「朝から何か荷物が届いたかと思えば。ヒメちゃんからか」
どれどれと俺が包みを開けると、中から綺麗に包装されたチョコレートが出てきた。
はてさて。なぜヒメちゃんはいきなり俺にチョコなんぞ送りつけてきたのやら。
(ちょっとちょっと。そこで首ひねってる人!)
「ん?」
呼ばれて振り返ると、そこには呆れたような雰囲気を発しているカレンダーが。
(今日の日付確認してみ?)
言われて見ると、今日は二月一四日。
バレンタインデーと書かれている。
「……ああ」
なるほど。
「そうかそうか。なるほどなぁ。学校から帰ったらお礼の電話でもするか」
(バレンタインデーを本気で忘れるなんてクールなお人)
「淡白だとはよく言われるな。しかしわざわざ送ってくるとは可愛いヤツめ」
うんうんと頷く俺を見て、カレンダーはぼそりと呟いた。
(……なんかお爺ちゃんみたいな喜び方)
「ほっとけ」
そしてその日の昼休み。
「今日はバレンタインデーだよっ」
「そうだねぇ」
隣のクラスから遊びに来た早坂小雪は、俺の机の前で踏ん反りかえっている。
「というわけでチョコを用意してきたっ」
言いながら可愛らしく包装されたチョコを見せてくる。
なんか知らんが意地の悪い笑みを浮かべている。
「ふふんっ。欲しいっ? ……まっ、義理なんだけどねっ。キミがどうしてもと言うならあげてもいいよっ」
「別にいらない」
即答。
予想外の言葉だったのか、動きが固まる早坂小雪。
「い、意地なんか張らなくていいんだよっ。欲しいなら欲しいって素直に……っ」
「いやぁ本気で別にいいんだよな。むしろ今年はあんまりチョコ見たくないというか」
机の中から、簡単に包装されたチョコを十数個を取り出してみせる。
「ほれ、この通り」
早坂小雪はそれらを見て唖然とした様子。
「な、なんだコレッ? 何でこんなにモテモテッ?」
チョコと俺の顔を交互に見ながら取り乱す。
うーん。こいつ隣のクラスだから知らなかったんだな。
「風紀委員の早坂小雪よ。周りの様子を見てみるとよい」
「へっ?」
俺に言われて教室を見渡す。
首をぐるりと巡らして、最後に俺の顔を見る頃にはかなり怪訝な表情を浮かべていた。
「どういうことっ? 何で女子も男子もチョコ渡しあってるわけっ?」
「どうもこうも。今お菓子作りがクラスが大ブームでな。今日は腕を披露する打ってつけの日というわけ」
そう。ウチのクラスではなぜだかお菓子作りが流行っている。
そのせいで、男女間ですら「友チョコ」が横行しているのだった。
俺は何も用意していなかっだが、別に構わない、むしろ食え、ということで押し付けられるように渡された。
女子からも男子からも。
ううむ。あんまり嬉しくないぜ。
早坂小雪の方は、俺の前に並べられたチョコを見て渋い顔をしている。
やがて視線を落として俯くと、ぽつりと呟いた。
「……こんなにいっぱいあったら、これ以上もらっても迷惑だねっ」
よろよろと机から離れていく。
そして暗い雰囲気を漂わせながら廊下へと向かっていった。
むぅ。悪いことしたかな。
と、思ったので呼び止めようと椅子から腰を浮かすと、急に早坂小雪が振り返る。
「……ここで不意打ちのチョコアタックッ!」
「ぷわっ」
あいたた。顔面にチョコを投げつけられた。
かなり手加減されてたから痛くはないが、びっくりしたぜ。
鼻っ柱をさすっていると、その隙に早坂小雪は捨て台詞を残して教室を飛び出した。
「わざわざ用意したんだから受け取っとけっ」
何なんだ、まったく。
しかしまぁ、俺だってバレンタインにチョコを貰って悪い気がするわけがない。
「ありがとよー」
もう聞こえないかもしれないけど、一応ね。
……さて。
せっかくだから開けてみるかな。
包みを破ると、オーソドックスなハート型。
アイツも見かけによらず少女趣味なんだよな、と思いながら眺めていると小さなメッセージカードが添えられてた。
『あんまり義理じゃないです』
とだけ書いてあった。
「……ふーむ。どういう意味だ」
昼休みの喧騒の中、チョコを前にして首を傾げる俺なのであった。
後の学校でのことは省いて帰り道。
「あー。大漁大漁」
俺は両手に紙袋を持って、よたよたと道を歩いていた。
結局あの後、他のクラスメートからも大量にチョコを頂いた。
「あはは。いっぱい貰えたね?」
隣を歩く委員長は楽しげに笑っている。
この娘はこの娘で紙袋を持っていたが、友達間で交換しただけのようで大した量ではなかった。
ていうか何で俺はクラスメート全員からチョコ貰ってんだろ。
いや待て。そういえばクラスで委員長からだけチョコ貰ってないな。
これ以上増えても困るからむしろ助かるけど。
「……あ。そういえば私からもバレンタインのプレゼントが」
「うおマジか」
頬を染めて俯く委員長。
ありがたいけど荷物増えるのは参るなぁ。
委員長が立ち止まり、紙袋をそっと地面に置いた。
そして鞄から長めのリボンを取り出し、すっと頭のてっぺんに結び目がくるように結んだ。
んん、何やってんの委員長?
「ぷぷぷプレぜントワ……ワ・た・シ」
思いっきり舌を噛みながら、妙なことを口走る。
しかもご丁寧? に前屈みになってグラビアアイドルのようなポーズをとっている。
……これは、委員長渾身のギャグか!?
俺に流し目のようなモノを送ってきている委員長の顔を見ながら瞬時に考えをまとめる。
これに対するナイスな斬り返しは……!
そっと俺は委員長の腰に手をやり抱き寄せ、耳元に囁く。
「じゃ、行こうか……」
そのまま肩に手を置き、委員長を促す。
少し遠くに見えるヘンな形状の建物。
通称ラブホテルへと……。
「――風紀っ! 乱しすぎっ!」
「ぬわ!?」
「きゃっ」
いきなり背中に痛みが走り、委員長共々吹っ飛ばされる俺。
背中をさすりながら振り向くと、顔を真っ赤にしている早坂小雪の姿が。
毎度毎度唐突に現れるヤツだぜ。
後ろから蹴りを入れてきたようだ。
「みみみ、道の真ん中で何してるかなっ!? 信じらんないっ!」
やれやれ。
ギャグのわからないお嬢さんだ。
俺は頭を振りつつ立ち上がると、早坂小雪に向かってため息一つ。
「早坂小雪よ。せっかくに委員長が身体張って笑いをとろうとしたのにそれはないだろう」
蹴るなら蹴るでもっと早く蹴ってくれればナイスツッコミだったのに、と続ける俺。
「知らないよっ!」
あー、まったく笑いのわからんヤツ。
「小雪ちゃん。冗談だってば。たまにはふざけてみようと思っただけ」
くすくすと笑いながら委員長。
笑われた早坂小雪の方はぐったりと肩を落とす。
「冗談だとは思ってたけどさっ。そういうのはジョークでもやめようよっ」
「ふふ。ごめんなさい」
委員長は軽く会釈すると俺の袖をぐぐっと引っ張る。
何か妙に力がこもっている。
「……さ。行きましょうか」
「「どこへ」」
この後、委員長からは普通にクッキーを貰いました。
今日のことは予想してたのでチョコではないそうで。
やっぱり委員長は気が利くなぁ。……ときどき何か怖いけど。