「僕は同じクラスの彼女に告白され、付き合うことになりました」





昼休み、友達と机を囲んで弁当を突付いているところに、突然声をかけられた。

山名めぐみという名の彼女はいつも明るく、クラスの人気者。

男女の関係なくクラスメートに声をかけるムードメーカーだ。

僕もちょっといいなぁ、とは思っていたが特に親しいわけでもなく縁はないものと思っていたのだ。

そんな彼女からの告白。

それはちょっぴり……ちょっぴり刺激的なものだった。





「――川田くん!」

雑談で賑わう教室に、山名の声が響き渡る。

「……はい」

真っ赤な顔で、こちらをほとんど睨んでいるような視線を送ってくる彼女。

何だろう。何か悪いことしたかな。

小刻みに震え、拳を固め、彼女は僕の目の前で口をぱくぱくさせている。

顔も赤くなっているし、何だか金魚みたい。

「わわわ、私、私は……」

どもりながら彼女は何とか言葉を搾り出そうとしている。

この展開は、何と言うか、何ですね。

別に鈍感な方ではない僕。

何を言われようとしているかすぐにわかった。

思わず姿勢を正し、彼女の方に向き直る。

一緒に弁当を食べていた友人も空気を読んで僕らから離れ、周りを囲むギャラリーへと加わった。

「私、私、私は……川田くんのことが……川田くん」

緊張のせいか、今にも泣き出しそうな彼女。

可哀相なくらい顔を紅潮させている彼女。

もうどう考えても、今僕に告白してくれようとしている彼女。

何で僕を選んでくれてたのかは知らないけど、今惚れた!

今まで意識してなかったけど、今意識し始めた!

山名さんかわいい! ウェルカム!

僕は彼女の言葉に期待して、今か今かと待ち構える。

そりゃもう、自然と熱い瞳にもなる。

だがそれが悪かったらしい。

山名さんはますます緊張してしまったようで、はぁはぁと荒い息を吐き始めた。

「川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん川田くん……」

錯乱してきたのか、僕の名前を連呼する彼女。

ちょっと怖いぞ。でも可愛いからOKだっ。

ていうかもう逆にこっちから告白したくなってきた。もどかしい。

そう思って口を開きかけた僕だけど。

それを察したらしい、山名さんの後ろに立つ彼女の友人たちが真面目な顔で首を横に振る。

待ってやれ、と言いたいようだ。

OKOK。了解です。

もう山名さんとの輝ける青春の日々が目前まで迫っているこの状況。

焦る必要もありませんからね。存分に焦らされましょう。

一転、落ち着いた気分になった僕は、我ながら穏やかな笑みを彼女に向ける。

もう返事は決まってるから。OKだから。安心して告白してくれていいのよ?

……とっ。

少々調子に乗っちゃってますなぁ、僕。

一応顔には出さずに内心ハイテンションに浮かれていると。

「川田くん川田くん川田くん……はぁぅっ」

突然、山名さんが床に膝をついた。

苦しそうに息を荒くしながら、胸を抑えている。

「や、山名さん!?」

今まで黙っていた僕だけど、さすがに声を上げて彼女に駆け寄った。

彼女は這いつくばるような格好で、目尻に涙まで浮かべて相当苦しそうだ。

まるでマラソンを走りきった直後みたいに酸素を求めている。

「わ、私っ……はっ……! か、川田くんのっ……川田くんのことがぁっ……」

「だ、誰か救急車呼んでー!」

鬼気迫る表情で決め手の言葉を言ってくれそうな彼女だけど、言い切る前に死にそうだ!

