今日はヒロミの高校の文化祭。

ヒロミがクラスでやる劇で主役を務めることになったと言うので、ぼくは大学をサボって足を
運んできている。父さんと母さんも見たがっていたけどスケジュールが合わないということで
断念なさってた。代わりにビデオカメラを渡されたので頑張って妹の活躍を録ろうと思う。

自前のカメラも用意してきたし。

しっかし…つまんない文化祭だなぁ。

僕は先ほどからカメラ片手に校内を見物がてらに練り歩いているのだけど、屋台の一つも
ありゃしない。あるのはクラスの皆で頑張って作りましたー、みたいな展示品ばかり。

さすがお嬢様、お坊ちゃん学校。品行方正と言いますか、毒がないと言いますか。

…つまんないなぁ。まぁ作品自体は全部凄い上手だと思うけどね。

ぷらぷら歩き回っていると、懐かしい顔を見つけた。おそらく劇の衣装であろうドレスを着て、
女の子二人引き連れて前を歩いていた彼女に声をかける。

「カオルちゃん、久しぶりっ。元気してた?」

するとカオルちゃんの一歩後ろを歩いていた女の子たちが、ぼくに絡んできた。

「何あんた?西園寺さんに向かって馴れ馴れしいわよ」

「そうよそうよ。カオルちゃん、だなんて」

…何だ?この子らは?絵に書いたような取り巻き娘だなぁ。

僕が戸惑っていると、カオルちゃんが取り巻き娘を止めてくれた。

「おやめなさい。この方はワタクシの知人です。話がありますから先に行ってなさい。
…お久しぶりです、ヒカルさま。お元気そうで何よりですわ」

彼女は何となく不満そうな取り巻き娘たちを追い払い、スカートを軽く持ち上げ、会釈する。

その姿が非常に様になる。

さすが本物は違うね。よく見たらドレスも本物だし。

「ぼくはいつも元気だよ。相変わらず堅苦しいなぁ、カオルちゃんは。サヤカさんとは
仲良くしてる?」

サヤカというのは彼女の姉のことで、以前ぼくが愛人兼モデルとして雇われてた人だ。

「お姉様は相変わらず仕事の鬼ですわ。いまだに週に一回はヒカルさまに会いたいと嘆いて
おりますけど」

カオルちゃんは苦笑しながら言った。

「あはは。ぼくんとこにもヒカルの身体が恋しいとかメールくるよ。でもさすがに旦那さんが
いるとこには行けないしねー」

ぼくは、かんらかんらと笑いながら言うとカオルちゃんは頬に手を当てて顔を赤らめた。

「はしたない姉でお恥ずかしい限りですわ…」

「うんうん、ホントにあの人には恥ずかしいことばっかりさせられたなぁ」

女装して大きなパーティーに参加させられたりヌード写真をコンクールに出展されて、
それが銀賞だったり…今となっては良い思い出、かな?微妙なトコだけど。

「でもお姉様の撮ったヒカルさまのお写真は、とても美しいものばかりでしたわ。
ワタクシ今でも何枚か机に飾っておりますもの」

うっとりと言うカオルちゃんだが、僕としては複雑な心境だ。だって・・・。

「僕の写真ってさ、ほとんど女装かヌード写真なんだけど。・・・飾ってるの?」

墓穴った!という表情になるカオルちゃん。この子は昔からヌけてるなー。

「え、えっと・・・ヌード写真も芸術だと思いますわ」

しどろもどろになるカオルちゃんに、ぼくは我ながら意地らしく笑う。

「もぉ〜カオルちゃんもサヤカさんに似てえっちぃなぁ」

見る見るうちに赤くなるカオルちゃん。あぁ可愛いなぁ。女子高生はいいなぁ。

「そ、そんなんじゃ・・・」

「ぼくとサヤカさんの夜の営みも良く覗いてたもんねー?」

「ば、バレてたんですの!?」

ぼ、と音を立てて更に真っ赤になるカオルちゃん。あぁ楽しい。

「バレバレだよー。ドアの隙間からさ、よく覗いてたよね」

「・・・すいません」

もぉ何も言えなくなって俯いてしまう。何かサヤカさんを苛めてるみたいで楽しいー。

「そんなに興味あるなら、ぼくが相手してあげるのに・・・」

そっと彼女の頬に手を伸ばす。さらりさらりと撫でてみる。今のセリフは半分以上本気。

女子高生は大好物であります。

「え、え、あのっ」

戸惑いまくるカオルちゃんだが、ここでプッシュプッシュ!

