ミオがこの島に生まれてから一ヶ月ほどが経ちました。

手作りダッチワイフ……失礼、恋人として開発されたはずの彼女でございますが。

ご主人様がへたれなのがいけないのか、それとも助手として優秀すぎるのか。

連日連日、ご主人様と共にミオは発明に勤しんでおりました。

もともとかなりの量の知識を入れていたせいもあるでしょうが、自動生成された人格がかなりの研究者タイプ。

はっきり言ってご主人様よりも精力的に発明に取り組んでいます。

優秀といっても秀才レベルといったところなので、ミオ自身は大した発明品は作れていません。

しかし非常に器用な手先をもって、サポートロボも使わずに自力で工作できるのは褒めてやってもいいでしょう。

そして特筆すべきは発明への情熱。

見てて何だか疲れてしまうほどの情熱を持って様々な研究に取り組んでいます。

ご主人様はそれに触発されたらしく、ここ最近は素晴らしいペースで発明品を作り上げていらっしゃいます。

水虫の特効薬。飲めばぴたりと腹痛が止まる薬。腋や足の臭いを一瞬で消し去るスプレーなどなど。

……え? 何かしょぼいって? スケールが小さい?

ええまぁ、仰りたいことは良くわかりますとも。

ご主人様も昔は派手なものも作っていらしてたんですがねぇ。

どちらかと言えば大衆に迎合するタイプの方なので、わかりやすく喜ばれる物のほうが作っていて楽しいそうで。

スポンサーからはたまには戦闘機でも作ってくれ、なんて言われてるそうですがね。

「――できた!」

おっと。ぐだぐだ言っている間にまた一つ発明されたようでございます。

ご主人様が得意げに掲げ持っているのは、ソフトボールほどの大きさの黒々とした無骨な丸い玉。

見た目は花火玉に似ている感じでございますねー。

「これは、ね」

ご主人様と同じ玉を抱えているミオは、随分と満足げな様子でわたくしに向き直ります。

「オゾンホールを埋めることが出来るもの」

はぁ、オゾンホールを埋められるのですか。その玉は。

……すごっ。

何ですかその都合の良いものは。

「すげぇだろ。これを打ち上げて起爆させれば、あっという間にオゾンホールが埋まるんだぜ」

久々に大物をお作りになりましたねー。

放射能浄化装置以来じゃないですか?

「まぁ例のごとく開発費はすげぇけどな」

いかほどで?

「実用するにはもっとデカイのをいくつか作らないといかんのだが、実用サイズ一個で……これくらいかな」

どれどれ……って、ご主人様。

「うん」

これ実用サイズ一個作るだけでオイルダラーが破産するくらいお金かかるじゃないですか。

無理ですよ量産できませんよ。

「地球を救うのは難しい」

愛おしそうに玉を撫でながら、ミオはこくこく頷いている。

「納得」

納得するのは結構ですが、また惜しい品をお作りになられましたねぇ……。

さすがにこれは低コスト化の研究を進めるべきでは。

面倒とか仰らないで下さいよ?

「面倒」

そんな性格だから友達も恋人もいないんでございますよ。

「う、うるせぇ! それは関係ないだろ!」

あらあら顔を真っ赤にされて。ご主人様ったら、かーわーいーいー、でございます。

「大丈夫」

ん?

