませつつ、早坂小雪は俯き加減で誘ってきた。

こいつはたまに気が弱い感じになるよなぁ。

「いいぞ。別に用事ないし」

「ほんとっ? じゃあ行こうっ。いろいろとオススメしてねっ」

ぱっと顔を上げた早坂小雪は、跳ねるような足取りで廊下を先に歩いていった。

「元気のいいヤツめ……」

「小雪ちゃんと遊びに行くの?」

俺がその後に続こうとすると、後ろから声をかけられた。

振り返ると委員長。

「私も行っていいかな? ……その、お邪魔じゃなければ、だけど」

不自然なほどに遠慮がちに委員長は言う。

遠慮するほど他人行儀な仲でもあるまいし、この娘もたまに行動が変わってるよな。

「邪魔なことはないけど。委員長、何か先生に用事頼まれてたりしないか?」

昼休みの終わり頃に先生に何やら話し掛けられている様子を見た気がする。

一応確認のために訊ねてみると、委員長は何かを思い出したようだった。

「……そういえば、生徒会の書類作成の助っ人を頼まれてたわ」

「やっぱり」

この娘は真面目で要領がいいから、よく用事を頼まれてるんだよな。

「じゃあ今日は一緒には行けないかぁ……」

酷く気落ちした様子の委員長の肩をぽんぽんと叩いてやる。

「まぁいつでも遊べるだろ。今回は残念ということで」

「うん……また、誘ってね」

委員長はそれだけ言うと、とぼとぼと去っていった。

出来の良い子は大変だな。

ほんの少しだけ委員長の背を見送ると、俺は早坂小雪を追いかけるために昇降口に向かうことにした。





「やってきましたレンタルショップっ」

「さてさて何を借りますかね」

普段からたまに利用しているビデオCDレンタルショップまでやってきた俺たち。

お互いにCDは買うより借りる派なので、会員証もばっちりだ。

ただ、ここは自分を宣伝したい性格のモノが多いので俺としては騒がしいのが難だったが。

いつもなら店に足を踏み入れた瞬間、やかましく騒ぎ立ててきたCDやビデオたち。

しかし、今日は何だか雰囲気が違った。

何と言うか、空気が張り詰めている。

ひそひそとした話し声しか聞こえてこない。

「何事だ……?」

不審に思った俺は、少し警戒しつつ周りに注意を巡らす。

「何してるのっ? 早くCD見ようよっ」

うきうきした様子の早坂小雪は、この場の不自然さに気付かないようだ。

……ってか気付くわけないか。

適当な返事を返しつつ、近くにあったCDの見本に訊ねてみる。

「……何か場の様子がおかしい気がするんだけど、何かあったかわかる?」

(オレたちの天敵が来たんでみんな警戒してるんでさぁ……)

何故か声を押し殺して答えを返してくるCDの見本。

「天敵って?」

(あの、長方形の悪魔のことでさぁ)

そのCDの見本が意識を向いた先に視線をやると、そこでは早坂小雪が長方形のモノをいじっていた。

「……悪魔ってiPodのことか」

(そう。あんなヤツらに普及されちまったらオレらの立場がねぇってもんですぜ)

「なるほどねぇ。時代の流れって言ったってお前らには納得できないよな」

(そういうことで)

仕方ないと言えば仕方ないこと何だけど……こういう時にモノの言葉がわかると困る。

何だかこっちまでしんみりしてしまうな。

(それで。レジカウンターの奥にしまわれてるCDの連中が、隙を見てiPodに襲い掛かろうって……)

「……なにぃ?」

何言い出すかなコイツらは。

「まぁ、そんなの俺が店から出るだけで解決することだから別に……」

(ダンナの影響力が少しでもある間は全力で攻撃する覚悟でさぁ)

妙に力強い口調のCDの見本。

「……はぁ」

俺はため息を一つ吐くと、黙ってその場から離れた。

これは何とかこの場を凌がないとなぁ。

「何か真剣な表情だったから話し掛けにくかったけどさっ。何か良いのあったのっ?」

「うん。まぁそんな感じ」

早坂小雪に近寄って、一応周りを警戒しておく。

並んでいるCDの見本たちはそれほど強硬派でもなさそうだが、念には念を。

(ったくCDとか時代遅れだよナー。音楽なんかデータだけで十分なのに資源のムダだっつーノ)

……変な声が聞こえてきた。

ていうかこの声は明らかに。

(ダンナもそう思わネー? CDなんて終わってるよナー)

