ノボルは目を覚まして時計を見て、少し焦った。少々寝坊してしまったようだ。

ちゃちゃっと着替え、簡単な朝食をとっていると大変なことを思い出した。

「しまった・・・。昨日ヤラレナイザーの録画予約するの忘れてた・・・」

思わず口に出して呟いてしまう。

ヤラレナイザーとは日曜の朝八時からやっている特撮ヒーロー番組『絶対無敵!ヤラレナイザー』
のことで、あまりテレビを見ないノボルが唯一毎週見ている番組である。

ただ、日曜も朝から部活があるのでいつもは土曜の晩に録画予約をしているのだが、

今日はうっかり忘れてしまった。

ノボルはちらりと時計を見る。・・・今すぐ家を出ないと間に合わない。

仕方が無いのでノボルはヒカルの部屋まで走った。

ドアを吹っ飛ばすかのような勢いで開け、叫ぶ。

「兄さん!悪いが起きてくれ!」

「ふぁ、ふぁい!?」

ベットに寝ていたヒカルは驚いて跳ね起きた。

「八時からヤラレナイザーって番組やってるから録画しといてくれ!」

「や、やられないざぁ?」

寝起きで舌の回らないヒカルは変な発音で繰り返す。

「そう!頼む!」

「八時から・・・うん、任された」

ぼんやりした返事だったがノボルはこれで安心した。

「じゃあ、俺は部活いってくるから!くれぐれも頼んだぞ」

「あいよぉ・・・いってらっさい」

へらへらと手を振るヒカルに見送られ、ノボルは部活に出かけていった。


夕方、帰宅したノボルはまずリビングのビデオデッキをチェックした。

ちゃんと録画されている痕跡はあった。

よし。

ノボルは満足気に頷くと風呂にいった。

あとで夕飯食いながら見ることにするか。

風呂からあがると、夕飯の支度をしているヒロミに声をかけた。

「見たいビデオがあるから今日はリビングで食おうぜ」

「えー、テレビ見ながら夕飯食べるのは行儀良くないと思うわ。ノっくん」

「たまにはいいじゃないか、ヒロちゃん」

言いつつ出来た料理をリビングに運んでいくノボル。

「そういや兄さんは?」

「兄さんは飲み会だって。なんかヒマさえあれば兄さん飲んでるわねぇ」

「大学生ってそんなヒマなもんなのか」

「兄さんぐらいじゃない?さっ出来たわよ。ノっくん食べましょ」

「おう。ビデオもセットしてっと・・・」

食事を始めたついでにテレビとビデオの電源を付け、再生開始。

軽快かつファンシーな音楽がリビングに鳴り響く。

『ぶりぶり魔女ッ娘ファンシーベル♪お上にかわって悪人退治にただいま参上♪』

ぴんくーでひらひらーな服を着た美少女・・・というか幼女が画面内を飛び回る。

「・・・ノっくん。何このアニメ?」

呆れ顔で画面を見つめるヒロミ。ノボルは呆然と画面を見つめている。

「ヤラレナイザー・・・じゃない」


それから数時間後。

ヒカルがイイ感じに酔っ払って家に帰ると玄関にうろんな目をしたノボルが立っていた。

「うん?わざわざお出迎えかな?」

ヒカルが上機嫌に声をかけるとノボルは無言でヒカルの腰を掴んで持ち上げた。

「な、何?どしたのノボル?」

戸惑うヒカルを無視してノボルはそのまま運んでいく。

そして今は留守で誰もいない父の部屋のドアを開けた。

ここはあまり掃除をしていないので埃っぽい。

その部屋にあるタンスと天井の狭い隙間にヒカルを放り込んだ。

「ぷ、ぷわ!埃が口に!」

もがくヒカルだが狭すぎてまともに動くことが出来ない。

「ヤラレナイザーの恨みは深い・・・ぜ」

ノボルはぽつりと呟くと部屋を出て行った。

「ちょ、ちょっと!置いてかないで〜」

暗い部屋に、ヒカルの悲鳴がいつまでも響くのであった。



月曜の朝、ヒロミが義父の部屋の前を通ったとき中から泣き声が聞こえてきた。

何事かと思って部屋に入ってみると、タンスと天井の僅かな隙間に何故かヒカルが詰まっていた。

しくしくと泣いている。

「に、兄さん!?」

驚いたヒロミは慌てて踏み台を持ってきてヒカルを助けだした。

埃まみれで大変なことになっているヒカルはまだ泣いていた。

「ノ、ノボルに押し込まれて一晩中こんなとこに・・・」

泣きながら事情を話すヒカルにヒロミは呆れた。

