「そうだハワイに行こう」
三人でテーブルを囲んで食事をしている時、やぶから棒にヒカルは言った。
「……何言ってんだ? 兄さん」
「そ、そうそう」
怪訝そうな顔をするノボルと、少しどもっているヒロミ。
ヒカルはヒロミの顔をじっと見つめた。
「……知ってるんだぞヒロミ」
「な、何のことかしら?」
ヒロミはヒカルの目線から逃げるように顔を逸らす。
ヒカルは黙って立ち上がってヒロミの隣まで歩いていった。
「な、何?」
おどおどしているヒロミの言葉には答えず、ヒカルは黙ってヒロミを見つめ……。
「ここだっ」
突然ヒロミの胸元に手を突っ込ませた。
「だ、だめ兄さん……!」
悶えるヒロミにヒカルは構わず服の中で手を蠢かせる。
ノボルはその様子を横目で見ながら味噌汁を啜っている。
そして、しばらくしてヒカルは服の中から手を引き抜いた。
その手にはチケットが何枚か握られていた。
「よしっ、ゲット!」
「返してよ兄さーん」
チケットを握り締め勝ち誇るヒカルに、ひしとしがみ付くヒロミ。
「何のチケットなんだ? それ」
尋ねてくるノボルにヒカルは呆れながら答えた。
「話の流れから察しようよ。これはね、ご家族様ハワイツアーご招待! のチケット」
「返してー」
「このヒロミが……」
ヒカルはヒロミの額を指で弾く。
「あいたっ」
「商店街の福引で当てたクセに一人で黙ってたモノだ。これで三人でハワイ行こうハワイ」
「私が当てたのに……」
額を押さえて恨めしげに見つめてくるヒロミだが、ヒカルは相手にしない。
「どうせ金券ショップに行って売り飛ばすつもりだったんでしょ?」
「そうよー。別にいいじゃない、私が当てたんだから」
口を尖らせるヒロミ。
ヒカルは白い目でヒロミを見ながら言った。
「福引券を貰えるような買い物のお金は家計から出してるでしょーが」
「うっ」
「それにこういうものは、きちっと使うことに価値があるんだって」
チケットをひらひらさせながらヒロミに語るヒカル。
ヒロミは悔しそうに呟いた。
「なんでバレたのかしら」
「たまたま通りかかったんだよ、当たった時に」
ヒカルはその時の様子を思い出す。
買い物袋を手に提げ、祈るようにクジを引き、一等が当たったヒロミの顔は印象的だった。
チケットを受け取る時の輝くような笑顔。
そして次の瞬間に口元に浮かべた腹黒い笑い。
「運が悪かったようね……」
ふわさぁっと髪をかきあげるヒロミ。
どうやら観念したようだ。
「仕方ないわね、行きましょうかハワイ」
「うん、行こう行こう」
ヒカルはヒロミの手を取り、うきうきと踊りだす。
そしてノボルのほうを向いて言った。
「ノボルも来るでしょ?」
ご飯のおかわりをよそっていたノボルは振り返ることなく返事を返す。
「そだな。正月中は練習ないしな。ハワイの海で遠泳ってのも悪くない」
ノボルの部活のコーチは超愛妻家かつ親馬鹿らしく、正月やゴールデンウィークなどの連休は練習がない。
そしてノボルの高校は監督者がいないと施設を使わせてもらえないので自主練習もできないのだ。
「近所の屋内プールで自主練習は金かかるしなぁ」
よそったご飯に生卵をかけながらノボルはぼやくように言う。
「ハワイに行ってまで遠泳ってのもどうかと思うわ」
「まぁノボルだし? それより水着買いに行かなきゃなー」
水着ねぇ、とヒロミは腕を組む。
「お金が勿体無いなから学校のでいいか」
「そんなマニアックな。ぼくが買ってあげるからさ、ちゃんとしたの着ようよ」
あんまりなヒロミの発言にヒカルは苦笑いをする。
ヒロミはその言葉に両手を合わせて喜んだ。
「買ってくれるの? 嬉しー」
「現金な娘だ……」
「俺も水着買って欲しいなー」
「ノボルは競泳用水着で十分でしょ」
「まぁな」
こうして白木兄妹はハワイに行くことに。
「青い空!白い砂浜!果てなく広がる水平線!」
