「父さん母さん久しぶりー」
「久しぶり」
「忙しいのに・・・大変だったでしょ」
普通に迎える白木兄妹。
その両親を見て、一同は口には出さなかったが内心思った。
で、でかい・・・!そして若すぎる・・・!
どこに売ってんだよ、というくらいのサイズのスーツを着込んだ白木父。
ノボルよりさらに頭一つ分ほど大きかった。体格も良い。顔を見ようとすれば首を痛めそうだ。
そして白木母。
ヒカルと同じくらいの背丈だが、見た目が明らかにせいぜい十代くらいにしか見えない。
髪型も長い髪を一本の三つ網にしていて一昔前の女学生のようだ。
義理の母・・・?
皆が同じ疑問を抱いていると白木父が言った。
「君たちの言いたいことは分かる。私の身長は2M半ほどだ。スーツは特注だ。
妻はこう見えても四十代後半だ。私と歩いていると良く援助交際と間違われるがな」
「うふふ、おちおちデートも出来ないのよ」
とても四十台には見えない白木母は口に手をあてて笑う。
仕草は何となくおばさんっぽい。
皆が唖然としていると、いち早く立ち直ったゴンゾウが両親の前でいきなり土下座した。
「ヒカルさんと結婚させてください!絶対幸せにします!」
「な、何言ってんの!」
言いそうだとは思っていたけれど、開口一番結婚を申し込むとは思っていなかったヒカルは
さすがに焦った。
白木父は顔をしかめてゴンゾウを見下ろす。
「私はヒカルを一応息子として育てたつもりなのだがね」
「アメリカのどこかの州じゃ同性でも結婚できるそうなんで!」
「つまり男でも構わない、と?」
「ヒカルさんが女だったら良いとは思いますが、男なら男で構いません!」
「ほぉ・・・」
「ぼくが構うんだよ!」
感心したような声を出す白木父に焦ったヒカルは慌てて父の袖を引っ張る。
そのヒカルの腕を白木母が軽く掴んで少し離れて見ていた皆のところへ引きずっていく。
「男同士の会話を邪魔しちゃいけないわ。久しぶりにヒカルの手料理も食べたいし向こう行きましょ」
「父さーん!木下の話なんか聞いちゃ駄目だよぉぉぉ」
必死に声をあげるヒカル。
しかし白木父とゴンゾウは二人で何やら話しながらどこかへ行ってしまった。
「あぁ・・・父さんと木下は何を話してるんだろ・・・」
ヒカルが二人が歩いていった方向をちらちら見ながら不安になっているのを尻目に、
白木母は一同にすっかり溶け込んでいた。
海外で恵まれない子供達の援助に行ってきただの、学校作りに協力して来ただの、紛争を話し合いで
終結させてきただの聞こえてきたが、どうでもいい話だ。
ヒカルにとっては年に数えるほどしか家にいない母親にすぎない。
でも皆はそんな話を感心しながら聞いている。人それぞれだな。
不安な気持ちでいると、白木父とゴンゾウが笑い合いながら戻ってきた。
それを見てますます不安になるヒカル。
「・・・何の話してたの?」
恐る恐る尋ねてみると、白木父は重々しく口を開いた。
「うむ。やはり学生の身で結婚は早いという結論に達した」
「オレは結婚できるなら大学なんか辞めても良いんだけどなー」
「いやいやゴンゾウ君。学歴というものは何だかんだ言っても大事なのだよ。卒業しておきなさい」
「そうかぁ。わかったぜ、ダイさん」
何だか仲良くなっている二人。
ちなみにダイというのは白木父の名前だ。
「何の話をしてたんだよ・・・。まさか父さん、結婚に賛成なんかしてないよね?」
「別に賛成も何もないな。そういうものは本人の意思でするものだ」
父の言葉にヒカルは安心して薄い胸を撫でおろした。
「そっか、なら安心。父さんが敵にまわるのかと思って焦ったよー」
「おいおい、何で安心するんだよ?」
尋ねてくるゴンゾウをヒカルは上目で軽く睨んだ。
「んん?最後まで言わなきゃわかんない?」
「・・・ちぇー」
「はっはっは。仲が良いな君達は。どれ、私も弁当を頂いてくるとするか」
高らかに笑いながら輪に加わりに行く白木父。
笑い声にびびったのか、周りの他の観客は少しこちらと距離を空けている。
そしてやっぱり場にすぐに馴染む白木父。
