「ヤキソバ〜。ヤキソバはいかがっすかぁ〜」
今日は文化祭。俺、白木ノボルは背が高いというだけの理由で客寄せをやらされていた。
でかい看板を身体の両面にぶら下げてサンドイッチマンになっている。
俺の身長も2メートルはあるし目立つ目立つ。まぁ少々恥ずかしいが、人間自分にやれることは
出来るだけやるべきだ、という兄さんの言葉を守って、こうして声を張り上げている。
「お母さんお母さん!ほら、巨人がいるよ!ジャイアント馬場の生まれ変わりかな!?」
「あらホント大きいわねー。プロレスとかやって欲しいわね、確かに」
ううむ、無邪気な子供の視線が痛い。母親も人に指差すな、とか教育して欲しいものだ。
30分は校内を練り歩いたことだし一度ウチの店に戻ってみるか、と思った俺はじろじろ眺めて
くる子供達を引き連れて移動した。
「毎度ありー!」
おぉ、俺の努力の成果かどうかは知らないが結構繁盛してるじゃないか。
店の近くに戻ってみると、売り子の女子達が忙しそうに立ち回っていた。ちょっとした行列まで
出来ている。やはりベタなヤキソバやフランクフルトなんかを選んだのは正解だったな。
本気でお客さんの腹が減ってくる後半戦は売れる売れる。
よし、ここでも声出しとくか。
「美味しい〜ヤキソバは〜いかがっすかぁ〜」
「ノボル!ちょっと待てちょっと待て。材料切れてきたからお客さん呼ぶの一旦ストップ!」
ヤキソバを焼いていたマサキが店から出てきて俺を引き止めて言った。
む、そんなに売れてるのか。
「ふむ、誰かに買出しに行かせきゃならんな」
「このお客さんの来るペースじゃ今から行ってちゃ間に合わない!あぁ〜困った!」
ハイになってるマサキは頭を抱えて叫んだ。
確かにそれは困ったな。・・・でも何とかなるかもしれん。
「兄さんが昼過ぎに文化祭見に来ると言ってたから、今電話すれば途中で買ってきてもらえる
もらえるかも」
「ならさっさと電話してくれ!文化祭が終わるまでに店じまいするのは恥だぜ!」
大げさなやつめ・・・と思ったが俺は黙って携帯電話で兄さんに連絡をとった。
幸いなことにすぐに出てくれた。
「兄さん?」
「おう、どした?ノボル。ちゃんと今そっちに向ってるから安心したまい」
良かった。ちゃんと来てくれてるみたいだ。
「悪いけどさ。途中で色々と買出し頼みたいんだけど・・・」
「うん?いいよ、何買えばいいの?」
そういえば何が足りないんだろ。
「マサキ、足りないものは?」
「ソースと青海苔とマヨと麺だ!」
「全然足りてないじゃないか。さては仕入れの量間違えたな?」
「どうでもいいから早くヒカルさんに伝えろい!」
こいつ・・・。自分が担当だったからって誤魔化しやがってからに・・・。
「ソースと青海苔とマヨと麺!をお願いしたい」
「お、多いな」
電話の向こうからさすがに困った声を出す兄さん。申し訳ないが緊急事態だ。
隣りのマサキは続いて俺は良く知らないが、どこかの店の名前を言った。そこで買って来いと
いうことらしい。
「・・・って店のを買えばいいらしい。大至急頼む!」
「はいはい・・・。善処いたしますよぉ」
と、そこで電話が切れる。
「よし、あとは兄さんが来るのを待つばかりだ」
「早く来てくれるといいんだが・・・」
自分の責任があるだけに、そわそわしているマサキだが、俺に偉そうに指示を出してきた。
「よっし俺はヤキソバ焼きに戻るからノボルは校門のところでヒカルさんを待ってろ!
たぶん大荷物でふらふらしながら来るだろうから!」
それもそうだと思った俺は黙って校門に向った。看板は外してはならんらしいので着けたままで。
俺が20分ほど校門の前で子供たちに一緒に写真とるようにせがまれたりしながら待っていると、
校門にすんごい大型バイクがすんごいスピードで突っ込んできた。
周りにいた人の山などにまるで躊躇しないスピードに尊敬すら感じていると、それに乗っていたのは
木下さんだった。クレイジーな人だ。
「よう、弟さん!相変わらずデッカいな!」
ヘルメットを脱いで陽気に挨拶してくる木下さん。その背中には青い顔をした兄さんが掴まっていた。
「ヒカル、着いたからもう大丈夫だって。掴まっていたいんならオレは歓迎だけどな」
「お、おぉ・・・着いた?ノ、ノボル。ちゃんと買出ししてきてあげたよ・・・」
ビニール袋を抱えて、ふらふらしながらバイクから降りてきた。
「ありがとう兄さん。でも何で木下さんと一緒に?・・・って大丈夫?」
がくがくと足を震わせている兄さんの背中を撫でながら尋ねる。
「えっとね・・・、買出ししたのは良かったけど荷物が多くて困ってたところで木下に
会ってさ・・・。送ってもらったんだけど・・・。速すぎて怖かったぁぁぁ」
「うむ、何というか悪かったよ兄さん」
無駄に苦労をかけてしまったしまったようだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「どっか休めるとこない・・・?ぼくは少し疲れてしまった・・・」
「南館の2階で喫茶店やってるクラスがあるからそこで休むといいよ」
「ありがと、そうするよ・・・。木下ぁ、喫茶店いくぞー」
「わかったぜヒカル。じゃっ、また後でな弟さん」