人目もはばからず、ヒカルは両手を広げた。
テンションはもう最高潮だ。
「そして多いわ日本人」
それに合いの手を入れるように辺りを見回しながら言うヒロミ。
表情がいつもよりだいぶ緩んでいる。
ここまで来ると楽しくなってきたようで、そわそわした様子だ。
ノボルは一人離れてシートを引いて黙々と荷物を固める。
そしてパラソルを広げながら周りを見て呟いた。
「白人はデブかマッチョかボインしかおらんのか」
ノボルだけはいつも通りの調子だった。
そう、三人はハワイにやってきたのだった。
若くて元気な三人はとりあえずホテルに荷物を置くとビーチにやってきた。
そしてノボルの指揮の下に並んで準備運動をする。
少々人の目が気になるが、ノボルはこういうことに厳しいので仕方が無い。
ラジオ体操第二までこなすと、ヒロミは羽織っていたバスタオルをしまった。
「さてさて。ハワイの海を堪能させてもらいましょうか」
腕をぶんぶん振るいながら海に向かっている。
現金にならなかった分、積極的に遊ぶつもりのようだ。
ノボルはゆっくりとヒロミに付いて行きながら、ヒカルのほうを向いて言った。
「俺は少しヒロちゃんに付き合った後は……」
遠くに見える黒い点を指差す。
「あそこで小さく見える島まで遠泳するんで宜しく。たぶん今日中には帰る」
「ハワイまで来て……ノボルはホントにもう」
呆れきった様子のヒカルを見て、ノボルはふと気が付いて言った。
「そういえば何でいつまでもタオル羽織ってるんだ?」
ノボルの発言に、ヒカルは含み笑いをした。
「何だよ気持ち悪いな」
「ふふふ。お兄ちゃんはハワイなので思い切ってこんなの買っちゃいましたっ」
ばっ、とタオルを外すヒカル。
ヒカルの格好を見てノボルは目を丸くした。
「び、ビキニ?」
「うん」
ヒカルはビキニを着ていた。
腰にパレオを巻いているが、はっきり言ってワンピースの水着を着ているヒロミより露出が多い。
「何でまた。兄さん女の格好するの嫌いなんじゃ」
「だって水着着ないと泳げないし。男物じゃぼくは警察に捕まるか暴漢に襲われてしまうし」
なら、と言ってヒカルはパレオを翻してくるりと回る。
「旅の恥は掻き捨て。思い切ってみました。どう?」
セクシー! なポーズをとってみせるヒカルをノボルはしげしげと眺めた。
「はー……」
何とも言えない顔をするノボル。
褒めて良いのかどうか迷っているようだ。
しげしげ眺められているのに恥ずかしくなったかヒカルは少し頬を赤らめた。
「ほ、ホントは凄い恥ずかしいんだけどね」
「まぁいいんじゃないか? 似合う似合う。さっ、ヒロちゃんトコ行こうぜ」
「うんっ。れっつ……」
ごー! と駆け出そうとしたヒカルに、聞き慣れた声が後ろからかけられた。
いや、むしろ聞き飽きたと言っても過言ではない声。
「ヒカル! ヒカルじゃねぇか! こんなとこで奇遇だなぁオイ」
ゴンゾウのお出ましだった。
石のように固まったヒカルに、ゴンゾウは興奮気味に話しかける。
「親戚のおっさんがここで仕事しててよー。正月くらい手伝えって嫌々来たんだが……」
ずかずかとヒカルに近寄りながら一人でつらつらと解説している。
「まさか会えるとは思わなかったぜ! しかも何だヒカルってばビキニ!? やっぱり女……」
どうすればいいのか分からなくて同じく固まっていたノボル。
しかしヒカルの肩に手をかけようとするゴンゾウを見て、何とかせねばと口を開きかけたその時。
ヒカルは花開くような笑顔を浮かべながらゴンゾウのほうを振り返った。
「人違いよ? あたしはヒカルじゃなくて従姉妹のヒカルコ」
空気すら固まったように感じられる空間。
兄さんそれは苦しいだろう、とノボルは汗をだらだら流している。
ぜんぜん関係の無い周りの観光客たちですら、異変を察して距離を取っている。
