「というわけで。この娘が今日から家族の一員になったヒロミだよ」

「よ、よろしくお願いします」

「……どういうことだ」

家族になろう、とヒカルに誘われた翌日には、特急に乗って白木宅にやって来たヒロミ。

荷物を置くやいなや、ノボルを居間に呼んで座らせ、簡単なヒロミの紹介をしていたのだった。

ただ、にこにことヒロミの隣に座って頭を撫でているヒカルとは対照的にかなり怪訝な顔をしていた。

まぁ無理もないだろうが。

「だから。昨日の晩にさ。このコ拾ってきたの。今日からウチのコだから。これで三人兄妹だねっ」

あまりにも簡単な説明だった。

ヒロミは不安な気持ちになりながら、テーブルを挟んだ向こうに座る男の子の顔を窺う。

大きな男の子だった。

ヒカルよりも相当大きい。

顔つきと雰囲気でヒカルの弟だというのは判断できるが、具体的にいくつぐらいに見えるかと言われればよくわからない。

何となく年齢不詳な感じの男の子だ。

「なるほど。わかった」

「え、わかったの?」

ヒカルの適当な説明に対して深く頷くノボルに、ヒロミは驚いて思わず聞き返してしまった。

うむ、とノボルは頷く。

「今日からキミが俺らと一緒に暮らすってことだけはわかった。それで十分だろ」

そんなので納得できるのか、とヒロミは胸の中で呟いた。

「ただ、俺がわからんのは」

言いながらノボルはすっと目を細める。

まるで値踏みでもするかのような目つきにヒロミは思わず首をすくめる。

「キミが俺の姉貴になるのか妹になるのか、ということだな。うん」

そこは重要だ、と腕を組む。

ノボルの言葉に今度はヒロミが怪訝な表情を浮かべる。

「私、まだ小学生なんだけどな……」

「奇遇だな、俺もだよ」

淡々と告げられた言葉にヒロミは目を丸くする。

「ええ! 絶対中学生だと……」

「……よく言われる」

何だか少し落ち込んだ様子のノボルにヒカルが笑い声で追い討ちをかける。

「あはは。ランドセルが似合わないこと山の如しだからねー、ノボルは」

「似合うどころかあうサイズが無いから背負えないっての」

苦笑いをしてヒカルに答えたあと、ノボルはヒロミに向かい直して自分の年齢を告げた。

それを聞いてヒロミはまた驚いてしまった。

自分と同じ年だったからだ。

見えない……と思ったが彼が落ち込みそうなので、口に出すのはやめておくことにする。

「困ったな。じゃあどっちが上ってことにするか……」

悩みこむノボルにヒロミは慌てて声をかける。

「じゃ、じゃあ私が妹でいいよ。あなたの方が背も高いし」

一応遠慮してみるヒロミだった。

「いやいや。そういうワケにもいかないんだな」

そこにヒカルが口を挟む。

ヒカルが二人に説明したところ、戸籍などの登録があるので適当に決めるわけにはいかないそうだ。

「だから誕生日が先の方が上ってことでね」

というわけで互いの誕生日を教えあうノボルとヒロミだった。

そしてその結果。

「つまり今日からキミが俺の姉さんということか」

ヒロミの方が姉になってしまった。

ノボルは簡単に受け入れられたようだが、ヒロミはそうもいかない。

自分よりも圧倒的に大きな男の子に姉さん、と呼ばれるのは非常に抵抗がある。

だいたい実年齢だって同じだと言うのに。

なので遠慮がちにヒロミはこう言った。

「お、同じ年なんだし。姉さん、ていうのはやめてくれない……かな?」

おずおずとした様子のヒロミの気持ちを察してくれたようで、ノボルはすぐに頷いてくれた。

「それもそうだな。じゃあヒロミさんと呼ばせてもらうな」

「うん。じゃあそれで……」

「えー。何か他人行儀だなぁソレ」

頷きかけたヒロミの言葉を遮るヒカルの声。

今まで黙って二人のやり取りを見ていたが、ケチをつけたくなったようだ。

「家族なんだからさ。ノっくんヒロちゃんでいいじゃん」

「まっ、それはおいおい」

口を尖らせるヒカルを適当にいなすノボル。

ノボルは言いながら立ち上がると、ヒカルとヒロミに背を向ける。

「それじゃ自己紹介も終わったことだし俺は風呂行かせてもらうな。明日も早いし」

「ちょっとちょっと。もっと新たな家族と語ろうぜぃ」

「明日スイミングスクールだから、明日また帰ってきてからにしてくれよ」

ヒカルが引き止めるのも聞かずにノボルはさっさと立ち去ってしまった。

その大きな背中をぼんやり見送った後、ヒロミをテーブルに視線を落として呟いた。

「私……歓迎されてないみたい」

仕方ないな、とヒロミは思う。

何しろいきなり見知らぬ子供を紹介されて「今日から家族です」で誰が受け入れられるだろうか。

