今日は日曜日。

街は道行く人々で賑わっておりました。

そんな街の往来を一人の女の子が歩いていました。

見たところ十七、十八くらいのお年頃。

携帯電話を片手に退屈そうな様子です。

友達との約束をドタキャンでもされたのでしょうか。

それなりに気合の入った格好をしているのに、どこへ行くでもなくぶらぶらとしていました。

そんな彼女の目の前に脇道から小柄な少女が飛び出してきました。

整った可愛らしい顔をしているのに、まるで男の子のような行動的な格好をしています。

少女は驚く彼女に見向きもしません。

ちょろんと結んだ後ろ髪を尻尾のように揺らしながら全力疾走で彼女の前を走り抜けると道路を渡っていきます。

そして反対側の道路の路地裏へと消えていきました。

目が点になる彼女。

今の一体何だったんでしょうか。

まるで何かに追われているかのような必死な走りっぷりでした。

想像力豊かな彼女は何だかドラマを感じてしまいます。

少し好奇心の沸いてきた彼女は自分も道路を渡ることにしました。

そして大きな道から外れて少女が駆け込んでいった少し薄暗い路地裏に足を踏み入れました。

普段はこんな所に入らないのでドキドキです。

まだ日も高いので変な人も現れないだろう、と踏んだ彼女はどんどん進みます。

もう先ほどの少女は影も形もありませんが、この道がどこに通じているのか楽しみです。

足元をしっかり確認して、変なゴミなどを踏まないように歩いていると急に何かにぶつかってしまいました。

「イッテェな。どこ見て歩いてんだよ嬢ちゃん」

「てかこんなトコに何のようだ?」

「まぁいいじゃん」

いかにも頭の悪そうな声に恐る恐る顔を上げると、いかにも頭の悪そうな格好をした男が三人。

何故わざわざこんな真昼間の路地裏でたむろしている理由は彼女にはまるで解りません。

しかしピンチっぽいのは確かです。

「調度いいや、オレたち退屈してんだけどさぁ」

「てか遊ばなぁい?」

「まぁいいじゃん」

健全な生活を送っている彼女にとって彼らは脅威でしかありません。

ふるふる首を振りながら後ろへ後退ります。

そんな怯えた小鹿のよう彼女の態度に嗜虐心をそそられたのでしょうか。

男たちは下卑た笑いを口の端に浮かばせながら、じりじりと囲んでいきます。

青い果実はこんな汚い路地裏で悪漢たちにもがれてしまうのでしょうか。

彼女は精一杯の抵抗として大声を出すために息を吸い込みかけた瞬間。

目の前の男の一人が突然、地面と平行に吹っ飛んでいきました。

今度は何事なのでしょう。

彼女が目を点にしていると、残った男二人が彼女が入ってきた方向に向かって怒鳴ります。

「……んだ!? テメェは!?」

「まぁいいじゃん!?」

釣られて彼女も男二人と同じ方向に視線を向けると、そこには背の高い男が一人立っていました。

逆光になっていて顔をよく見えませんが、すらりと長い脚などなかなか良い身体をしているようです。

「いきなりビールケースなんか投げるか普通!? 下手したら死ぬぞコラァ!!」

「まぁいいじゃん!?」

激昂している男二人。

彼女が吹っ飛んでいった男を見てみると、確かに近くに瓶の詰まったビールケールが転がっています。

