第四章
私の記憶は、暗い路地裏から始まっている。
それは、いつの事だろうか。まだ私が10代の半ばだった頃、寂れた路地裏でストリートチルドレンとして暮らしていたときだったか。
その日、私はいつものように物盗りを繰り返しては日々を生きていた。この国の政府は数年前にクーデターによって崩壊し、各地でさまざまな勢力が争いを繰り広げており、私のような子供を保護する余裕などなかったからだ。そんな環境の中、ある時は子供内でのグループ争いに巻き込まれ、ある時は警察に半殺しにされ、私は生き延びてきた。
そんなある日のこと。私はいつものように酔っ払いかヤク中を物色し、隙を見せたら財布を盗むか路地裏に連れ込んでナイフで脅し、金品を奪い取っていた。
しかし、その日は相手が悪かった。酔っ払いと思って脅した相手は、軍人だったのだ。
慌てて踵を返し、逃げ出す私。しかし、角を曲がるより早くこちらを向いた銃口が火を噴き、私の肩を貫いた。
悲鳴を上げる私。何事かと思って集まっていた人々は銃声に驚き、雲の子を散らすように逃げていく。肩を押さえ、痛みに顔をゆがめながら振り返ると、つばを吐きながら拳銃を構えなおした男の姿が視界に映った。
ここで、終わりなのか。走馬灯が脳内を駆け巡り、明かり一つない路地裏の景色と、降り積もる真っ白な雪の姿だけが目に焼きついた。
響く銃声。目を閉じる私。しかし、銃弾は何時までたっても私の身体を貫くことはなく、目を開けたときに見えたのは倒れた男と、銃を構えた老人の姿だった。
「いい目をしているな、少年」
まだ硝煙の立ち上る銃を仕舞い、老人は言った。そして、驚きのあまり硬直している私に向けて、妙な質問をしたのだ。
「名前は?」
「・・・・・・ウィリアム」
「ふむ・・・・・・ラストネームは?」
「・・・・・・知らない。気づいたら、ここにいた。それだけだ」
そういうと、老人はやけに嬉しそうな顔をした。そして、あろうことか手をさしのべ、私にこういった。
「今、君の前には二つの道がある。一つはここでこのまま死ぬこと。そして、もう一つは私の元に来ることだ。どちらにしても、君という存在はここで消えるだろう・・・・・・好きなほうを選ぶといい」
選択肢などないに等しい。ただ生き延びたい一心で、私はその手を取った。
それが、先代の『ヘル』との出会い。後に私が受け継ぐ、その名を持つ男であった。
≪ウィリアム・ヘル・トンプソンの手記≫
「ああ、ようやく静かになった・・・・・・」
アカシャノートを手に持ち、もう片方の手にはペンを持つ。『この世界』の支配者は、倒れ付した二人の敵を前に、ゆっくりと息を吐く。
「店内にシイタケをばら撒いたり、天井にシイタケを貼り付けたり、シイタケを投げつけたり、召喚したり・・・・・・そんな客にはもうこりごりですよ。ええ、この際です。まとめて始末するとしましょう」
鼻歌を歌いながら、ペンを握りなおすマスター。しかし、陽気な歌声は途中で止み、冷たい目が舞い戻る。
「何だ・・・・・・まだ生きていたんですか、トンプソンさん」
その視線の先には、瀕死のトンプソンがいた。息は荒く、銃を取る力もなく、それでもゆっくりと立ち上がるトンプソン。胸からは大量の血を流し、コートや雪を真っ赤に染めていく。
それでも彼は立ち上がり、マスターをにらみつける。マスターのそれを上回る、何の感情も感じられない冷めた目で。
「・・・・・・どうやら、手前を甘く見てたみたいだな・・・・・・」
今までの紳士的な口調とはうってかわって、粗暴な声を滲み出すトンプソン。いや、本来これが彼の地なのだが、彼がこの口調をする事は滅多にない。
そして、彼がこうなったとき、その前に立ちふさがる障害はすべて排除されるのだ。
「そんな状態で何をするというのです?おとなしく寝ていればいいものを・・・・・・」
言って、ペンを走らせるマスター。
「あなたの名前を書きました。あとはここに死ぬと書けば、あなたは死ぬ。怖いですか?」
「死ぬことが怖いか。そう聞いているのか?」
乾いた笑いを漏らしながらしゃべるマスターに対し、あくまで落ち着いて、しかし乱暴な口調を崩さないトンプソン。確かに、今のままではたっているだけでも精一杯かもしれない。