少なくともヒカルには甘えられそうだが、ノボルとは上手くやっていく自信が持てなかった。

自分を引き取るとは言ってくれた白木夫婦ともまだ電話でしか会話をしていないので非常に不安を感じる。

連鎖的に落ち込んでいくヒロミの肩にヒカルは優しく手を乗せた。

「ノボルは水泳以外のことにはあんまり興味ない子だから。無愛想だけど気にすることないよ」

「水泳……?」

顔をあげたヒロミにヒカリは頷いてみせる。

「泳げないのが悔しいって理由でスイミングスクール通ってんだけどさ。通いだしたらめきめきと上達しちゃって。今では水泳オタクだよ」

「……はぁ」

何と答えたらいいのか分からず曖昧に頷くヒロミ。

「でもせっかく家族になったんだからもっと親密になりたいよね」

「それは……そう、かな?」

でも厳しそうだな、とヒロミの内心は落ち込んだままだ。

そんな彼女に気付いているのかいないのか。

ヒカルは元気よく立ち上がって、おまけに親指もぐっ!と立てた。

「というわけで! 仲良くなるにはハダカの付き合いが一番だ!」

「え?」

意味がわからず首を傾げる。

「……いくぞー! 脱げー!」

「きゃあああ!?」









「やっほーい」

「や、やほー」

「……やほ」

ノボルがのんびり浴槽に浸かっていると、やたらハイテンションなヒカルと顔を真っ赤にしたヒロミが飛び込んできた。

兄?のハダカなど見慣れているので何とも思わないノボルだが、同年代のヒロミまで入ってこられるとさすがに動揺した。

動揺しすぎて逆にテンションが上がらない。

そんなノボルを見てヒカルは眉をしかめる。

「ノボル反応うすー。面白くないなぁ」

「そう言われましても」

「は、恥ずかしい。恥ずかしいんです。お姉ちゃん……!」

災難なのはヒロミだ。

いきなりハダカに剥かれて風呂場に押し込まれたのだからたまらない。

「お情けでタオル巻かせてあげてるんだからいいじゃん。あとお姉ちゃん言うな」

「ううう……」

ノボルは二人のやり取りにとりあえず背を向けておいた。

目の毒にも程がある。

きっとハダカの付き合いとか何か言って連れてきたんだろうな、とノボルは思う。

ノボルが壁に睨むような体勢で浴槽の中で固まっている後ろで、入ってきた二人はがやがや騒いでいる。

どうやらヒカルが無理矢理ヒロミの身体を洗ってやってるらしい。

ヒロミも抵抗しているらしく短い悲鳴が続けてノボルの耳にも入ってくる。

だがノボルはそれらはあまり気にしないことにして、隙を見つけてさっさと上がってしまおうと考えていた。

「そーれいっ」

「ああっ!?」

風呂場の中に悲鳴と共に水飛沫が飛び散りまくる。

さすがに何事かと振り返るノボル。

そこで弱りきった顔をしたヒロミと目があった。

浴槽の中にヒロミが放り込まれたのであった。

「そこでしばらくハダカの付き合いしてな。ヒカルお兄さんは狭いからシャワーで我慢して先に上がるけど」

「兄さん……」

何故か勝ち誇った顔をしているヒカル。

呆れ果てて声も出したくないノボルではあったが、ここまで追い込まれてはそうもいくまい。

諦めてハダカの付き合いとやらをしてみることにした。

ノボルの隣で顎まで湯に身体を沈めているヒロミにおずおずと話し掛けてみる。

「……えー。ヒロミさんご趣味は?」

「へっ、え?」

いきなり話し掛けられて驚いた様子のヒロミ。

不安げにノボルとヒカルの顔を交互に見るが、彼女も観念したのか小さな声で返した。

「えーと。……前の学校で園芸委員で、花壇に水をやったりするのが好きでした……」

「要するに植物好き?」

「いやそういうわけでもなくて……。図書委員やってた時は本の整理が好きだったし、掲示係の時はポスター貼るの好きだった」

ふーん、と感心したような声を漏らすノボル。

「つまりアレか? 仕事好きなのか。えらいなぁヒロミさんは」

「……そうなるのかなぁ? よくわからないけど」

自覚のないことでだが、褒められて悪い気はしないヒロミであった。

そんな調子で意外と話は弾み、二人は何時の間にかヒカルがいなくなっていることにも気付かず、いろいろと会話を重ねていった。

ヒカルが本当に考えてこの状況を作ったかどうかはともかく、二人の親睦がかなり深まったようだった。







しばしご歓談、の後。

かなり長い間湯に浸かっていたせいで二人の顔は真っ赤になっていた。

「そろそろ上がるか。さすがにのぼせてきたぞ」

「そうね。……えっと」

「うん。言いたいことはわかるぞ。俺が先に上がるから後ろ向いててくれ」

