「今までの話が出会い編ってとこだな」
ゴンゾウは冷めたコーヒーで口を潤す。
「第一印象は意外といい感じだったんですね。・・・あ、すいませんコーヒーおかわり」
ヒロミは少し面白くなってきたので腰を据えて聞こうと身構えた。
「で、どういう風に今みたいな関係になったんですか?」
ゴンゾウの目が遠くを見つめるようなものになっていく。回想モードに戻るようだ。
「そう、それはオレがヒカルに会おうとヒカルの通ってる高校に乗り込んだときのことだ・・・」
「そんなことしたんですか・・・!」
ここがヒカルの通う学校か・・・。
ゴンゾウはとある高校の校門の前で仁王立ちしていた。ヒカルと同じ制服の学生を捕まえて
案内させたのである。腕時計を見ると、まだ正午前。実は朝からここに仁王立ちしているのだが、
ヒカルに会いにいく勇気が出なかったので、ずっとここに立っていたのであった。
しかしそろそろ落ち着いてきた。
「よし、行こう」
まだ授業があるということは気にはせず、校舎の中へ入っていく。
「あなた、他校の生徒でしょう?勝手に入っちゃ駄目よ、何の用事なの?」
女性教師がゴンゾウに声をかけるが、ゴンゾウは逆に問い返す。
「白木ヒカルくんはどこですか?」
「白木ヒカルくん?・・・あぁ、あの可愛らしい子ね?3年2組だからまだ授業中だわ。
用があるなら放課後にしたら?」
「ありがとうございました」
「ちょっ、ちょっと!授業中だってば!」
親切な女性教師を振り切り、3年2組の教室へ向うことにする。
しかしヒカルは3年だったのか・・・。随分幼く見えるな。ま、そこがいいんだが。
頭のなかでもやもやと下らないことを考えているうちに目的の教室に着いた。
ちょっと教室を覗いてみるとヒカルは一番前の席で黙々と授業を受けていた。
後姿もかわいいなぁ。
思わずうっとり眺めていると、授業をしていた男性教師に気付かれた。
「そこの君。他校の生徒だろう、何の用だ?」
教室にいた生徒達もそれで気付いて、一斉に振り向いた。当然ヒカルもゴンゾウに気付く。
トモもゴンゾウに気付いたが、嫌そうな顔をしてすぐに前を向いた。
ヒカルと目が合った。心臓がときめく。ヒカルは何を思ったか手を上げると教師に発言した。
「先生、気分悪いんで保健室行ってもいいですか?」
「かまわん。というかアイツは白木の客か?用件は早くすませろよ」
実に寛容な教師だった。
「はーい。あ、トモくんノートとっといてねん。トモくんの分も話してくるから」
「おう。・・・頭踏まれないようにな」
「大丈夫だって。では失礼しまーす」
そう言って教室から出てくるとヒカルはゴンゾウに向ってにこやかに片手を上げた。
「やは。木下くん、どうしたの?わざわざ学校まで来て」
「よ、よう。ヒカ・・・白木。実はオレ、お前に話があってな・・・」
「話?話ってなにさ」
顔を覗き込んでくるヒカルにゴンゾウは思わず赤面してしまい、顔を逸らす。ヒカルはゴンゾウの
妙な態度に小首を傾げるが、とくに気にはせずにゴンゾウに言った。
「話って長くなる?」
「出来れば男らしく短くズバっっと言いたいとこだが、長くなるやもしれん・・・」
もじもじしながらゴンゾウは言う。そう、ゴンゾウはいきなり告白するつもりなのだ。
「んー。長くなるかもしれないなら放課後でいい?なにぶん受験生なもんで」
「あ、あぁいいぜ」
「じゃあ、4時半くらいにシュガー伯爵って喫茶店で集合ね。学校の近くの店だからすぐわかるよ」
じゃ、と片手を挙げ再び教室に戻っていくヒカル。教師がヒカルに尋ねる声が聞こえた。
「何の用だったんだ?」
「愛の告白でした。ヒカルくんどきどきですよ」
「わははは!お前ならありえそうな話だな!」
クラス中の笑い声を背に、ゴンゾウは教室を後にした。
まさか本当に告白する気だとは奴らも夢にも思うまい・・・。
「あれ?もう来てたんだ。ごめんごめん、待たせちゃったかな」
放課後。シュガー伯爵にて。
約束してすぐにこの店に来て待機していたゴンゾウは手を振りながら答えた。
「いや、いま来たとこだ」
男なら当然の返答であろう。
「そっか、良かった良かった。・・・お姉さん紅茶とガトーショコラ二つ!」
ヒカルはゴンゾウの正面に腰掛けるとすぐさま注文する。
「二つも食うのか?」
「いや、一個はキミのぶん。美味しいよ?ぼくの奢りだから食べてみなよ」
本当に甘いものが好きなのだろう。にこにこしながら話すヒカルの笑顔が眩しくてゴンゾウは