「・・・・・・手前は一つ勘違いをしてるみたいだな。俺の人生は・・・・・・俺の命は、あの路地裏で尽きた。今ここにいるのはウィリアムじゃねえ。『ヘル』という一つの歯車に過ぎない」
「・・・・・・何が言いたいんです?」
「俺は既に死んでいるのさ。だが、地べたに這い蹲るような死に方、俺はごめんだ。だから俺はここに立っている。歩く死人としてな」
「どうでもいいことです。あなたが生者だろうが死者だろうが、ここでもう一度殺せば済むことですから」
言って、マスターは最後の一言を書き加えようとする。
「さようなら、トンプソンさん。地べたに這い蹲って死になさい」
「・・・・・・だが断るっ!」
叫び、駆け出すトンプソン。しかし、この距離とこの傷では圧倒的にマスターのほうが早い。
刹那。
「ザ・ワールド!」
時が、止まった。彼以外の全ての動きが停止し、地面に血を落としながらトンプソンはマスターに肉薄する。
同時に、動き出す時間。最後の一文字を書こうとしたマスターの手はトンプソンの左腕に握りつぶされ、その右腕からは青白い光が見える。
「さようならは手前のほうだ・・・・・・消えろ」
迸る閃光。響く轟音。
衝撃波を間近で浴びたマスターは建物の一角に吹き飛び、レンガ造りの壁を破壊して室内まで飛ばされる。その光景を眺めつつ、片膝を付いたトンプソンは地面に落ちたアカシャノートを手に取る。
・・・・・・しかし。
「おいおい、そいつをどうするつもりだ?」
額に押し付けられる銃口。引き金にかけられた指は、後少しでも力が入ればその場でトンプソンの命が奪われることを意味している。
フォード・ノックス。地獄の淵から舞い戻ってきた、もう一人の帰還者だった。
銃口から劫火が迸り、音速で飛来する銃弾。しかし、銃弾は火花とともに二人の前で消え去るだけだった。
「ゼエ・・・・・・ゼエ・・・・・・全く、非戦闘員なのに無茶する奴らだ・・・・・・」
一体、何百発になろうか。長大なハルバートを振るい、その全てを灰燼に帰したのは玖亜だった。
「ミサイルには吹き飛ばされるし・・・・・・全く・・・・・・ついてない」
見れば、黒コートは既にボロボロだった。体中に破片が突き刺さり、全身から血を流しながらも、最後の力を振り絞って彼は二人を守ったのだ。
「玖亜さん・・・・・・何故?」
問いかけるremu。玖亜は一度振り返り、狂気のない笑みを浮かべた。
「仲間ですからね。まあ、後は任せましたよ・・・・・・」
ゆっくりと。全ての力を失い、倒れる玖亜。同時に、叫びながら彼を揺するremu。
しかし、危機はまだ去っていなかった。魅季とremuの周りに立ちふさがるRay、その数四体。不気味な視線を送りつつ、機械兵器は様子を伺っていた。
「やるしかないですね、remuさん」
「で、でも・・・・・・スコップだけでどうやって・・・・・・?」
武器らしい武器といえば、魅季の持っているスコップのみ。盾も、特殊な能力もない。
「いいですか、remuさん。念じてください、自分は盾だと。いかなる攻撃も受け止め、耐え切る盾だと」
「え・・・・・・あ、はい。私は盾だ、盾だ、盾だ、盾だぁ!」
思いは、人を変える。たとえ一時的な思いでも、この緊張化で発揮される力は、普段のそれを上回るのだ。
「上出来です。では・・・・・・逝きましょう!」
「え?今なんか違う字がああああああああ!!!」
右手にスコップ(剣)を。左手にremu(盾)を。叫びながら果敢にRayに突撃する姿は、まさに魔王に立ち向かう勇者・・・・・・には、到底見えなかったりする。
「我が聖剣エクスカリバーを食らえええええ!」
「おちついてっ!頼むから落ち着いてくださいいいい!」
奇声を発しながら突っ込む魅季。迎え撃つRay。
再装填された機銃は、再び二人に向かって放たれる・・・・・・しかし。
「(放送自粛)・・・・・・」
全弾が鋼鉄の盾となったremuに受け止められ、勢いをとめずに突っ込む魅季。地面には命ある盾の血痕が残り、まさに血の道と化している。
そんなことはお構い無しに、Rayの足元まで到達した魅季。聖剣エクスカリバーを振り上げ、その足に勇者の鉄槌をくだ・・・・・・
ガギイィン!
