異様な光景が広がっている。

エネルギー力場を展開するほどに激しく戦う、玖亜とラインが召喚した六又狐。

シイタケ臭のするカウンター内で、呆然と戦いの様子を見守るremu、響、魅季、春光。

そのシイタケを浴びて、未だ気絶したままのマスター。

黒焦げのライン。

はたして彼らの飲み逃げ作戦はどうなるのであろうか。







酒場のサイドストーリー
〜飲み逃げろ、生き残れ〜
その3




「…どうします?」

もう何度繰り返されたか分からない言葉を、春光が発する。

「どうもこうも…どうしましょう」

困ったように耳をぽりぽり掻きながらremuがため息をつく。

「もう…ほっといて脱出しちゃいます?」

悪いとは思いつつ、魅季が思っていたことを言った。

「それしかないですか…結局は」

腕組みをして響が言った。



結局、少年ジャ○プも吃驚するほどの激闘を繰り広げているヒモ、玖亜は放置して、凶悪バーテンダーのフォードが九十九襲撃から帰ってくる前に4人でとっとと酒場を脱け出すことに決まった。

「それじゃ、行きますよっ」

春光の言葉を合図に、一斉に4人はカウンターを飛び出し、駆け出した。



「地雷はない…楽です、ありがとうラインさん、ご冥福をお祈りします」

走りながら響が手を合わせる。

「どうせ彼のことっていうかこの酒場の常連のことですから、すぐに蘇生するとは思いますがね」

春光の答えは的を得ていた。この酒場は色々と非常識なことが多すぎる。例えば死人が復活するとか。



「ひぎっ」

突然、後ろから聞こえてきた情けない声。

見ると、

remuが机の脚に足を引っ掛け。

「ぎゃあああ!」

玖亜のエネルギー力場に衝突し、弾き飛ばされ。

ガコン。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁー」

店内落し穴に墜落していった。



「…どうやったらあんな事できるんです?」響が額に手をやって言った。

「他の誰も引っかかりませんでしたよね…」春光がぼそっと呟く。



ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー…ぁぁー…ぁー……



「…しかも深いですね」とは魅季。

「……考えないようにしましょう」また春光が答えた。



「…あと、一息ですね」

完璧に気持ちを切り換えた春光が言った。

そう、彼らはもう店の入り口、血塗られたガラス戸まであと数歩先のところまで来ていた。

「3人まで減ってしまうとは…」

泣きそうな様子で響が言う。もっとも、こんな酒場の常連なので、彼女がどこまで本気なのかは誰にも分からない。こんな酒場なので。

「さあ、輝かしい青空の下にさっさと出てしまいましょう!」

そう魅季が言ったのに頷いて、2人も彼に続く。



しかし、魅季の手がガラス戸の取っ手に掛かる掛からないか、それくらい微妙な瞬間に、異変は起きた。



ずしん、と落ちてきたのは、3人には巨大な鉄の塊にしか見えないものだった。

一瞬死を覚悟したか、それすらできないかというくらいの速さで落ちてきたそれは、バーテンダーフォードが大枚の金をはたいて購入した”全自動プレス機”なのだった。



しかしその飲み逃げ客防止用トラップは、3人のすぐ真上で、ぴたりと停止して、ふるふると震え始めた。

「…え?」

「どうなって…」

いまいち状況の掴めていない響と魅季。

「…っ…は…や…く…」

2人が声のする方を向くと、春光が両手を上に掲げて、必死の表情でなにかに耐えている様子が見られた。

「…春光さんっ!?まさか…それも…?」

響の問いに、こくこくと頷く春光。

「…怨…パワー!?」

そう、彼の(怨パワーと自称する)超能力であった。

「…は…や…く…っ…いつまでもは…耐え切れませんっ…」

「わ、わかりました!早く、響さんっ!」

「は、はい!」

急いでガラス戸を押し開け、店の外に出る魅季と響。

「さあ、春光さんも!」

「……いや…どうやら…無理…のようで…」

「っ!!」

ずん。

重苦しい音が響いた。

 