もうクラス中大騒ぎになっている。

「……好きっ……なのぉ……! だ、だからっ……! だからっ……」

「わかったありがとう僕も山名さんのことが好きです付き合いましょうこれからもよろしくね!」

ロマンもムードもへったくれもなく、彼女の台詞に覆い被せて愛の言葉を乱れ撃ち。

彼女は手足を痙攣させながら口から泡まで吹いているのだ。

せっかくの告白が遺言になりかねない。

意識があるうちに返事をしておかないと山名さんが自縛霊になってしまう。

「……う、嬉しいっ……」

「全然嬉しそうに見えないっていうか、救急車はまだー!?」









……と、まぁそんなこんなで晴れて彼氏彼女となりました僕ら。

結局山名さんが倒れた原因は極度の緊張からの過換気症候群……過呼吸だったそうで。

冗談抜きで命をかけた告白に、こちらの寿命まで縮んじゃったよ。

しかし思い返せばあれほど断り難い告白の仕方はないように思う。

昼休みの教室を舞台として、クラスメートに囲まれながらスタンバイ。

そして過呼吸で死に掛けながら愛を叫ぶ。

絶対断れないよね。断ったら社会的に死にそうだよね。

山名さんが可愛くてよかったなぁ。



閑話休題。



とりあえず付き合うようになった僕ら。

念のためにと一日だけ入院した先の病室で初めてのチューも済ませ。

何回かデートもこなし。

まだまだ落ち着かないけれど、恋人同士になったんだなぁという実感が沸いてきたのが最近の僕です。





「でも僕に実感が沸いて来た頃からでしょうか、彼女の様子がおかしくなってきたのは」





ある朝のことです。

時間はまだ朝の六時。

別に部活に入っているわけでもないのに無駄に早起きしてしまった。

最近は人生が楽しいので寝ているのが勿体無い気分。

口をゆすぎ、顔も洗ってさっぱりして、朝食のパンを焼いている間に朝刊を取りに行こう。

まだまだのんびりしていても電車の時間には余裕だ。

こういうゆとりのある生活もいいなぁ、と思いながら玄関を開けると。

「おはよー」

そこには山名さんがいた。

「……おはよ?」

思わず疑問系で返してしまう僕。

「一緒に学校行こうと思って待ってたの」

にこにことしている彼女を前に、少々動揺してしまう僕。

まだ六時?+山名さんは電車でも使わないとここには来れないはず?+何時から待ってた?

と僕の頭の中は疑問符の三連ちゃんだ。

「あ、気にしないでゆっくりしてて? まだ家を出る時間じゃないでしょ」

「そうだけど……」

聞きたいことは色々とあるけど、聞いてはいけないような気もする。

「ちょっと待ってて」

でもとりあえず僕がすべきことは一つ。

急いで家の中へ戻り、制服に着替え、焼いたパンは冷めちゃうけどお父さんにあげよう。

手早く身支度を整えた僕は、再び彼女の前に戻る。

「よし。いこっか」

別に約束してたわけじゃないけど、これ以上待たすわけにもいかないでしょう。

「え? まだ六時だよ?」

「もっと前から来てた山名さんに言われたくないよ。いいから行こ?」

言いながら彼女を手をとる。

ああ、もうこんなに冷えちゃって……。

「あっ……」

小さな声を漏らし、顔を赤らめる彼女。

「でも朝ごはんまだなんじゃないの? 朝はしっかり食べなきゃ」

「いい機会だから駅前のファーストフード店で朝の特別メニュー食べよう」

「登校デートってやつ?」

「そだね。登校デートにしては長すぎる気もするけどね」

「えへへ。……幸せ」

うつむいて、くすぐったい笑みを零す山名さん。

ああ、何て愛らしい僕の恋人。

つられて微笑みながら、この幸せをかみ締める僕なのでした。





「……思えばそれが片鱗だったと思うんです。山名さんの、本性の。
本性という言い方はよくないのかもしれませんが……。他には例えばこんなことがありました」





お昼休みにて。

付き合いだしてから、山名さんは僕にお弁当を作ってくれるようになった。

わざわざ自分が持ってこなくてもいいし、学食にも行かなくていいというのは楽でいい。

味もなかなかグットです。

そしてそんなことを抜きにしても、自分のためにお弁当を作ってくれるというのは最高すぎる。

でも、申し訳ないとも思うのだ。

「だからさ、山名さん。せめて材料代くらい払わせてよ。何か悪いよー」

「もー。ユーユーったらぁ。気にしなくていいって言ってるのにぃ」

教室のど真ん中で、山名さんは僕にべったりとくっついている。

ちなみにユーユーとは僕のこと。

川田勇一だからユーユーらしい。小っ恥ずかしい。

いつの間にかそんな呼び方に変わってしまった。

僕も山名さんに『めぐめぐ』と呼んで、と言われてるがさすがに無理。超無理。

もっと慎み深いお付き合いをしたいんだ……。

なのに。

「私はユーユーにお弁当食べてもらえるだけで幸せなんだから。ほら、あーん」

「……あーん」

衆人環視の中、『あーん』させられている。

死ぬほど恥ずかしい。

いくら僕の席が真ん中の方だからって……。

中庭とかで食べればいいんじゃい!

友達は白い目で僕を見てるし。ああん、人様の目が痛い、痛いよぅ。

「はい。次は玉子焼きっ。あーん」

「あーん。……でも貰いっぱなしってのも悪いでしょ? 僕も何かお返ししたい」

お弁当作ってもらうようになってから、昼は自分で箸すら使ってないですからね。

ダメ人間に向かって突き進んでる気がする。……正直もうかなりダメになってきてる気がする。

そんなやり取りをしているうちに、お弁当を全部食べてしまった。

お返し、と言われて何だか黙り込んでしまった山名さんだが。

「お金もらうのは即物的すぎるから、何か別のモノもらってもいい?」

こんなことを言い出す山名さん。

「どうぞどうぞ。僕にあげられるものなら」

「じゃあ。……ちゅうーっ」

「むぐっ!?」

いきなりチューされた!?

