本場の味を提供するカレー専門店「カラヒコ」
その店長は店の置くに座っている一人の少女に目を奪われていた。
中学生か高校生くらいだろうか、髪を後ろでちょろんと結んだ小柄な子だ。
先ほどからぼろぼろと泣きながらカレーを口に運んでいる。
食べているのはこの店で最高の激辛カレーだ。
あまりに辛いので完食できた人には五千円プレゼントということにしている。
自分で作っておいて何だが、人の食べるものではないと店長は思っていた。
今まで完食できたのは、目つきは悪いが意外と愛想の良かった木下ゴンゾウとかいう青年だけだ。
この少女は店に入り、完食した記念に書かれた木下の名前を見るとこのメニューに挑戦したのだった。
この青年と過去に何かあったのだろうか。
見ているこちらも泣きたくなるほど切ない顔しながら、ひたすらにカレーを食べている。
あぁ・・・いったい君に何があったんだい。おじさんに話してごらん。
そんな気持ちでいっぱいだった。
やっぱり自分で作っておいて何だが、まともな神経に人間が食うもんじゃないと思っていた。
もしかしてこの子は死ぬ気なんじゃないだろうか。
ふと店長はそう思った。
そう、きっとそうだ。このカレーを食ってショック死するつもりなんだろう。
とにかく自分で作っておいて何だが、心の弱い人ならこのカレーで殺す自信がある。
それなら早く止めないと・・・!
店長が腰を浮かしかけた瞬間、少女がスプーンを置いた。
なんとカレーは完食されていた。
少女はぐすぐすと泣きながら店長の下へやってきて、手を差し出した。
店長は震える手でレジから五千円札を取り出し少女に渡す。
その光景を見ていた他の客たちも涙を流しながら立ち上がり、少女に拍手を送る。
スタンディングオペレーション、とかいう状態だった。
少女はまだ涙を溢していたが、胸が熱くなりそうな笑顔で店長と客たちにぺこりと頭を下げる。
店長は感動の涙を流しながら少女に尋ねた。
「お嬢ちゃん・・・名前は?」
少女は美しい涙をきらめかせながら答えた。
「白木ヒカル。・・・お嬢ちゃんじゃないよ」
この店に新たな伝説の生まれた瞬間だった。
ヒカルは今しがた手に入れた五千札で顔を扇ぎながら店を出た。
まったくおかしな店だった。
ゴンゾウの名前があったから軽い気持ちで頼んでみたカレーは魂が抜け出そうなほど辛かった。
辛いものは好きでも嫌いでもないヒカルだが、やせ我慢は得意なので乗り切った。
涙にはストレス物資?を溶かしだす効果があると前にテレビで見た。
それを実戦して、泣きながら食べたのが正解だったようだ。
たぶん。
口の中がまだヒリヒリするが五千円も貰えて大満足。
しかし食べ終わって周りを見ると店内の人たちが全員泣いていたのには驚いた。
テンションも不気味だったので、あの店にはもう二度といかないでおこう。
ヒカルがそう決心しながら街をぶらぶら歩いていると、黒塗りのベンツが横に止まった。
窓が開かれると、中からカオルが顔を出した。
「ヒカルさま!こんなところで奇遇ですわね」
「カオルちゃん、やっほ」
能天気に手をあげて挨拶するヒカルを見て、カオルの顔が強張った。
腫れぼったくなった目蓋、頬には涙の跡。
カオルは真っ青になって悲鳴をあげた。
「ひ、ヒカルさまぁぁ!?いったい何があったんですの!?」
ヒカルは言われて店を出てから顔を洗ったりしていないのに気が付いた。
泣いてた理由を言うのも何か恥ずかしいので軽く目を伏せ、ニヒルに笑った。
「ちょっと、ね・・・」
誤魔化したつもりだったがカオルは別の意味にとったようだった。
「ヒカルさま・・・。人には言えないような辛いことがあったんですのね」
しかも盛大に勘違いしているようだった。
「別に大したことないよ・・・」
いや本当に。
カオルは大きく首を横に振った。
「何があったかはあえてお聞きしません・・・。しかし傷ついたヒカルさまを癒してさしあげたい
ですわ・・・。是非車に乗ってくださいまし」
カオルは指を鳴らす。
すると車の後部座席から黒服にサングラスと、いかにもな格好をしたお兄さんが降りてきた。
「え・・・いや。ぼくはホントに何にも」
戸惑うヒカルを黒服のお兄さんは無言でヒカルを後部座席に押し込んだ。
丁寧かつ問答無用に。
「さぁ!今日はヒカルさまを一日癒してさしあげますわよ。・・・行き先はわかってますわね?」
運転手は無言で頷くと車を発進させた。
ヒカルは窓の外を見ながらポツリと呟く。
「カレー食べてただけなんだけどなぁ・・・」
どこかのビルの一室にて。
「こ、こりゃたまりゃん・・・!」
ヒカルはこの世の天国を味わっていた。
はだけられた背中を、うなじを、ほっぺたを。
エステシャンに撫で繰り回され、ぷにぷにされて、良い匂いのする水(化粧水?)を塗り込まれていた。
しかも韓国式アカ擦りをしてもらった後なので肌に染み込む染み込む。
「オ客サーン。イイ肌シテマンナー」
怪しい日本語を話すアジアンなお姉さんは非常に嬉しそうな顔でヒカルに触る。
「そ、そう?・・・あぁぁぁ気持ちいいぃぃ」
答えようとするヒカルだが気持ちよすぎて喋れない。
アカ擦りの前にも足ツボ押してもらったり全身マッサージしてもらったりと。
ヒカルは快感の波に流され、えらいことになっていた。
その様子をゴージャスな椅子に脚を組んで座り、悠然とワイングラスを片手にうっとり眺めるカオル。
「どうです?ヒカルさま。少々の辛いことなんか吹っ飛ぶでございましょう?」
そしてワイングラスを優雅に口元に運ぶ。中身はブドウジュース。
「い、意識も吹っ飛びそう・・・。カオルちゃんは普段からこんなことしてるの?」
「そんなことありませんわ。せいぜい週に一回くらい」
「・・・ブルジョワめ〜」
カオルは軽く肩をすくめた。
「お金があるなら、あるなりの生活をすべきだと思いますわ。それにヒカルさまが望むのなら
いつでもご一緒しましょ?」
ヒカルは少しだけ考えた。
自分のお金じゃないのに贅沢しすぎるのは良くないよ。
若いうちはもっと苦労しなきゃ駄目!
