「お疲れ様でしたー」
今日の最後のバイトが終わり、ヒロミはバイト先の飲み屋から出た。
さすがに一日でバイト三つ掛け持ちは疲れる。くたくたなヒロミはだるい身体を引きずるように
家に向っていた。今日の晩御飯の当番は兄さんか・・・。兄さん料理上手だから楽しみだわ。
妙に甘い料理ばかりなのが難だけど。よくあんな甘い料理を作れるもんだわ。しかも不自然な甘さに
ならないし、美味しいし。どこで覚えてくるのかしら?
そんなことをつらつら歩きながら考えていると、人にぶつかってしまった。
「あ、すいません」
「おぅ、気にすんな。・・・って妹さんか。今日もバイト帰りかい?おつかれさん」
ゴンゾウだった。珍しく一人で歩いている。
「あら木下さん、こんばんは。珍しい、今日は兄さん追いかけてないんですね」
「まぁな。さすがにオレも毎日追い掛け回すほどヒマじゃない・・・と言いたいところだがこれは
作戦なのだ」
び、と人指し指を立てるゴンゾウ。
「作戦?」
またしょうもないこと考えてるんだろうなぁ、と内心思うヒロミ。
「うむ、子犬は追いかければ逃げるが、こちらが逃げれば追ってくる。と昨日読んだ漫画に
書いてあってな」
「漫画って・・・」
「というわけで今日は一日ヒカルと話さなかったのだ。今ごろヒカルは寂しがってるに違いない」
それでさっき電話したとき兄さん機嫌良さげだったのか・・・。
「うまくいくといいですね」
社交辞令って大事だと思うの。
「おう、もうオレのことはお義兄さんと呼んでくれて構わないぜ」
「それはちょっと・・・」
この人はいい人だとは思うんだけど、話すと疲れるなぁ。内心ため息をつくヒロミだが、
二人きりで会うのは初めてなので、前から少し気になってたことを聞いてみることにした。
「そういえば何で木下さんはそんなに兄さんのことが好きなんです?会ったのは高校3年生くらいの
ときですよね?」
「ほほぅ、そんなにオレとヒカルの馴れ初めを聞きたいかい?」
「いや、ちょっと興味あるってだけですけど」
「いいぜ、聞かせてやろう。・・・ちょっと長くなるからそこの喫茶店入るか」
「・・・はぁ」
あれはオレが18歳、高校3年の時だった。といっても学校なんかほとんど行ってなかったが。
あの頃のオレは馬鹿だった。何をしてもつまらなかった。酒飲んで、煙草吸って、女と寝ても、
退屈で退屈で仕方なかった。たまに暴走族やってる連れに混じって夜の街を走ることもあったが、
そんなことをしても、この退屈な気持ちは晴らせなかった。
そんなある日。
夜の街をぶらぶら歩いていると、その辺の路地裏から喧騒が聞こえた。
「いいから金出せっつてんだよ!」
「だ、誰が出すもんか」
「この野郎!」
「ぐっ・・・!」
「トモくん!くそぅ、離せよ!」
よくあるカツアゲだが、やられてる奴らはなかなか根性があるようだった。なんとなく現場を
覗いてみると、学ランを着ているが、女みたいな顔した奴が羽交い絞めにされていて、中肉中背の
どこにでもいそうな男が殴られて転がっていた。
女みたいな奴は必死で暴れている。
「トモくん!トモくん!?くそ、お前ら絶対許さないからな!」
「許さないから何だってんだよ。女みてぇにヒョロイ身体してるくせによ。・・・いや、お前
本当に男か?」
羽交い絞めにされているそいつは他のチンピラどもにじろじろ眺められていた。
「男には見えねぇよな・・・」
「・・・ちょっと剥いてみるか?」
一人の発言にみな爆笑する。
「おいおい、そりゃヘンタイだろ〜」
「まずいって〜」
「・・・」
「・・・」
少しずつ笑いが収まっていくと一人がぼつりと呟いた。
「さ、脱がすか」
「おう」
「な、ちょっ、やめろ!やめろって!何すんだよ!?」
さらに必死で暴れる女顔。
