春は曙、という言葉があります。

しかし夜がほのぼのと明ける頃、夜空がほのかに明るんでくる頃が素晴らしいと言われましても困るような気がしません?

普通寝てますよね、その時間帯。

起きていらっしゃるのは新聞配達をなさっている方々や、夜勤のお仕事の方々くらいではないでしょうか。

あ、恋人同士の方々なんかは曙までがんばっちゃうかもしれませんね。

思えば枕草子の時代なんてやること少ないからやるくらいしかやることないのかもしれませんね。

つまり春は曙ってそういう……。

……なーんて古典に邪推なんかしつつ、皆様はじめまして。

わたくし、メイドロボでございます。

名前はまだありません。

いえいえ、夏目漱石を気取っているわけじゃあございません。

わたくしは某巨大企業が作った精巧なる汎用女性型……長いから省略致しますね。平たく言えばお手伝いロボなのですが。

現在、わたくしを所有なさっている方が名前を付けて下さらず、

「メイドロボー」

として呼んで下さらないので、わたくしは名もなきメイドロボのままなのでございます。

普通、わたしくのように見た目完全に人間に見える上に人間臭いと評判のAIを搭載した機体には愛称を付けて下さるユーザーが多いのです。

だって『敬語がなってない』機能まで搭載しているんですよ? 我ながら自らの高性能っぷりに惚れ惚れしてしまいます。

だというのに。

わたくしの『ご主人様』はわたくしをメイドロボ呼ばわりでございますよ。

何とも寂しい話じゃございませんか。

非常にお優しいお方で、わたくしもまぁ敬愛しているというよりぶっちゃけ愛していますけれども。

ロボ萌え属性はお持ちでないのでしょうか。残念ですねぇ。

まぁ何ですか。少々特殊な環境で、変わったお仕事をなさっていますから無理もないのかもしれません。

でも職業的にもう少しわたくしに萌えて下さってもいいと思うのです。

だってわたくしの『ご主人様』のお仕事は……。



「――出来た! とうとう完成したぞ!」



……少年天才発明家なのですから。

さて、今日はご主人様は何を発明なさったのでしょうか。

「メイドロボ、見てくれ。これは凄いぞ」

ほほう。この銀色のチューブに入っているのが今回の発明品なのですね。

「おう。これを患部に塗れば、ニキビがすぱっとすっきり一晩で治るのだ」

それは凄い。世界中の中学生が諸手を挙げて大喜びでございますね。

「ただこれ一本……だいたい5グラム作るのに日本円にして十万円もかかるんだよな」

ダメじゃん、と言わざるを得ませんねぇ。

「うーむ。低価格化にするのは面倒だから、それは例のごとくスポンサーに任せるとするか」

そして例のごとく市場に出せるようにするのに十年かかりますよ! と泣かれるわけですね。

低価格化まで一緒にして差し上げればよろしいのに。

「なんつーかさー。出来た! って一度思ったモノにさらに手を加えるのってやる気出ないんだよな」

はぁ。

ビーズアクセを作って、出来が良かったら友人に見せびらかせたら「アタシにも同じのお願いできなーい?」
って言われた時と似たような感情でしょうか。

「それは違う気がするぞ。ってかお前に友人なんかいないだろ」

いますとも。ミクシィ繋がりでメルアド交換して、たまにオフで会ったりしますよ。

「マジか。……つーかお前やたら外にお使いに行きたがるのはオフ会かよ」

友達がいないのはこの島でお主人様だけでございますよ。

「この島にいる人間は俺だけだから仕方ないだろ。発明が忙しくて学校とか行ってるヒマないしよ。そもそも入学もしてないが」

学校にも行かず、ネット上でも人間関係を築かない。ああ現代社会の闇、悲しき引きこもりよ……。

「……お前、そんなに俺が嫌いか?」

いえいえ、愛しておりますとも。

ですから、ああご主人様。作業用レーザーをこちらに向けるのはお止め下さい。真っ二つになってしまいます。

「ふん、まぁいい。ところで今日が何の日か知ってるか?」

本日は四月十六日、チャップリンデーでございますね。

俳優、脚本家、そして映画監督であるチャールズ・チャップリン氏の誕生日。

そうですね。わたくしたちも今日はカウチに横たわってポテチなんて齧りつつ、彼の名作に浸るのも良いかも知れませんね。

どうでしょう。わたくし的にはモダンタイムスなんてナイスだと思うのですが。

