さんさんと照りつける太陽。突き抜けるような青空。
もう九月だというのに、まるで真夏のような天気だった。
その青空の下、ヒカルとゴンゾウは海岸のテトラポットの上に二人並んで腰掛け、海を眺めていた。
「海がきれいだなっ!なぁヒカル」
「・・・あっつー」
「砂浜もきれいだし、人も少ないだろ?ここはオレの穴場なんだよ」
「・・・あっつー」
「ここにヒカルと来れるなんて夢のようだぜ・・・」
「・・・あっつー」
ゴンゾウは少し悲しそうな顔でヒカルのほうを向いて言った。
「ヒカルー、少しはムードとか作ってくれよ」
ヒカルは暑さのせいか虚ろな目をしている。
「ムードって言われても・・・だいだい何で海なんかに来てるんだっけ・・・」
ことの始まりは、ヒカルが休日なのに予定もなく、家でごろごろしていたときのことだった。
暇なので部屋の整理でもしようかと、かっぽう着に着替えて雑巾を絞っていると、
家の外で轟音が響いた。聞き覚えのある音だ。
ヒカルが顔をしかめて窓の外を見てみると、やっぱりゴンゾウだった。
アホみたいな大きさのバイクにまたがって、無駄に爽やかな笑顔でこちらに手を振っている。
ヒカルは窓を開けて眼下のゴンゾウに向って怒鳴った。
「木下ー!!近所迷惑だからエンジン切れ!やかましいんだって」
「おー、わりぃわりぃ」
結構素直なところもあるゴンゾウは笑いながらエンジンを切った。
「何か用なの?ていうか休みの日にまでウチ来ないでよ」
「そんな冷たいこと言うなよー。いいもん買ったからヒカルにも見せたくてな」
「いいもの?何それ?」
「まぁ見に来てくれよ」
ゴンゾウはやけに得意げだ。ヒカルは「面倒くさいな・・・」とぶつぶつ言いながらも階段を
降り、家の外に出る。
「おぉっ、かっぽう着か!いい、いいぞヒカル。いつでも嫁にいけるな!
・・・あぁ!何で脱ぐんだ。似合ってるのに」
ヒカルは脱いだかっぽう着を丸めて小脇に抱えると、腰に手を当てて尋ねた。
「で?いいものって?ぼくはヒマ人だけど、つまんないことには付き合ってらんないよ?」
ゴンゾウは、にやりと自信あり気に笑う。そして、それまで身体で隠していたバイクの一部分を
ヒカルに晒した。
「どーだ!」
「・・・へぇ」
なかなか格好いいサイドカーが付いていた。バイクのデザインにも合わせてあって良い感じだ。
「格好いいじゃん」
ヒカルが素直に褒めるとゴンゾウは胸を張って言った。
「だろ?これはヒカルを乗せるために貯金はたいて買ったんだぜ」
「へ?ぼくを乗せるため?」
「おう。こないだ乗せたとき、怖かったからもう乗りたくないとか言ってたけど、これなら安定
してるから安心だろ?」
バカだコイツ。
ヒカルは胸の中でそう呟いた。そんなことで普通わざわざ買うか?
ヒカルが呆れてモノも言えないでいると、ゴンゾウはサイドカーの中からヘルメット
(ゴンゾウとおそろい)を取り出し、ヒカルに差し出して言った。
「というわけで早速コレでどっか行こうぜ!」
ヒカルは少し迷った。普段ならサクっと断るところだが、さすがに自分のためだけに買ったと
言っているものに乗ってあげないのは可哀相だ。
一回くらいは付き合ってあげるかな。
「・・・そだな。行こっか。じゃあ準備してくるから待ってて」
ゴンゾウはその場でバカみたいにジャンプして喜んだ。
「やっほぅ!デートだデート!あ、ヒカルは化粧なんかしなくても十分可愛いから早く行こうぜ」
「誰が化粧するんだっつーの。財布とか取ってくるだけだってば」
確かに乗り心地は悪くなかった。ばっちり安定していたし、シートも良い感じだ。
しかし問題は、やはりゴンゾウの運転だった。
少しは道路交通法を守っていただきたいところだ。信号無視などはしないがスピードが
ありえない。タイムスリップしてしまいそうなほどに速度を出すのだ。
ヒカルはゴンゾウなんかに付き合うんじゃなかったと深く後悔するのであった。
「あの時ぼくは確かに神を見たね」
走行中のことを思い出したヒカルは思わず呟く。隣りのゴンゾウは怪訝な顔をした。
「何か言ったか?」
「いや別に。それより九月に海なんか来てどうするつもりなの?まぁ景色はいい感じだけど」
ヒカルは辺りを見回しながら言う。人っ子一人いない。
海水浴のシーズンはとうに終わっているし、釣りをするような場所でもない。
当然と言えば当然だ。
「海は泳ぐところだ。泳ぎに来たに決まってるだろ?」