目を逸らしながら返事をする。
「食ってみるけど自分のぶんは自分で払う」
「昨日助けてもらったお礼だって。気にしないで」
「・・・わかった」
笑顔が眩しくてゴンゾウにはもう何も言い返せなかった。
ショコラが運ばれてくると、ヒカルは嬉々として食べ始めた。
「うまー♪」
「・・・うん、美味いな」
「でしょっ?」
ゴンゾウは正直よくわからなかったが、あんまりヒカルが幸せそうに食べるのでついつい話を
合わせてしまう。
「で、話って何?お礼金よこせ!とかなら走って逃げるよ」
「い、いや、そんなんじゃないんだ」
突然話題を降ってくるヒカルにどぎまぎするゴンゾウ。
「お前に言いたいことがあってな・・・」
「言いたいこと?」
「お、お、お、お前・・・お前・・・」
「何どもってんの?落ち着きなよ」
「お、お前!・・・甘いものが好きなのか?」
言えなかった・・・!内心雄叫びをあげるゴンゾウ。ヒカルは怪訝そうに答える。
「好きっていうか愛してる。・・・それが用?違うでしょ?」
「ちょ、ちょっと言ってみただけだ。用件は・・・」
「用件は?」
「・・・お前背低いな。身長何センチだ?」
「四捨五入して160センチ。ていうか何誤魔化してんのさ」
「ちょっと言ってみただけだって!用件は・・・!」
上記のやり取りを30分ほど続け、ゴンゾウはかなりヒカルのことが詳しくなってきたが、
肝心の告白がまるで出来ない。
「なんかインタビューでもされてるような気分だ」
ちょっと面白くなってきたヒカルは紅茶をすすりながら、この状況を楽しんでいた。
ゴンゾウは今日はもう止めておこうかと挫折しかけたが、告白したいって思ったときが
ベストなタイミングなんだ!と思いなおし、決意を固めた。
よし、言うぞ!
「ヒカルー!!」
「う、うわぁぁ!?」
思わず胸座を掴んでヒカルを持ち上げてしまった。しまった、と思ったがもう後戻りは出来ない。
「な、な、な、何?」
「・・・好きだ。付き合ってくれ」
ヒカルは実に複雑な顔をした。
「・・・ぼく、男なんだけど。こう見えても」
「構わない」
「・・・ホモ?」
「違う、男が好きなんじゃない。お前が好きなんだ」
実に男前な顔で熱く断言するゴンゾウ。ヒカルはさらに複雑な顔をした。
「あー・・・。その気持ちは少ーし嬉しいけど・・・。ぼく、男はちょっと・・・」
「オレは本気なんだ」
「・・・」
見詰め合うゴンゾウとヒカル。
この沈黙はOKということなのか?どういうことなんだ?あぁ目の前にヒカルの顔がある。あぁぁぁ。
何だか気持ちが盛り上がってきたゴンゾウ。
もうOKってことで行動してしまえ!
いまだ持ち上げた体勢のままのヒカルに、目を閉じ顔を近づける。
「んー・・・」
「・・・ちょ、ちょっと何するつもりだよ!?」
思わずゴンゾウの顔面に頭突きを食らわせると、ヒカルはゴンゾウの腕を振り解いた。
「いって・・・!」
「悪いけど男には興味ないんだ!ごめんね!」
喫茶店を飛び出していくヒカル。鼻血が止まらないゴンゾウは追うことも出来ず、
見送るしかなかった。でもしっかり会計を払っていってくれたヒカルの姿を見ると、
これで諦める気には到底なれないのであった。
後日、街を歩いていたヒカルを発見し、早速声をかける。
「よう、ヒカル」
「うわ・・・」
逃げ腰なヒカルにたいしてゴンゾウは慌てて言った。
「いや恋人になってくれとは言わないから!」
ヒカルは疑わしそうだ。
「・・・ホントに?」
「あぁ、友達からってことで」
「友達からって・・・。友達からどうなりたいんだよ」
「そりゃ恋人に。・・・あぁ!逃げるな!冗談だって冗談!」
踵を返して逃げようとするヒカルの手を捕まえてゴンゾウは続けた。
「昨日からのは全部冗談だって!ヒカルがあんまり女顔だから、からかってみただけだって!」
もちろん嘘だが、ヒカルはかなりほっとしたようだ。
「なーんだ、冗談だったのか。びっくりした」
「そうそう、ジョークジョーク。オレって友達少ないから、きっかけ作りが下手でさ〜」
白々しく言い放つゴンゾウだが、ヒカルはすっかり信用したようで微笑みながらゴンゾウに
手を差し出した。
「あはは、照れ屋なんだね。じゃあ、以後よろしくな。木下くん」
「お、おう。よろしく!」
差し出された手を熱く握り、ぶんぶん振るうゴンゾウ。
「ところで今から本屋行くけど一緒に行く?」
「おうっ、どこにでもついていくぜ」
本屋にて。