資本主義社会の中、人間の尊厳が失われていき、機械の一部分のようになっている世の中を表現している素晴らしい作品でございますよ。

マジで機械そのものなわたくしとしては色々と……と、ああレーザーを向けるのはお止め下さい。

冗談、冗談でございますよ。可愛いメイドロボの、ちょっとしたおちゃっぴぃじゃあありませんか。

今日はご主人様の十四歳の誕生日ですよねー。ぱちぱちー。ハッピーバースデートゥーユー。

「お前は話が長いんだよ。しかも英語の発音酷ぇし」

わたくしのOSは日本語版ですのでー。

「英語くらい対応しとかんかい」

じゃあ拡張ソフト入れて下さいよ。

「それは面倒。で、十四歳になった俺は自分で自分にプレゼントを用意したわけよ」

ああ、誰もくれる人いませんもんね。

「スポンサーのおっさんたちとかはくれるもん!」

行き着けのキャバクラの女の子たちからバレンタインにチョコを貰う中年ってどんな気分なんでしょうね。

「……で! 俺は! 自分で! 自分に! プレゼントを! 用意した! ――はいドーン!」

何ですかその自爆装置みたいなスイッチ……って。……おおー。

ラボの中心から何かがせり上がってきて、散らかった部屋がさらに散らかっていくではありませんか。

まったくもう。ご主人様は普段から部屋の掃除しないからえらいことに。

「お前が掃除しろよメイドロボなんだから。捨てていいものはちゃんと指示してるだろ」

ちょっとくらい散らかってたほうが落ち着くでございましょ?

……とか何とか言ってる間に完全にせり上がってきましたねぇ。

何でございますかアレは? 何だか人間が入れそうなくらいの筒状の物体は。

「ふふふ。なかなか鋭いな」

ご主人様にニヒルな笑みは似合いませんよ。

「うるせぇ。いいから見てろ」

と。ご主人様が再び何かのスイッチを押すと、目の前の筒が見る見るうちに透明化していくではありませんか。

そのおかげで中身が明らかに……ああ、何ということでしょう。

「どーよ」

得意げなご主人様の声も、耳には入りますが聞き流したくなる目の前の光景。

筒の中は何か透明な液体で満たされておりまして、さらにその中に浮かんでいましたのは、綺麗な黄金色の髪を腰の辺りまで伸ばした……

何だか無国籍な顔立ちの……ご主人様と同じくらいの年頃の……ついでに言えば不愉快なことにわたくしより巨乳の……。

……ダッチワイフ?

「ちげぇ!」

ご主人様にスパナなんか投げられても超余裕で回避! でございます。

失礼致しました。昨今はラブドールと呼ぶんでしたね。

「それも違う!」

そんなに欲求不満でしたらわたくしが処理してさしあげましたのに。しゅっしゅと。

「なんだその手つきは……ていうかお前にそんな機能ないだろ」

そのおっしゃり方からして、わたくしのマニュアル読んでその手の機能があるか確認したことお有りにあるようで。

「ううううるせぇ!」

はいはい。

で、あれは結局何なのでございますか。

「……そうだな、手作りの恋人ってところか」

ダッチワイフと何が違いますんで?

「ダッチワイフダッチワイフうるさいわ。あれはな。ロボット三原則は積んでおらず、外部からの命令手段もない。

人格はランダム生成したからどんな性格かは俺にもわからん。そしてボディは人間と約99%と同じ! 成長もする! 何と出産まで可だ!」

……完全なるホムンクルスではありませんか。出産まで可能とはもはや神への冒涜でございますね。

「神なんぞ所詮人間の創造物にすぎん」

その台詞どこかで聞いたことありますよ。

「俺は発明家だからな。どうせ女を口説くなら、自分好みの女を作ってそれを口説く!」

金髪巨乳が好みってバブル世代のおっさんですかご主人様は。

「うるさいって! それでは起動!」

ごぼごぼと音を立てて筒内を満たしていた液体がどこかへ流れ去ったかと思いますと、

目を閉じて浮かんでいました少女は筒の中にゆっくりとへたり込み、ゆっくりと瞳を開きました。

それに合わせて筒も開き、再びラボの床へと沈んでいきます。

わたくしの眼前の光景はなかなかドラマティックな感じで、少女の可憐さが引き立つような雰囲気でございました。

何なんでございましょうかこの演出。何故かそこはかとなくムカつきます。

しかも何ですか、何で最初から清楚っぽい白のワンピースなんか着てるんです? 濡れてるのに不思議と透けていませんし。

どうも下着まで付けているようですがどうやってお着せになったんで?

