私がバイトしている、チェーン店じゃないファーストフード店。
小さい店舗だし、店長以外の従業員は全部バイトなお店なの。
シフトはしっかり組まれているから、普段はきちんと回っているんだけど……。
「店長と私以外、全滅ですか?」
「そうなんだよヒロミちゃん。ノロウイルスだとか何とか」
日曜の朝、開店のために出勤すると店長が苦々しい顔で待っていた。
他のバイトさんたちも予定があったりとどうしても捕まらないらしい。
休日に店長と私だけというのは厳しい。厳しすぎる。
「ヒロミちゃん。知り合いに誰かヒマなのいないか? レジさえ打てれば誰でもいい」
電話帳を確認するまでもない。
友達の少ない私は、慣れないレジをすぐに打てそうな人は二人しか知らないのだ。
何かと小器用なヒカル兄さんと、同じくわりと万能な木下ゴンゾウさん。
頼りには不安な二人だけど、背に腹は代えられない。私はとりあえず電話をかけてみることにした。
「あー。このタイプのレジならわかるぜ。余裕だ」
「助かるよキミ! とにかく間違えないようにゆっくり打ってくれればいいから」
「任せろ任せろ」
「よりによって……」
私の呼び出しに来てくれたのは木下さんだった。
できれば兄さんに来てもらいたかったんだけど、西園寺の家に泊まってるって。忌々しいわ。
「じゃあヒロミちゃん。厨房手伝ってくれ。今日は修羅場になるぞー」
「不安だわ……」
そして開店。
お昼頃からお客さんが入り始め、木下さんが接客している声が厨房にも聞こえてくる。
「おう。良く来たな。何にする?」
「え? じゃ、じゃあこのセットを一つと……」
「野菜も食えよ。こっちのセットにしときゃ値段も変わらんし」
「で、ではそれで……じゃあドリンクはこれで」
「アンタ煙草吸うかい」
「いえ……」
「じゃあ禁煙席はあっちだ。出来るまでちっと待ってな。……バランスセット! 飲みもんはコークだ!」
な、なんで……。
「何でそんなフランクなんですか木下さん!」
まるでアメリカかどこかの雑貨屋のような接客の仕方。
普段は身体をくの字にして頭を下げている私としてはすっごく納得がいかない。
「おっ。らっしゃい。何喰ってくよ?」
「ああ、突っ込むヒマがないのね……」
それから次から次へとやってくるお客さん。
注文された品を作るのに精一杯で、木下さんの接客を注意できない。
それでも耳にはやり取りが入ってくる。
「おっさんおっさん。こんなトコでメシ喰ってないで嫁さんに弁当作ってもらえよ」
「うるせーな。嫁は息子にしか弁当作ってくれんのだ」
「ガツンと言っとけよー」
「兄ちゃんも結婚すればわかるよ……」
「そんなもんかねぇ」
も、もう接客でも何でもない……。
そんな対応の仕方で、さぞかし長蛇の列ができているだろうとレジをパっと覗いてみる。
「何できちんとこなせてるの……?」
お客さんと無駄話しつつも、どうやらそれは最低限な会話の様子。
会計が済む頃には雑談も終わり、列は淀みなく消化されていく。
結局その日は、特にトラブルも混雑もなく平穏無事に終わったのだった。
……終わってしまったのでした。
「いやー。結構バイト代もらえたな」
私は木下さんのバイクの後ろに乗せてもらって家路に着いていた。
せっかくだから送ってやる、ということなんだけど。
「また困ったことがあったら頼ってくれていいんだぜ? ……何なら義兄さんと呼んでくれても」
「呼びません」
きっぱりと言い切る私。
「えー」
「ま、前見て運転して下さいよ!」
「妹さん何で頬膨らませてんだよー。オレ今日がんばったじゃん」
「前見て下さいって!! ……そりゃ助かりましたけどぉ」
「けど?」
軽く木下さんの背中に頭突きをしつつ、呟く。
「……木下さんみたいな人、きらいです」
今日の木下さんの接客は何だかお客さんに評判が良かった。
ああいうのがウケてしまうのは、普段真面目にやってる身としては少し悔しいものがある。
「ええ!? 何で何で!?」
「何でもです! ……だ、だから前見て下さいってば」
助けてもらっておいて素直にありがとうとも言えないのはどうかと思うけど、やっぱり納得はできない。
私にはああいう接客はできないし……。
ぐしゃ。
……ぐしゃ?
「何か轢いた!? 今何か轢きませんでした!?」
「何で嫌いとか言うんだよー。ヒカルみたいなこと言わないでくれよー」
「今ぐしゃって! 一回止まりましょうよ! 止まって! そして前を見てぇぇ!」