すっかり暗くなった夜道を二人の男が歩いていた。

片方の男は道端の石を蹴飛ばしながら毒づいている。

「ったく、絶対コーチは俺を目の仇にしてるぜ」

マサキは吐き捨てるように言った。水泳部のコーチに今日もこってり絞られたのだ。

「うーん、でもそれはお前が普通に泳がないからだろ?」

隣りを歩いているノボルはやれやれ、といった感じで肩をすくめる。

「なんで新泳法とか編み出そうとするかな?ふざけないで普通に泳げば速いくせに」

「俺のポリシーなんだよ。絶対にいつか水泳の歴史に俺の名を刻んでやるからな」

「そんなこと言って大会とか記録会じゃ普通に泳ぐくせに」

「いや、その辺は真面目にやらないと」

「やっぱふざけてやってるんじゃないか・・・」

ため息をつくノボル。

「しっかし話変わるけど俺たちも毎日毎日水泳でよく飽きないよな」

「水泳は楽しくてたまらんからな」

断言するノボルにマサキはぱちぱちと拍手を送る。

「なんだよ」

怪訝な顔をするノボルにマサキは感心して言った。

「いやいや立派だよ。俺はたまに飽きるぞ」

「・・・」

「だって水泳ばっかじゃ彼女も出来ないし。水着姿は見れるけど競泳用じゃねぇ?」

「同意を求められても困る」

そういうことに淡白なノボルはどうでもよさげに答える。

「あーあ。彼女欲しー」





そんなダラダラした会話をしていると、後ろから突然ノボルは腰の辺りを叩かれた。

振り向いてみると誰も居なかったので見下ろしてみるとヒカルがいた。

「よーう、ノボルぅ。今日も張り切って泳いできたかな?」

ご機嫌な様子のヒカルはノボルとマサキの間に割り込むとマサキにも声をかけた。

「はじめまして。友達くん。いつもノボルがお世話になってます」

そういって笑いかけられたマサキは硬直した。

「は、はじめまして」

とりあえずそう言うとノボルを見上げて食いついた。

「何だよ、こんな可愛い彼女いたのかよ!むかつくな!あ、お前に彼女つくるヒマあるわけないよな。

妹か?妹なんだな?よーし俺に紹介しろ。大事にするから」

「待て待て待て、落ち着けマサキ」

掴みかかってきそうな勢いのマサキを抑えるとノボルは一言一言噛み締めるように言った。

「いいか、この子は妹でも彼女でもなく」

「この子とか言うなよ・・・」

ヒカルは不服そうだが無視して続ける。

「俺の兄さんだ」

「はぁ?」

「どうも。兄のヒカルくんです」

マサキがノボルに迫っていたせいで二人に挟まれた状態になっているヒカルはその体勢のまま自己紹介した。

「お、俺は田中マサキっていいます。・・・お兄さん?」

思わず尋ねてしまったマサキだが言ってしまってから少し失礼かな、と後悔したがヒカルは別段気にした様子もない。

「そ、お兄さん。まぁ女顔なのは自覚してるよ。声も高いしよく間違えられるんだわ」

「やっぱり・・・」

凄く納得するマサキ。というか内心今だに少し女じゃないかと疑ってしまっている。

「まぁ以後よろしくな、マーくん」

「マーくんですか・・・」

「年下は愛称で呼ぶのがぼくのポリシー」

「・・・ちなみにおいくつ?」

「二十歳」

下手したら中学生に見えますね、という言葉をぐっと飲み込むマサキ。

「道理で大人っぽいと・・・」

「無理すんなってマサキ。いいから早く帰ろうぜ」

頑張ってお世辞を言おうと思ったマサキの言葉を遮るノボル。

「俺もう腹減ったから早く帰りたいんだよ」

「そだな、でも大人っぽく見えたっておかしくないぞ?ぼくは二十歳だし」

「すいません、嘘です・・・。大人っぽくは見えません・・・」

