100M走からの競技はひどいものだった。

パン食い競争があればベタなことに隣りのコースのパンまで奪ってゴールするゴンゾウ。

障害物競争があれば跳び箱で空中前転返りに捻りまで加えるゴンゾウ。

スプーン競争でもまるで何も持っていないかのような速度で駆け抜けるゴンゾウ。

参加できる競技全てに参加し、一位をかっさらっていくのであった。

『これは凄い!というか酷い!せっかくの合同体育祭のはずが!木下ゴンゾウさん・・・いや!
あえてゴンゾウと呼び捨てさせていただきましょう!ゴンゾウに良いトコを全部持っていかれて
しまっています!この状況どう思います?白木さん』

『もぉ木下さんの一人舞台になりつつありますね。私たち生徒は引き立て役?』

『はい!まさにそんな感じですね!運動しか自慢できることのないスポ根野郎どもなんか
立場ないですね!さっきから実に良いヤラレ役っぷりです!』

マイクを振り回しながら実に嬉しそうに実況?しているマコ。

ヒロミは首にタオルをまいて暇そう顔を手で扇いでいる。

「うるせぇぞ実況!」

「てめぇらの学校なんか全然勝ててないだろうが!」

ノボル側の高校の生徒たちからマコの実況にたいして野次が飛ぶ。

どうもさっきからマコの実況は偏っているのだ。

『はいはいはーい。静かにしてくださーい?勝てないマッチョよりも弱くても細身の男の子のほうが
いいに決まってるんですよー。ねぇ解説の白木さん?』

『私に話を振らないでください』



一方そのころヒカルの席では。

「ふー。今回も勝ってきたぜ」

「凄かったけど玉入れに一人で勝つのって見てて不気味な光景だったよ」

汗を拭きながら戻ってくるゴンゾウにお茶を差し出すヒカル。

ゴンゾウはヒカルの隣りに腰をおろし、受け取ったお茶を美味そうに飲み干した。

「っかー!一仕事した後の一杯は美味いな!しかもヒカルの煎れたお茶だし!」

「あははは。何か中年みたい。ビールのほうが良かった?」

すでに自分はビールで一杯やっているヒカルは朗らかに笑う。

ぐびぐび飲みながらまだまだ大量にある自作の洋菓子をぱくついている。

ヒカルは甘いものでも酒が飲めるのだった。

「いや。さすがに酒が入ってて走るのは自殺行為だからな」

「そぉ?木下もその辺は人の子だねー。で、次の競技は何?」

ちょっと待てよ・・・と受付で貰ってきた体育祭のしおりを開く。

「二人三脚だってよ」

「ふーん。これは出れないね。分身の術は使えないっしょ?」

にんにん、と指を組むヒカルにゴンゾウは言った。

「ヒカル、これ二人で出ないか?どうせなら団体競技以外は全部でたい」

「いいよ」

さらっと言うヒカル。てっきり断られると思ったゴンゾウは何だか拍子抜けしてしまった。

「い、いいのか?」

「うん。木下見てたら参加したくなってきたし。二人三脚ならそんなに体力いらないしね?」

ゴンゾウは顔を輝かせてヒカルの肩を抱いた。

「くぅー!ヒカルと二人三脚できるとは夢のようだ。んじゃ!さっさとグラウンドに行こうぜ」

「おーう」

ヒカルも酔っ払っているので気分良くゴンゾウの肩を抱いて二人三脚の練習をしながら
受付に向かうのだった。



『おーと!?なんと次の男女混合二人三脚にもゴンゾウが出るそうです!パートナーは・・・
白木ヒカル!?ヒカルさんだ!か、解説の白木さん!どうしましょう!?』

『実況の長谷さん、落ち着いて。別にどうもしません。あ、ちなみにヒカルというのは私の兄です』

相変わらず好き勝手にマイクを使っている放送席にカオルがやってきた。

「白木さん!?何やってるんですの!あなた次の二人三脚に出るのだから早く来てくださいまし!
パートナーのワタクシに恥をかかせないでほしいですわ!」

『あらら、解説の白木さんったら。うっかりしてましたね』

『忘れてたわ。じゃ、ちょっと行ってくるわね』

「わざわざマイク使って言うんじゃない!ですわ!さっさと行きますわよ!」

ずるずるとヒロミを引っ張っていくカオル。

