……暑い。

暑い暑い。

暑い暑い暑い暑い。

「あっついなぁー、もぉ!」

ぼくは居間のソファーの寝転がりながら夏の暑さに悶えていた。

窓は全開にして、扇風機もぶいぶい回して、口にはアイスまで咥えているとゆーのに!

何でこんなに暑いのかっ。

クーラーをつければいいじゃない、と言う意見もあるかもしれないけど個人的に却下っ。

ぼくは冷え性なのでクーラーはちと苦手なのだ。

まったくプールにでも泳ぎに行きたいけど、それだと女物の水着着なきゃいけないしなー。

このちっちゃな胸が憎いぜ。

……あー、何かもぉどうでもいいかも。

また親戚のヒカルコってことにして泳ぎに行っちゃおうかなぁ。

うー。

……うん、行こう。

移動が面倒だから近所の市民プールにでも!

思い立ったら即準備っと。

ぼくはソファーから跳ね起きて、アイスを咥えたまま二階の自分の部屋に駆け上がる。

パソコンを立ちあげて、市民プールのホームページで今日やってるかチェック……っと。

……うんうんうん、うん?

「ってダムの水量が下がっているために営業停止……って。もぉー!」

アイスを噛み砕いて、怒りと共に咀嚼する。

脱力してしまったぼくは力なく居間に戻った。

暑いし退屈だし堪んないなー。

ヒロミは夏休みだからってバイト三昧だし、ノボルは部活ばっかだし。

どいつもこいつも青春してくさってからに。

大学の仲の良い友達はみんな彼女か彼氏と長期の旅行に出かけちゃったしなー。

木下とでも遊びたいところだけど、こっちから誘うのは何かシャクだしなー。

「まったくヒマなんだから誘いに来ればいいのに」

思わず口に出しながら、またソファーの上に寝転がる。

あー。

ソファーも暑いなぁ。

どっか涼しいところはないものか。

とりあえずソファーの前に置いてあるテーブルの上で丸くなって寝転がってみる。

あ、意外と悪くないかも。

ガラスで出来てるせいか、ひんやりしてて良い感じ。

ぼくの体重なんか軽いもんだから多分割れないだろーし、ここでいいや。

寝るべ寝るべ、昼寝するべ。

ぼくは目を瞑って、頬を押し付けてひんやりしたガラス板を全身で味わうのでした。







「ちょっと兄さん! どこで寝てるのよ!」

「……んー?」

目を開けると、そこには腰に手を当てて怒るヒロミの姿が。

うわー。

ヒロミがここにいるってことは、ぼくってば随分長いこと寝ちゃってたみたいだな。

「しかも、きっちり掛け布団まで!」

おやホントだ。

こんなもの用意した覚えはないのに。

「いつの間に……」

「ああ。それは俺が掛けた」

のしのしと響いてくる足音の方に首を巡らせれば、そこにはノボルの姿が。

お風呂から上がったばかりのようで、さっぱりした顔で首からタオルを下げている。

「やっぱ風邪ひいたら駄目だしな」

おお、ナイスだブラザー。

「さんきゅーう」

指を三本突き出してノボルに感謝の気持ちを伝えてみる。

しかし、この美しい兄弟愛を目にしてもヒロミの説教は止まらない。

「布団を掛けてあげる前にせめてソファーに移してあげてよ!」

ヒロミの言葉にノボルはぽんと手を打った。

「その手があったか」

「……もういいっ。兄さんっ。今日は兄さんが晩御飯の担当でしょ? まさか何も出来てないとか……」

「冷蔵庫に冷やし中華入ってるからテケトーに食べてください」

あまりにヒマなので午前中のうちに作っておいたのだ。

どうせ準備してないと思って怒るつもりだったらしいヒロミは一瞬言葉に詰まる。

「……それならいいけど。でもテーブルで寝るのは駄目だからね」

「台所の大きな木のテーブルは?」

「テーブルの上で寝るのは全面的に禁止です!」

禁止されちゃった。

しかたない、今度からどこで昼寝しようかなぁ。

とか思いながら伸びを

「とりあえず降りなさい!」

「あいたっ」

……しようとしたら叩かれてしまった。

まったく厳しい義妹だこと。







んでもって次の日。

ぼくは家の中を枕を小脇に抱えつつ練り歩いていた。

絶好の昼寝ポイントを探してるのだ。

今日もやっぱりヒマなぼくなやることがない。

何にもない。

だったら寝てしまえ、ということで良い場所を探してるんだけど……。

なかなか良いトコが見つからない。

ガラス板のテーブルは結構良かったけど、ヒロミに禁止されちゃった。

窓際は日差しが厳しい。

自分の部屋も日当たりがよすぎてイマイチだ。

猫を見習って屋根の上に上ってみたけど、灼熱のお日様と焼けた瓦で死んでしまうところだった。

そんなことをやっているうちに逆に汗だくになってしまったぼく。

とりあえず手っ取り早く涼しくなろうと冷たいシャワーを浴びることにした。

……シャワーシーンはさくっと省略。

家に誰もいないので、ぼくは素っ裸のまま居間のソファーに座り、扇風機を全開にしてアイスを齧る。

なかなか極楽。

ヒロミが家にいる時にコレやると「はしたない!」って怒るからなー。

ノボルは何も言わないけど無言で顔をしかめるしなー。

「真面目な兄弟を持つ苦労するにゃー」

だれた口調で呟きながら、テレビを付けて適当にチャンネルを回す。

真昼間にやってるのはニュースか再放送か昼メロくらい。

でもぼくは昼メロって結構好き。

何かやってないかなーっとリモコンをがちゃがちゃさせているうちに、とあるニュース番組が目にとまった。

新聞は一面の他は4コマ漫画と読者投稿欄と社説くらいしか読まないんで、たまに見ると面白いね。

アライグマが立ち上がっただのと、ほのぼのした話が中心だった。

ふんふんと何気なく見ていたぼくだけど、とあるニュースを見てピンと来た。

「……これだっ」

思わず口に出して呟きながら、ぼくは指を鳴らした。







涼しい……。

これはなかなか快感だなぁー……。

うん、革命的かも。

ぼくはかなり気分よくまどろんでいた。

この方法は最高だなー、今度友達にも教えてあげよう。

あー……気持ちいいー。

「――に、兄さん! 何て格好で寝てるのぉぉ!!」

んー、ヒロミ?