・・・。

「…くそッ!」

「…春光さん…」

悔しげな様子を見せる魅季と響。

「恰好良すぎるじゃないか春光さんっ!!なんであの人だけっ!」

「そこ突っ込み所なんですか!?確かにちょっと可笑しいほど恰好良かったけど!!」

そして2人とも、圧倒的に感謝が足りない。

どうせ彼も後で復活するだろう、と予想がついていることも大きいらしい。



一息ついて。

「…さて、無事飲み逃げも成功しましたか…」

と、魅季がふっと笑おうとしたところで、突然辺りの空気が凍りついた。

「……ああ…この気迫、まさか……」響が震えた声を出す。





「そのとおりですよ、響さん」





「「で、出た―――!!」」



素晴らしい笑みを浮かべて彼らの背後に立っていたのは、酒場の誰もが恐怖する、まともに戦える者など某売人さんくらいしか居ないと言われていた、マスターにすら一目置かれているという―――バーテンダー、フォードなのであった。

「…さて…飲み逃げ、ですね?当店は飲み逃げ食い逃げだけは許しません、というマスターの言葉が、まぁぁぁだ客まで伝わっていない様ですねぇ?」

吐き出すように言葉を紡ぎながら、一歩、また一歩と、徐々に差を詰めてくるフォード。

一般人ならそのプレッシャーだけで気絶してしまうほどだが、魅季がそれに立ち向かった。

「まだです…金なら払えないこともありませんが…ここまで皆のおかげで来れたんですから――ここで負けるわけには、いきませんッ!」

「ああ、魅季さんまで!ちょっと変な状態に!」響の叫びは魅季には聞こえなかった様だ。



「せいっ!」

魅季はどこからかレンタル用スコップを取り出し、フォードに投げつける。

「ほぉ」

にやりと笑いながら、フォードはそれを拳銃の連射で打ち落とす。

「ふっ!ほっ!それっ!」

拳の連打。それを上半身の動きだけで、フォードは交していく。

「せいやっ!」

と、魅季が放った回し蹴りを、フォードがしゃがんでやり過ごして、

「終わりです」

軸足に思い切り足払いをかけた。

「…くっ…」

一瞬、宙に舞う魅季。

「財布は貰っといてあげますよ」



あたりに、乾いた音が数発、響き渡った。

どさり、と崩れ落ちる魅季。



「……っ」 次は自分の番だ。

響は、そう思って目を瞑った。



しかし――。

「…あれ?」

見ると、目の前のバーテンダーは、ホルスターに銃を収めているところだった。

「あの…」

「? はい?」

「私、は…殺さないんですか?」

「え?」

「え、だって…私も、飲み逃げ犯なのでは…」

「え?いや…だって…」

と、そこまで言ったところで、フォードは何かに気づいた様子を見せた。



「ああ、響さん、あなたは今日、店で何を飲んでましたか?」

「え?何って…なんだっけ…えっと」

「ひょっとして、これでは?」

そう言ってフォードが差し出したのは、響が飲み逃げ作戦会議の時に飲んでいた、お○いお茶の缶であった。

「ええ、そうですけど…」

「それはどこから手に入れたんです?」

「え、それは店内自販機……です、けど」

にや、と笑うフォード。しばらくしてから、ようやく響はそのことに思い至った。



「あっ」

「そう。そういうことです。あなたは既に代金を払っていたんですよ、響さん」

「ってことは……私、飲み逃げ…してなかったってことですか?最初から!?」



そう―――なりますねぇ。

響は、突然フォードの声が遠くに感じられるようになってしまった。

彼女はその場にへなへなとへたり込んで、長い間放心状態だったが、

「…あれ?」

と独り言を言った。

「何でフォードさん、私が飲んでたもの知ってるんですか?」



……。

近くの港から、潮風が吹きつけてくる。



「フォードさん、なんかもう人が悪すぎですね」

気がつけばフォードは血塗られたガラス戸の中に戻ってしまっていて、だるだるな気分の響の声に答える者は、もうすでに居なかった。





酒場のサイドストーリー

〜飲み逃げろ、生き残れ〜

おわり


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