この間の月曜日の『スマイルお持ち帰り!・・・はいどうぞ?』事件以来、私のバイトしている
ファーストフード店に妙な客が来るようになって困ってるヒロミです、こんにちは。


いつものように私が自分の仕事の手際良さに惚れ惚れしながらレジを叩いていると、男性客が
普通にセットを注文した後、私に言った。

「す、スマイル一つお持ち帰りで。アイスでお願いします」

私はゲンナリしてしまった。隣りのレジにいた同僚の女の子も似たような顔をしている。

何を言うのかしら、この人は・・・。

「お客様。申し訳ありませんがスマイルはその場でのサービスとなっており、テイクアウトできる
ようなものではございません。ご了承ください」

私がそう言うと、男性客は不満そうに言った。

「ま、前に子供らが注文したときには写真撮って渡してたじゃないか!」

内心深くため息をつく。

男は馬鹿ばっかではないけど馬鹿が多いから気をつけるよーに。

ヒカルの言葉を思い出しながら私は男性客に子供に言って聞かせるような口調で言った。

「お客様、前回のお子様たちは・・・お子様です。お客様は大人ですね?そういうことです」

当たり前の話だと思うのだけど、分かってくれるかしら?

「・・・べ、別に大人だって良いじゃないか!カメラも持参してきたし撮らせてくれよ!」

一瞬黙った男性客だったけど開き直ったように鞄からカメラを取り出し私に向ける。

い、嫌な客だわ。というかこんな人に写真なんか撮られたら何に使われるか分かったものじゃないわ。

「お客様・・・困ります」

「写真撮るだけだから!すぐ済むから」

痛い人だわー。

私はかなり困って周りを見渡してみたけれど、今日に限って他のお客は少ないし隣りのレジの娘は
気が弱いし、店長は多分店の奥で寝てるだろうし、という状況。

このまま写真を撮られてしまうのかしら・・・と思ったそのとき、店にとび込むように木下さんが
入ってきた。

店内を見渡して目的のもの・・・まぁ兄さんなんだろうけど、が居ないのを確認すると私に声を
かけてきた。

「妹さん!ヒカル来てないか?」

私に迫っていた男性客を押しのけて言う木下さん。

「来てませんけど」

この状況がうやむやになりそうなので内心私は喜びながら答えた。本当に来てないけど今なら
もし居たら教えてあげたいくらい良いタイミングだ。

「お、おい!僕が先に並んで・・・ぶはぁ!?」

無謀にも木下さんに喰ってかかった男性客は木下さんが無言で繰り出した裏拳に吹っ飛ばされた。
そして気絶して床に転がってしまった男性客を木下さんはドアを開けて店の外に蹴り出した。

