「ヒロミさん!どうか明日デートしてください!この通り!」
とある週末の日、マサキは白木宅のリビングで額を床に擦りつけていた。
「土下座までするかな、まったく・・・」
「そんなことされても・・・」
マサキの隣りではノボルが呆れ果てており、土下座されているヒロミは困り果てていた。
「素直に謝るのは駄目なの?」
「いや、これは俺のプライドがかかってるんです!今さら謝るなんて!」
ヒロミの提案も頑として聞き入れないマサキ。
「土下座してる時点でプライド捨ててるような気もするけどな」
「二階でも聞こえてきてるぞ。さっきから何騒いでるの?」
賑やかな様子に混ぜて欲しいのか、ヒカルが寄ってきた。
「まぁヒカルさん聞いてくださいよ・・・」
さかのぼること半日ほど前、マサキは学校のプールで新泳法の開発に勤しんでいた。
「見よ!これが新きりもみ泳法だぁ!」
文字通りきりきり回転しながら泳ぐマサキに他の部員達はやんややんやと盛り上がっていた。
「おぉー、相変わらずマサキは馬鹿だなぁ」
「相沢先輩はそんな泳ぎ方でもオレらより速いってのが凄いっすよね〜」
「こらぁ!またふざけた泳ぎしやがって!いい加減クビにすっぞ!」
様子を見に来たコーチはマサキを怒鳴りつける。
「いいじゃないっすか!俺は独自の路線を進んでいきた・・・痛い痛い!塩素なんか
投げつけないでくださいよ!」
言い訳をするマサキにコーチは容赦なくどこからともなく取り出した塩素・・・通称プールの底に
落ちてるアレを投げつける。
「黙れ!まったくノボルを見習わんか!あいつみたいに一つのことに集中すればお前も早くなる
素質はあるんだぞ!」
ノボルはこの騒ぎの中、我関せずとばかりに黙々とバタフライで泳ぎ続けていた。
身長が2メートルもあるので無駄にダイナミックだ。
「だって飽きちゃうんすよ!」
つい本音が出たマサキにコーチは正確にのど笛を狙って塩素を投げる。
「ぐほっ!」
悶えるマサキは捨て置き、手近にいたマネージャーにマサキにメニューを追加するよう伝えると、
コーチは教官室に消えていった。
「・・・ちくしょー、あのオヤジいつか闇討ちしてやる」
「よう相沢っ、相変わらず馬鹿やってるな」
声の主のほうを振り向くと、プールサイドに髪を茶髪に染めた絵に描いたような今時の高校生が
立っていた。
「今川か」
中学校からの知り合いのクラスメイトだった。彼は中学までは同じ水泳仲間だったが高校で
すっぱり足を洗い、今ではイケメン気取り(マサキ観)のいけ好かない奴である。
「毎日毎日泳いでばっかでよく飽きねぇな?空しくね?まぁ白木の奴は楽しそうだがよ」
ノボルは黙々と泳いでいる。
「た、楽しいに決まってんだろ。高校生はスポ魂に限るぜ」
たまに飽きるマサキは若干同様しつつも否定する。
そんなマサキの様子を見て今川は鼻を鳴らした。
「なんだよ」
「いやいや!スポ魂は結構なことですなぁ。俺なんかは毎日彼女とイチャつくくらいしか
やることないから羨ましい限りだぜ」
素敵に嫌味な言い方であった。
ノボルは黙々と泳いでいる。
「彼女なんかいるのか・・・!」
毎日部活のマサキには未知の領域だ。水泳部にも女子マネはいるが残念ながら売り切れ(彼氏あり)
である。女子部員とは仲良くなりすぎてそんな気配は感じられない。
「まぁな。高校生なんだから彼女の一人や二人はいて当然だろ?」
「二人は問題だと思うな」
「うわ、白木いつの間に!」
「ノボル話聞いてたのか・・・!」
突然口を挟んできたノボルに二人は驚いたが、ノボルはそれだけ言うと再び自分のコースに
戻っていった。
「白木はイマイチよくわからん奴だ・・・」
「俺もたまに思う・・・」