だくだくと倒れた男の頭から血が流れているのがバイオレンスな雰囲気を演出していました。

ビールケースを投げた男は無言でそこから走り出しました。

猪突猛進にこちらへ突っ込んできます。

あまりのビールケース男の勢いに男二人は青ざめます。

「ちょ、ちょっと待てコラ!? ちょっと話し合おうぜ!?」

「まぁいいじゃん!?」

しかしビールケース男は問答無用でした。

彼は全力疾走の勢いをつけたまま華麗に跳躍。

相手が爆発しそうな威力のドロップキックを男の一人に叩き込みます。

「ぎゃああ!?」

蹴られた男はさすがに爆発こそはしませんでしたが、見事に吹っ飛んでいきました。

ぐしゃり、と嫌な音を立てて地面に落ちます。

「まぁいいじゃん!?」

残された最後の男はビールケースから瓶を一本引き抜くと必死の形相で殴りかかります。

ビールケース男はそんな男の腕をあっさり掴むと、ズパっと荒っぽく一本背負い。

ここは狭い路地裏なので男は壁に背中から叩きつけられました。

「ま……まぁいいじゃん……」

男は主婦に仕留められたゴキブリのごとく壁に張り付きました。

ずるずると口から泡を吹きながら崩れ落ちていきます。

閃光のような惨劇に彼女はお礼を言うべきか、自分も逃げるべきか迷いました。

ビールケース男はそんな彼女のことを放っておいて、近くのマンホールの蓋を開けました。

そして気絶している男たちをポイポイと放り込んでいきます。

彼女にはマンホールから聞こえてくる男たちの鈍い落下音が恐ろしくて仕方ありません。

ビールケース男はオマケとばかりに出入り用の梯子に手をかけると気合一発、

「ふんっ」

べきべきと引き剥がしてしまいました。

何と言う馬鹿力なのでしょう。

ビールケース男は引き剥がした梯子を路地裏に放り出してマンホールに蓋をします。

ぱんぱんと手を払うと、何事もなかったかの表情で彼女に向き直りました。

「よー。そこのお嬢ちゃん」

それでいいのか、というくらい爽やかな笑顔を向けてきました。

彼女は胸にビビっとくるモノを感じました。

その顔は非常に危険な香りがぷんぷんしますが、なかなか端整な顔をしております。

はっきり言って彼女のタイプでした。

というか不覚にも彼女は一目惚れしてしまったようです。

目をハートにさせている彼女に彼は懐から写真を取りだして見せました。

「こいつ見なかった?」

はい、と裏返った声で返事をしながら写真を見てみると先ほどの少女でした。

あっちの方に行ったはず、と路地を奥を指すと彼は嬉しそうに微笑みました。

「そっか! いや見失ってて困ってたんだ。ありがとよ!」

お礼を言うのはこちらです、というような意味のことを裏返ろうとする喉を押さえながら彼女は伝えます。

すると彼は不思議そうな顔をして首を傾げました。

「オレ何か礼言われるようなことやったっけ?」

どうやら彼の中ではあれくらいチャメシゴトのようでした。

「それよりオレはヒカルを追わねばならん。んじゃなっ」

び! と片手を上げて去ろうとするビールケース男。

彼女は慌てて叫びました。

せめて! せめてお名前を!

