翌日、マサキは駅前の変なオブジェの前で立っていた。ちなみにこの変なオブジェとは、
馬だか豚だか良く分からないデザインのものだが、5メートルと妙にデカいので待ち合わせ場所
としては重宝されている。

「相沢、お前の彼女遅ぇな。ホントに来んのか?」

今川はすでに彼女と一緒に隣りにいる。彼女のほうも軽く茶髪に染めていて、今時の女子高校生という
言葉が似合いそうなタイプの子だ。今川は今日は気合を入れているのか、いつもより二割増ほど
チャラチャラした格好であった。体育会系的視点からだと。

「ごめんごめん、遅れちゃったよ」

ヒカルがてこてこと小走りにやってきた。大きなバスケットを抱えるように持っている。

ヒカルの格好はオーバーオールに麦わら帽子と女装も何もしていなかった。強いて言えば、いつもは
ちょろんと後ろで結んでいる髪を今日は結んでいないでいるくらいである。

マサキは少々焦った。あんなに自信満々に引き受けてくれるのだから女装の一つでもしてくれる
のかと思っていたのだが。これではバレてしまうかも。

ヒカルはマサキの隣りに立つと今川とその彼女に挨拶した。

「はじめまして。あたしは白木ヒカルコ。今日はよろしくね」

いい加減な偽名で、いつもより1オクターブほど高い声のヒカル。

「お、おう。よろしく。オレは今川ってんだ」

「よろしくね〜。わたしは後藤」

今川は若干同様しつつ、彼女のほうは親しげに挨拶を返す。

今川はマサキの肩を掴んで耳元でひそひそと囁いた。

「何だテメェ、嘘かと思ったら本当に彼女いたのかよ」

「ははははは」

とりあえず笑っとくマサキ。余計なことを言わないでおこうと思う。

しかし、男だとは疑われてもいないみたいだな・・・。さすがヒカルさん。

「後藤さんその服可愛いねー」

「え〜?そう?」

「うん、同じブランドで組み合わせにナイスな配色。さり気無いアクセサリーがグットです、な」
「わかる〜?ありがとう〜」

その隣りではヒカルが後藤と仲良く話していた。

「彼氏さんのほうも研究してるって感じだね。あのジーンズなんか結構なレアもんだし」

ヒカルは二人にわりと好感を抱いていた。高校時代からの非運動系的観点からすると彼らは
結構なお洒落さんだからだ。

「ヒカルコちゃんのも可愛いよね〜。どこのブランドってわけじゃないけど良い生地だわ〜」

後藤はヒカルコの服を幸せそうに撫でる。結構その道に詳しいのかもしれない。

「そこの男二人。何こそこそ喋ってるの?そろそろ出発しよっか」

「お、おう」

「い、行きましょうか」


一時間後。

「あはは〜。いくよ〜・・・それぇ〜」

「うわー、変なとこに投げんなよ!」

一同は郊外の大きな公園にいた。

後藤はヒカルコに渡されたフリスビーで楽しそうに今川と遊んでいる。

今川も何でこんなことしてるんだ、という表情をしてはいるが満更でもなさそうだ。

「いやー、やっぱり子供は外で遊ばなくちゃいかんね」

「ヒカルさん・・・。俺らのこと馬鹿にしてません?」

ヒカルとマサキはビニールシートを敷いた上に座ってその様子を眺めている。

「高校生と真面目にダブルデートなんか出来ないって。ていうかね、ぼくは実は二日酔いで
しんどいんだ。爽やかな空気を吸いたい気分だったし」

そう言ってマサキに息を吹きかけるヒカル。とっても酒臭かった。

「何だかなぁ・・・」

「あ〜楽しかった〜。お腹空いた〜」

「久しぶりに動いたら疲れたぜ・・・。メシはどうするんだ?」

ヒカルは持ってきたバスケットから弁当箱を取り出し、各自に渡す。

「わ〜、すご〜い。これ全部手作り〜?」

大喜びの後藤にヒカルコは箸を渡しながら答える。

「そうだよ、早起きして張り切っちゃったよー」

「すごいな、ヒカルコさんの弁当・・・竹輪はてんぷらなってるし、人参は星型になってるし。
気合入ってるなぁ」

今川も非常に感心している。マサキは小声でヒカルにお礼を言った。