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから」
「くっそぅ、興奮してきたぜ・・・!」
鼻息荒く迫るチンピラたち。呆れてきたゴンゾウはその場に飛び出した。
「くだらねぇことやってんじゃねぇよ。お前らホモか?」
チンピラたちは慌ててゴンゾウのほうを向く。
「なんだテメェは!?」
「ただのヒマ潰しに来た通行人だ」
少し格好つけて言ってみる。
「「んだとぉ!?やっちまえ!」」
ゴンゾウに群がるチンピラたち。
3分後。
「よ、弱すぎるぞ、コイツら・・・」
辺りには顔面をまんべんなくぼこぼこにされたチンピラが転がっていた。ちなみにゴンゾウは無傷だ。
「・・・よく不良できてるなぁ」
「あ、ありがとうございます!助かりました!」
ゴンゾウが戦っている間、ずっと殴られて気絶していた男をかばうように抱きしめていた女顔は、
ゴンゾウに駆け寄ってきて礼を言った。
「すっごい強いんですね!尊敬しちゃうなぁ」
「たんなるヒマ潰しだ。お前らを助けたんじゃない。・・・ったく男のくせに剥かれそうに
なってんじゃねぇよ」
女顔を突き飛ばす。女顔は簡単に飛ばされて地面に腰を打ちつけた。
「痛っ!」
それには構わず、今だ気絶している男の頭を踏みつける。
「こいつもこいつだ。この程度の奴らに気絶までさせられるか?普通」
「ちょっ・・・。やめてよ!」
女顔は慌ててゴンゾウ止めようとするが、ゴンゾウは容赦なく男の頭を踏みつけ続ける。
「やめてっば!・・・やめろ!」
「・・・いってぇぇぇ!!」
ゴンゾウの腕に女顔が噛み付いてきた。半端じゃない痛さだ。というか肉の千切れたような音が
聞こえたような気がする。
「何・・・すんだ!てめぇは!離せよコラ!・・・痛い、痛いって!」
腕を振り回して女顔を振りほどこうとするが、食いついて離れない。
このままでは食いちぎられてしまう。
危機感を感じたゴンゾウは殴ってやろうと拳を振り上げ、女顔を睨みつけた。
・・・時が止まったように感じた。
改めて見た女顔の顔は・・・何と言うか・・・とても・・・好みだった。
一目惚れだった。
一瞬拳を振り上げた体勢で固まったゴンゾウだが、腕をかじられる痛みで我に帰った。
「・・・わかったわかった。悪かったよ、ほら」
男の頭から足をどかすと、女顔はすぐに腕から口を離し、男のもとへ駆け寄った。
男の頭をぱたぱた払うと女顔を見つめ、ゴンゾウは言った。
「なんだよ、お前ら。仲いいな、付き合ってんのか?」
冗談めかして言ったが、内心どきどきだった。
ていうかオレは何で男相手にときめいてるんだ?ヤバイぞ、オレ。
「親友だよ。付き合ってるわけないじゃないか、ホモじゃあるまいし」
ほっとするゴンゾウ。
「そ、そりゃそうだよな。・・・じゃあな」
いくら顔が好みだとは言え、男相手にどうこうするわけにはいかない。
これ以上気持ちが動く前に去ってしまおう。
立ち去ろうとするゴンゾウに後ろから女顔が声をかけた。
「待って!」
「・・・何だよ」
これ以上オレの心を揺さぶらないでくれよ。
「名前、教えてくれないかな?」
「・・・木下ゴンゾウだ」
そのときの瞬間をオレは一生忘れないだろう。暗い路地の中、輝くような笑顔で女顔は言った。
「ぼくは白木ヒカル。ついでにこの倒れてるのは江坂トモ。助けてくれてありがとう、木下くん」
「・・・気にすんな」
ホモでも何でもいいや、絶対こいつをオレの彼女・・・恋人にしてやると思った瞬間でもあった。
「・・・へぇ、不良から助けたのがきっかけで好きになっちゃったんですか。何だか逆って
感じもしますね」
「そうなんだよ。そのときにヒカルもオレに惚れてくれれば話は早かったのに。
で、それでな・・・。」
「あ、まだ続くんですね」
次回に続きます。