いいんちょと従妹を公園のベンチに残し、一人飲み物を買いに自販機へ。小さなお遣いだが一人で来たのには理由がある。 というのも、 「ここはどこだ?」 要は迷子だ。 従妹といいんちょは女の子とは思えないほど格好良いところ満載だが、やはり女の子。初めて来る街並や見慣れない店名などを見て、それなら寄ってみるかという流れになるのはごく自然なことだった。 その後がいけない。 店同士が内部で続いてたり出口が別のところにあったりしたせいか、俺が歩き出す方向をどこかで間違えてしまっていたらしい。 情けない。 教えてもらった店の伝手を知っているのは俺だけだったので、二人に迷った旨を伝え、挽回のチャンスを貰った。 「鬼とかいう書店でこの街の地図でも見とけば良かったか」 店番の女の子に訊く、という手段も取れたのに。 ……既に出てきた店のことを考えても仕方がない。あの時点では気付いていなかったのだから。 この街のことを俺に教えた人物とケイタイで連絡を取り、駅の出口やそこから向かった方位など、双方の情報を交換した結果、 「案の定間違えてた、ってことで合ってるか」 一人ごちる。 と、電話の向こうで相手が騒いだ。 「ああ、すまない。…………アンタの手だけは借りたくない。少なくとも、今は」 いいんちょを連れている状態で合流したくはない。 「……いいから、それだけ聞ければ大丈夫だ。……は? 何言い出してやがる。従妹だけでも身が保つか不安なんだぞ、最近。いいんちょが加わったら俺が死ぬ」 沈黙された。その隙に通話ボタンを押して騒音をシャットアウトし、ケイタイをしまう。 「さて、と、まずいな」 土地勘の無い街で迷うというのは少々厄介だ。 どうしようか、と悩んでいると、 「ねぇねぇ、聞いて聞いて〜」 俺の苦手なタイプの女の声がした。過剰なまでに重ねられた装飾品が擦れ合う音も付随している。 目をやると、派手な装飾品を腕に付けた女子と、どこか胡乱げな感じのする男子がいた。二人とも高校生くらいか。まあ、ちょうどいい。 「ちょっといいか」 俺は歩み寄って声を掛ける。 振り向いたのは二人同時だが、おそらく男子の方は気付いていた。そのうえで、声を掛けられたのだからある程度こちらへの対応は準備してあるハズなので俺は相手の反応を待つ。 案の定、男子はゆっくりと振り返りつつ、警戒を露わにこちらを見ている女子を庇うように一歩前に出て、 「何かご用ですか?」 無礼にならない、が、卑屈にもならない声音で丁寧に訊いてくる。女子の前に出てこちらに問うたのはなかなか好ポイントだ。気遣い方が紳士的でよろしい。 「まあな。そんなに難しいことじゃない。道を訊ねたいんだ」 と、ここで俺は気付いた。 が、取り敢えずそれは流しておく。特に差し迫った様子ではなかったので。 「――っていう喫茶店に行きたいんだけど、知ってるか?」 店の名前を告げて訊ねると、その男子は何かを思い出すように一旦視線を上に向けた後、こちらの背後に一瞬だけ視線をやり、そのうえで道を教えてくれた。 「分かった。ありがとう」 ひらひらと適当に手を振って感謝を述べると、その男子は返す。 「いいえ、お役に立てたなら良かった。道中お気をつけて」 放っておかれていた女子に絡まれそうになりながらもそう言っているのを後目に、俺は従妹達の許へ戻る。 そういえば、丁寧な口調の割に偉そうでもなければ軽薄そうでもなく、かといって芝居臭いそれらとは違うものの、生来のものでもなかったようにも感じる。 などとつらつら何の役にも立たないようなことを考えて歩き、鏡を覗いた時の自分の顔を思い出し、 「従妹くらいには、愛想があればいいもんだがな」 つい独り言が漏れた。 「アナタ以外には分からないレベルの感情表現。それならもう間に合ってるんじゃない?」 横から滑り込んできた科白に手の中のジュースを思い出し、いつの間にかすぐ傍まで戻ってきていたことに気付く。 コーヒー二本に紅茶が一本。 ベンチに腰掛けた二人の許に歩み寄り、紅茶を要求した人物に缶を手渡してから従妹の横に腰掛け、肩を竦める。 「遅くなったが、収穫はあった。ちょっと逸れてただけで大して問題無いそうだ」 プルを早速開けながらいいんちょが怪訝そうな顔をする。 「誰かに訊いたの?」 そのとおりだ。従妹よ、こっちがお前の分。 「ありがとう従兄よ。――ところで、愛想が良いことが必ずしも良い事ではないと思う」 まあ、それはそうだが…… 「私は従兄に愛情を感じるし、感じられる。伝わってくる。それだけで私の一生分の幸福がそこに存在する。……それでは、駄目か?」 待て、お前は何で詰め寄る。認める。だから待て。いいんちょの目の前で―― 「ハイハイゴチソウサマ。私以外は見てないからまだいいけど」 いいんちょ、諦めちゃ駄目だ。従妹よ、コーヒーが零れそうだからせめて寄りかかるくらいにしてくれ。擦り寄るのは我慢。待て。おあずけ。 「それでは、もう自分を低く見るようなことは言わないでくれ、従兄よ。私が好きな人は、その人自身にでも、悪く言われたくはないからな」 「了解だ、従妹よ。降参」 肩に乗せられた頭を撫でると、心地良い手触りが返ってくる。 そして従妹の乗っている肩とは逆方向では、 「ぁー……年中春なのよねー、仕方ないわよねー」 ずずずーっ、と、あらぬ方向に視線を飛ばすいいんちょが紅茶を啜りつつ呟いていた。 |