「というわけで日曜にバイトしに来てくれないか?」
「・・・ええ?」
金曜の夜。
いきなり俺の家に訪ねてきた木下さんは、俺の顔を見るなり突然そう言った。
「というわけって・・・どういうことなんです?」
「えっとだな」
「それはぼくが説明しよう」
「兄さん?」
後ろを振り返ってみると兄さんが腕を組んで立っていた。
「ぼくと木下のバイト先の遊園地ではね。毎週日曜はヒーロショーをやってるわけなんだけど」
「ヤラレナイザーのあれ?ヒマな友達にたまにビデオに撮ってきてもらうけど格好良いよな」
ヤラレナイザー役の人の動きが凄まじいということで大評判なのだ。
ビデオで見たときはバク転しまくるわワイヤー無しで壁使って三角跳びするわ、で感動する。
ビデモはもちろんツメを折って保存している。
「うん、それでね。次の怪人用に着ぐるみを間違えて作っちゃったらしくてさ。
サイズが大きすぎたんだって。着れる人がいないくらいに」
「ふむふむ」
何か話の先が予想できるな・・・。
「そこで弟さんの出番というわけだ。頼まれてくれないか?バイト代は弾むそうだぞ」
木下さんが兄さんの言葉を継いだ。
「お願いノボルっ。食事当番何回か代わってあげるから」
ぱん、と両手を合わせる兄さん。
そんなこと言われてもなぁ。
「俺演技なんか出来ないし・・・」
「セリフは別の人がスピーカーで言うから大丈夫だぞ。適当に動いてやられてくれれば」
木下さんも言い寄ってくる。
俺は苦い顔になった。
「でも日曜も部活あるんすよねぇ」
「「休めばいいじゃない」」
ハモって言う兄さんと木下さん。
これだから非体育会系は・・・。
ていうか仲良いのかな、この二人。
「頼むよーノボルぅ」
「この通り!」
うーん・・・俺って押しに弱いからなぁ。
こう迫られると断れない・・・。
まぁいいか、たまには。
「何か奢ってくださいよ?」
「よしきた!」
「さんきゅーノボル」
いえーい!と手を打ち合わせる二人。
面倒なことになったなぁ、とこっそりため息を漏らす俺だった。
「ヤラレナイザーの中身の人って木下さんだったんですか!」
当日。
案内された控え室で着替えを始めた木下さんを見て俺は驚いた。
「まぁな。バイト代なかなかおいしいぞ?」
ヘルメットを被りながら答える木下さん。
マント姿が異様にハマっていた。
「俺の溢れる運動神経を活かせるのは工事現場かここくらいだからな、ほれっ」
と、その場でバク転をしてみせる。
うーん、軽やかだ・・・。
中の人が身近な人だったので複雑な気持ちになった俺だが、ふと疑問に思って尋ねた。
「もしかしてマスクド・ラビって兄さんじゃないでしょうね?」
マスクド・ラビというのはヤラレナイザーのヒロインだ。
俺の発言を木下さんを笑いとばす。
「わははは。ヒカルにはチビすぎて無理だって」
「そうっすか」
なんとなく安心。
「だーれがチビだって?ぼくは小柄なだけだよ」
「うわっ、ヒカルいたのか」
急に後ろに現れた兄さんに驚く木下さん。
俺も驚いたけど別に声を出すほどではない。
どうせ木下さんの影に隠れて見えなくなってただけだろう。
兄さんは白い死に装束を着ていた。
どうやら兄さんはお化け屋敷担当らしい。
それはともかく何かデカイものを引きずるように持っている。
兄さんは俺にそれを差し出してきた。
「これが例の着ぐるみね。そろそろ着替えて」
「うーむ・・・」
唸りながら受け取る。
確かにデカイ。
そしてデザインがグロイ。
表現しにくいが骨格のある紫色で人型のスライムのような怪人の着ぐるみだ。
触り心地がまた気色悪い。
ぶよぶよしてるし微妙に半透明で内臓っぽいのが見えてるし・・・。
こんなもの見たら子供泣くんじゃないだろうか?