「うぉ〜。唐川さんの写真集出てるよ。この人って格好いいよね」
最近映画にドラマに活躍している男優の写真集を手に取るヒカルにゴンゾウは尋ねた。
「そいつとオレとどっちが格好いい?」
「・・・?」
怪訝そうな顔をするヒカルだが、写真集とゴンゾウを見比べてきちんと答える。
「唐川さんのほうが渋いけど、木下くんのほうが美形なんじゃない?」
「そ、そうか。やったぜ!」
「変なこと聞くなぁ」
そのような感じで、しばらくは学校の帰りを待ち伏せて一緒に帰ったり、どこかに寄ったり、
という日々が続いた。ゴンゾウはもやもやした気持ちを抱えつつも、充実した日々を送っていた。
ゴンゾウの部屋にヒカルを誘うまでは。
ある日、ゴンゾウは勉強を教えて欲しいという名目でヒカルを部屋に誘っていた。
「一人暮らしか。両親はどこに住んでるの?」
「二人とも海外で仕事してる。オレだけ行くの嫌だって日本に残ってるんだ」
「へぇ」
きょろきょろと部屋を見渡す、ヒカル。
「一人暮らしだと色々大変でしょ。ぼくの両親も共働きであんまり家にいないから気持ちは
よくわかるよ」
「まぁな。メシとかついついインスタント尽くしになっちまう」
「ご飯はしっかり食べなきゃダメだよ。何なら今度作りに来てやろうか?」
「ほ、本当か!?」
目を輝かすゴンゾウにヒカルは笑いながら言った。
「材料費そっち持ちでバイト代くれるならね」
「いくらだ!?」
「じょ、冗談だって・・・。それより何から教えて欲しいんだ?」
「ち、冗談か・・・。えーと、まずここがわからんのだが・・・」
「ここはね・・・」
1時間後。
ヒカルはサジを投げた。
「ダメ!全然ダメ!木下くんはもう小学校からやり直しなさい!」
ぼふ、とゴンゾウのベットに突っ伏すヒカル。
「うぅむ。オレは馬鹿だったのか」
そういえば学校行ってないし当然と言えば当然か。出席日数は計算してるから卒業は大丈夫だろうが。
「あー、無駄に疲れた。木下くん、罰としてぼくにマッサージしなさい」
「ま、マッサージ!?」
「うむ、余は肩が凝ったぞ」
ベットにうつ伏せになるヒカル。ゴンゾウは嬉々として跨ってマッサージを始めた。
「お、おおぅ。そこそこ・・・」
「はぁはぁ・・・」
「何で息荒くしてんの?・・・あぁ効くぅぅぅ」
マッサージと称して肩やら背中やらベタベタ触るゴンゾウだが、ヒカルは別に気にしていないようで、
ゴンゾウに身を任せきっていた。
あぁ・・・。柔らかい・・・。最高だ・・・。
ゴンゾウは天にも昇る気持ちでヒカルをマッサージしていると、突然一段と喜んだ声を出した。
「そ、そこ気持ちいい・・・。最近イスに座りっぱなしだからかな・・・」
気がつくとヒカルの尻を揉みしだいていた。
そのときゴンゾウの中で何かが切れた。
「も、もう辛抱できるかぁぁぁ!」
「う、うわ?」
ゴンゾウはヒカルをひっくり返して仰向けにするとシャツに手をかけた。
「な、何?何する気?」
「好きなんだぁぁ!」
一気にシャツを引き裂く。ヒカルを状況を察して激怒した。
「うわぁぁ!くそ!嘘だったんだな!冗談だって言ってたくせに!」
「・・・!」
もうゴンゾウは興奮しすぎてヒカルの言葉は耳に入らない。続いてズボンを脱がそうとするが、
ヒカルは必死に抵抗する。
「やめろ!やめろって!」
腕を抑え、無理矢理ズボンを脱がし、あとはトランクスとTシャツだけというところまで
脱がしたところで、ゴンゾウはヒカルが泣いている声で我に帰った。
「やめて・・・。誰か助けて・・・」
急に罪悪感がわいてくるゴンゾウ。慌ててヒカルの上から飛びのく。ヒカルはぐすぐすと
泣きながらズボンを履きなおし、破れたシャツを肩に引っ掛けた。
「ひ、ヒカル・・・。すまなかった・・・」
恐る恐る声をかけるゴンゾウをヒカルは濡れた瞳で睨みつけた。
「友達だと思ってたのに・・・!お前なんか大嫌いだ・・・!」
ゴンゾウは頭を金槌で殴られたようなショックを受けた。
オレの恋は終わった・・・。
がっくりとうな垂れるゴンゾウを置いて、ヒカルは泣きながらゴンゾウの部屋を出て行った。
「・・・えらいことしちゃったんですね」
ヒロミはゴンゾウの話の内容に驚いていった。
ていうか兄さんホント情けないわ・・・。
「そうなんだよ。あのときはオレは馬鹿だったぜ・・・」
遠い目をしながらコーヒーをすするゴンゾウ。
「どうやってその状況から仲直りしたんですか?」
「それはだな・・・」
次で終わりです。