「じゃあ店の前を通ったりしなかったか?確かにこの辺通ったハズなんだが」

振り返ると何事も無かったように再び私に尋ねてくる木下さん。

何て清々しい人なのかしら。

スカっとした私だけど周りのお客さんが怖がってないかと店内の様子を見てみると、
少ないお客さんたちは皆小さくガッツポーズをとっていた。

・・・やっぱり、みんなスカっとしたのね。

「いえ、教えてあげれたら良いんだけど本当に見てません」

木下さんは状況が分かってないようなので、お礼を言うのも変だと思う。

「そっか・・・ヒカルの奴め。代わりにノート写すかわりに尻を撫でさせる約束だったのに。
ノート受け取ったら逃げ出しやがって」

悔しそうに地団駄を踏む木下さん。

・・・兄さんも何をやってるのかしらね。たぶん木下さんが勝手に盛り上がってるのだろうけど。

「今度会ったら問答無用で背中に手を突っ込んで撫でくりまわしてやる!直に触ってやるぜ!」

胸に手を突っ込む、と言わないところが木下さんの純情なところなのかしら。

「じゃあな、妹さん!オレはもう行くぜ。バイト頑張れよ!」

「あ、はい」

び!と片手をあげて走り去る木下さん。走り去るときに店の前に倒れている男性客を道路に
蹴り出していった。ちょっと木下さんが格好いいと思った。


それから数十分後。

店内もすっかり落ち着いて黙々と働いていると兄さんが悠然と店の中に入ってきた。

レジにもたれ掛かりながら機嫌良く私に話し掛けてくる。

「やは。真面目に働いてるね、勤労少女」

「相変わらずヒマそうね、兄さん。さっき木下さんが探してたわよ?」

「あぁ木下ね。人ごみに紛れた時にしゃがんだら気付かずに通り過ぎちゃってさ。背が低いのも
たまにはいいもんだね」

いけしゃーしゃーと言う兄さん。私は呆れながら言った。

「さっき木下さん来たけどノート写してもらったんでしょ?逃げるのはひどくない?」

「うーん。でも尻を撫でられるのはねぇ・・・。肩揉んでやるって言ったのに触られるより
触るほうがいいとか言うから。尻はアイツが勝手に言い出したことだよ?」

び!と指を立てて抗弁する兄さん。まぁそんなところだろうとは思ってたわ。

「そう・・・でも木下さんにさっき助けてもらったから今度何かしてあげてね」

「助けてもらった?」

私の言葉に怪訝そうに小首を傾げる兄さんに先ほどの件を説明する。

「へぇ・・・危なかったね。でも木下は純粋に邪魔だから殴っただけだと思うよ。
さっきもね、ぼくを追いかけてたときに通行人を何人か殴り倒してたから」

うわー。

「一歩間違えなくても犯罪者ね」

「でも何故かガラの悪そうな人とか誰かに絡んでる人ばっかり殴ってるから不思議だよ」

本当に不思議そうな様子の兄さん。

そういえば兄さんに会ったときもそんな感じだったと言ってたから悪人殴りが趣味なのかしら。

「じゃあ通報される心配はないかもしれないわね」

「残念ながらね」

さらっと酷いことを真顔で言う兄さん。ため息が混じってるから多分本気。

「まったくアイツも一回くらい捕まったら大人しくなって出てくるだろーに」

やれやれと肩をすくめる兄さん。

・・・の後ろのガラス張りのドアの向こうに木下さんが立っていて、こちらを見ていた。

戻ってきたのね・・・。まだ兄さんは気付いてないみたいだけど私はどうすればいいのかしら。

さっき木下さんの習性とは言え助けてもらったから今回は黙っていようかしら。

と、迷っているうちに木下さんが店内に入ってきてしまった。

そろりそろりと近づいてくる木下さん。

・・・もういいわ、今回は黙ってよう。

「そういやヒロミに言ったっけ?アイツぼくを押し倒して服破ったこともあるんだけど、あの時に
通報しときゃよかった・・・うひゃあ!?」

まだ言っている兄さんの背中に無言で近づいてきた木下さんは腕を突っ込んだ。

突然のことに悲鳴をあげる兄さん。突然じゃなくても悲鳴あげるだろうけど。

「ふふふ、見つけたぜヒカルぅ・・・。思う存分触らせてもらうぜ?」

すんごい嬉しそうに突っ込んだ腕の蠢かせる木下さん。・・・何かいやらしい動きだわ。

「あぅあぅあぅ・・・」

くすぐったいのか気持ち悪いのか微妙な表情で悶える兄さんは必死で後ろに手を回して抵抗を
しようとしているけれど、体格差がありすぎるのでうまくいかない様子。

「木下さん、あんまり苛めないであげてくださいね?」

「あぅあぅあぅあぅ・・・」

「ちょっとだけだから大丈夫だって・・・。それにしても何てスベスベした肌なんだ!

まったく堪らんな!」

「あぅあぅあぅあぅあぅ・・・」

撫で回されている兄さんは最早泣きそうな顔になってきたが木下さんは撫でるのを止めない。
それどころか鼻息が荒くなってきて目付きが危険になってきた。

さすがにそろそろ止めよう。

「木下さんその辺で・・・」

「あぁ・・・でも最後にお腹も・・・!」

・・・!前はマズイ!バレちゃう!

「ダメ!前はダメよ木下さん!」

慌てて手を伸ばすが間に合いそうにもない。

「あぅあぅ・・・はぅあ!?」

すっと手をお腹に差し込む木下さん。そのまま手を上げられると不味すぎる!

「ダメー!」

私の叫びも聞こえないのか鼻息荒く手を動かそうとした木下さんの額に突然モップの柄が突き立った。

「・・・ぐっはぁ」

ゆっくりと崩れ落ちる木下さんと慌てて離れる兄さん。

私が後ろを振り向くと店長がいた。

「レジの前で何やってんだお前ら・・・他のお客さん引いてるぞ」

頭を掻きながら呆れ顔だ。どうやらモップを投げてくれたらしい。

「すいません、助かりました店長」

私が頭を下げると店長は面倒臭そうに手を払った。

「いいからいいから。そいつを店から出しといてくれ。邪魔で仕方ない」

「あ、ぼくが出しときます・・・。ご迷惑かけてすいませんでした」

崩れた服を直して少々息を荒くしながら兄さんは木下さんをズルズルと引きずっていく。

「お嬢さん、彼氏さんに人前であまりエロイことをするなと教育しときゃダメだぜ」

「・・・そですね。でも彼氏じゃないですよ、その誤解だけは勘弁・・・では」

お嬢さんというのを否定する元気もないのか、兄さんは小さな声でそう言うと去っていった。

やっと静かになった店内。そして気が付くとまた店の奥に消えた店長。



仕事にならないにも程があるわ

やっぱり木下さんは嵐のような人だと思った平日の午後なのでした。




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