折れた。
「・・・・・・嘘?」
ごめん、嘘じゃない。
「・・・・・・で、結局」
「残った5体は私たちが相手しろと」
一人は、焔花を従えたライン。もう一人は、刀と薙刀を手にした春光。
「てか、三体しかいませんね」
「どこにいったんでしょうね、残りは」
「逃げたんじゃないですか?」
「機械なのに?」
「たまにはストライキ起こすことだってありますよ、多分」
「流石トンプソンさん。妙なもの飼ってますね」
「・・・・・・ちょっと違うような」
「まあどうでもいいでしょう。まずは、目の前の障害を排除するのが優先かと」
「ですね」
四体のうち一体はまあ、魅季とremuの二人に任せておいて大丈夫だろう・・・・・・多分。
「そういえば、響さんはどうしたんでしょう?」
「さっき店内に入っていきましたよ。パソコンもって」
「何する気なんでしょうかね?」
「さあ・・・・・・と、どうやらお喋りしている時間はないようです。きましたよっ!」
春光は刀を手に、ラインは焔花を従えて。左右に飛び去り、接近するRayに肉薄する。
だが、Rayも黙って見ている訳ではない。瞬時に行動を予測、未来位置を予測して機銃を発砲する。
「力は最後の一撃に・・・・・・弾くしかないか!」
左右に身体を動かし、弾丸をかわす春光。しかし、分速6000発の銃弾を全て避けきることは出来ない。
だが、当らない。直撃する弾丸を瞬時に見極め、彼は刀を振る。弾き飛ばされた弾丸は力を失い、あらぬ方向へと飛んでいく。
「無駄です。銃弾では、私を倒せない」
その距離、約5メートル。一気に跳躍した春光は、Rayの頭部に肉薄した。
「おとなしく眠りなさい」
刀を突き刺し、身体を支える。振り落とされないようにバランスを取りながら、左腕で背中の薙刀を取り出す。
「はああっ!」
無人のコクピットに突き刺す春光。同時に全ての力を解放し、その怨パワーを一身に受けた機械兵器は、粉々に吹き飛んだのだった。
「ほお。やりますねえ」
感心したような声を上げながら、全てを燃やし尽くすライン。スピードで相手を翻弄する春光と違い、彼は純粋なパワー型。焔花の能力を最大限に使い、銃弾を、そしてRayを焼き払っていく。
「ああ、弱い弱い・・・・・・」
銃弾も、ミサイルも、水圧も。その炎の前では全てが無に等しく、例外なく焼き払われる。全ての攻撃はラインに届く前に燃えて消えていく。
まさに、炎の領域。そして、彼はその支配者だった。
「飽きたな・・・・・・焔花。燃やしてくれ」
主人の声に従い、珍しく素直に行動する焔花。その口から吐き出された灼熱の火炎弾はRayの装甲を燃やし、溶かしていく。
「楽勝楽勝。ついでにあいつもやってくれ」
そして、標的は次のRayへ。退避行動に移る間もなく、あっけなく火達磨になるRay。
「いつもこうならいいんだけどね・・・・・・まあ、いいか」
ポンポンと焔花の肩を叩き、ラインはつぶやいた。その背中を、まだ暴れたりないといった様子の焔花が見つめていることにも気づかずに・・・・・・
「うおおおお!」
折れたスコップを一瞬呆然と見つめ、しかしそれでもRayに挑みかかる魅季。remuを左手に持ったまま正拳突きを繰り出すが、鋼鉄の装甲にはびくともしない。
「ど、どうすれば・・・・・・?」
