腕時計を見る。午前九時二十五分。
 念の為に駅の時計も確認。午前九時二十四分。
 五分前行動に問題なし、っと。
 ……あの二人はたぶんぴったりに来るんだろうなぁ。
 思わず笑みが漏れる。二人が並んで歩いてくる様を容易に想像できる程度には私も彼らとの付き合いは――短いが濃い。
 ともあれ、二人して愛想の無いわりに良くも悪くも人目を惹くから、見つけることに手間取ったことは無い。
 なので待ち合わせまでの暇潰しとしてちょっと駅前をぐるりと見聞。
「ふーん……大して変わんないか。私達のトコと」
 今居るのは見慣れた大学のある駅前ではない。とはいえレジャーに来るような田舎でもない。
 私が用があったのはここより離れたところだったが、私達の住む地域からすれば同じ方面の駅であり、それを聞いた隣人である彼が言ったのだ。
「それだったら、いい所がある。いつもどおりお詫びの印に奢るから、この喫茶店に行かないか?」
 最近の彼にはとある種類の友人ができたらしい。
 どの種類かと言えば曰く、
「アイツのスイーツ好きは呪いの域だな」
 とのこと。
 私も甘い物は好きだけど、と言ったら、
「甘い物が好きなんじゃない。スイーツが好きなんだ」
 とのこと。
 実際、彼が時折紹介してくれる甘味処や喫茶店は私も知らないような所がちらほらとある。それこそ、口コミのレベルでしか広まっていないような、
「《楓》とか……あそこは良かったわ」
 スポンジとクリームのバランス感覚。あれはあそこにしか無い味わいだったと思う。
 ともあれ、私はそうして誘われてきた違う街の風景を眺めている。
 数十秒ほど経って、私と少しだけ離れたところに高校生らしき男の子が来た。
 腕時計に目をやり、次いで駅前の時計に目をやり、一つ頷く。私にはその子の頭の中の声が幻聴として聞こえてきたような気がした。
 ……五分前行動に問題なし。
 街は違えど同じような行動規範を持った人には出会えるらしい。
 忍び笑いが漏れてしまった。
「? ……どうかしましたか」
 その男の子がこちらに向けて問う。
 声には落ち着きが感じられ、仕草には高校生らしい若さがあるが、全体の印象としておそらく誰もが思うだろう。『大人びた子だ』と。
 私はかぶりを振って答える。
「ううん。なんでもないの。ただ、君と同じようなことをする人を知っていたものだからね、つい」
 気を悪くしたらごめんね、と付け加えると、男の子は同じようにかぶりを振って、
「いえ、大丈夫です」
 その子もそう答えた。
 も、というのは、私も同じことを言われたら同じことを返すだろうという予想どおりだからだ。
 私も彼もそれだけの受け答え以上のことはせず、待ち人を待つ。
 ……まあ、私にとっては少し面白かったけど。
 先に来たか後に来たか、それだけの違いだったが、この男の子には感謝するべきだろう。
「キミ、ありがとうね」
 脈絡も無く視線も向けずに言っておく。
「どういたしまして……で合ってますか?」
 その男の子も顔を傾けもせず返してくれた。
 私は見えていないだろう頷きだけ返しておき、歩き出す。
 相変わらず良い服を無造作に着ている彼女と、良い服を乱雑に着ている彼が来たからだ。
「いいんちょさん。こんにちは」
「お待たせ、いいんちょ。……何か面白いことでもあったのか?」
「そう見える? ……まあ、そうかもね」
「そうか。それなら良かったな」
「いいんちょさんが退屈しなかったのなら、良い街なのかという期待が持てるな」
 相変わらず根っこだけは善良な二人の待ち人と合流して歩き出し、ふと後ろを見やる。
 あの男の子は、まだそこにいた。
 私は心の中で手を振って、その場を去った。



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