グラウンドに行くと、すでに他の選手たちは準備ができていた。

カオルはそこにヒカルの姿を見つけて驚いた。

彼女は放送なんか聞いていなかったのだ。

「おやヒロミとカオルちゃんも二人三脚に出るんだ?」

酒が入っているので普段より二割増ほど朗らかにヒカルは二人に笑いかける。

「兄さん飲んでるでしょ・・・。お酒飲んで走ったら死んじゃうことない?」

「大丈夫だって。二院三脚なんか走るうちに入らない・・・ってゴンゾウ!脚に頬擦りすんな!」

「けちだなぁ」

ゴンゾウを張り飛ばすヒカルを見て、カオルはショックを受けた。

「ひ、ヒカルさま・・・。ヒカルさまは男性相手にも目覚めてしまったのですか・・・!?」

「んなわけ・・・」

「んなわけないでしょ!冗談じゃないわ!」

「あいたっ」

ヒカルが口を挟むよりも先にヒロミがカオルの頭をはたいた。

「い、痛いじゃないですの!?」

「冗談でもそういうことは言って欲しくないわね・・・!」

「オレはいつか本気になるといいなー・・・」

「もうどうでもいいから位置につこうよ。係りの人困ってるって」



『さぁ何だかゴタゴタしていましたが、男女混合二人三脚のスタートです!ここでもゴンゾウが
勝ってしまうのか!?他の人が勝っても面白くないですけどね!』

乾いた銃声が空に響き、レース・スタート。

「いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!」

意外なことに先頭に踊り出たのはヒロミとカオルの二人だった。

決して仲は良くない二人だが、お互い背丈が同じな上に負けず嫌いなのだ。

この日のために放課後、人知れず特訓を重ねていたのだった。

「いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!」

掛け声もきっちり合わせ、テンポ良く進む二人。

それに対してヒカルとゴンゾウの二人は。

「ヒカルー。もっと速く走ろうぜー」

「そんなこと言われてもなぁ。コケてないだけ良い感じだと思うけど。別に一位じゃなくていいし」

「むー・・・」

テンポは一応合わせている。

しかし何しろ背丈とモチベーションが違いすぎるので、のんびりとしたペースになってしまっている。

『おおっと!?これは意外な展開!お嬢様学校とか軽くバカにされた呼ばれ方をしている我らが
高校の生徒が先頭を走っています!がんばれー!』

のりのりで叫ぶマコだった。

『それにしてもスポ根学校はゴンゾウが駄目でも一位になれないのですね!やーい噛ませ犬!
・・・はいはーい、放送席にモノを投げないでくださーい』

「いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!」

マコが調子に乗ってるのも気にせず無心で走るヒロミとカオル。

このままなら余裕の一位だろう。

その二人の背中を見て、ヒカルは満足気に言った。

「何か仲良くなってるみたいだね。微笑ましいなぁ」

「・・・やっぱ勝ちてぇ」

その隣りでぼそっと呟くゴンゾウ。

「ヒカル!ちょっとすまん!」

「うわぁっ」

ゴンゾウはヒカルは片腕で軽く持ち上げると、『凄い』スピードで走り始めた。

ぐんぐんヒロミたちとの間を詰める。

『ゴンゾウ選手!加速装置発動ー!!もはやヒカルさんは軽い手荷物でしかありえません!
速い速いありえなーい!』

盛り上がる観客とそれ以上に盛り上がっているマコだが。

「ちょっ!速す・・・っぎ!揺れる・・・っし!」

運ばれているヒカルにとってはたまったもんではない。

酒の入った身体にこれは辛い。

必死にゴンゾウの身体を叩いて訴えるが、もはや聞こえていないようだ。

「し、死ぬ・・・!」

「いっちにっ!いっちにっ!・・・後ろから何か来てるわね!いっちにっ」

ヒロミに言われて、ちらりと後ろを見るカオル。

「いっちにっ!許せませんわ!ヒカルさまを荷物のように扱うなんて!いっちにっ!」