わたくしとご主人様の愛の語らいに口を挟まないで下さいよミオ。

「私は、貴方の友達」

……むむ。

あざとい娘でございますねぇ。女性に免疫の無いご主人様が別の意味でまた真っ赤になってしまったではないですか。

「納得?」

「……納得」

そこ、目と目で通じ合わないで下さいまし。空気が甘ったるくて胸焼けしてしまいます。

あと何度でも言ってやるつもりでございますが、ミオは「納得」の使い方がおかしいですって。

ついでに言えばご主人様。恋人にするつもりで作ったはずのミオにお友達宣言されてますよー。

「いいんだ……」

何が。

「こういうのは時間はかけて、な……」

ちっ、これだからヘタレは困るでございますわ。

「そこ何か言ったか!!」

べっつにー、でございますぅ。

そんなことよりそろそろお昼の時間でございますよ。

お食事の準備は出来ておりますので、移動して下さいまし。

「ああ、もうそんな時間か」

「お腹空いた」

「だな。行くか」

今日のお昼はサルの脳みそとデザートにドリアンでございまぁす。

「昼間っからヘヴィな珍味だなオイ」

「食べられるかな」

うそぴょん、でございます。

今日は天気が良いのでお外で頂きましょう。ピクニック気分で。お二人ともたまには日に当たらないといけませんからね。







わたくしたちがいるこの島は、日本海にひっそりと浮かんでいます。

世界遺産級に天才なご主人様を保護、そして管理するために作られた人工島なのでございますよ。

傍目には自然豊かな島でございますが、ここで生活しているのは先月までご主人様やロボットばかり。

普通の人間は一人もいないのです。

何でも変に思想を持たせずに、発明に没頭して欲しいからという理由でこの環境になったようで。

まぁそれは正解だとは思います。色仕掛けとかされたらころっといくこと間違い無しでございましょうからねぇ。

そんなわけで、ご主人様のために住み良い環境となっているこの島。

今日も日差しがぽかぽかと暖かく、大変に気持ちの良い風も吹いております。

草の上に敷いたシートの上に寝転がって、ご主人様も気分良さそうにうとうととしていらっしゃいます。

うふふ。こうやって大人しくしていると、年相応な感じで可愛らしゅうございますねー。

「メイさんは食べないの?」

一人ぱくぱくとおにぎりを摘んでいたミオはわたくしに妙なことを尋ねてきました。

わたくしは残念ながら食料からエネルギーを頂くことは不可能なんで。

このように……ほら。

「……しっぽ?」

尻尾ではありませんよ、コンセントです。

腰の辺りから出ているこのコンセントから充電するのですよ。

変換コネクタさえ使えば家庭用の差込口にも挿せるんです。便利ですよ。

もし一般家庭で充電すれば電気代はそりゃあもう凄いことになりますがね。

「なるほど」

わかって頂けましたか?

「納得」

結構なことで。

それはそうと、『メイさん』とはどういうことです?

「彼が」

と、ご主人様の頬を突くミオ。ああ、ご主人様もう完全に寝ちゃってますねぇ。

「私と二人だけの時、メイさんのこと『メイ』って呼んでる」

……ほーほーほー!

それは良いことを聞きました。

ご主人様ったらぁ。わたくしにも名前らしきものを付けて下さっていたのですね。

まぁメイドロボだから『メイ』なんでしょうけども。名無しに比べたら有難いことですよー。

「もう一つ聞きたいんだけど、いい?」

いいですよぉ。今なら何でも答えちゃいます。

「彼は、どうやってエネルギー補給してるの?」

はて、質問の意味がよく理解できませんが。

ご主人様はわたくしの愛がこもった手料理でいつもお腹を満たしておいでですよ。

ま、正確にはわたくしの指揮する調理ロボの作った料理でございますがね。

……何で首を傾げているのです?

「どうかな」

何がです。

「食料をエネルギーに変換できる機能は、彼にも付いてないんじゃないかな」

エネルギーに変換って、普通人間なら誰でも出来るでございましょ。

「人間なら、ね」

何が言いたいのです、ミオ。

「でも彼は人間じゃない。少なくとも人間の身体じゃない」

はい?

「私が生まれたときのこと、覚えてる?」

覚えてますとも。いきなりご主人様をぶん殴りやがりましたね。

「あれはね。見てて凄い違和感を感じたから、どうしても確かめたかったの」

違和感?

「うん。彼を思いっきり叩いたとき」

感触を思い出すかのように、自分の手を擦るミオ。

「硬い、手ごたえがあった。彼の身体は間違いなく機械」

……いやいやいや。そんなまさか。

わたくし、もう四年ほど仕えておりますが、ご主人様はちゃんとお食事もとられますし、トイレにも行っているご様子。

それに身長だって伸びていらっしゃいますよ?

「聞いて。色々と調べたの」

ミオが言うには、この島の下水を調べたところ……凄い探究心でございますね。自分の人糞しか発見されなかったとのこと。

ただ食料が噛み砕かれ、すり潰された生ごみがあるだけ。消化はされていない。

そしてご主人様の汗も調べたそうですが、ただの塩水。老廃物質は含まれていない。

さらにデータベースを調べた結果。

「彼の身長や体重は、年に一度しか変化がない」

年に一度……そう言えば、ご主人様に目に見える成長があるのは年に一度の定期健診の後だけのような……。

それに言われてみれば、ご主人様は風邪一つひかないどころかニキビすら出来ていないではございますか!

そう……もう年頃の十四歳になったというのに! ありえません!

ああ、何故に今までこんな不自然なことに気がつかなかったのでございましょう。

「たぶん、プロテクトがかかってたんだと思う」

……なるほど、わたくしを作ったのはご主人様じゃありませんものね。

AIを積んだロボもこの島ではわたくしだけですし、違和感を感じるものは誰もいないというわけですか……。

「他に比べる人間もいないし、彼も違和感なんか感じなかったんだろうね」

でもどうしてご主人様を人間だということにしているのでしょう。

天才的なAIならそれで十分じゃありませんか。わざわざ人間として生活させなくても。

「それを確かめたいの」

ミオはしっかとわたくしを見つめ、手を握り締めてきました。

「協力してくれる? ……納得、したいの」

……そうですね。わたくしも納得したいと思います。

ご主人様が機械なのはわたくしにはどうでも良いことでございます。

しかし、ご主人様を無意味に騙すようなことはしたくはありません。

理由があるならばそれは知りとうございます。

ご主人様をちらりと見れば、完全に熟睡なさっているご様子。

「調べたんだけど、秘密はこの島の地下深くにあるみたい。そこから先はシステムが独立しててハッキングできなかった」

なるほど。それでこの島のシステムの指揮権を持っているわたくしの協力が必要なわけでございますね。

わかりました。プロテクトのせいで『わからない』ことが多いわたくしですが。

この島で開けられない扉はないはずでございます。お任せあれ。

「一緒に、がんばろう」

……ええ!








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