きょとん、とした顔のゴンゾウとにこにこ顔のヒカル……いやヒカルコ。
しばし見詰め合い。
「そうか! 人違いか、すまんかったな従姉妹さん」
オレとしたことがー、と言って呵呵と笑うゴンゾウ。
信じるのか……とほっとしたような気分であり、それでいいのかよと言いたくなるノボル。
にこにこと笑い続けるヒカルにゴンゾウは手を差し出した。
「オレは木下ゴンゾウってんだ。よろしく従姉妹さん」
ヒカルは手を握りながら答える。
「あたしはヒカルコ。白木ヒカルコね。よろしくハンサムくん」
ぱちり、とウインクする。
「ゴンゾウって呼んでもいいかしらん?」
ゴンゾウは顔を赤くしながら答えた。
ヒカルと同じ顔で……まぁヒカルなのだが、そのようなことをされるとどぎまぎするらしい。
「お、おう」
「あたしのことはヒカルコって呼んでね」
「おうおう」
こくこくと首を縦に振るゴンゾウ。
その様子を呆然を見ていたノボルにヒカルは目で合図を送った。
あっち行って遊んでなさい。
大体このような意味の合図を。
察することができたノボルはそそくさと立ち去ることにした。
何とかなりそうだしな、と思ったので。
「それじゃあ後は若い二人に任せて。ではー」
わけの分からないことを言いながらノボルはヒロミの方へ去っていった。
その後姿を二人で何となく眺めた後、ヒカルはゴンゾウの方を向いた。
「一緒に遊ばない?」
ゴンゾウはぶんぶん首を縦に振る。
ヒカルではないにしろ、ヒカルと同じ顔のこの娘とは遊んでみたい。
そう思ったゴンゾウはヒカルの手を取った。
「じゃあ穴場知ってるから案内するぜ。静かでいいトコなんだ」
ヒカルはくすくすと笑った。
「な、何が可笑しいんだ?」
「いや、積極的なんだなって。初めて会った女の子の手を引っ張って静かなトコに連れてくなんて」
言われてみれば……と少し焦るゴンゾウ。
「そ、そういうつもりじゃ」
「わかってるってゴンゾウ。いいよ、行きましょ?」
悪戯っぽく微笑むヒカルに、ゴンゾウは赤面して頷くことしか出来なかった。
何だか手玉に取られているような。
ゴンゾウにとっては今までにない感覚だった。
ゴンゾウに手を引かれて歩きながらヒカルはお留守番で来てないのよー、とか話しながら。
ヒカルは内心しめしめと思っていた。
こんなに旨く誤魔化せるとは思わなんだ。
しかも良い感じにペースを握れている。
普段はゴンゾウにかき回されっぱなしなので、ヒカルは非常に快感を感じていた。
しかも、かなり好感を持たれている様子。
やっぱり男か女かも分からないヤツと同じ顔なら、女と分かっているほうがいいってことだね。
そう考えると何故か少し寂しい気持ちを感じたが、まぁいい。
このままヒカルコに惚れさせてやろう。
そしてぼくのことは、ただの友達としてしか見ないようにするのだ。
ヒカルはヒカルコの仮面を被り、心の中で拳を固めるのであった。
「着いたぜ」
と、ヒカルが計画を立てていることも知らずにゴンゾウは楽しそうだ。
ばっと空いた手を広げながらゴンゾウは得意気に言う。
「どうだ? なかなかのもんだろ?」
ヒカルコも辺りを見渡す。
人っ子一人いない。
それなのに岩でごつごつしているわけでもなく、さらさらの砂浜。
観光客で溢れたビーチから少し歩いただけでこんな静かなところがあるなんて。
正直、素直に感激だった。
「わー凄い! 本当に誰もいないのね!」
思わず海に走っていくヒカル。
それを慌てて追いかけるゴンゾウ。
「待ってくれよー」
「あははっ。捕まえてごらんなさーい」
波打ち際を走る二人。
眩しい太陽に輝く海の渋き。
それをバックに追いかけっこをする二人は馬鹿丸出しであった。
それから水の掛け合いっこ等、定番をこなした二人は砂浜に並んで座っていた。
どこから来たの? だの。
ごめん正直中学生くらいに見えるけど年いくつ? だの。