早坂小雪が手に持っているiPodからのものだった。

ああもう。周りを煽るなよお前……。

iPodの軽薄な声に、周りの空気がさらに悪くなる。

空気を読めてないとはこのことだな。さすが若造。モノとしての歴史が浅いだけある。

「……早坂小雪よ」

「んっ? 何かなっ」

「悪いけど急用を思い出したから、ちゃちゃっと選んで今日はお開きにしないか?」

両手を顔の前で合わせて頭を下げる。

とりあえずこの場から離れるのが最優先だろう。

俺だけ帰っても、俺の体質の余韻だけでも軽い暴動が起きてしまいそうで怖い。

「もう帰るのかっ。仕方ないなっ。……また付き合ってくれるよねっ?」

少しだけ頬を膨らませていた早坂小雪だが、最後だけ少し小声になる。

「付き合うぞ」

CDたちの説得が終わった後でならな、と心の中で付け足しておく。

「じゃあ今日はもういいよっ。とりあえず借りるつもりだったのだけ借りてくるねっ」

悪い気分でもなさそうな早坂小雪は、何時の間にか取ってきた見本片手にレジに向かっていった。

もちろん俺もついていく。

店員さんがCDを取り出す瞬間が一番危険だからな……。

レジに並ぶ早坂小雪の隣に立ち、CDがしまわれている棚を見る。

……がたがたと音を立てて揺れていた。

店員さんは何でだろうと首を傾げている。

何と言うか殺気みたいなもんをあの棚から感じるぜ。

(だ、だんな。逃げた方がいいと思うっすよ……!)

必死に耐えてくれているらしい棚が注意を促してくる。

(もしかしてCDさんたちイラ立っちゃってんのカナ? 年寄りの嫉妬とかウザイよネー)

「黙れ」

(……は、はい)

極々小さな声で呟いたのだが、うまいことiPodにだけ伝わったようだ。

外見だけでなく根性もコンパクトらしく、静かになってくれた。

今度機会があったら色々と躾けてやるかな。

さて、あとは商品の受け取りの時にだけ注意を払わないとな……。

早坂小雪の番が来て、店員さんは指定されたCDを取り出すために棚に手をかける。

その間にも不自然に棚は揺れ続け、今にも中のCDたちが飛び出してきそうだ。

(も、もうダメっすー!)

棚の悲痛な声と共に、棚の戸が開かれ……。

「iPodに攻撃をしかけるのは自由だが、確実にお前ら全滅するぞ? よーく考えてみ」

……開かれた瞬間、ぼそっと呟いてやった。

(あ、あれ? そう言えば)

(私たちって超もろいじゃん!)

(あっぶね! 自爆するトコだった!)

(みんな戻れ戻れー!)

(い、今更戻れないってばー)

(押すな押すなー)

大量のCDが棚からなだれ落ちた。

自分たちの強度を思い出したCDたちは踏みとどまろうとしたらしいが、勢い余って落ちた模様。

目を丸くする早坂小雪。悲鳴を上げる店員さんたち。

床に散らばったCDたちに俺は諭すように声をかけた。

「iPodには俺からよく言って聞かせるから、な?」

(悔しいが俺たちにゃあ攻撃すらできんからなぁ)

(ここはダンナに任せるか)

(ですね。お願いします。ツクモガタリさん)

「任された」

俺とCDたちは極々小声でやり取りを終える。

……ふう、何とかなったか。

CDたちに突撃されてもiPodは平気だろう。

しかしそれを持っている早坂小雪の手はズタズタになってしまうかもしれない。

それだけが心配だったのだ。

心の中で胸を撫で下ろしていると。

「よーしっ、お待たせっ。……何疲れた顔してるのさっ?」

用事をすませた早坂小雪が怪訝な顔でこちらを窺ってきた。

「もしかしてムリに付きあわせて疲れさせちゃったのかなっ」

妙に弱気な態度の早坂小雪。

「そんなことないぞ。こっちこそ迷惑かけて悪かったな」

俺の体質のせいで危ない目に合わせるところだった。

「……なんのことかなっ?」

「まぁ気にするな。軽くお茶でもして帰ろうぜ」

店員さんたちの嘆く声を背に、レジから離れていく。

「急用はどうしたのさっ」

「それも気にするな」

またまた怪訝な顔をする早坂小雪の背中を押しつつ、とっとと店から去る俺たちであった。

……今回の最大の被害者は店員さんたちだなぁ。








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