まるで時代劇のワンシーンのようです。

ビールケース男は振り返りもせずに走り去りながら答えます。

「オレの名はゴンゾウ!! ヒカルの愛のみを求める一途な男だ!」

何を恥ずかしいことを言っているのでしょう。

ゴンゾウと名乗った男はそのまま走り去ってしまいました。

残されたのは瞳を潤ませた少女が一人。

どうやら恋は盲目、というやつでした。









 次の週の日曜日。

彼女は街中を当てもなく歩いていました。

先週会ったゴンゾウという青年のことが忘れられないのです。

道を歩く人たちの中にゴンゾウがいないかと視線を彷徨わせますが、そうそう見つかるものでもありません。

やり場の無い切なさを胸に、彼女は溜息を漏らします。

朝から歩いていたので疲れてきた彼女はふと広場で立ち止まりました。

中央に噴水の設けられたこの広場は、街の憩いの場としてそれなりに重宝されています。

ちなみに主な利用者は恋人たちか鳩にエサをやるお年寄りです。

ベンチに座ってイチャついている恋人たちに彼女は羨ましそうな視線を送ります。

いつか自分もあんな風に恋人とベタベタしたいものだと彼女は思いました。

鳩にエサをやっているお年寄りたちは視界には入っていないようです。

しかし別のものが彼女の視界に入りました。

ゴンゾウが見せてきた写真の少女が広場にいたのです。

彼女は咄嗟にベンチの影に隠れました。

ベンチに座っていた恋人たちから迷惑そうな視線を感じますが、今は構っていられません。

当面の恋仇である少女を彼女は観察してみることにしました。

半袖のTシャツの上からオーバーオールを着ていて行動的な雰囲気です。

少し大きめのサイズのオーバーオールを着ているせいか、遠めには何だか少年なのか少女なのか判断し兼ねる格好でした。

彼女はじっと少女の身体を観察し、次に自分の胸元に視線を落とします。

勝ったな、と小さく呟きました。

そして少女が一人で何をやっているのかを観察することにします。

何やらちょろんと結んだ後ろ髪をぴょこぴょこ跳ねさせながら広場を歩き回って。

時折、立ち止まっては高そうなカメラを両手でしっかりと構え写真を撮っています。

どうやら写真が趣味の様子です。

彼女は少し焦りました。

典型的な現代っ子である彼女には履歴書に書けるような趣味などないのです。

こういうトコロは負けかも、と彼女は思いました。

しかし年齢も近そうですし、やりようによっては彼女にも勝ち目があるかもしれません。

拳を固めながら引き続き観察を続けます。

ところが視線を戻したとき、少女の姿が消えてしまっていました。

慌ててベンチから身を少し乗り出し、辺りを見渡すと自販機で飲み物を買っているところでした。

少し休憩するつもりのようです。

安心してベンチの影に戻る彼女。

ベンチに座っていた恋人たちは嫌そうな顔をしながらどこかへ行ってしまいました。

少女の様子を見てみると、何と缶を五本も抱えて空いているベンチに向かって行っています。

よほど喉が渇いていたのでしょう。

と、彼女は一瞬思いましたがどうやら違うようです。

よく見るとジュースではなく缶ビールでした。

少女はベンチに陣取ると一人で酒宴を始めました。

最初の一缶をキューっと一気飲みで飲み干してしまって、次の缶からはチビチビと飲んでいます。

頬を少し桃色に染め、目も幸せそうに細めていました。

実に可愛らしい表情でした。

しかし日曜とは言え、真昼間から広場で堂々と酒を飲むとはトンデモありません。

どうやら少女はちょっぴり駄目な人の様子。

きっとゴンゾウは見た目の可愛らしさだけで惚れてしまったのだ、と彼女は判断しました。

ゴンゾウが写真を持って少女を探していたことから察するに、二人はまだ他人か知り合って日が浅いか。

それならばまだ自分の割り込む余地もあるだろう。

むしろこれからゴンゾウに近づく方法を考えることにしました。

ベンチの影に隠れるのは止め、普通にベンチに腰掛けて頭の中で作戦を練ります。

うんうん頭を働かせて考え込んでいると

「よーうヒカル! こんなとこで酒盛りか?」

「木下じゃん。奇遇だね。一緒に飲む?」

そんな会話が聞こえてきました。

驚いて顔を上げると、どこから何時の間に現れたのやら。

ゴンゾウが少女……ヒカルの前に立って親しげに話をしています。

「マジか! じゃあ一本いただ……」

「あ、自分の分は自分で買ってねー」

もうすでに知り合いなのかよ!

彼女は心の中でシャウトします。

しかも結構仲良さそうなのがまた腹の立つ。

「ったくケチだな。金持ってるクセに」

口では文句を言いつつもヒカルとの会話が楽しくて仕方ないといった様子のゴンゾウ。

それをあっかんべー、と舌を出して悪戯っぽく微笑むヒカル。

見ようによっては恋人同士に見えなくもない二人に彼女はハンカチを噛み締めます。

でもこの恋はまだ始まってもいません。

彼女はもう少しだけ頑張ってみようと思い、自販機に向かって歩くゴンゾウの姿をぼんやりと眺めていました。

と、そのとき!