無言で立ち尽くす俺を見て兄さんは軽く跳んで俺の背中を叩いた。
「さっ。頑張っておいでよ。大好きなヤラレナイザーに出られるんだから張り切らなくちゃ」
弾けるような笑顔で兄さんはそう言い残し、どこかへ去っていった。
でも幹部みたいな格好いい怪人ならともかく・・・。こんなグロイのはなぁ。
今度は木下さんが俺の背中を叩いた。
「そろそろ着替えないと時間なくなるぜ?もうすぐ本番だぞ」
へっ?
「今日がいきなり本番なんですか?」
木下さんは何を今さら、と大笑いした。
いや笑うところじゃないでしょうに。
俺が憮然とした顔をしていると木下さんは真顔になって言った。
「言わなかったか?」
「聞いてませんよ。練習も無いんですか?」
てっきり毎週日曜に何回か練習してから本番に挑むのかと思っていた。
そのことを木下さんに言うと飄々とした口調で返された。
「最初それでいこうと思ってたんだけどな。毎週毎週部活休ませるのは悪いだろう、とヒカルと
相談した結果」
「ぶっつけ本番でいこう、と?」
「うむ」
「そっちのほうがよっぽど迷惑ですよ・・・!」
「わはははは!」
俺が詰め寄ると木下さんは腰に手を当てて高笑いをした。
そしてまた急に真顔に戻った。
「まぁ今さら言っても仕方ないしな。そろそろ着替えてくれぃ」
ちなみに合図が来たら俺に手を向けて着ぐるみの手の中の紐を引いてくれ。
それだけ言って木下さんは行ってしまった。
仕方ない・・・のか?
俺は手元の着ぐるみに視線を落として、こっそりため息を漏らすのだった。
本番が始まる。
俺は出番がくれば適当にのたくた動いていればいいとのこと。
覚悟を決めるしかないようだ。
しかし、着ぐるみって着心地悪いな・・・。
暑いし視界狭いし何か臭いし。
そんなことを思いながら舞台袖からステージを覗くと、すでに戦闘員たちが暴れている。
舞台の上から跳び下りて客席の子供にちょっかい出したりしている。
ちょっかいをかけられた子供たちは喜んではしゃいでいる。
俺もあんな感じで動くことにしよう。
頭の中でイメージトレーニングをしているとスタッフの人が合図を出してきた。
出番だ。
俺はゆっくりと舞台に姿を現した。
声の担当の人が俺の代わりに言った台詞がスピーカーから響く。
『ぐわははは!ここにはガキどもが大勢いるな。かっさらって改造してやろう』
俺は台詞に合わせてゆっくりと顔を客席に廻らした。
俺の顔を見て一瞬固まる子供たち。
しかし、次の瞬間すぐに顔を歪ませ絶叫した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「怖いぃぃぃぃぃ!!!!」
「マ、ママぁぁぁ」
そ、そこまで怖がらなくても。
俺は思わず子供達の悲鳴にたじろいでしまったが、舞台袖から動けと指示がきたので動き出す。
ゆっくりとした動作で客席ににじり寄り、手近な男の子に手を伸ばした。
その動きに合わせて台詞が入る。
『このガキが手ごろだな。基地に連れ帰るか』
俺も台詞に合わせようと男の子を抱きかかえる。
すると男の子は青い顔をして固まったようになっている。
「た、助けて。助けてぇぇぇ・・・・」
か細い声を漏らす男の子。
もほや怖すぎて声も出せなくなっているようだ。
・・・気分悪いなぁ。
俺が憂鬱になりかけていたその時。
『待てぃ!!』
俺のとは違う声の担当の人の声が場に響く。
やっと木下さんの出番か・・・。
俺が内心ほっとしたところ。
ステージの反対側が爆発した。
腹の底に響くような音。
もうもうと立ち込める黒煙。
あまりにも大きな音だったので子供達は少し目を回していた。
見るとステージがちょっと抉れている。
ちょっと火薬が多すぎるんじゃないのか・・・!?
戦慄していると薄れてきた煙の奥から一つの影が見えた。
流線型のフォルムのフルフェイスヘルメット。
はためく赤いマント。
全体的に赤黒い色調の身体にフィットしたスーツ。
『いたいけな子供達を改造しようなどとは・・・。許せんな、成敗してくれる』
ヤラレナイザーの登場だった。
『むぅ。現れなヤラレ・・・』
『言語道断!ゆくぞ!!』
『よくこの場所が・・・』
『黙れ!』
怪人の台詞を遮り、突っ込んでくるヤラレナイザー。
戦闘員達も「キー」とも言わさず瞬時に叩きのめす。
うん、この怪人の話を一切聞かない問答無用さが格好良いんだ。
俺はとりあえず男の子を降ろすとヤラレナイザーに向き直る。
ヤラレナイザーは俺が男の子を降ろしたのを見てとると、その場で跳躍。
地面と平行に跳んできて俺にとび蹴りを喰らわせた。
い、いてぇ!?