「・・・」

「腹が減ったなぁ〜っと」

ノボルだけがのんきに歩いているのだった。





そのまま3人で歩いていると道端でたむろしていた立ち上がり、若い男たちが道を塞ぐように

立ちふさがってきた。

全員目出し帽で顔を隠していて怪しいことこの上ない。

「あんたら、怪我したくなかったら金出し・・・」

そのうちの一人がドスの効いた声で脅してきたが、ノボルを見て言葉を詰まらせた。

無理もない。ノボルは2mの巨漢な上に水泳のおかげで体格もいい。明らかに襲う相手を

間違ったと言えよう。マサキは素早くノボルの影に隠れたが、ヒカルは弟たちに手を出さすまいと

ノボルの前で踏ん張っていた。あまり意味はないがヒカルは兄としての責任感は強いのだ。

暴漢たちは何やら小声でひそひそ相談している。

「やばいよアニキ。暗くて分からなかったけどアイツすげぇでけえよ」

「全員でかかっても負けそうだ」

「仕方ない、手前の女人質にするぞ!」

「何もしないんだったら帰らせてもら・・・うわっ」

暴漢相手に啖呵を切ろうとしていたヒカルは暴漢の一人に掴まれ引き寄せられてしまった。

「この女の顔に傷をつけたくなきゃ財布を置いていきな!」

ヒカルの顔面にナイフを押し付け、ノボルたちに言い放つ暴漢たち。

「ヒ、ヒカルさんが!どうするノボル・・・!」

慌てふためくマサキに対してノボルは呑気に答えた。

「大丈夫だよ。兄さんはああ見えて逞しいから」

「おいっ!聞こえないのか!この女がどうなっても・・・」

「女じゃないっつーの」

ヒカルはそう呟くと顔に押し付けられているナイフを口に咥え、噛み砕いた。

「え、ええええ!?」

仰天する暴漢たちとマサキ。ノボルは平然としている。

「な?逞しいだろ」

ヒカルは続けて暴漢の腕にかぶりつく。何かが千切れたような音がマサキのところまでも

聞こえてきた。

「ぎゃああああ!?」

絶叫を上げてヒカルを突き飛ばす暴漢。ヒカルはすぐさま立ち上がると暴漢たちに向かって

にやりと笑った。大きな八重歯から血が滴っている。

「ば、化け物め・・・!」

「痛ぇよー!アニキー!」

「逃げるぞ!今の悲鳴で人も来るだろうし!」

暴漢たちは慌てて逃げ出していった。

「情けない奴らめ・・・」

口元を拭うヒカルにノボルとマサキが近寄ってきた。

「さすが兄さんだな」

「ヒカルさん凄いですよ!!俺ホレそうっす!」

ノボルはともかくマサキが危険なくらいに尊敬の眼差しをヒカルに送っていた。

「男にホレられるのはもうお腹いっぱいだよ・・・」

ヒカルはげんなりした様子で言った。

「え?どういうことっすか?」

「それはね・・・」

「ヒカルー!やっと追いついたぜー!」

暗がりから突如ゴンゾウが現れた。

「うわぁっ、今日は撒けたと思ったのに!脈絡もなく現れんなよっ」

「それで兄さんさっき機嫌良かったんだね」

「な、なんだ?この人?」

何の前触れもなく現れたゴンゾウに仰天したマサキにノボルが懇切丁寧に説明する。

「木下ゴンゾウさんっていって兄さんにベタ惚れなんだよ」

「ホモ?」

「本人は否定してるけどね」

少し気持ちはわからんでもないかな、と思ったマサキだが口には出さないほうが良さそうなので

黙っていることにした。しかし・・・。

「逃げるなよヒカル〜」

「やめろぉぉぉ」

ゴンゾウに捕まって頬擦りされているヒカルの姿を見て、少し嫉妬している自分に恐怖を感じる のであった。




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