「同感よ!兄さんが辛いのは別に変わらないけど!いっちにっ!負けたくないわね!いっちにっ!」

カオルはにやりと笑った。

「いっちにっ!珍しく意見が合いましたわね!いっちにっ!いっちにっ!」

ヒロミも笑い返すと大声で言った。

「いっちにっ!では!スピード上げるわよ!いっちにっ!」

「望むところですわ!いっちにっ!」

珍しく二人の心が一つになった瞬間だった。

『こ、これはぁ!?白木、西園寺ペアも加速しました!速い速い!』

ぐんぐん加速していく二人。

しかし常識から外れた速さのゴンゾウは徐々に間を詰めていく。

「いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!いっちにっ!」

必死で走る二人だが、もうゴンゾウに並ばれてしまった。

このままでは負ける・・・!

二人がそう思った瞬間、ヒカルがぽつりと呟いた。

「もう駄目・・・吐く。吐いちゃう・・・」

ゴンゾウはその言葉で我に帰った。

「す、すまんかったヒカル!今すぐトイレに連れてってやるからなぁぁぁ!」

ゴンゾウは非常識なことにさらに加速すると、コースを大きく外れて去っていってしまった。

一瞬あっけにとられたヒロミとカオルだが、気を取り直してとにかくゴール・イン。

『ついに今大会初のゴンゾウ以外の一等賞です!これはめでたい!やほー!スポ根学校情けなーい!』

歓声に包まれるヒロミとカオル。

罵声に包まれるマコだった。



時間は流れて昼休み。

ヒカルの席にヒロミもマコもカオルもノボルもマサキも集まって、弁当をつついていた。

ヒカルはトイレで吐いたらすっかり元気になって、またビールを飲んでいる。

「ヒカルさんのお弁当美味しいですね!ほんのり甘い〜」

「そかそか。いっぱいあるからどんどん食べてね」

ヒカルの弁当に舌鼓を打つマコにやや白い視線を送るノボルとマサキ。

「で、何であなたがここにいるわけ?」

「ヒカルさまに呼ばれたからですわ。あなたには用は無くてよ・・・あら美味し」

もう仲が悪くなり始めているヒロミとカオル。

「うまいーうまいぞー」

こんなチャンスは二度とないかもしれないので味わって食べているゴンゾウ。

みんな揃って休息のひとときだった。

しばらく皆でわいわいしながら食べていたところ、ヒカルが思い出して言った。

「あ、そうそう。ノボル、ヒロミ。今日は父さんと母さん来るってさ」

「へぇ。珍しいこともあるもんだ」

「義父さんと義母さんか・・・。そういえば最近会ってないわね」

親に言うセリフではなさそうなことを普通に言ってのける二人。

「何!?ヒカルのご両親だって!?・・・これは挨拶しないと!」

なぜか張り切って身だしなみを整え始めるゴンゾウ。

何を言いたいのか分かりきってるので誰も何も突っ込まない。

カオルとマコとマサキにとっては特に騒ぐ話題でもないので「そうなんだ(ですの)ー」とだけ言って
弁当をつまんでいる。

ヒカルは腕時計をちらりと見た。

「うん、そろそろ約束の時間だな」

そう言って空を見上げる。

すると、空を引き裂くような轟音が辺りに鳴り響いた。

ヘリコプターが低空飛行して近づいてきたのだ。

「ま、まさかアレなのか!?」

「ヒカルさんたちのご両親ならあり得るかも・・・!」

慌てふためくマサキとマコ。

「そんな大したことでもないと思いますわ」

「は、早くきちんとしなければ」

感覚が違うカオルとやはり身だしなみを整えているゴンゾウ。

ヘリはどんどん近づいて・・・通り過ぎた。

「「あれ?」」

拍子抜けする一同。

「やぁ子供達よ。久しぶりだな」

「あらあらーお友達たくさんいるわねー。こんにちはー」

その背後から突然声を掛けられた。

ヒカルの視線とヘリに意味はなかったらしい。

普通に徒歩での、白木両親の登場だった。

『その三』に続く。




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