「ふむ……奇妙な話だなぁ」
「そうだな、従兄よ」
「そうね、まったく」
 俺と従妹といいんちょとで頷くのは、先ほど見掛けた少年についてだ。
 聞けば三人が三人とも、彼にちょっとした――本当にちょっとした――接触を果たしているらしい。
「縁でもあるのかね、まったく」
 と、何故そんなことに思い至ったのかと言えば、だ。
 前を向けば、その、件の少年が目の前で二人の同年代不良組に絡まれていたりするからだ。
 目的のスイーツも(主にいいんちょが)堪能し、街の散策を少しばかり楽しみ、日も暮れかけてきたのでさあ帰ろうか、という段になっての出来事だ。
 迷ったおかげで通りがかってしまった例の公園内での出来事であり、周りに人の目は無いうえに、彼らはこちらに気付いていない。
 そんなわけで、三人とも悠長に彼についての話をしていたりしたのだが、
「で、私たちはいつまでぼけーっと立ち話してればいいの?」
 俺に不可解そうな表情を浮かべたいいんちょが言った。
 俺はそちらに向き直って少し考え、提案する。
「あれが一段落着くまでは見届けた方がいいかと思うんだが」
 帰りの道がこのルートしか分からない上での提案だったが、いいんちょは疑問を浮かべて視線を強くした。
「アナタが『大丈夫だ』って言ったからこうしてたけど……やっぱり、殴り合いにもつれこみそうな雰囲気じゃない?」
 言われて少年の方に視線を戻すと、その場には険悪さが追加されていた。
 ふむ、と一つ前置きを置いて隣の従妹が発言する。
「私たちの断片情報から察するに、あちらにいる女の子が原因だと思う」
 つい、と指を差して示した女の子は、男の子に絡んでいる二人組の不良少年の後ろでヒステリックな怒りを低音に抑えた声でぶつけている。
 静かな公園内には断片的に『このあたしがここまで』とか、『もういいから』とか、『後でちゃんと』などという科白が聞こえてくる。
「何をどうしてあの男の子との待ち合わせを実行できたのかは分からないが、結論から言えば、あの女の子の目論見は外れた、ということだろうか?」
 従妹がそう言ってこちらに視線を向けてくる。
 たぶん正解だ、とだけ呟いて頭に手を置くと、従妹はそれが確定事項となったように続けて質問してくる。
「従兄よ、それではどうしてこんな風に――」
「――隠れて見守るだけなのか、って訊きたいのか? いいんちょも」
 従妹の言葉を遮ってそう訊くと、二人は同時に頷いた。
 とはいえ、その二人の視線に非難や疑惑の色は無い。ただ、どうして俺がこんなに大人しい方法を取ったのかが純粋に疑問なのだろう。
 そこに信頼というものを感じるのは自信過剰だと俺も思う。ただ単に短絡的な馬鹿が喜び勇んで駆け込まない理由が分からないだけなのだろうが、とはいえそこで臆病さを疑われないというのは少しばかり男として嬉しい。
「まあ、なんというか――」
 と、ここであちらの状況に変化があった。
 女の子と不良少年の側がぶつけるだけぶつけている逆ギレを、いつまでも淡々と受け流す男の子の態度にしびれを切らした。
 こちらまで届くほどの大声を上げている。
「もうさっさとやっちゃって! そんな奴相手にしてるだけ時間の無駄よ!」
 いや、主に喋ってたのはお前だ。
 俺ならそうツッコんでいたはずだが、ツッコミの代わりに不良少年達は暴力の予感に喜色を浮かべ、そして男の子の方は冷めた声で一言呟いた。
「ダーティ。お願いするよ」
 鋭く、よく通る声。
 それに呼応したのはなかなか面白いモノだった。
「やっとかよオイ! いっつも遅すぎんだよお前はよおぉぉぉ!!」
 そんな雄叫びが唐突に辺りを震わせる。
 だん! と強く地面を蹴る音がして、不良少年の片割れが真横に飛んだ。
 無論、自分からではない。
 突如として叫び声を上げ、物陰から飛び出てきた人影。それに驚いている間に、ドロップキックが思い切りキマったのだ。
 キメられた少年はもちろんのこと、その隣にいた相棒も巻き込まれて地面に転がった。
 その様を見て、キメた当人は見事に着地を成功させて大声で笑っている。
「はっはぁ! オーケイオーケイ! なかなか見事にぶち飛んだじゃねぇかオイ。丸一日も掛けさせやがってくれたサービスかぁ?」
 遠目に見た限りでは、なかなかに少年らしい可愛い顔立ちが見えているのだが、どうにも言動がよろしくない闖入者だった。
 その少年の突然な登場に、いいんちょは目を丸くしている。
「あー……さっきの科白の続きだが、他人の喧嘩に首を突っ込むのもどうかと思ってはいるんだ」
 と、そう言った俺にいいんちょは呆れた様子を見せた。半目になってこちらに向き直って言う。
「ってことは何? あの子があっちの可愛いけどズレてる子を潜ませてるのに気付いてたのね」
「ちなみに俺が会った時には既に尾けてたぞ。なかなか耐久力のある子だよな」
 好感が持てる。
 そう感想を述べた俺に素直に従妹が頷いてくれたが、いいんちょは半目のままに言った。
「あらそう……でも、そろそろ行くんでしょう?」
 いきなり図星を突かれ、ぎくり、と動きを止めてしまった。
「……何で分かった?」
「荷物を置いて、手にハンカチ巻いたりして、それでそんな目をしてたら誰でも気付くわよ。……けど、今のところ特に問題は無さそうだけど……?」
 いいんちょはそこで言葉を切り、ほぼ一方的な展開を見せている彼らに目を向けた。
 確かに、最初に大技が見事なまでにキマってしまっているのだ。どちらが優勢かは見るまでもない。だが、
「まあ、な。……それでも、修羅場って奴の恐ろしいとこは、やっぱり元凶が持ってるもんなんだよ」
 それだけ言って、俺は彼らに接近していく。
 と、背中に声が投げかけられた。
「従兄よ、お願いだ」
「なんだ?」
 従妹が止めようとするとは思わない。止めたとしても、俺は止まらないからだ。
 だから、従妹が言ったのは一つだけ。
 だが、そこには身を切り裂くほどの切実な想いが伝わってくるほどに、深く心が込められていた。
「気をつけて」
「……心配するな」
 俺が何をしようとしているのか、従妹は分からないだろう。
 それでも、俺を信頼してくれているらしい。
 まったく、これが道案内をしてくれたあの男の子でなければ、こんなに心配させることはしたくないというのに――
「……仕方がない。借りは倍返しと相場が決まってるしな」