「録画失敗しただけであのノっくんがそんなに怒るとはねぇ・・・。そんなに面白いのかしら、
ヤラレナイザーって」

「知らないよ・・・。それくらいで何でこんな目に・・・ぼくは怒ったぞ!」

涙を拭って立ち上がるヒカル。

「兄としてガツンと仕返ししないと!」

「でもケンカじゃ絶対勝てないことない?」

「勝てるわけないだろ。だから精神的に攻撃をする」

「精神的?」

ヒカルの顔を拭きながら尋ねるヒロミにヒカルは力強く言った。

「というわけでヒロミ。今晩二人だけで美味しいものを食べに行こう。ノボルはおいて」

少々考えた後、ヒロミは口を開いた。

「・・・それって仕返しになるのかしら?」

「ぼくなら嫌だな。ということで今晩予定を空けておくよーに」

「私バイトが・・・」

「休みなさい」

「・・・はぁ」

乗り気なヒカルを止める自信がないので、ヒロミはため息をつきながらも頷いたのだった。


夜。

二人は少しお洒落をして街に出た。

出かける際にヒカルはノボルに

「今からヒロミと美味しいもの食べてくるから留守番してなさい」

と胸を反らしながらいったが、ノボルは「いってらっさい」と適当な返事をしていた。

「ノボルったら強がっちゃって・・・」

隣りでヒカルはそんなことを言っているが、別にどうでも良さそうだったなぁ、とヒロミは思う。

目的の店に向って歩いていると若い男二人組みに声をかけられた。

「ねぇねぇ君たち!今ヒマ?ヒマなら俺たちと遊ばない?」

「やっべ、君たちすげぇ可愛いじゃん。遊ぼうぜー」

・・・ナンパされてしまった。

ヒロミは深くため息をつく。しかも主にヒカルに向って話し掛けている。

「男なんかナンパしてどうする気?」

ヒカルは不機嫌そうに言い放った。

二人組みは大げさな仕草で驚く。

「ええ!?君って男なの?」

「ありえねぇ!嘘ついてね?」

「嘘じゃないって。ぼくは男にゃ興味ないし急いでるからどっか行きなさい」

二人組みは感心したようにヒカルとヒロミを眺めた。

「はー・・・これで男かぁ。神様も罪なことをするもんだ」

「え?ということは隣りのこの娘も男?」

二人組みのうちの一人がヒロミを指して失礼なことを言ってきた。

ちゃんとスカートはいてるのに!

「私はこの人の妹!普通に女です!」

さすがに怒ったヒロミはきっぱり言った。

「そうだよ。何でぼくが男ならヒロミまで男になるんだよ、失礼な人たちだな」

ヒカルも不機嫌そうだ。

二人組みは頭に手をやりながら謝る。

「いやー、わりぃわりぃ」

「いや邪魔しちゃったな、んでは」

去っていく二人組み。

兄さんと出かけるといつもこうだ。

ヒロミは疲れたため息を吐くのであった。


ヒカルが連れてきてくれた店はイタリア料理の店でヒロミの知らない名前の料理ばかりだったが、
確かに美味しいものばかりだった。

「じゃんじゃん食べなよー。もちろん奢るから。そしてノボルに自慢するんだよ?」

「はいはい・・・」

何気ない会話をしながら食べていると、ウェイターがドリンクを持ってきた。

「あれ?こんなの頼んでませんけど」

ヒロミがウェイターにそう言うと、ウェイターは微笑みながら言った。

「本日はレディースディになっておりまして。女性のお方にはドリンクのサービスをしています」

そしてヒカルとヒロミの前にドリンクを並べる。

ヒロミは苦笑しながら口を開いた。

「あはは、でも前の人は私の兄・・・」

「ありがとう、サービス良いお店ですねっ」

ヒロミの声を遮り、ヒカルはウェイターに微笑みかけた。

ウェイターは少し頬を赤らめながら答える。

「いえいえ、当店はお客様が第一ですから。・・・それでは失礼します」

去っていくウェイター。

ヒロミは白い目でヒカルを見た。

「・・・否定しないのね」

ヒカルは脚を組んで軽く両手を広げる。

「場合によりけり、だね。世の中は上手に渡らなくちゃ」

まったくこの人は・・・。

ヒロミは本日は何回か目の疲れたため息を吐き出すのであった。






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