外務省で色んな仕事をしているとか、例えば紛争中の大統領を正座させて説教したとか、
テロリスト達を素手で制圧したことがあるとか聞こえてきたが、どうでも良い話だ。
ヒカルにとっては仕事人間であまり家にいない父親にすぎない。
でも皆はそんな話を聞いてとても感心している。不思議なもんだ。
あまり面白そうな話題でもなかったのでトイレにでも行こうとヒカルは場を離れた。
当たり前のようにゴンゾウもついてくる。
「・・・なんだよ」
「連れションでもしようと思ってな」
「やだよ、向こうにいろよ」
邪険に手を払うヒカルにゴンゾウはにやりと笑った。
「いや、そう言えばヒカルが立って用をたしてるとこは見たことないなと思ってな」
「・・・!」
少し焦るヒカル。体質的に立ってすることは出来ないのだ。
出来ないこともないが、男子用小便器では不可能だ。
ヒカルが困っていると、追いかけてきたのかノボルがやってきた。
「木下さん。失礼ですけど午後からの競技は休んでもらえませんか?」
真剣な口調だった。
ゴンゾウは眉をひそめて尋ねる。
「何でだよ。オレはまだまだやる気まんまんだぜ?」
「やる気があるなら尚更休んで欲しいんです」
ノボルは拳をぐ!と握り締めた。
「今日の最終競技の
『大逆転☆ちきちき殺人レース@医者と看護婦の準備はありますよ』
で木下さんと勝負したいんです!だからそれまで休んでいてください!」
ゴンゾウは口の端を歪めて笑った。
「・・・面白い。わかったぜ、弟さん」
「ありがとうございます。そこで部活組の意地を見せてやりますよ!」
何だか熱い展開に蚊帳の外になるヒカル。
でも丁度良いので、この隙にトイレに向かったのであった。
午後の競技が始まる。
ゴンゾウが参加しないといたって普通の体育祭であった。
『ゴンゾウはもう飽きてしまったのでしょうか?彼が参加しないとウチの学校が負けてばかりなので
面白くありません。困ったものです。ねぇ解説の白木さん』
『普通って大事だと思いますよ』
もはや実況でも何でもなくマイクで喋ってるだけのマコにヒロミは適当にもっともらしく答えている。
見るのも恥ずかしい若々しさ溢れる一年生のダンスパフォーマンス。
やってる人は辛いだけ、見てる人はつまらなく、楽しいのは笛を吹いてる教師だけの組み立て体操。
もうこれで終わってもいいんじゃないか、というくらい盛り上がる男女混合騎馬戦。
でもこれは三年生のみの参加だったので見てて面白いけど応援する人がいないのが勿体無いと
ヒカルは思った。
オレに参加させたら一人で全員再起不能にしてやるのに、とゴンゾウは物騒なことを考えていた。
そして最終競技『大逆転☆ちきちき殺人レース@医者と看護婦の準備はありますよ』が始まる。
グラウンドで睨み合うノボルとゴンゾウ。
それを少し離れて震えながら見ている他の参加者達。
そう、もう勝負は始まっているのだ。
『ここで競技の説明を致します。この競技はトラックをぐるぐる走るだけではありますが、
ゴールも制限時間もありません。最後までリタイアしなかった選手の勝ちです』
マコの説明に会場はどよめく。
何といういい加減かつ無駄にハードな競技なんだ。
『ちなみに一位の選手には今まで獲得したポイントの二倍のポイントが貰えますので、
はりきっちゃってください』
再びどよめく会場。
今までの競技は何だったんだよ!という声もいくつか上がっている。
『ここでこの競技を考えた我が校の校長のコメントを読み上げたいと思います。
「一回やってみたかったんだ」だそうです』
『スポ根高校の校長は「異存なし」だったそうです。みんないい加減ですね』
ヒカルはお笑い番組の中でやるクイズのようだ、と思った。
「なるほど。面白いじゃねぇか、弟さん。純粋なスタミナ勝負ってわけか?」
「はい。俺は別に脚が速いわけじゃないですけど、スタミナなら誰にも負けません」
位置につきながらまだ睨みあっている二人。
『ちなみに一般参加者のゴンゾウが優勝したら記念品贈呈するらしいですよ!