ヒカルと一緒で二十歳だよコノヤロウ。だの。
たわいのない話をしていた。
まぁヒカルの話は作り話ばかりだったが。
傍から見るとまるで恋人同士が語らっているように見えた。
そして日も暮れてきたので、ヒカルは砂を払って立ち上がった。
「そろそろホテル戻るね。今日は楽しかったわ」
「……おう」
頷きながらも物足りなさそうな顔をしているゴンゾウ。
「それじゃ」
「あ、あのよ!」
立ち去りかけるヒカルの腕をゴンゾウは掴んだ。
ヒカルはその勢いに少し焦ったが、表情は笑顔のままで黙ってゴンゾウを向いて小首を傾げる。
「また明日会えないか?」
「え?」
「い、いやオレってハワイよく来るから良い店とかも知ってんだよ。案内させてくんね?」
ゴンゾウの結構必死な様子に可笑しく思いながらもヒカルは素早く計算した。
惚れさせるにはもっと印象付けたほうがいいかな。
でもこれ以上深くヒカルコで関わらないほうがいい気がしてきたな。
ゴンゾウって女の子にも手が早そうだから押し倒されるかもしれん。
「もちろんオレが奢るからよ。バイト代入ったばっかだし」
「うん行く行く」
即答だった。
それでは……とヒカルは泊まっているホテルの名前をゴンゾウに教えた。
明日になったら迎えに来てくれるらしい。
二人はそこで別れ、気分良くヒカルはホテルに帰った。
「兄さんそれは危ないわよ」
ホテルに戻って今日のことをヒロミに話すと、日焼けで真っ黒になった顔でそう言われた。
部屋の隅で腹筋をしているノボルも同様だ。
結局一日ヒロミと遊んでいて遠泳が出来ずに運動不足とからしい。
「やっぱりそうかな」
「危ないって」
じ、と見つめてくるヒロミの瞳が真剣なのでヒカルはやっぱりやめて置こうかと考えた。
するとヒロミは少し目を離し、どこからともなくガイドを取り出した。
「それはそうとね兄さん。このお店が美味しそうなんだけど明日みんなで行かない?」
「なんだ遊びたいだけか」
呆れ顔のヒカルにヒロミは口を尖らせる。
「わざわざハワイまで来て木下さんと遊ばなくていいじゃない。ご飯奢ってよ」
「しかも奢らせるつもりだったのか」
仕方ないなぁ、とヒカルはため息をつくと財布から紙幣をいくらかヒロミに渡す。
「これでノボルと美味しいものでも食べてきなさい」
「ありがと兄さんっ。でも本当に気をつけてねー」
ヒロミはお金を受け取るとまだ腹筋をしているノボルに絡みにいった。
今回のヒロミははしゃぎ過ぎて少し幼くなっているとヒカルはしみじみ思った。
まぁ中学生の時ほどではないけれど。
「大丈夫だってば。勢いだけの木下に押し倒されるぼくじゃないってば」
ヒカルはころころと笑った。
明日は適当に美味しいもの食べてゴンゾウをあしらって帰ってこよう。
という昨夜の会話が夢のように感じられる、というか今ちょっと寝てた。
「……あれ?」
ヒカルは気が付くとシャワーを浴びながら突っ立っていた。
当たり前だが服は着ていない。
お湯に打たれながらヒカルは今に至った経緯を思い出してみた。
まずゴンゾウがホテルに向かえに来て。
軽く街をぶらぶらして。
美味しいランチを奢ってもらって。
また街でぶらぶら遊んで。
お洒落なホテルの中のバーで飲むことになって。
シャークキラーとか言う凄いアルコール純度のカクテル飲んで……。
思い出しながら段々と顔が青ざめてくるのがヒカルには感じられた。
そうだ、それで酔いつぶれたぼくは何故か予約してあった部屋に運ばれて。
先にシャワー浴びれば、と言われてここにいるんだ。
「……どうしよう」
絶体絶命かもしれない。調子に乗りすぎた。
「おーい! ヒカルコまだかー。こっちは準備万端だぞー」
何の準備!?
ヒカルはそう叫びたかった。
「オレも一緒にシャワー浴びよっかな」
そんな声まで聞こえてくる。
会って二日目の女に手をつけるなんて見損なったぞ木下!