他のRayはラインと春光が仕留めているが、こっちに援護が来る前におそらく殺されるだろう。全くどうしようもない事実に対し、二人はただ呆然とするしかなかった。
だが・・・・・・勝利を確信したRayだが、そうそう上手くはいかなかった。二人を潰そうと足を振り上げた瞬間、思いもよらない声がかかる。
「魅季さん!remuさんを投げて!」
それは、紅香だった。近くの建物の屋根に登り、RPGを持ちながらこっちに向かって叫んでいる。
「投げる!?どこに!?」
「頭よ頭!Rayの頭に放り投げて!」
最初の一撃を辛くも交わした二人に、再びRayの足が襲い掛かる。間一髪で避けながら、更に魅季は叫ぶ。
「それでどうするんですか!?」
「いいから投げて!」
それは、まさに賭けだった。remuを投げれば、それは大きな隙になる。万が一破壊に失敗すれば、確実に魅季は死ぬ。
しかし、やらなければ死ぬのも事実。懇親の力を振り絞り、魅季はremuを放り投げた。
「飛んでけええええ!!」
放り投げられる、ずたぼろのremu。満身創痍の状態だったが、何とか頭にしがみついている。
「OK!さあremuさん、これを撃って!」
砲丸投げの要領で紅香がremuに投げ渡したのは、RPG。巨大なロケット砲を片手で受け取ったremuは、まさかといいたげに紅香を見る。
「さあ、撃ち込んで!」
「・・・・・・」
「撃ちなさい!」
「・・・・・・」
「撃ちなさいったら!」
「・・・・・・お」
「え?」
「・・・・・・お前がやれええ!」
数々の攻撃を受け、挙句の果てに死を要求されたremu。彼は、遂にキレた。
Rayの頭に両足で立ち、紅香にRPGを向ける。あわてて建物から逃げようとするより早くRPGが発射され、彼女のいる建物に直撃する。
「うそおおおおおお!?」
瓦礫が崩れ、紅香を押しつぶしていく。しかし瓦礫はそのそばにいたRayをも包み込み、二人と一機は敢え無く押しつぶされたのだった。
「あーあ・・・・・・」
「やっちゃいましたね」
「ちょっとやりすぎたかなぁ・・・・・・」
そんな光景を、のんきに眺める三人衆。取り敢えず、助けに来いよと突っ込みたかったremuと紅香であった。
「ふふふ・・・・・・」
同時刻、酒場店内。妙な笑みを漏らしながら、響はパソコンに向かっていた。
「何やってるんですか?響さん」
「ふふふ、ハッキングです。私のスキルを駆使すればRayなんて簡単に操れるのです」
マッドサイエンティストのような空気をかもし出しながら、キーボードをたたき続ける響。そして、勝手に飲み物を飲みながらボーっと眺めるえんぷてぃ。
やがて、響は高速でキーボードをたたくのをやめ、エンターボタンを押した。その瞬間画面には『all green』の文字が表示され、メタルギアの情報が表示されだした。
「取りあえず二機、乗っ取りに成功しました。後はこれを使うときを待つだけですね・・・・・・ふふふ」
こうして、響は大きな戦力を手に入れた。だが、役に立つかどうかは不明である。
後日、事情を知ったトンプソンが報復にやってきたとかいううわさを聞いたが、それはまた別のお話。
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