自販機の近くのマンホールの蓋が突然跳ね上がりました。

「……っしゃあ! 出られたぁ!」

「ってかマジお天道様久しぶりだし……」

「まぁいいじゃん!」

わらわらと這い上がってくる三人のコレデモカと言うくらい汚れきった男たち。

そう、彼女を襲った三人組みです。

下水で道に迷ったのか、一週間経った本日にやっと地上に帰還できたようです。

しばし抱き合って感動のあまり咽び泣いていた三人組ですが、呑気にビールを買っているゴンゾウに気がつきました。

「あぁ! テメェ!!」

「よくも酷い目に合わせてくれたなオイ!!」

「まぁいいじゃん!!」

目を血走らせて叫ぶ三人組にゴンゾウはきょとんとした顔を向けます。

「誰だお前らは」

一刀両断でした。

そして両手いっぱいに缶ビールを持ってヒカルの待つベンチに歩いていきます。

「何あの人たち。知り合い? 地底人のトモダチなら紹介してよ」

「いや知らん。まぁ春だし色々生えてくるんだろ」

自分の方へ歩いてくるゴンゾウにヒカルは尋ねますが、やはりゴンゾウはどうでも良さ気でした。

そんな神経の太いトコも格好良い、と思った彼女ですが三人組を見て息を呑みました。

何と彼らの一人がナイフを懐から取り出したのです。

「舐めんのも大概にしとけやぁぁぁ! ブッ殺してやらぁぁ!」

「やっちまえぇぇ!!」

「まぁいいじゃん!!」

ナイフを構えて突っ込んでくる男。

大して距離も離れていなかったので一気に間合いが詰まります。

それに対してゴンゾウは両手いっぱいに缶ビールを抱えたまま。

いくらゴンゾウが超人的に強くてもこれは防げません。

予測される惨劇に彼女が思わず両手で目を覆いました。

しかし。

「――ゴンゾウ! 危ないっ」

がきぃんっ。

ヒカルの声と、何か硬いモノが砕け散る音が辺りに響きました。

この乱闘をぽかんと見ていた周りの人々からどよめきが広がります。

「な、な、な……?」

「ありえねぇー!?」

「まぁいいじゃん!?」

続いて響く三人組の悲鳴に恐る恐る目を開ける彼女。

そこにはナイフの柄だけを持った男が顔を青ざめさせて立っています。

それに対峙しているヒカルは口に咥えていたものを吐き捨てます。

きん、と響く金属音。

地面に転がるナイフの刃の欠片。

何ということでしょう。

ヒカルはナイフを噛み砕いてしまったのです。

「ふふふ。ナイフ砕きはぼくの十八番なのだ」

不敵に笑うヒカルに三人組は後ずさります。

ヒカルに突き飛ばされて尻餅をついていたゴンゾウはゆっくりと立ち上がりました。

般若のような表情をしています。

「お前ら……。ヒカルの顔に傷の一つでも付いたらどうするんだ? おい」

背中からオーラのようなものを立ち昇らせているゴンゾウに三人組、彼女、ヒカルでさえも恐怖を感じました。

「ま、待て話せばわか」

ナイフを構えていた男の言葉はそこで途切れました。

ゴンゾウが男に跳びかかり頭を引っ掴んでベンチに叩き付けたのです。

粉砕されるベンチと男の頭。

広場中央の噴水のごとく頭から血を噴出させている男を背景にゴンゾウは次の男に……。

……あぁ、これ以上はとてもここに書くことが出来ません。

このお話がR指定になってしまいます。

とにかく三人組はゴンゾウのおかげでエライことになりました。

赤いズタ袋のような姿になった三人組はゴンゾウの手により、一人ずつ街灯に吊るされてしまいました。

さっそくカラスが集まってきています。

良い仕事をしたとばかりに美味そうにビールを飲んでいるゴンゾウの隣で、ヒカルはズタ袋を見ないようにしています。

「しっかしヒカルもあんな危ないことしなくていいんだぜ? オレならナイフ一本くらいどうとでもなるし」

「仕方ないじゃん。身体が勝手に動いちゃったんだから」

ヒカルは少し恥ずかしそうにビールを啜ります。

そんな様子を見てゴンゾウは嬉しそうに顔を綻ばせました。

「それにしても……」

「ん?」

「咄嗟の状況になると名前で呼んでくれるんだな、ヒカルは」

この言葉にヒカルは一瞬怒ったような顔をしましたが、うまく言葉が見つからないようでした。

もごもごと口を動かしていましたが。

結局ゴンゾウから目を逸らしてビールを再び啜ります。

「……うっさいバカ」







そんな二人の様子をずっと先ほどと同じベンチに座って見ていた彼女は溜息をつきました。

どうやら彼女に割り込む隙ない、と諦めたようです。

彼女はすっとベンチから立ち上がると、スカートの汚れを叩いて踵を返しました。

ゆっくりと二人から離れていきます。

お幸せにね、と心の中で呟きました。

こうして彼女の恋は始まることなく終わりました。

本人としては不幸かもしれませんが、諦めて正解でしょう。

さて、ずっと観察されていた二人は

「かわいいなぁ畜生!」

「調子のんな! 馬鹿!」

まったく自覚無しに今日も騒いでいるのでした。



ちゃんちゃん。




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