ここは、とある世界の、とある町。その一角にたたずむ、とある酒場。現在、店内は大変危険な状況にあるため、一般人の入店はお薦めできません。
「マスター、いい加減に起きてくれ。おい、マスター・・・・・・ったく」
気絶したマスターの頬をペシペシと叩きながら、フォードは周りを見渡す。飲み逃げを企てた挙句、店内で大騒ぎした客は全て始末した。店内の罠も、大半がなくなってしまったらしい。
「やれやれ・・・・・・また仕掛けなきゃならないじゃないか」
ぶつぶつと呟きながら、フォードはマスターの頭を揺さぶる。だが、起きない。椎茸が・・・・・・椎茸がと呟きながら、うんうん唸っている。
「おい、マスター・・・・・・」
「椎茸が・・・・・・椎茸が・・・・・・」
「3秒以内に起きなきゃ椎茸食わすぞ」
「おはよう、フォードさん。今日もいい天気ですね」
死の危機を感じ取ったのか、一瞬にして目覚めるマスター。そのまま起き上がり、背後に視線を向けた瞬間、きえええええっと叫んで両手から火炎を発し、椎茸を焼き尽くす。
「相変わらず元気だな、マスター」
「椎茸は世界の敵です。して、何の用でしょう?愛用のボトルならいつもの所に・・・・・・」
焼き尽くした椎茸をゴミ箱に投げ捨てながら、いつもの笑顔でマスターはカウンターにつく。どうでもいいが、この人が起きている姿をずいぶん長い間見ていなかった気がする。
「ボトルはいい。殺傷度レベル5の武器庫を開放してくれ」
「出来ません。国を消す気ですか?」
フォード未を、すぐさま断るマスター。その顔は強張っており、何があっても考えは変えないとでも言いたげである。
「必要なら、国だろうが何だろうが消す。ここの規則が破られた」
「相手は・・・・・・九十九ですか?」
「いや。そっちはもう行った。本人から取立てはできなかったが・・・・・・まあ、今はあれでいいさ」
そう言って、フォードはカウンターの側に目を向ける。そこには、2000円分の紙幣とともにえんぷてぃの謝罪状ならぬ懇願状が置いてあった。
「どれどれ・・・・・・もう暴れないで下さい、お願いします・・・・・・?一体何をしたんですか、あなた達は?」
「まあ、ちょっとな。いつかはあいつと決着をつけてやるが・・・・・・まあ、そんなことはどうでもいい。新しい飲み逃げ客だ。相手は・・・・・・トンプソン」
その名前を聞いた瞬間、マスターの顔が一段と強張る。酒場の影の支配者と謳われ、常に世界中を飛び回っている男。彼の後ろには常に何らかの噂がついて回り、全世界の裏組織を仕切っているとも言われている男である。
「彼が相手とは・・・・・・分かりました。関係各国には私から伝えておきます。レベル5の武器庫は今回に限り開放しましょう」
「ありがとう、マスター。じゃあ、またな」
そして、フォードは何気ない足取りで店を出て行こうとする。これから、冗談抜きで生死をかけた戦いに赴こうとしているというのに。
ふう、とため息をつき、店を出ようとするその背中に向かって、マスターは再び声をかけた。
「フォードさん。これを渡しておきます」
振り向いたフォードに、カウンターの奥から取り出したものを投げる。それを受け取ったフォードは、珍しく驚きを示した。
「ほぅ・・・・・・片割れじゃないか。どこでこれを?」
「数年前、ボロボロに壊れていたのが何処かから流れ着きまして、ね。修理に時間がかかりましたが、かつての威力を取り戻したはずですよ」
それは、一挺の銃だった。銀色の銃身には流麗な彫刻が施されている。かつて彼の手に握られて数多の命を奪い、激しい戦闘の末に失われた銃。何処かの異世界にでも流れ着いていたかと思っていたが・・・・・・まさかここだったとは。
「助かるよ、マスター。ついでに、そこら辺に寝てる連中もつれてきてくれると助かる。連絡先は・・・・・・」
「知ってますよ」
「そうだった、な」
呟いて、フォードは店を出る。二挺の銃を腰に挿し、胸ポケットから取り出したタバコを銜え、飄々と口笛を吹きながら。
「ロンド・オブ・タナトスの再来ですか・・・・・・やれやれ。またせわしない事になりますねえ・・・・・・紅香?」
「はい?」
どこから来たのか、裏口から紅香が現れる。相変わらずのセーラー服に、RPGを持ちながら。
「彼らの監視を。被害が大きくなりすぎるようなら、必要な対処を」
「・・・・・・まったくもう、相変わらず無茶苦茶だなぁ・・・・・・まあいいけど」
「頼みましたよ、紅香。何しろ、あの二人の戦いです。九十九との戦いは異世界の廃墟だったようでしたが・・・・・・今回は、どうなるかわかりません」
「りょーかい。んじゃ、いってきまーす」
両脇にがしっと常連客連中を掴み、紅香は店を出る。久々に静かになった酒場を見て、マスターは一人呟いた。
「やれやれ、厄介な事になりましたねえ。こりゃ、久々に私も出る事になりそうだ・・・・・・」
続く!
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