三月一日
住宅街を歩いていると、どこからか何モノかのすすり泣く声が聞こえてきた。

俺に聞こえるという時点でそこそこ近いってのがわかる。

ヒマなので様子を覗いてみようと近くの角を曲がると、そこでは引越しをしている光景が見れた。

引越し会社の人たちがせっせと荷物を運んでいる。

その横で、小学生の男女が向かい合って何か話していた。

「オレ……お前のこと忘れないから……!」「絶対手紙書くからね……」

うーん。何だか甘酸っぱい空気。

(ひぐっ。ぐすっ。や、やっぱり別れってのには慣れねぇもんだなぁ。なぁ兄ちゃん?)

「お、おおう?」

いきなり話し掛けられたので少し驚いた。

引越し会社のトラックが俺に涙ながらに声をかけてきたのだ。

距離的に離れているので結構な大声で。

(ホントホント。アチキもこの仕事について長いけど、こういう光景見せられると……)

(うんうん。まったくだぁね)

忙しなく働いている会社の人たちが被っている帽子たちも口々に喋りだす。

「小遣い貯めて、会いに行くから……」「……うん、待ってる」

((うう、いい話だ……))

声を揃えて咽び泣くトラックに帽子に制服にその他色々。

あー……もう。何かお前らのせいで台無し。

三月三日
「さてさてっ。今日はひな祭りっ」

着物姿の早坂小雪は、満面の笑顔を浮かべていた。

「というわけで、文芸部のみんなで甘酒パーティー」

委員長も同じく着物姿で楽しそうにはしゃいでいる。

「という名の飲み会だな。これはもう」

そんな俺はアロハ。もちろん冬用アロハ。こだわりのアロハ。

浮いてるとかそういうのはどうでもいい。

「あっはっはーっ。飲んでるっ?」

一人、ひな壇の隣で甘酒をすすっていると、早坂小雪が絡んできた。

頬っぺたが桜色になっており、かなりいい感じになっている模様。

「輪に入ってきたらいいのにーっ。盛り上がるんだっ。もっともっとっ」

「そう言われてもなぁ。酔っ払った女性陣の中に入る勇気はちょっとないかな。てか何で俺呼ばれたんだ」

ってか甘酒を酔うほど飲むなよ、まったく。

まぁ誘われてほいほい来た俺も俺だけどな。

「部長が男っ気が足りんから誘えってさっ」

「ああ……そう」

その割には放置されてるな、と思いつつも輪に入れられても困るので黙っておく俺。

「なぁにソコで二人で話してるのぉ? 私も入れてくれなぁい?」

「おお!?」

背筋にぞくぞく来るような強烈な猫撫で声で話し掛けられ、思わず飛び上がりそうになる。

誰だ今のは、と振り返ると。

「い、委員長か?」

「そうよぉ? 誰かと思ったのかしらぁ?」

甘酒を瓶ごと抱えた委員長は、俺の隣に腰を下ろすとしなだれかかってきた。

これはかなり飲んでるな。

「小雪ちゃんばっかり構ってないでぇ。私ともお話しなぁい?」

「それは構わないけど委員長。ちょっと飲みすぎじゃ……む」

注意しようとした俺の口を、指で塞ぐ委員長。

「委員長じゃなくてぇ。名前で呼んでちょうだぁい?」

い、委員長の人格がおかしいことになっている……!

……でもまぁ名前で呼ぶくらいはいいか。それくらい別に大したことじゃないし。

「わかったわかった。わかったから水でも飲んで落ち着けよ、ひ……ってこらこら!」

「ちょっと熱くなぁい? 脱がせてあげるわぁ」

俺の言葉の途中で、ダメな子になっている委員長はベルトに手をかけてきた。

「そんなことしなくてよろしい!」

抵抗しつつ、助けを求めようと周りを見渡す。

「こ、こら! お前ら!」

早坂小雪含め、文芸部の連中が正座で俺と委員長の様子を見学していた。

どいつもこいつも酔っ払ってやがるなっ。

「そんな期待に満ちた瞳で眺めてくるんじゃないっての!」

「ほらぁ、じっとしなさぁい」

「委員長はいい加減正気に戻れっ」



(だ、誰も私たちをみてくれない……)

(よよよ……)



ひな人形たちが何やら嘆いていたが、構っている余裕はない。

委員長の頭を抑えつつ、必死に抵抗する。

「くっそー! 今度から絶対アルコール関係じゃお前らと遊ばないからなぁぁ!」


三月四日
闇と地を繋ぎ、奈落への入り口であり、常闇を閉じるのが使命。

――それが我ら地獄の蓋……。

掃き溜めの守護者にして、地表を見守るものなり……。


「マンホール。ちょっと格好つけすぎじゃないか? その表現は」

(ああーん。少しくらい浸らせてくださいよー)


三月五日
「ふっ! ほっ! てやてやっ!」

(いて、いてて)

「とりゃっ! そいやっ!」

(あたたっ。……こ、こらこら!)

「ん?」

(いくらヒマだからって俺をぺしぺし殴らない! 俺は電気のスイッチのヒモ! サンドバックじゃないんだから!)

「あースマンスマン。かなり無意識な行動だった……」


三月六日
(がぼがぼがぼ)

「……」

(がぼがぼがぼ)

「……」

(がぼがぼがぼ)

「……ん。そろそろかな」

(……はぁはぁ)

「まだ早かった」

(がぼがぼがぼ)

「うーん。このティーパック、文句一つ言わないとはなかなかやるな」

三月七日
(にゃー! にゃー!)

「何そんな切ない声出してんだ」

(さ、察して欲しいのにゃあ……。うう、辛いにゃあ辛いにゃあ)

「……ああ! そうか、発情期か!」

(もうちょっとオブラードに包んで欲しいのにゃあ!)

「悪い悪い」

(うう……。この時期は我慢するしかないのにゃ。外に出たらオスに襲われるし大変にゃあ)

「俺に気にせず孕んでこいよ。子供できたら育児くらい手伝ってやるし」

(ネコマタになるまで子供は作らないのにゃ)

「気合入ってるなぁ」

(ネコマタになれたらダンナの子供産みたいから、その時はヨロシクにゃ)

「……うええ?」

(ツクモガタリとネコマタの間に子供が出来たら、とっても強い子になりそうにゃ。今から楽しみにゃ)

「……まぁ、猫又になれたらね」

(その言葉、忘れんにゃよー?)








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