「・・・まぁ話を戻させてもらうが。今時彼女持ちくらいは当然なわけよ?白木みたいなタイプは
論外だけどな。あいつマジでスポ魂だから」
どうやら今川はノボルには一目置いているらしい。
「俺だって彼女くらいいるぞ?可愛くて家庭的な子が」
マサキはさくっと嘘をついた。
「ほぉー?」
嘘丸出しだと見抜いている今川は面白そうに眉を上げた。
「じゃあ明日ダブルデートしようぜ?」
「へ?」
「へ?じゃねぇよ。中学からの知り合いだろ、俺たち?お互い彼女くらい紹介しあおうぜ」
にやにやと笑う今川。マサキには痛い展開だ。
「そ、それは・・・」
「それは困るぞ」
再びノボルは突然水中から現れた。無闇に勢いよく出てきたせいで水しぶきで今川はずぶ濡れになる。
「・・・なんだ白木」
「明日も練習あるからサボるのは駄目」
助け舟なのか真剣に言ってるのか微妙なノボルに今川は少し戸惑ったが、マサキのほうに
矛先を向ける。
「一日くらいいいよなぁ?相沢くん?」
「お、おう。明日ばっちり紹介してやるぜ!」
マサキは実に見栄っ張りであった。
「そうか、じゃあコーチに明日マサキ休むって言っといてやるよ」
別に助け舟ではなかったらしいノボルは三度自分のコースに戻っていった。
「じゃあ明日だ。待ち合わせは朝9時に駅前のあの変なオブジェの前だ、いいな?」
「おう!」
「行き先はそっちに任せるぜ。普段デートしてるところに連れてってくれればいいからな」
そう言ってにやにやしながら去っていった。
「・・・というやむを得ない理由でヒロミさんにお相手を頼みにきたんですよ。クラスの女子だと
バレるし、よその学校のヒロミさんなら丁度いいかな、と」
「この妖怪ミエッパリーめっ」
ヒカルはマサキを小突くとヒロミのほうに向き直った。
「で、ヒロミはどうすんの?」
「私明日バイトあるから・・・」
ヒロミは申し訳なさそうだ。
「週末は稼ぎ時だもんね」
「あぁぁ、俺はいったいどうすれば!」
苦悩するマサキの頭を撫でてやりながらヒカルは訪ねた。
「ほかに女の子の知り合いはいないの?」
「部活ばっかの俺にはそんなものは・・・!」
「ふむ・・・」
腕を組んで少し考えたヒカルはいいことを思いついたと言わんばかりにポンと手を打った。
「そうだ!」
「何か思いついたんですか!?」
「諦めなさいな」
あっさり言いのけるヒカル。
「そんなこと言わないでくださいよ〜。そうだ、ヒカルさんの女友達とか紹介してくださいよ!」
「大学生は忙しいんだよ?今日言って明日の予定を空けれる人なんかいないよ」
「ヒマなのは兄さんくらいだよな」
ちゃちゃを入れるノボル。
「ぼくは今日は飲み会でしこたま飲んできたから明日は一日寝るんだよ」
そういえばヒカルは何だか酒臭い。
「ヒカルさん・・・明日は一応ヒマではあるんですね?」
「まーね」
「ヒカルさん!どうか俺とデートしてください!」
床に頭を叩きつけるような勢いで土下座するマサキ。
「ヒカルさんなら彼女と言っても間違いなく通じます!どうか!どうかお願いします!」
「いいよ」
即答するヒカル。これには逆にマサキが驚いた。
「い、いいんですか?」
「明日はヒマだからね。それに今時の高校生をからかうのは楽しそうだ」
マサキはヒカルの背中に後光が見えたような気がした。
「ありがとうございます〜」
「はっはっは、足にすがりつくなって」
「ふーん、OKするんだ・・・」
「兄さんそんな下らないこと手伝わなくいいのに」
弟たちは何だか気に入らないようだ。
「明日のデートのプランはしっかりとぼくが立てといてあげるから安心しなさい」
「頼もしいっすヒカルさん!」
一人で盛り上がってるマサキを見てノボルとヒロミは後ろでため息をついていた。
次回に続く。