・・・では位置について、よーい!』
係員が銃を構え、ノボルとゴンゾウは前を睨みつける。
『どーん!』
『声大きすぎるわよ・・・』
マコの絶叫とともにレースは始まった。
このレースには速く走る意味はないので、ノボルとゴンゾウは並んで走っている。
トラックの上を黙々と走り続ける二人。
そんなところを描写しても楽しくないので割愛させていただく。
三十分後。
だいぶ人数が減った。
とりあえずお嬢様、お坊ちゃま学校の生徒は誰も残ってはいない。
『まったく我が校の選手達は情けないですね!しっかりしなさいよ!』
『仕方ないと思いますよ。うちの学校は運動部らしい運動部はありませんし』
ノボルとゴンゾウはいまだペースを落とすことなく走り続けている。
一時間後。
日が暮れてきた。
ほとんどの選手が消えた。
ノボルとゴンゾウの他は陸上部らしき選手が残っているだけだ。
観客もだいぶ帰ってしまった。見てて飽きたらしい。
「一時間もよく走れるなぁ・・・」
ヒカルは寝転んで走ってる様子をぼんやり眺めている。
競技が長いので声援を送るのにも飽きてしまった。
白木母と父はお茶を啜りながらビデオカメラをまわしている。
ノボルとゴンゾウのペースはまだ落ちていない。
2時間後。
辺りが暗くなってきた。
最早残っているのはノボルとゴンゾウだけだ。
『ぐー・・・』
『実況の長谷さん。マイクを口元にあてたまま寝ないでください』
注意しているヒロミもだるそうだ。
本部テントでは頑張りすぎた陸上部らしき選手達が倒れている。
会場からはお客はほとんど消えてしまった。
3時間後。
「そ、そろそろ辛いんじゃねぇのか?弟さん」
少し声を震わせているゴンゾウ。
「何言ってんすか。余裕ですよ」
口調は平然としているが、脚が少し震え始めているノボル。
ひらすらグラウンドを周り続ける二人。
観客は白木一家ぐらいしか残っていない。
「ノボルは立派になったわねぇ・・・」
白木母はどっかり胡座をかいている白木父に膝枕をしてもらって寝転んでいる。
「だってノボルは毎日水泳してるからね。普段の努力の賜物だね」
ヒカルは白木父にもたれかかりながらちびちびビールを飲んでいる。
父は黙って腕を組んで目を瞑っている。というか寝ていた。
4時間後がすぎ5時間がすぎても二人は走り続けた。
脚を引きずるようにしながらも決して止まりはしない。
『すいません、今起きたところの解説の長谷です。何だかえらいことになってますよ!彼らは何時間
走るつもりなのでしょーか!そろそろ帰りたいと思っている係員は私だけではないはず!』
『長谷さん長谷さん。それは思ってても口に出しちゃ駄目です』
『そうですね!ウチの学校の生徒達はこっそり帰った生徒も多いようですが、スポ根高校の生徒達は
大いに盛り上がっています!暑苦しい連中ですね!』
マコの実況の言うように、ノボルのクラスを中心にノボル、ゴンゾウに対して声援を送っている。
「ノボルー!負けんなー!」
ゴンゾウが苦手なマサキは特に気合の入った声援をノボルに送っている。
午前からの活躍をみていた生徒達の中にはゴンゾウに声援を送る者も多かった。
ゴンゾウは黙っていれば男前、というのもあるせいか女生徒が中心だった。
「ゴンゾウ君もなかなか根性があるじゃないか」