「サヨさん直伝の技で君を天国に・・・あいたー!」

後ろから後頭部に肘打ちを喰らった。すんごい痛い。誰かと思って振り向いてみるとヒロミだった。

実に不愉快そうな顔で傷みに耐えて床にうずくまっているぼくを見下ろしている。

「来てるはずなのに私のところに来ないと思ったら・・・よりによって西園寺をナンパ?」

「よ、よりによってって・・・。どういう意味ですの!?」

怒ったカオルちゃんはヒロミに掴みかかるが、ヒロミはうっとしそうに手で払う。

「そのままの意味よ。大体あのまま兄さんに食べられちゃってよかったわけ?」

「そ、それはちょっとマズイですわ・・・」

「でしょ?それなら、むしろ感謝して貰わないと」

唸っているが反論はできないカオルちゃん。うーん、妹は逞しく育ってるなぁ。

痛みがひいたので立ち上がってヒロミの写真を一枚とっておく。

「あ、何いきなり撮ってるのよ」

「いいじゃないか」

何事も記念。それにしても・・・とヒロミの格好をしげしげと眺める。

シンデレラ、とは聞いていた。でも、くたびれた格好がこんなに似合うとは思わなんだ。

ヒロミも昔はいろいろ苦労してるせいか、その辺が滲み出ている。

うん、確かにココのお嬢様にはヒロミよりシンデレラを上手に演じれる子はいないだろな。

ぼくが深く納得していると、ヒロミは不思議そうにぼくを見る。

「なに一人で頷いてるの?もうすぐ劇が始めるから体育館に移動してて」

「ワタクシは、あまり観てもらいたくないですわ・・・」

カオルちゃんはあまり劇に対して乗り気ではないようだ。

「なんで?そう言えばカオルちゃんは何の役?」

カオルちゃんは言いづらそうに小声で言った。

「・・・意地悪な継母の役ですわ」

「へぇー」

「ハマリ役よね」

ヒロミが少し意地悪く言った。さっきから思ってたけど、この子ら仲悪いのかな。

「どこがハマリ役なんですの!」

「自分の日頃の行いを思い出してみなさいよ。それとも兄さんの前で言って欲しい?」

う、と詰まるカオルちゃん。何だ何だ。普段はどんなことをしてるんだろ?

「そ、それはマズイですわ」

「マズイと自覚あるんなら普段から止めときなさいよ」

二人のやり取りに小首を傾げるぼく。

「何の話?」

「聞いてよ兄さん。西園寺ったら二日に一回は私の机に・・・」

「わーわーわー!」

突然大声をあげるカオルちゃん。おかげでヒロミの声が聞き取れなかったじゃないか。

「いきなりどうしたの?」

「だからね・・・もがっ」

「何でもないですの!それでは準備がありますので!失礼させていただきますわ」

ヒロミの口をがっつり抑えつつ引きずりながら立ち去りかけるカオルちゃんの背中に声をかける。

「二人とも劇がんばってね。あと、カオルちゃん。あんまり人に意地悪しちゃダメだよ」

びく、と身体を一瞬固まらせるカオルちゃんだが、振り返らずにそのまま歩き去る。

「そ、そんなことするわけありませんわ!おほほほほ」

相変わらずウソつくときは、ありえない笑い方をするなぁ。カオルちゃんは気に食わないタイプの
人間には厳しいからな。ヒロミもどうせ庶民だとかで、ちょっかい出せれてるんだろ。

ぼくも最初はカオルちゃんに苛められたからなぁ。・・・高校時代が懐かしい。

ぼくは少しその場で昔を懐かしんだ後、良い席を取るために体育館に向った。


まー劇そのものは特筆すべきことはなしって感じだった。

しょせんは演劇部ですらない高校生の演技、たどたどしいものだった。

ただ、ヒロミの苛められているときのシンデレラの演技だけは、真に迫るものがあった。

ついでに言うならシンデレラを苛めるカオルちゃんの演技?も。

まわりの観客も、そのシーンには少し感心していた様子。

個人的には、なかなかに楽しめたので劇が終了したときには惜しみない拍手を送ったのだった。


文化祭も終わり、ヒロミにも声をかけて、ぼくが帰ろうと門を出ようとしたところ、門の前に

カオルちゃんが立っていた。何故かまだドレス姿だ。

「おやカオルちゃん。片付けの手伝いはしなくていいの?」

「それはワタクシのやることではありませんわ」

・・・いいのかなぁ。

「まぁそれならいいんだけどね。ぼくは帰るよ、今日はお疲れ様」

ぼくが帰ろうとするとカオルちゃんが慌てて呼び止めた。

「あ、お待ちを。車を呼んだので送らせますわ。ワタクシの目の前でヒカルさまを歩いて帰らせる
なんて出来ません」

出来ませんって言われても。またベンツでも呼んだんだろうけど、歩いて帰れる距離なのに・・・。

「いや、いいよ。家近いんだって」

「じゃ、じゃあ!今度、お姉様とも一緒にお食事でも・・・。最近何だか疎遠になってるじゃ
ありませんか」

ぼくは少しだけ足を止めた。サヤカさんと食事か・・・。サヤカさんと一緒に、か。

ぼくは軽く笑った。

「ふふっ、遠慮しとくよ。ぼくはサヤカさんと旦那さんとの関係にヒビを入れかねないことを
したくないんだ」

そして歩き出すぼくの背にカオルちゃんはポツリと呟いた。

「ワタクシは・・・ワタクシはお姉様はヒカルさまと一緒になると思ってたんですのに」

「ぼくにとってもサヤカさんはお姉さんなのさ。そういうのじゃないよ。なかったんだ。
・・・それじゃね」

振り返らずに軽く手を振って家路に着く。ちょっぴりアンニュイな気分になった、ぼくでした。




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