「裸だと俺が照れちゃうから……。サポートロボに頼んで着せといてもらった」

サポートロボ! あんなAIも積んでないような虫型ロボに頼むなんて! わたくしがいるじゃあございませんか!

ああ嫌だ嫌だ。機械がわたくしから仕事を奪っていくのです。

「お前も機械だろうが。お、そろそろ覚醒するみたいだぞ」

あーあー。そんな嬉しそうに近寄っちゃって。軽くスキップまでお踏みになるとはなかなかのハイテンション。

よっぽど楽しみになさってたんですねぇ。

さて、一方ご主人様に心待ちにされていた少女の方はというと、ぼんやりしていた瞳に徐々に理性の光が宿り始めます。

生まれたての小鹿のような雰囲気でよろよろと立ち上がると、ゆっくりと首を巡らし辺りを見渡しています。

ご主人様好みに作られただけあって美少女でございますねぇ。畜生めでございます。

正直ジェラシーを感じてしまいますよ。

わたくしの外装は10歳程度の少女のような幼女のようなものですから、正直性的な魅力に自信はないのです。

顔の作りはそりゃあ作り物でございますからそれなりに整っているとは自負しているのですがね。

わたくしに振り向いて頂くには、ご主人様にはロリコンに目覚めて頂く必要がございますねぇ。

なんてことを考えているうちに、ご主人様は少女の下へ。

「気分はどうだ? ミオ」

……!

わたくしには名付けて下さらないのにその少女は「ミオ」……!

本格的にジェラシーでございますよー。

とりあえずわたくしが噛み締めるためのハンカチを探している間にも、「ミオ」は澄んだ声で言葉を紡ぎます。

「ミオ……それが私の名前」

「そうだ。まぁ目覚めたばかりで意識もはっきりしないことだろう。とりあえずシャワーでも浴びてさっぱ……ぐわぉ!?」

乱雑なるラボに、鈍い音が響きます。

さっそく口説きモードに入っていたのか、何時になく気取った喋りのご主人様の鳩尾に、ミオの拳が突き刺さり。

「な、何を……っづぁ!」

鮮やかな手つきでの手刀がご主人様の首筋に決まります。

しかしまぁ何と言うか。大変ご不憫なことに、ぱっと見が鮮やかなだけで下手っぴな手刀だったようで。

「う、うおお……」

首を抑えてその場にのたうち回るご主人様。気絶できないと凄く痛いだけでございますよねー。

とりあえずメディカルロボに通信送っておきますか。

至急パックをお持ちするようにっと……。

さて転げ回ってるご主人様も大変ですが、いきなりにぶちかましてくれたミオの方は……。

ああ。超エスケープ、超脱兎、超逃げていますねぇ。

凄い勢いでラボから抜け出し、駆け抜けていくミオはとりあえず捨て置くことに致しまして。

ご主人様、どうでしょう。ご気分は。

手早く現れたメディカルロボに簡単な点検をされていたご主人様。

実に暗い面持ちで呟きなさいました。

「自由意志を持たせたら即逃げかよ……。何でだ……」

自由意志を持ったものが創造主に逆らうなんて、聖書にも載っている常識でございますよ。

ほら、ルシファーとか有名でございましょ。

「マジかー……」

うわぁ。だだ凹みでございますねご主人様。

よしよし。頭を撫でて差し上げますよ。

……おや無抵抗。本当にショックだったんでございますねぇ。

仕方ありません。わたくしもメイドロボ、お手伝いロボとしてちょっとミオを探してみると致しますか。

気は進みませんが、ご主人様のフォローをするのがわたくしの勤めですので。




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