「弁当まで作ってくれたんすね!ありがとうっす!」

「家庭的とか言っちゃったんだろ?まったく今度何か奢れよ?」


しばし食事タイム。

「うわ〜。このお弁当なんか何食べても甘〜い。でも美味し〜い」

「何か不思議な感じだけど美味い・・・!」

「あは、ありがと」

「・・・」

マサキは何も言わず一心不乱に食べている。ヒカルはそんなマサキを軽く小突いて言った。

「この子は何作っても美味いとも不味いとも言わないから、作りがいがないの」

「あははは〜、ヒカルコちゃん主婦っぽ〜い」

「いやいや白木さん、男ってのは幸せになると黙っちゃうもんなんだよ」

「そこで何か言うと女は喜ぶのに男は分かってないよね?」

「ね〜?」

すっかり打ち解けた様子にマサキは感心していた。ヒカルは実は結構なやり手なのかもしれない。

「さってと。迎え酒迎え酒〜」

マサキが感心している矢先にヒカルはバスケットから缶ビールを取り出して飲み始めた。

「あ〜。ヒカルコちゃんお酒なんか飲んで不良だ〜」

「何か意外だなぁ」

今川は何かしらヒカルに幻想を抱きつつあるようだ。

「いいの、あたし未成年じゃないから」

さらりと言うヒカルに今川と後藤は笑い飛ばした。

「え〜?ウソでしょ〜?」

「はははは!冗談きついぜ、下手したら中学生・・・!」

笑う二人には気にせず、ヒカルは続けて二本目の缶に取り掛かる。

その手馴れた飲みっぷりに今川は恐る恐る尋ねた。

「・・・もしかして本当っすか?」

「うん、二十歳っす」

「え〜?見えな〜い!すご〜い」

「はぁぁ〜。何で相沢が敬語使ってんのかと思ったらそういうわけかぁ・・・!」

驚かれてるのには慣れているヒカルは別段腹も立てない。

今川はマサキに絡んできた。

「てめぇー、こんな年上の彼女どこで捕まえたんだよ!」

「わははは、ノーコメントだ!」


それからは4人で和気あいあいと過ごした。

ヒカルは酔っ払って眠ってしまったが、マサキたちはフリスビーで盛り上がっていた。

「しかし、いいよなぁ相沢は」

今川はマサキにフリスビーを投げながらぽつりと言った。

「ん?ヒカルコさんが羨ましいのか?」

マサキは受け取ると次は後藤に投げる。

「いや、俺は後藤がいるからそれはいいんだけど。ちゃんと部活もやってて彼女も出来てって、
理想的な青春だよな。俺なんか毎日ぶらぶらしてるだけで・・・」

「は〜い」

後藤の投げたフリスギーを受け取り、再びマサキに投げる。

「お前を見てたら俺もしっかりしなくちゃ、と思うぜ」

何だか罪悪感を感じる。今川はいい奴かもしれん。

「だろ?お前もまぁ頑張れよ」

でもマサキはバラさない。あまり性格がよろしくないようだ。

「おぅ、ありがとよ」

日が暮れ始め辺りが赤く染まる中、友情を深める二人であった。



一歩その頃、某ファーストフード店にて。

「いらっしゃいませー。って何だノっくんか。部活お疲れ」

ヒロミがレジに立っていると部活帰りのノボルが店にやってきた。

「うぃ」

ノボルは片手を上げて答え、適当に注文した。何だか思い出し笑いを堪えてる様子だ。

「どうしたの、ノっくん何かにやにやしてない?」

「まぁ聞いてくれよヒロちゃん。さっき木下さんと出くわしてさ」

「ふんふん」

「兄さんの行き先教えちゃったよ」

「あらら・・・。それは大変なことになりそうね」

言いつつもヒロミの顔も笑っている。

「あの見栄っ張りは今ごろ調子に乗ってる頃だろうから丁度いいな」

「あーあ、間違いなく暴露する羽目になるでしょうね」

やれやれと肩を竦めるヒロミにノボルは鼻を鳴らした。

「自業自得さ」


後日、輪を掛けて今川にマサキが嫌味を言われるようになったのは言うまでも無い。




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