ノボルの言葉にヒロミをほっと一安心。

くるりと後ろを向いて、ついでに目を閉じて顔を下に向ける。

と、そんなほのぼのした光景が繰り広げられていた時に。

大気を切り裂き、夜を照らし、空の断末魔のような、雲の叫びのような、夜の怒号のような、音。

それが大音量で、辺りに響き渡った。

ようするにどっか近所に雷が落ちた。

「きゃあああ!」

堪らず悲鳴をあげて手近なモノにしがみつくヒロミ。

立ち上がりかけていたノボルも雷の爆音と、それに加えてヒロミの悲鳴に驚いて、腰を降ろしてしまった。

おまけに今の雷の影響だろうか、風呂場の電気が消えてしまった。

もしかしたら近所一帯、全て停電しているかもしれない。

暗闇の中、ノボルは口を開く。

「びっくりしたな」

あまりびっくりしたようにも聞こえない口調だ。

「……うん。すごいびっくりした。怖かったぁ」

などと言い合いながら顔を見合わせる二人。

お互いの視線が合うと、何故か笑いがこみ上げてきた。

「……はは」

「……ふふっ」

何となく、心が通じたように思えた瞬間だった。

「だーいじょーぶかー」

しかしそんな瞬間はすぐさまぶち破られた。

懐中電灯を持ったヒカルが慌てて風呂場に飛び込んできたのだ。

「大丈夫だって」

「平気よ。お姉ちゃ……お兄ちゃん」

一番取り乱している様子のヒカルに二人して笑いながら答える。

そんな二人を見て、ヒカルもヒカルでほっと胸を撫で下ろし。

「……んー?」

ノボルとヒロミを懐中電灯で照らして頬を赤らめた。

そして、そそくさと目を逸らす。

「ハ、ハダカの付き合いって言ってもさ。そ、そこまで仲良くなってもらうつもりはなかったんだけど……」

遠慮がちにぼそぼそ喋るヒカルの態度に怪訝に思う二人。

顔を見合わせて首を傾げ……同時に音が出そうな勢いで顔面を灼熱させた。

いつのまにか正面から抱き合うような格好になっていたのだ。

先ほどの雷の際、どうもヒロミがしがみついたのはノボルの身体だったらしい。

その上、二人とも動揺していたので自分たちの体勢に気付いていなかったようだ。

「あああああああ……」

「……」

目をぐるぐるさせながら、意味のない声を漏らすヒロミと、何も言えないでいるノボル。

そして二人の様子を頬を赤らめさせながら観察しているヒカル。

どうも自分が心配していたような事態ではなかったようなのでそこは安心。

まあ二人ともまだ小学生だしな、とか思いながら微笑む。

その微笑の先ではまだノボルとヒロミは抱き合った体勢のまま、硬直していた。

とりあえず、二人の距離がかなり縮まったのは確かなようだった。











「……ということもあったねぇ」

「あったわねぇ」

「だなぁ」

ヒカルとヒロミとノボルの三人は、コタツに入って暖をとりながら思い出に浸っていた。

クリスマスのご馳走を食べて後片付けも澄ました三人兄妹は、コタツに入りながら昔話に花を咲かせていたのだった。

「最初にお互い痴態を晒したのが良かったみたいで、次の日にはもうすっかり仲良く話せてたわよね、ノっくん」

「だなぁ」

もしゃもしゃとミカンを頬張りながらノボルもしみじみと答える。

「懐かしいなぁ、ホント懐かしいよ」

冷え性なので、半纏まできっちり着込んだヒカルは遠い目で明後日の方向を見つめていた。

そして現実に帰ってくると、いきなり拍手を打った。

「な、なに?」

いきなり響いた景気の良い音に身をすくませるヒロミ。

「久しぶりに三人でお風呂に入ろう!」

そう満面の笑みで提案した。

咀嚼していたミカンを飲み込んだノボルはその提案を鼻で笑い飛ばす。

「冗談きついぞ。今更一緒に風呂に入れる年頃であるまい」

「いや、私としてはアリかな」

「……ヒロちゃん?」

思いがけないヒロミの言葉に眉を寄せるノボル。

「私にとっては大切な記念日だし。せっかくだから何か特別なことしたいな、とは思ってたのよ。うん」

「でしょ!」

ヒロミが意外と乗り気なので、冗談半分だったヒカルも本気になってきた。

盛り上がってきた二人にげんなりするノボル。

さっき飲んだシャンパンが原因なんだろうな、と思うがもう抵抗しても無駄なようだ。

正気に戻って一番恥ずかしがるのはヒロミなんだが、もうノボルもどうだってよくなってきた。

何たって今夜はクリスマスなんだし。

「……ハメ外したいだけ外すがいいさ」

呟きながら、新たなミカンに手を伸ばした。






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