『ぐわぁ!?』
容赦のない威力の蹴りに俺は吹っ飛ばされた。
き、木下さん痛いよ?
慌てて立ち上がりながら、そういう意味の視線を向ける。
しかしヤラレナイザーと化した木下さんは止まらない、止まってくれない。
流れるような動きで立ち上がった俺に連打を浴びせてくる。
逆水平チョップ。
ボディブロー。
ジャブジャブ右ストレート。
少し離れて軽く跳躍、回し蹴り。
き、木下さんめちゃくちゃ強い
速い、速すぎる。
成す術もなくぼこぼこにされていく俺。
着ぐるみのおかげで耐えられないくらい痛いというわけではないが、辛い。
問答無用の強さがヤラレナイザーの売り。
しかし観てる分には楽しかったが怪人がこんなに辛いとは・・・!
俺も頑張って腕を振って反撃を試みるが全て避けられ、さばかれる。
てか木下さん何者だ。
てんやわんやな気分になり始めたところ、急にヤラレナイザーが大きく間合いを取った。
『はぁはぁ・・・!さすがだなヤラレナイザー。しかしタダでやられるわけにはいかん、くらえ!』
怪人の辛そうな声が流れると、舞台袖から合図がきた。
今か。
俺は打ち合わせ道理に両手をヤラレナイザーに向けて、手の中の紐を引いた。
ずん、と鈍い反動がきた。
・・・な、何か発射されたぞ!?
着ぐるみの手の部分、ぶよぶよしているところから飛び出た球体がヤラレナイザーに迫る。
球体はヤラレナイザーの足元に着弾し、大爆発を起こした。
燃えさかる炎。
立ち込める黒煙。
ヤラレナイザーの名を叫ぶ子供たち。
・・・ステージを爆破していいのだろうか。
本当に燃えているし。
木下さん大丈夫だろうか・・・。
俺が本気で心配していると、黒煙を突っ切ってヤラレナイザーが現れた。
その手にはどこから取り出したのか身長程もある棒を持っている。
ヤラレナイザーの唯一の武器、イグニションスティックだ。
『悪あがきを!これでトドメだ!』
ヤラレナイザーはそう叫ぶと、俺を打ち抜くような勢いで突き出した。
避けられるわけもなく直撃を喰らう。
かち、と棒の先端から音がしたような気がした。
またまた、爆発。
宙を舞う俺の身体。
子供達の無邪気な歓声が遠く聞こえたような気がした。
次に気が付いたとき、俺は着ぐるみを脱がされて寝かされていた。
「あ、気が付いた?お疲れノボル」
枕元には普段着に戻っている兄さんがいた。
「こ、ここは・・・?」
朦朧とする頭に手をやりながら身を起こす。
「控え室だよ。ノボルあの後気絶しちゃってさ、運ぶの大変だったらしいよ」
兄さんは少し楽しそうに言葉を続ける。
「それにしても大盛り上がりだったよ。なんたってニメートルもの巨体が吹っ飛ぶんだから」
見ごたえたっぷりだよね、と笑う兄さん。
「俺は死ぬかと思ったよ・・・」
陰鬱に呟く俺に兄さんはあくまで軽く言った。
「だろね、火薬の量を今日はかなり間違えたらしいから。着ぐるみもあの通り」
兄さんの指した方には消し炭と化した着ぐるみが転がっていた。
背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
あの分厚い着ぐるみがあそこまで・・・。
「ステージも粉砕されちゃったけど大好評だったからまぁ良かったよね」
人事だと思って・・・。
何も言わないでいる俺の背中を軽く叩いて兄さんは満面の笑みで言った。
「二メートルの怪人は迫力あるからまた来て欲しいってオファーも来てるよ?」
とんでもない。
俺は思いっきり顔をしかめながら言った。
「二度とごめんだ」