何を言うのか、と言わんばかりのゴンゾウ。言いながらも服を脱ぎ始める。
ヒカルは呆れて言った。
「泳ぐって・・・もう九月だよ?」
「まだまだ暑いから大丈夫だ!」
「でも水温って結構下がってるよ、きっと」
「男はそれくらい平気だ!さぁヒカルも脱いで・・・ぐはっ」
上半身裸になって迫ってきたゴンゾウに地獄突きを喰らわせると、ヒカルは立ち上がって
少し距離をとった。
「暑いんだからベタベタしないでよ・・・。それに大体水着なんか持ってきてないし」
何故かゴンゾウは胸を張る。
「大丈夫だ!オレがヒカルに似合いそうな水着も買っといてやったから」
そう言ってポケットに無造作に突っ込まれていたらしい水着をヒカルに投げてよこす。
今回は小道具が多いなぁ、と思いながらヒカルが水着を受け取ると。
「・・・何この水着?」
「漢と書いて男と読む!これぞ漢の黒ビキニ!やっぱ水着はこれに限るぜ」
要するにボディビルダーの人が良く穿いてるピッチリしたあれだった。
ヒカルは無言で黒ビキニを後ろに放り投げた。
「あぁっ!何するんだよ」
「うるさいよ。それに言っておくけど今のが普通のだったとしても泳ぐ気なんかないからね」
ヒカルは腰に手を当てて、び!とゴンゾウを指差して宣言する。
「くっそぉ・・・。なら一人で泳いでやるからな!楽しそうに遊んでやる!ヒカルが
一緒に遊びたくなるくらいな!うぉぉぉ!」
ゴンゾウはズボンを脱ぎ捨て、下に穿いていたらしいボクサータイプの水着姿になると叫びながら
海へと向って走り出した。
あんたは普通の水着なのかよ!と突っ込みたくもあったが、それよりヒカルはゴンゾウに
言ってあげないといけないことがあるのだ。
「あっ、待って木下。九月の海は水温どうこうよりも・・・クラゲが」
「あぁぁぁぁぁぁ!」
言いかけたヒカルの言葉を遮り、海に飛び込んでしまったゴンゾウの悲鳴が響く。
いい感じにクラゲが集中してるところに入ってしまったようだ。
「遅かったか・・・」
ヒカルはそう呟くと適当な動作で十字を切って、友人の不幸とアホさ加減に同情する。
波打ち際に打ち揚げられているゴンゾウのほうへ歩み寄ってみると、全身ところどころ真っ赤に
腫れて大変なことになっていた。
「うぅぅ・・・オレはもう駄目だ。ヒカル、最後にちゅーしてくれ」
「元気じゃん。まぁぼくが昔聞いた方法で何とかしてあげよーう」
数分後。
ゴンゾウはすっかり首から下を砂に埋めれていた。その首の上に腰掛け、ヒカルはいい仕事した、
と爽やかな顔で汗を拭っている。
「・・・なぁヒカル。これってどういうことなんだ?尻の感触は気持ち良いからそれはいいんだが」
がっつり埋められて指一本動かせないゴンゾウはヒカルに尋ねる。その表情はどことなく幸せそうだ。
「クラゲに刺されたときは患部に砂をかけると良い!らしい。だから全身刺されたら
全身埋めればいい!はず」
自信があるのか無いのか良く分からない口調でヒカルは言う。
「それってホントかぁ?」
「知らないよ。民間療法ってやつ?」
「・・・そうか、でもオレはヒカルを信じるだけだぜ。こうやってオレのために汗水たらして
がんばってくれるなんて感激だ」
「そうかい。じゃ、ぼくはその辺の写真取ってくるから大人しく埋まってなさいな」
ヒカルは懐からカメラを取り出す。ヒカルの趣味は写真なのだ。デジタルは不可。
「この辺はいい感じの眺めだから良い写真が取れそうだ〜っと♪」
鼻歌を歌いながら歩き去るヒカルをゴンゾウは慌てて追いかけようとするが、もちろん動けない。
「あ、待てヒカル!オレも連れてけ・・ぷわ!な、なんだか波がここまで届いてるんだが!?」
ヒカルは振り返ることすらせずに答える。
「波がきたら息を止めればいいじゃなーい。満潮までには戻ってくるから安心して〜」
「それはちょっとひどくないか!?」
さすがに悲壮な顔になって叫ぶゴンゾウ。ヒカルはくるりと振り返るとゴンゾウに投げキッスした。
「ぼくを信じて待っててね」
「・・・おう!」
鼻息荒く返事するゴンゾウ。今日はいいものを見れた。それだけで今日は十分だ。デートできたし。
ゴンゾウは顔に波が掛かるのも気にせず、さっきのヒカルの仕草を思い出して悦に入っていた。
数時間後、ヒカルが戻ったときにはゴンゾウは水没しかかっていて鼻だけで息をしていたが、
掘り起こされた彼は結構幸せそうだった。