年相応の遊びをするべきだと思うな。
・・・うん、年長者としてガツンといってやらねば。
「二週間に一回くらいお願い」
でも身体が勝手に答えてしまった。
「はい。喜んで」
にっこり微笑むカオル。
ヒカルはちょっぴり自己嫌悪に陥った。
カオルは、さっと立ち上がった。
「まだまだこんなもんじゃありませんわよ。次は・・・」
ヒカルは目の前に並んだ料理の数々に感動を通り越して呆れすら感じた。
トリュフだの、ツバメの巣だの、キャビアだの。
他にも数々の絵に描いたようなご馳走が並んでいた。
「さぁ召し上がってくださいな」
「い、いただきます・・・」
おずおずと口に料理を運ぶ。
じーん・・・。
ヒカルは頬を両手で抑えて俯いた。
「ヒカルさま?お口に合いませんでしたか?」
心配そうに訪ねるカオル。
ヒカルは瞳を潤ませながら顔をあげた。
「ほっぺたが落ちるかと思った・・・」
三十分後。
「いやー。こんな美味しいものを食べたら逆に不幸になりそうだよ」
膨れたお腹をさするヒカル。
カオルは不思議そうに尋ねた。
「どうしてですの?」
「いつもの食事が不味く感じそうだから」
「はぁ・・・そんなものなのですか」
ヒカルは笑いながら立ち上がった。
「そんなもんですの。・・・しかし今日は色々とありがと。天国って今日みたいな感じなんだろね」
にこにこしながら近寄ってくるヒカルにカオルは頬を赤らめた。
「そんな・・・。ワタクシはヒカルさまに喜んで頂ければそれで」
「なんかお礼しないとね。昔撮ったヌード写真でいい?」
飄々と言うヒカルにカオルは耳まで赤くなった。
「それは嬉し・・・じゃなくて!結構ですわ。お礼なんて」
「ふーん」
にやにやしながらカオルを見つめる。
ヒカルはふいにカオルの肩を掴むと顔をぐっと近寄らせていく。
「ひ、ひ、ヒカルさま!?」
戸惑いまくるカオルにヒカルは妖艶に微笑んだ。
「お礼にキスでも・・・」
中学生の頃から高校を卒業する頃までの数年間、愛人として雇われていた経験を持つヒカル。
えろモードに入ったときの色気は尋常ではなかった。
男女問わずオトナの人々とがお金を出したくなるようなオーラを放っている。
「・・・くは〜」
でもカオルはそのオーラに耐えることができずに気を失ってしまった。
まだまだお子様なのだ。
ヒカルは軽くカオルの頭を撫でてやってから顔を離す。
まぁこうなるのは分かってた。
カオルちゃんは可愛いなぁ。
少し顔を眺めていると、先ほどの黒服のお兄さんがいつの間にか隣りに立っていた。
「車の用意が出来ております」
「そろそろ帰ろうかと思ったのが良く分かりましたね・・・」
サングラスをくいっと持ち上げるお兄さん。
「プロですから」
わお、格好いい。
ヒカルはデキル男はいいなぁ、と思った。
「またカオルお嬢様と遊んであげてくださいね」
「よろこんで」
自宅にて。
「ただいまっと」
ヒカルが玄関に入ると、靴を脱ぎかけているノボルがいた。
丁度部活から帰ってきたところらしい。
「おかえり」
「ノボル。今日も頑張ったみたいだな。塩素臭いし汗臭い。青春だねー」
言われたノボルはヒカルの髪に鼻を押し付けて匂いを嗅いだ。
「うははっ、くすぐったいな。何すんの」
悶えるヒカルから顔を離すとノボルは疲れて少し虚ろな顔で言った。
「何か美味そうな匂いがする」
どうやら香水のこと言っているらしい。ずいぶん空腹のご様子だ。
ヒカルは得意げな様子になった。
「お昼に激辛カレーを食べたらアカ擦りにマッサージにエステにご馳走までついてきたのさ」
ノボルは目を丸くした。
「すんごいサービスいいな、それ」