決戦のときはきた。

僕は待ち合わせ場所である中庭の大きな木にもたれ掛かり、高鳴る胸を抑えていた。

こっそり彼女の机の中に手紙を入れてきた。

来てくれればいいんだけど。

俯き加減に待っていると、近づいてくる足音が聞こえる。

井上さん?

跳ね上げるように顔を持ち上げると、井上さんがいた。

相変わらずさらさらの髪が綺麗な娘だ。

しかし、もう一人女子がついてきていた。

ショートカットのよく日に焼けた顔。

……佐々木さん?なんで?

たしかに井上さんと佐々木さんが仲が良いのは知っているけど。

こんなところにまでついて来なくてもいいのに。

僕の迷惑そうな視線を受けて佐々木さんは少し居心地悪そうに俯いた。

お呼びでないことは自覚しているらしい。

井上さんが口を開いた。

「千夏には私が頼んで無理に来てもらったの……ごめんなさい」

「うん……」

何とも言えず僕は頷いた。

「それで……あ、あの大事な話って?」

きた。

僕は大きく息を吐いた。

人に見られながら告白する羽目になるとは予想してなかったけど、僕も男だ。

覚悟を決めよう。

「井上さんも大体察しはついてると思うんだけど」

井上さんは耳まで赤くして無言で頷いた。

佐々木さんは物凄く居心地悪そうに視線を彷徨わせている。

僕は井上さんの目を見つめる。

「―――好きです。付き合ってください」

言った。言ってやった。

井上さんは……一瞬だけ嬉しそうな顔をしたような気がする。

でもすぐに悲しそうに下を向いてしまった。

―――駄目か。

返事を聞くまでもない。

「そっか。……ありがとう、井上さん。さよなら」

僕は笑顔を浮かべた。

自分でも最高の笑顔だったんじゃないかと思う。

僕の顔を見て佐々木さんは顔を赤らめて……井上さんは何故か涙を溢し始めた。

やっぱり井上さんは優しいな。

これ以上この場にいると僕まで泣いてしまいそうだ。

僕が踵を返して立ち去ろうとすると、後ろから井上さんが大きな声をあげた。

「―――吉野くん!」

……振り返らずに立ち止まる。

「友達のままじゃ……いられないかな?」

「ごめん……それは、無理」
僕はそれだけ言って走り出した。

途中で少しだけ……振り向いてしまった。

井上さんが泣き崩れていて、それを佐々木さんがなだめている様子が見えた。

彼女を傷つけてしまった。

もう我慢できない。

僕はそのまま走り続けた。

泣くのだけは、抑えられた。





学校からかなり離れた公園のベンチで僕は座り込んでいた。

あたりはすっかり暗くなっている。

もう走ることも出来ない。

もう涙の波も過ぎてしまって泣くこともできない。

虚ろな気持ちで地面を見つめていると、誰かの靴先が見えた。

ぼんやり顔をあげると、息を荒くしている佐々木さんがいた。

「…はぁっ、はぁっ。やっと……見つけたっ」

「……何?」

自分でもぞっとするほど冷たい声になってしまった。

佐々木さんは一瞬怯んだようだったが、生徒手帳を差し出してきた。

「……これだけ返しておきたくて。落としてたよ」

黙って受けとる。

開くとやっぱり井上さんの写真が入れてあった。

「ごめん……見ちゃった」

申し訳なさそうに俯く佐々木さん。

「どうも」

僕は生徒手帳をポケットに無造作に突っ込んだ。

しばし、無言。

佐々木さんは立ち去らない。

なんでここにいるんだろうと疑問に思っていると彼女は重々しげに口を開いた。

「……泣いてないんだね」

「丈夫に出来てるもんで」

「美代子のこと、ホントに好きだったんだね」

うん、井上さんのことは好きだったし今でも別に嫌いになったわけじゃない。

でももう駄目だ。彼女を傷つけてしまった。

断る側も辛いんだってことぐらい、僕だって分かってる。

僕は佐々木さんの言葉には答えずに立ち上がる。

「手帳ありがとう。さよなら」

佐々木さんは何か言いたそうだったが、僕にはもう余裕がない。

暗い夜道を家路についた。

綺麗な満月だったけれど、今夜はやけに霞んで見えた。





あれから一週間。

幸いあの日は卒業式。

井上さんとは違う高校にいくし気楽なもんだ。

高校が始まるまではまだ日があるので僕はゆったり失恋のショックに浸っていた。

少し荒れた部屋で煙草を吹かしている。

煙草なんか一生吸わないと思っていたけれど、結構落ち着くので気に入ってしまった。

煙草を吹かしながら適当に雑誌をめくっているとドアがゆっくりと開かれた。

気だるげに振り向くと恐る恐る、といった様子で隣家に住んでる彩さんが顔を出していた。

向こうの家とは小さい時から交流があってお互い合鍵を渡しあっている。

そして勝手に家に入ってくるぐらいはお互い日常茶飯事だ。

「ノックぐらいしてくれよ」

「ゆー兄ちゃん……そろそろ元気だしてよ」

泣きそうな顔で言ってくる。

「あたし寂しいよ……。前みたいに色んな話聞かせてよ」

僕は彩さんの顔を見て、先週の井上さんの泣いてる姿を思い出した。

また女の子を泣かせるとこだったな。

僕は煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。

彩に歩み寄って頭を撫でてやる。

「心配かけて悪かったね」

「うん……」

「そうだ、気分転換に部屋の掃除でもするかな。彩さん、手伝ってくれる?」

「うん!」

打って変わって明るい笑顔になる彩さん。

もっとしっかりしなきゃな、僕も。




二人で散らかった雑誌などを整理していると、部屋の隅からしわくちゃになった写真を見つけた。

井上さんの写真だ。振られた日に思わず潰して投げ捨てたのがこんなところに。

広げて眺めてみる。

胸の奥が暖かくなるような痛むような。

彼女のことが好きだったんだなぁ、僕。

しみじみしてしまう。

このまま辛い思い出にするのは勿体無いよな。

そう思った僕は写真を丁寧に伸ばして高校の生徒手帳にいれた。

「あれ?ゆー兄、今なに入れたの?」

「お守りだよ」

不思議そうに聞いてくる彩さんにはそう答えておいた。

あんまり未練たらしい男に思われるのも嫌だからね。まぁその通りなんだけど。

新しい制服の胸ポケットにいれて上からぽんと叩く。

きみには振られちゃったけど僕は頑張るよ。

決心していると彩さんが何気なく言った。

「それにしてさ。ゆー兄、もうすぐ高校生だね。なんかもう大人って感じ」

「ま、一つ大人になった気はするかな?」

僕の言葉に彩さんは余計なことを言ってしまったと思ったのだろう。

慌てて謝ってきた。

「そ、そういう意味じゃなくてさ」

「あはは、分かってるって」

笑顔で言った。なんか久々に笑った気がする。

僕を見て顔を赤らめる彩さんに言ってやる。

「うん。心機一転、頑張るよ」


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