白木ヒカルと木下ゴンゾウが付き合い出してから、かれこれ三ヶ月ほどになる。
きっかけは本人たちもよく覚えていない。
友人同士としてしょっちゅう一緒に遊んでいるうちに、恋愛感情が生まれた形だ。
ただ、恋人関係になったからと言ってもやることは別に変わらなかった。
昼休みにキャッチボールしたり、スウィーツ巡りしたり、アルバイトをしたり。
あまり恋人らしいことはしていなかったが、二人とも特に不満は感じていなかった。
「……のは今までのこと」
「だな……!」
ここはゴンゾウの部屋。
そして二人が座っているのはベットの上。
シングルベットなので少々狭いが、それでも二人して正座で向かい合っていた。
「今夜はクリスマス……とすれば恋人同士がやることは一つ」
「ああ。今日こそやることやっちまおうぜ」
今まさに、大人の階段を登ろうとしているところであった。
「うん……。じゃ、先にシャワー浴びるね」
「待て」
立ち上がりかけるヒカルをゴンゾウが片手を上げて制す。
「なに?」
「ヒカルはシャワー浴びるな。その方がいい」
「マニアックな……」
「そう言うな。ではさっそく」
「待って」
鼻息荒くヒカルの服に手をかけようとしたゴンゾウをぴしりと制す。
「何だよ」
「服は着たままの方がいい」
「マニアックだな……」
お互い、何かと譲れないものがあるらしかった。
二人とも大人の階段昇り済みどころのレベルではないご様子。
「電気はどうする?」
「スポットライトが欲しいくらいだぜ」
「だったらむしろ外でっ」
「それはちょっとな」
初々しさの欠片もない会話をしつつ、意思の疎通を図る二人。
色々と趣味が偏っているようなので確認する必要があると互いに判断したらしい。
ひとしきり相互理解が済んだところで。
「……さて」
「……やるか」
二人は潤んだ瞳で見詰め合う。
ただ、二人とも愛しい相手を見つめるというよりも獲物を前にした飢えた獣のような目であったが。
「ゴンゾウぅぅぅ」
甘えた声を出しながらヒカルは目の前の相手にしなだれかかる。
「おおお……」
それを感動しながら受け止めるゴンゾウ。
ここに至るまで長かった。
殴られ、蹴られ、噛まれ続けてもめげずにアピールを続けた努力の集大成が今夜。
思わず目尻に涙が浮かぶ。
それを見て、ヒカルは口の端を持ち上げた。
「なーに泣いてんのさ」
「いや、何か感極まってきてな……」
「ふふ」
くすりと笑みを漏らすと、ヒカルは薄く滲んだゴンゾウの涙を舐めとった。
「これくらいで感極まってちゃもたないよ? ……夜は長いんだから」
それで、ゴンゾウの中の何かが切れた。
「ひ、ヒカルぅぅぅぅぅ!!」
「ひゃー」
突き飛ばすような勢いでヒカルを押し倒し、薄い胸に顔を押し付ける。
「これこれ。慌てるでないよ」
おどけた口調でヒカルは笑うが、ゴンゾウにあまり余裕はないようだ。
ヒカルの名前を連呼しながら身体を弄っていく。
「あははは……あは」
先ほどから表情が笑顔で固定されていたヒカルだったが、だんだんとそれが蕩け始める。
上気した肌は紅く染まり、瞳は潤む。
身体を押し付けてくるゴンゾウを強く抱きしめ、耳元に熱く囁いた。
「ゴンゾウ……そろそろ」
「おうよ」
それではいったん準備をせねばとゴンゾウは一度身を起こした。
エチケット的な意味でも、衛生的な意味でも、明るい家族計画な意味でも準備は何かと必要なものである。
身体を起こし、ズボンに手をかけたゴンゾウを見たヒカルの目がきらーん! と輝く。
「てやー!」
「おわっ?」
腕を取り、足を絡め、身を捻り。
くるん、と器用にゴンゾウをベットの上で半回転させると、ヒカルはあっという間にマウントを制した。
そしてどこからともなく取り出したロープで、ゴンゾウをぐるぐる巻きにしてしまう。
もう明日にでも引越し業者でバイトできそうな程の鮮やかな手つきであった。
「ひ、ヒカル? 何のつもりかな?」
完全にす巻きにされ、振り向くこともできないゴンゾウの背中をヒカルは愛おしそうに撫で回す。
「ふふふ。いい格好だね」
今のゴンゾウの体勢ではヒカルの顔を見ることは出来ない。
だが、不穏な空気だけはびんびんと感じる。
「そ・れ・で・は」
背後から衣擦れの音がする。
どうもヒカルが下を脱いだ音のようだが。
「――お注射の時間でぇす♪」
姿は見えない。見えないのだが。
ゴンゾウには何だか恐ろしい気配、泡立つような恐怖を全身で感じていた。
「ままま待てヒカル。何だ、何をするつもりなんだっ」
「んー……」
くすくすと笑いながらゴンゾウのズボンを下着ごとずらしていく。
「こ、こらこらこら。答えてくれよ!」
「ぼくのミニチュアダックスフンドがゴンゾウにマーキングしたいんだって。わんわん!」
「意味がわからん!」
妙にはしゃいだヒカル。
のっぴきならない状況のゴンゾウ。というかもう彼はダメかもしれない。
「大丈夫っ。ボラギノールなら用意してあるから!」
「大丈夫なことがあるかっ」
必死でもがくゴンゾウだが、イモムシのような今の格好ではどうすることもできない。
そんな彼の腰を押さえつけて、ヒカルは嬉々として叫んだ。
「ゴンゾウ、ぼくの子を産んでー! 目指せ一姫二太郎! れっつ少子化対策ぅ!」
「無理ぃぃぃぃ!?」
『……という夢を見たんですの』
新年早々、電話越しにけったいな話を聞かされたヒロミは空いた口が塞がらない。
『これはワタクシのどういう深層心理を表してるんだと思います? フロイト的に』
「豆腐の角にでも頭をぶつけて死んでしまいなさい」
『ああっ、切らないで欲しいですわ!』
会話を切られかけた気配を察してか、カオルは慌てて止めに入る。
「もう本当に何なの? そんな話を聞かされて私はどうすればいいのよ」
『いやー。あんまりな夢だったからちょっと聞いて頂きたくて』
「……あっそう」
『長谷さんなんか大喜びで聞いて下さったのに。つれないですわー』
すねたような声を漏らすカオルに、ヒロミは盛大にため息を吐く。
「あなたたちはいつの間に仲良くなってんのよ、まったく」
『ヒカルさまと木下さんはどっちが攻めか受けかで一晩語り合った仲ですわ。……ああ、切らないで!?』
電話の先のカオルの悲痛な声に、ヒロミは渋々ケータイを耳に当て直す。
「西園寺は兄さんのことが好きだったんじゃないの……?」
『それはまた別腹ですの。ちょっと複雑な乙女心というものですわね』
「そんな乙女心は犬にでも喰わせてしまいなさい。それじゃっ」
『なんでそんなすぐに切ろうとするんですの!』
「もういいでしょ!?」
『あと一言だけ!』
「何!」
少しだけ間が空いて、恥らうような声が聞こえてきた。
『……今年もよろしくお願い致しますわ』
「あー……うん。よろしくお願いします」
『うふふ。それでは失礼します』
そこでようやく通話が終了した。
ケータイを見下ろし、ヒロミは再び深いため息を吐いた。
「どんな新年の挨拶よ……」