いくら心の中でそう叫んでもゴンゾウに届くわけも無く。
ゴンゾウの気配がこちらに近づいてくるのを感じる。
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
「待たねー」
駄目だー。もう駄目だー。
ヒカルはもう自分が逃げられないことを悟った。
何だか幻覚さえ見えてきた。
庭付き一戸建ての家で、ゴンゾウと暮らしている。
子供は三人。一姫二太郎で。
脳内麻薬が回ってきたのか、それはそれで楽しそうな気さえしてきた。
覚悟を決めるか……。
ヒカルはタオルを抑えている手を緩めて待ち構える。
するとゴンゾウを勢いよく入ってきた。
一糸纏わぬ姿で。
「お、おおう」
色んな意味であまりに逞しいゴンゾウの身体に思わず声が漏れてしまうヒカル。
「今夜は寝かせないぜぇ」
本当にこんな台詞を言う男がいるとは思わなかった。
しかしゴンゾウはヒカルが思っていたよりもがつがつした雰囲気はなく、ゆっくりと近づいてくる。
そっとヒカルの顎に手をかけた。
ヒロミ、ノボル、父さん母さん。ごめんなさい。
ぼくはここまでのようです。
ヒカルが目を瞑って身体を硬直させていたが、いつまで経っても何もしてこなかった。
恐る恐る目蓋を開けると、ゴンゾウが辛そうな顔でこちらを見ていた。
「ご、ゴンゾウ?」
「――駄目だ!」
ゴンゾウはヒカルの肩を掴み身を離す。
「すまん! やっぱり出来ん!」
ヒカルはよく分からず、きょとんとした顔でゴンゾウを見ていたが彼は続けて言う。
「オレが好きなのはヒカルなんだ。オレは好きじゃない女は抱けん。……悪い」
「ご、ゴンゾウ……」
意外と純情じゃないか。
その情熱がやっぱりぼくに来ているのは問題だけど、その純情さには感動した。
思わず感心しながらゴンゾウを見ていると、彼は辛そうに顔を背けた。
「そんな熱い瞳で見つめないでくれ……。理性が保てん」
そんな目で見てたのかなぁ、と思いながらもヒカルは目を逸らしゴンゾウに言った。
「……それは仕方ないね。応援はできないけど、その気持ちは認めてあげる」
「ヒカルコ……。あんたはホント良い女だよ」
それこそ熱い瞳で見つめてくるゴンゾウから身を離し、ヒカルは肩をすくめた。
「ヒカルをあんまり困らせちゃ駄目だよ?」
「おう! それはもちろん……」
と言いかけたゴンゾウの言葉が途中で止まった。
何だろう、と思ったヒカルだったが彼の視線が下がっていることに気が付いた。
そういえば肩をすくめた時にタオルから手を離してしまっている。
そしてタオルはずり落ちてしまっていた。
辛うじて腰の辺りに引っ掛かって下半身だけはぎりぎり隠れているが、それ以外は丸出しだ。
「ふわ!?」
慌てて隠したが、もう遅い。
ばっちり見られてしまった。
赤い顔でゴンゾウの顔をちらりと見る。
理性保ってくれるだろうか。
「――ぐはぁ」
突然鼻血を噴いて倒れるゴンゾウ。
「ご、ゴンゾウ!?」
「ヒカルと同じ顔での裸は……オレには刺激が強すぎたよう……だ」
がくりと首を垂れるゴンゾウ。
どうやら気絶したらしい。
しばらくそれを見下ろしていたヒカルだったが、ため息をついてゴンゾウをベットに運んでやった。
メモだけ残しておいてやることにして、先にホテルを出ることにする。
辺りはすっかり暗くなっていて、冷たい夜の空気が火照った身体に心地よい。
ヒカルは帰り用のタクシーを捕まえるまでの間、先ほどのことを思い返した。
「今回はやばかった。ホンット危なかった」
小さく口に出して呟く。
ホテルまでいってしまったのも危なかったが、それよりなにより……。
ぎりぎりになると覚悟を決めてしまった自分が一番危なかった。
あの時浮かんだ幻覚を再び思い浮かべる。
赤ん坊を抱いて、ゴンゾウと笑いあっている様子。
何故かとても幸せそうな自分が見えた。
「危ない危ない……」
ヒカルはぴしぴしと自分の頬を叩く。
ぼくはまだ男として生きるのを諦めちゃ駄目なんだ、うん。
拳を固め、月に向かって決意を固めなおすヒカルであった。
『そうだ羽合に行こう』に続く。