び、と片手を挙げる木下さん。この人は何でこんなに元気なんだろう。
「はい、また来てくださいな」
並んで歩く二人の後姿を見ていると、実はあの二人は仲が良いのかもしれないとか思ってしまう。
兄さんが木下さんとくっ付いたら毎日疲れそうだなぁ。
・・・まぁそんなことは無さそうだから早く材料を店に持ってくか。
「みんな、お待ちかねの材料到着だぞい」
俺が店に材料を掲げて持っていくとマサキが店から飛び出てきた。
「でかしたっ。ヒカルさんにお礼を言わねばならんな。どこにいらっしゃるんだ?」
マサキは俺から材料をひったくると周りを見渡し兄さんを探す。
「今木下さんと一緒に喫茶店いってるぞ」
マサキの身体が目に見えて硬直した。
「ききき木下さんも来てるのか?」
動揺しとるな。
「うむ、機嫌はかなり良いみたいだがお前は近寄らんほうがいいだろな」
以前のデートの件でマサキは木下さんに目の仇にされている。初めて会ったときに挨拶代わりに
跳び蹴りくらったのが少しトラウマになっているみたいだな。無理もないが。
「そうする。お礼はちょっと失礼だけどメールで勘弁してもらおう・・・」
そういうとマサキはすごすごとヤキソバを焼きに店の中に戻ってしまった。
・・・俺も客寄せするかな。
「美味しい〜ヤキソバ〜ジュースに〜フランクフルトもあるよぉ〜。お食事はぁ〜是非是非〜
2−4でぇ〜」
店の前で声を張り上げる。慣れてくると何だか楽しくなってきた。
何が楽しいのかさっきから子供達が足元をうろついているのも宣伝になっていいかもしれん。
「大きいお兄ちゃん、何でそんなに大きくなれるの?」
「やっぱ牛乳?牛乳飲めばいいの?」
「肩車してー。おねがーい」
足元の子供達が次々に話し掛けてきた。その母親たちは「あらあらすいませんねー」とか言うだけで
引き離そうとはしない。・・・仕方ない。これも仕事だ。
「牛乳っていうか好き嫌いなく沢山食べることだな。ヤキソバとか。肩車は看板が邪魔で出来ないから
勘弁な。お母さんにヤキソバ買ってもらいなさい」
さりげなく宣伝を織り交ぜながら子供達の応対をしてるいるときに、ふと考えが浮かんだ。
これを実行すればもしかしたら客が増えるやもしれん。・・・でも恥ずかしいな、どうするかな。
まぁ今日は文化祭だ。多少の恥は掻き捨てってことになるだろ。
俺は決断すると大声を張り上げた。
「今2−4でヤキソバを購入するとぉ〜。ご希望の方に肩車して差し上げまーす。ちなみに俺の
身長は2メートルと7センチでーす」
言ってから失敗したかと思ったが、そんなこともなく。
小さな子供達が母親を引っ張ってぞくぞくとやって来た。
「ママー!ボクあの人に肩車してもらいたいぃぃ」
「お母さんお母さん!2メートルだって!乗せてもらいたいよぅ!」
これが大当たりだった。子供連れを中心に、乗ってみたいという人がわらわらと寄ってきて、
ヤキソバは飛ぶように売れていった。そして文化祭の終わる頃には・・・。
「見事!完・売!」
マサキは器用に店の上によじ登ってポーズを決めていた。クラスのみんなから拍手が巻き起こる。
俺は肩車のしすぎで腰が痛くなっていたが、女子がちやほやしてくれたので良しとしよう。
「売り上げは?売り上げの発表発表!」
男子の一人が声をあげた。俺も気になるし、みんなが集計係の女子に注目した。
「ちょっと待って・・・。えーと売り上げが何と12万円!」
クラスのみんながどよめく。ふむ、基準は知らんが結構な儲けなんじゃないのか?
「で、材料費が15万円で店の飾り代とかも合わせたら18万円で6万円の・・・赤字?
あれ?なんでぇ?」
集計係の女子は混乱しているようす。何で完売して赤字なんだ?材料費高すぎないか?
その女子の計算間違いじゃないかと皆でがやがややっているところに兄さんと木下さんが今ごろ
やって来た。
「やぁやぁ調子はどうかな?ていうかホントにあんな高級な材料で良かったの?
わざわざ問屋さんで買ってきたけど儲けとか出た?」
「素人さんには売れねぇ、つーのを頭下げて手に入れたんだよな」
聞き流せないことを言いのける二人。俺は白い目でマサキを見つめる。気がつけばクラスメイトたちも
皆同じ顔だ。
「・・・だって高いの使えばとりあえず美味くなるかと思った・・・んだけど」
しどろもどろのマサキをクラスメイトたちは取り囲む。
「どうりで売れるわけだよ・・・」
「赤字6万て何よ・・・クラス費が遠足のぶん残らないじゃない」
「・・・クラスの功労者には胴投げをせねばならんな・・・」
クラスメイトたちは抵抗するマサキを皆で持ち上げる。一応胴上げの体勢のようではある。
「ちょっと待て!胴投げって何だ!?・・・ノボル、助けてくれぇぇ」
俺は黙って両手を合わせた。腰も痛いしな。
「「・・・わっしょーい」」
そしてマサキは容赦なくも何も微塵もなく空高く放り投げられた。
もちろん誰も受け取る体制には入っていない。
「なかなか活気のあるクラスじゃねーか」
「ぼくも高校のときのことを思い出すよ・・・」
花火でも眺めるかのように呑気に眺める兄さんと木下さん。
・・・この二人の高校生活も凄かったんだろうなぁ。
そしていい感じに首から落ちたマサキの悲鳴で、文化祭は幕を閉じたのだった。