夕暮れの街の中をヒカルとゴンゾウは二人並んで歩いていた。
いや、正確には必死で早歩きしているヒカルにゴンゾウが執拗に付きまとっているのだが。
「なぁなぁヒカル、ここに映画のチケットが二枚あるんだが」
「ふーん」
ヒカルの態度は素っ気無い。
「今度の日曜に一緒に行こうぜ」
その態度に怯む様子もなく、ゴンゾウは言葉を続ける。
「何が悲しくて貴重な休みに男二人で映画観なきゃならんのだ」
「いいじゃないか」
「とりあえずお前とはイヤ。・・・ええい、肩に手をまわそうとするなっ」
「大丈夫だって!オレとお前じゃ男同士に見えないから!ほら!」
ゴンゾウはヒカルの肩を掴むと手ごろな店のガラス扉の前に立たせた。
「どっからどう見ても男女のカップルに見えるって!」
「・・・むぅ」
ヒカルはガラスに映った自分の姿を見ながら唸った。我ながら見事な女顔だ。
しかも背が小さい。四捨五入して160cm。その上童顔でもあるし。
よく中学生とか高校生に間違えられるんだよな。・・・二十歳なんだけどなぁ。
それに対してゴンゾウは背が高い、足も長い、おまけに美形だ。むかつく。モテるし。ホモのくせにぃ。
確かに男女のカップルだと言っても疑われなさそうな気もする。
でも・・・。
「だからと言ってお前と付き合う理由にはならないぞー」
「くそぅ、強情な奴め・・・」
「何が強情だよ・・・」
と、そんなことをしているうちに、気が付くと公園の中を横切っていた。
ここは通称、愛の語り場。この辺のカップルがよくここで愛を語らっている。
別称は猿の盛り場。辺りかまわずイチャつくカップルのせいで親が子供をここで遊ばせないようにしている。
「おーおー、相も変わらず盛ってるなぁ。羨ましい限りだねぇ」
「羨ましがることないさ。さっ、オレたちも・・・」
「気味悪いこと言うなって。・・・あぁもぉ!尻を触るなっ」
手を払って少し距離をとるヒカルにゴンゾウは憤慨しながら言った。
「ちょっとくらいいいじゃねぇかよ!」
「よくねぇっつーの」
「くっそー、今日は触ってやるからな。色々と・・・。」
にじりよるゴンゾウから鞄を盾にして、じりじりと間合いをとるヒカル。
「どこ触るつもりだよ・・・!」
「どこってお前・・・くふふ」
「・・・ひぃぃー」
ゴンゾウの含み笑いに恐れをなしたヒカルは背を向けて逃げ出した。ゴンゾウは本気になったのか無言で追ってくる。
このままではヤられてしまう、と戦慄したとき公園の前の道を歩く弟の姿を見つけた。必死で声を上げ、駆け寄る。
「おーい!ノボルー!ノーボールー!」
「んん?兄さんじゃーん」
「ぎゃー!」
ノボルはそう言いながらヒカルの脇の下を掴むと振り回すようにヒカルを一気に持ち上げた。ノボルは身長が2mもあるので
振り回されると物凄い勢いがつく。持ち上げたヒカルを肩車するとノボルはそのまま歩き出した。
「今日は部活早く終わったんだよ」
「そ、そう・・・」
ヒカルはくらくらする頭を抑えるので精一杯だ。
「ちょおいと待ちなぁ!」
追いついてきたゴンゾウがノボルの前に立ちふさがる。律儀に礼をするノボル。
「あぁ木下さん、こんにちは」
「落ちるー!」
「こんにちは。・・・すまんがヒカルさんを渡してくれないかな?」
「はい・・・。」
一瞬素直に渡そうとしたノボルだが、ゴンゾウの眼がケモノの眼になっているのに気付く。
「・・・いや、今日はこのまま帰りますよ。兄の面倒を見るのは弟の義務ですからね」
「頼もしいぞノボルー」
「ふっふっふ、オレは一生ヒカルさんの面倒を見る気あるぞ?むしろ添い遂げる」
「勝手なこと言うなー」
「ははは、面白い冗談ですね」
「ふふふ、いや本気だって」
「・・・」
「・・・」
「逃げろっ、ノボル!」
「よしきた兄さん」
突然のヒカルの指示に瞬時にノボルは従って走り出した。
「あぁ!待てー!」
慌てて追いかけるゴンゾウだが、何しろ歩幅が違いすぎる。みるみるうちに距離が開き、逃げられてしまった。
「ノボル・・・。奴はいつか倒させばならんようだな。そう、愛のために!」
そう夕日に誓うゴンゾウであった。
「兄さん、逃げ切れたよ。兄さーん?・・・気絶してら」
ちょっと揺れが激しすぎたらしい。ぐったりとしているヒカルをノボルは抱えなおすと鼻歌を歌いながら家路に着くのであった。