いや、初めてじゃないけど急にやられたら動揺する!

目を白黒させている僕に容赦なく唇を押し付けてくる山名さん。

僕の頭に手を回し、しっかりと抱きしめられる。

これで舌でも入れられたらタマランなぁ、と身構えていたけど、それは大丈夫だった。

ただ唇に唇を押し付けているだけのキス。

山名さんは猫のように瞳を細めて幸せそう。

僕はまぁ、悪い気分ではないけども。ですけども。

「……ぷはっ」

やがて満足したのか、唇を離し、手を緩めてくれた山名さんから慌てて距離を取る僕。

「ややや山名さん?」

ようやく解放された僕はキョドりまくりだ。

一方山名さんは自分の唇をぺろりと舐め。

「……ごちそうさまっ。ふふっ、私もお腹いっぱい。じゃ、お弁当箱洗ってくるねー」

颯爽と教室から出て行ってしまった。満足げにしやがってこんちくしょう。

一人残された僕は、へなへなとその場にへたり込む。

ダメだ……これはダメだ……僕はもうダメだ……。

大切な何かを吸い取られたような気分。

がっくりとうな垂れる僕の頭を、友達が叩いた。

見上げると、赤い顔をした彼に。

「引くっつーの! 見せられてる方の身にもなれ!」

怒られた。

「そうよ。引くわよ!」

「羨ましいの通り越してドン引きだバカ!」

「自重しなさいっ」

「もういいから俺のために死んでくれ」

「人前でこれなら二人きりだと何してるか分からないわね!」

他のクラスメートにも凄い勢いで罵られた。

「返す言葉もありません……」

深々とその場で土下座する。

クラスメートにも僕を生んでくれた両親にも申し訳ない気持ちで一杯です。申し訳ねぇ……!







「……とまぁ、こんな具合の日々を送っているのですが」

目の前に立っている先輩に、ようやく語り終えた僕。

お相手は我が高校の聖徳太子ことじぇんとる先輩だ。

静かな表情で最後まで話を聞いてくれた。ありがたいことです。

この先輩はこの学校ではかなり有名なお方。

じぇんとる先輩に相談すれば解決しない悩みはないと言われているのだ。

それに相談には必ず乗ってくれるので、もうみんなから引っ張りだこになっている。

ただ、そのせいでじぇんとる先輩はあまり人目のある所では見かけない。

みんな『ここだけの話』をしたがるので、じぇんとる先輩を人気の無い場所から人気の無い場所へと連れ回すせいだ。

おかげで僕も先輩を見つけるのに苦労した……。

「好かれてるのは嬉しいんですが。……嬉しいんですけどね!?」

ああ、もどかしい。何て言ったらいいんだろう。

悩みをうまく言葉にできない。

「ノロけてるわけじゃないんですけど……」

僕が頭を抱えて悶えていると、先輩がぼそっと助け舟を出してくれた。

「温度差を感じる、と」

「それです!」

そう、正にそう!

温度差ってやつだ。

「そりゃ僕だって山名さんのことは好きですし、いちゃいちゃしたいですけど。
でも無理して朝から家まで来てくれたり、教室でチューとかは……気が進まないんですよね」

自分の靴の先を見つめながら続ける。

「ていうかユーユーって呼ばれるのも正直アレですし。教室では男の友達とも喋りたいですし」

思わず大きなため息が漏れる。

「……贅沢な悩みなんですかねぇ」

上目遣いに先輩の様子を窺うと、顎に手を当てて、何やら考えていた。

しかしホント格好いいな、この先輩。

顔が特に凄い美形ってわけでもないのに、何だろう。この滲み出る紳士っぷりは。

とてつもなく頼りになりそうだ。

「じぇんとる先輩! 迷える僕にどうかお言葉を! 答えを授けてやってください!」

「では僕から、一言だけ」

「は、はい!」

「自分の付き合いたいように付き合うように」

涼やかな視線と共に、お言葉を頂く。

……えっと。

「それだけですか?」

もうちょっと何か、こう……。

「今は、それだけ」

そう言い残すと僕に背を向け、立ち去る。

「あ、じぇんとるさん発見! すいませんが相談に乗って頂けませんかー?」

そして僕らが話していた校舎の影から出た途端に、他の人に連れ去られてしまった。

……お忙しいお方だ。

それにしても。

付き合いたいように付き合え、か。

「相手のペースに流されるなってことかなぁ……」

それが出来れば苦労しないんだけど、と思いつつ時間を見るためにケータイを見る。

「……うわぁーお」

結構な量の着信とメールが溜まっていた。

もちろん、それらの送り主は全て山名さん。

ちょっと離れてただけなのに……ううん。

「節度あるお付き合いがしたいのに……したいのに!」

このままラブラブ馬鹿っぷるにならざるをえないのか……。

ちくしょう、僕の明日はどっちだ!



続く





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