とするとまたぼくは長いこと昼寝しちゃってたみたい……。

「――うは!?」

いったぁ!?

ぼくはいきなり背中を踏みつけられて、一気に目が覚めた。

「何するんだよ!」

「兄さんこそ何で廊下の真ん中で裸で寝てるの!」

目の前に立つヒロミは目を吊り上げさせて怒っていた。

顔なんか耳まで赤くなってる。

そんなに怒らなくても。

「ちゃんとパンツ穿いてるじゃん」

どうでもいいけどボクサーパンツを愛用してるんだ、ぼくは。

「パンツしか穿いてないじゃない! 何でよ、もう!」

「何でって。……ほらアレだよ、アレ。最近流行りの……」

ちょっとその名前が出てこない。

ヒロミはそんなぼくを見て、さらに眉をしかめる。

……あ、思い出した。

「クールビズってやつ?」

「パンツ一枚のことを薄着とは言いません!」

「細かいなぁ、もぉ」

まったくマジメな義妹を持つと苦労するよ。

「暑いから廊下で寝てただけだってぇ。床ってひんやりしてて気持ちいいんだぞ?」

「だぞ? ……じゃないの! 兄さん自分の身体のこと分かってる? もし窓辺りから急に木下さんが飛び込んできたら終わりよ?」

いくら何でもそんな事態が起こるわけが……。

と言いかけてぼくは押し黙った。

ちょっと待て、木下ならやりかねないかも。

玄関の鍵なら壊されたことあるし。

この暑さでヒートアップした木下がこの家に前触れなく突入してこない保障はない。

……うぅ。

「……わかったよ、ヒロミ。ぼくが悪かった」

「そうして下さい」

しょんぼり頷いてみせると重々しくヒロミは頷いた。

確実にヒロミのが威厳あるなぁー……。

まぁどうでもいいけどさ。

「今度からせめて上の下着も着けて寝る」

「わかってないぃ!」

頭を抱えてヒロミはうずくまってしまった。

さすがに今のは冗談なのに。

ということを口に出そうとしたとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ただいま」

のそっとした雰囲気が伝わってくる。

ノボルが帰ってきたみたいだ。

ずしんずしんと床を踏み抜きそうな巨体の気配がこちらにやってくる。

「おかえり、ノボル」

「おう、ただいま」

半裸のぼくとうずくまってるヒロミを見ても何も聞いてこないのは部活で疲れてるからかしらん。

そのままぼくとヒロミの隣を抜けていこうとしていたけど、急にヒロミが立ち上がった。

「ノっくん、おかえり!」

「ただいま」

「ノっくん、兄さんにお仕置きお願い!」

ええ!?

「ちょっとちょっと」

「状況はわからんが任せろ」

ちょっとちょっと!?

無闇に頼もしく頷いたノボルは床に座っていたぼくの両足首をがっちりホールド。

な、何をする気なのだ弟よ。

「ノボル。落ち着いてよ、な?」

「悪いな兄さん。俺はさっさとこれを済まして風呂入ってメシ食ってヤラレナイザーの録画した分を観て寝るのだ」

「じゃあこれをしなきゃいいの……にぃ!?」

ノボルはぼくの台詞の途中で勢いよく両手を広げた。

つまり強制的に思いっきり開脚させられるぼく。

「痛い痛い! 裂ける! 外れる! もげるぅ!」

ぼくは身体がかなり柔らかかったりするのだけど、無理やり広げられたらさすがに辛い。

てゆーか死ぬ……!

でも疲れてるノボルはなかなか外道な男だった。

なぜか片足をゆっくりと持ち上げる。

大股おっぴろげ、で両足首は掴まれて、ノボルは足を振り上げてて。

この状況は……!

「早まるじゃないぞノボ……あああああああ!?」

電気アンマあああああ!?

あああああああ……あ、あぁ……。

一分間ほど続いた強烈な刺激にぼくは絶叫を上げ続け……。

「こんなもんか」

ノボルが足を離した頃には力なく崩れ落ちてしまっていた。

……何だか身体が痙攣してるよーな気がするわ……。

ぴくぴくと廊下に転がってるぼくを見下ろしながらヒロミはふんと鼻を鳴らす。

「兄さんはお昼寝をご所望よ。そっとしといてあげて」

「状況はわからんがそうする」

「じゃあ。ご飯にしましょ。支度してくるわね」

「では俺は風呂に」

遠ざかる兄妹たちの声を聞きながら、先ほどの衝撃の余波に黙って耐えることしかできなかった。

理不尽な扱いに怒ってもいいような気もするけど、規則正しくムカツクくらい若者らしい生活を送ってるあの子らには何も言えない。

生活態度……改めよっかなぁ。

滲んできた涙をこっそり拭いながら、情けない我が身を恥じるぼくなのでした。




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