「あ、父さん起きたんだ」
「うむ。どうだ?彼はなかなか良い男だと思うがな」
「・・・父さんはぼくにどうしろっていうのさ」
ぶすっとした顔になるヒカル。
白木父は笑いながら言った。
「わはは。ただお前が意地を張っているだけに見えるときがあるからな」
「別に・・・そんなこと」
「それともトモ君のことを忘れられないのかね?」
ヒカルは父から目をそらした。
「・・・トモ君は親友だよ。それはずっと変わらない」
白木父はヒカルの頭に手を乗せる。
「まぁ・・・後悔はしないようにな」
「うるさいなぁ、もぉ」
ヒカルは父の手を振り払って立ち上がる。
グラウンドに向かって叫んだ。
「ノボルー!あんまり無理しちゃ駄目だよー!木下ー!ぼくは先に帰るからなー!好きなだけ
走ってろー!」
ノボルはヒカルの言葉にふらふらと腕をあげて答えた。
しかしゴンゾウは慌ててヒカルのほうを向いて言った。
「そ、そんな待っててくれよー!頑張ってるの・・・に」
それがいけなかった。
振り向いた拍子に脚をがふらつき、ゴンゾウは倒れてしまった。
『おおっと!ついに決着がつきました!勝者は白木ノボル!そして同時にスポ根高校の優勝です!』
『ノっくん、おめでとう!・・・解説の長谷さん、最後くらいちゃんと高校の名前言いましょうよ』
ノボルはその場に立ち止まる。
感極まった生徒達は次々とノボルに駆け寄っていく。
囲まれるノボル。
疲れきった顔をしているが、ちやほやされてまんざらでもなさそうだ。
ゴンゾウも囲まれているが主に救護班に囲まれている。
ヒカルはその様子を遠めに見ながら、帰り支度を始めた。
「彼のところに行ってあげなくていいのかね」
「知らないよ、もう・・・」
ぷい、と顔を背けヒカルは会場から去っていく。
父はその後姿を微笑みながら見送っていた。
白木母はそんな父の膝でぐっすり眠っているのだった。
本部テントにて。
あんなに走ったら身体がえらいことになっているかもしれない。
ということでノボルとゴンソウは簡単な検査を受けていた。
「木下さん、お疲れ様っす」
ノボルはゴンゾウに声をかけるが、俯いたまま顔をあげない。
負けたのがショックだったのかと思ってノボルはそっとしておこうと思った。
「ヒカル・・・何でお前はそんなにつれないんだ・・・」
しかしゴンゾウはちょっと別の意味で落ちこんでいるようだった。
「今日はだいぶ格好いいとこ見せたつもりだったんだがなぁ」
「あー・・・仕方ないんじゃないすか?兄さんはやっぱり兄さんなんすよ」
本人は励ましたつもりのようだが、実際は諦めろと言ってるの同じ意味のことを言っている。
ゴンゾウはそれを聞いてますますへこんだ。
「そうなんだろうか・・・たまに女っぽいと思うんだけどなぁ」
座っていた長椅子に寝転ぶ。ゴンゾウはもうグダグダになっていた。
ノボルは何と言っていいのか分からないのと、弟としては励まして元気になられても困るので
黙ってスポーツドリンクを飲んでいた。
携帯電話に「今日はおつかれ。ゆっくり休めよ」が本文のぶっきらぼうな顔をしたヒカルの顔写真が
添付されたメールが届いているのをゴンゾウが知るのは、もう少し後のことだった。
それを送ったヒカルが後悔するのも、もう少し後のことである。