大学からの帰り道。
ヒカルとゴンゾウは大きな紙袋を一つずつ持って歩いていた。
「いやー。まいっちゃうね。ぼくってばモテモテだー」
ほくほく顔のヒカルは先ほどから嬉しそうに紙袋の中をちらちらと覗いている。
中には大量のチョコレートが入っている。
ゴンゾウの袋の中身も同じだ。
今日はバレンタインデー。
恋人がいるわけではない二人だが、色々な意味で大学内で人気者なので義理チョコはたくさん貰えたのだった。
義理チョコでもたくさん貰えて嬉しいヒカルは素直に喜んでいる。
しかしその隣でゴンゾウは不機嫌そうな顔をしていた。
「へっ。カワイー! とか言われて何が嬉しいんだか」
「いーじゃん別に。嬉しいもんは嬉しいんだから」
ヒカルは口を尖らせる。
そして不思議そうにゴンゾウに訊いた。
「てか何でそんな不機嫌なのさ。木下もいっぱいチョコ貰えたじゃん。何か本気っぽいのも混ざってるみたいだし」
そう。ゴンゾウは黙っていれば二枚目なので結構もてるのだった。
今日も頬を赤らめながらチョコを差し出してきた女性が大勢いた。
「義理なんかいくら貰っても嬉しくねーよ」
吐き捨てるように言ってからさりげなくヒカルの肩を抱こうとする。
ヒカルはゴンゾウからつつっと少し距離をとってそれから逃れた。
ゴンゾウは少しだけ残念そうな顔をする。
それから軽く咳払いをした。
「ま、まぁアレだ。オレが欲しいのはマジチョコだけだってことだ」
「ふーん」
平坦な声で答えるヒカル。
「……オレが欲しいのはマジチョコだけ」
「そー」
ヒカルは生返事をして目をそらす。
「……オレが欲しいのはお前だー!」
「うっさいバカ!」
抱きついてきたゴンゾウの顔面をヒカルは蹴り飛ばす。
ヒカルの方がかなり背が低いのでゴンゾウが抱きついてくる時は必然的に頭が下がる。
そこをカウンターで蹴り上げるのだ。
ヒカルの対ゴンゾウ用の技の一つである。
「いってぇなー。いいじゃねーかよ。チョコくらいくれたってよぉ」
鼻をさすりながらぶーたれるゴンゾウ。
ダメージはあまりなさそうである。
「イヤ。それはイヤ」
ヒカルはぶるんぶるん首を横に振る。
「ぼくは一応男なのです。オトコノコなのです。チョコは受け取るもんであげるもんじゃないのです!」
「そんな些細なこと気にすんなよ」
顔を真っ赤にして主張するヒカルにゴンゾウはどうでも良さそうに答える。
「あんたはもー……」
どっと疲れたヒカルはがっかり肩を下ろす。
「まぁまぁ」
ゴンゾウは力強くヒカルの肩を抱く。
「は、離せ……!」
ヒカルは力いっぱい抵抗しているがゴンゾウの腕をびくともしない。
ゴンゾウは遠い目をしながら一人で語る。
「いいか? 空はこんなにも青い。花を生き生きと咲いている。川の流れは絶えることなく、だ」
歌うように話すゴンゾウをヒカルは白けた顔で見上げる。
「今日は曇りでココは街中で花も川もないって。そもそも何が言いたいのか全然わかんないよ」
ゴンゾウは一瞬考え込むような仕草をしたが。
「つまり細かいことは気にせずオレにチョコ寄越せってんだ!」
「結局それか! イヤだってんだろー!」
ヒカルは叫ぶとゴンゾウの顎にアッパーカットを喰らわせる。
さすがによろめいた彼の腕から逃げ出すとファイテングポーズをとった。
「チョコくれないならヤっちまうぞ……! 公衆の面前で……!」
手をわきわきさせながら迫り来るゴンゾウにヒカルは脂汗をかく。
「くっそぅ、何をヤる気なんだよ……!」
どうしたものかとヒカルが辺りを見渡すと、視界にコンビニが目に入った。
その瞬間、ぴんっとヒカルは閃いた。
全力疾走でコンビニの中に飛び込む。
「逃がさん!」
と、追いかけようとしたゴンゾウだがヒカルがすぐに出てきたので踏みとどまる。
ヒカルは左手に板チョコ、右手にフェルトペンを持っていた。
「これを見ろっ」
ヒカルはペンでチョコにぐりぐりと大きな文字で何か書き込んだ。
書いた面がゴンゾウに見えるようにして板チョコを高く掲げる。
「チョコ上ーげた!」
板チョコにはピンクで『ゴンゾウへ』と書かれていた。
ハートまでついている。
ぽかんとした表情になったゴンゾウの顔を満足げに確認するとヒカルは脱兎の勢いで駆け出した。
「これで満足か! じゃあね!」
小学生のような機転? を利かしたヒカルが一生懸命走っていると、後ろから凄い勢いでゴンゾウが追いかけてきた。
鬼のような形相になっている。
やっぱり駄目だったか、とヒカルは泣きそうになりながらも走るがとても逃げ切れない。
あっという間に横に並ばれてしまった。
しかしゴンゾウはヒカルには手を伸ばさずに手に持っていた板チョコを奪い取った。
「ヒカルからのチョコゲットぉぉぉ!!」
びっくりするくらい嬉しそうな顔をしながらそのまま走り去ってしまった。
ヒカルは置いてけぼりだ。
板チョコをトロフィーのように掲げながら小さくなっていくゴンゾウの背中を見てヒカルは呟いた。
「ば、バカだー……」