「あー……くそっ」

俺は学校への道を突っ走っていた。

朝っぱらから情けない話だが、遅刻しそうなのである。

きちんと目覚ましはセットしたのだが、目覚ましの野郎がサボりやがった。

それでも一応目は覚めていたのに、布団が「今日は寒いからもう少し」と離してくれなかった。

朝飯のパンを狩るのに手間取った。

ちなみに今朝の収穫は牛乳コップ一杯とミニアンパン(小倉)が三個。

活きが良かったんで大変だった。

他にも色々とあったが、まぁそんな感じの不幸が重なったせいで、もう時間がギリギリなのだ。

(もぉー! あんたも鈍臭いんだから! ほら、もっと速く走りなさいよ!)

「わかってるっつーの」

胸ポケットから喚いているのは俺の愛用しているシャーペンだ。

愛用というか小学校の高学年に、エンピツからシャーペンに切り替えてからずっと使っているだけなのだが……。

長い付き合いのせいか態度がデカい上に、常に持ち歩けとうるさい。

シャーペンの言うことを律儀に聞いてる俺もどうかとは思うが。

と、今朝のことを思い返しているうちに校門さんが見えてきた。

通る度に挨拶を交わすのですっかり仲良くなった校門さん。

そんな校門さんはきっちり閉じられてしまっていた。

その前には不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいる、風紀委員の早坂小雪が立っていた。

短く切りそろえられたショートカット、きりりとしたちょっと釣り目な瞳。

何故か持ってる使い込まれた木刀。

制服を校則通りにきちっと着こなして……るわけでもなく、それなりに短くされてるスカートを穿いたその姿。

数々の遅刻者を生徒指導室に送り込み続けている猛者である。

「ちぃぃ……! やっぱいるか」

(負けるんじゃないわよ!)

「当然」

断言口調で返事を返したが、俺は別に勝ち負けが発生するようなことをするつもりもヒマもないぞ。

早坂は俺に向って木刀を突きつけてきた。

「まーた遅刻かキミはっ。今日は入れてあげないよ!」

「俺にも事情があるんだよ、風紀委員の早坂小雪。そこを何とか」

木刀の前で立ち止まり、手を合わせて頼んでみる。

「何ともなんないっ。通さないっ。大人しく生徒指導室に行くがいいよっ。この風紀委員の早坂小雪が直々に連れてってあげるっ」

いちいち力の入った喋り方をするヤツだ。

朝っぱらから疲れんのか。

まぁ早坂小雪は元気かもしれんが、俺は今朝は少々疲れているのでスルーさせて頂こう。

「遠慮しとく。……校門さーん、お願いします」

(仕方ないわねぇ)

早坂の後ろの校門さんに声をかけると、重い音を立てながら自発的に開いて下さった。

やはり人間?関係は大事だ。

(また放課後にでも磨いて頂戴ね?)

「もちろんですとも」

「ま、また校門が勝手に開いた! 何でだよぉ。だいたいキミは誰と喋ってるんだよぉ」

ちょくちょく起こる怪奇現象を目にして情けない表情を浮かべる早坂小雪。

ふっ。世の中は色んな理屈で動いているのだ。

(勝ち誇ってるヒマは無いわよ? 校門が開いたんだから後はあの小娘だけよ!)

「小娘て。お前よりは年上だろうに」

(いいから早くなさい!)

……ったく。

「校門が勝手に開こうが! 早坂小雪は負けないぞっ。……くらえー!」

気合を入れ直した早坂小雪は、手にした木刀を振りかざし殴りかかってきた。

あ……。

「あ、危ねっ」

寸でのところで一撃を交わす。

非常識なやつめ、せめて竹刀にしてくれよってんだ。

(ツクモガタリ! 我が主の為に! 大人しく我の前に散るがよい!)

木刀の方も殺る気満々だ。

ちなみにツクモガタリとは、どうやら俺の能力の名前らしい。

古い道具とか古木とかにそう呼ばれることがあるが、俺はイマイチ気に入っていない。

だいたい能力というもの恥ずかしい。

ただ俺は、ありとあらゆる無機物や生物と会話できるだけの男だ。

それ以上のことは別に何も出来ないんだがなぁ。

あとは俺の近くにいる無機物が勝手に動くくらいか? ……まぁそれは閑話休題として。

「やぁっ。とぉっ」

早坂小雪は大した相手ではないのだ。

そもそも文芸部所属の運動不足オンナなど俺の敵ではない。

(ふんッ。はぁッ)

だが、年季の入った木刀の太刀筋が鋭すぎるのがキツイッ。

こいつは木刀が勝手に動いてるということに気付かんのか……!

「身体が軽いっ。勝てるっ」

「ってか俺を殴ってどーすんだよ、そもそも! 俺を生徒指導室に連れてくんじゃなかったのかっ」

「それはそうだけど一泡吹かせてからっ」

「何だそれは!」

訳のわからん理屈から繰り出される必殺の一撃。

交わしきることができそうになかったので、俺は手にしている鞄で防ごうと前にかざした。

(いやいやダンナ。あんなもんで殴られるのは勘弁ですよ)

そして鞄に裏切られた。

俺の手からすっぽ抜けて逃げる鞄。

迫り来る木刀。

殴られる俺。

鈍い音が辺りに響く。

「ああ!? やりすぎたっ。大丈夫ー!?」









時間は流れて昼休み。

昼飯を食い終わった俺は、教室にて委員長と何気ない雑談をしていた。

「うわぁ、凄いタンコブ」

ぷっくりと腫れた頭のコブを撫でながら、委員長は俺より痛そうな顔をしている。

「だろ? 早坂小雪め。何て酷い奴なんだアイツは」

早坂小雪の会心の一撃を喰らった俺は敢え無く気絶……ということはなかったが。

殴られた場所が場所だけに、一時限目の間は保健室で寝かされていた。

俺を殴った早坂小雪は「やりすぎ」と生徒指導の先生に怒られたらしい。ザマミロ。

というか木刀で殴りかかるとか犯罪じゃないのか。

退学処分……はひどいな。……停学……も可哀相。

……うん、反省文でも書かされればいいんだ。

「あのコは一生懸命なだけよ。あんまり怒らないであげて」

「それは分かるが。でも俺には特に厳しい気がするぞ」

現に今朝だって俺と早坂小雪が攻防している隙に、何人か他の遅刻者が校門抜けてったし。

そう主張する俺に委員長はやや困った顔をした。

「うーん。……まぁ素直になれないんだろうね」

「何の話だ」

「何の話かは私からは説明したくないし、私としてはあんまり分かって欲しくないかも」

委員長はさらに困った顔になって訳の分からないことを言う。

意味がわからん。

この委員長と俺が呼んでいる娘、実は別に委員長でも何でもない。

単に俺が委員長っぽい雰囲気だから俺がそう呼んでいるだけの話である。

実際、委員長になってもいいくらいに責任感のある娘で、先生受けのいい生徒だ。

ただ、俺のよくわからん理由で困っていることが多い変な娘でもある。

「そうかいそうかい」

生返事を返していると、廊下側の窓ガラスに声をかけられた。

(お兄さんお兄さん。そのウワサの人物、早坂小雪ちゃんが只今廊下を移動中よん。こっちに向ってるよん)

ほほう。

「……そうかそうか。どんな様子だ?」

俺は口の中で極々小さく呟く。

話し掛けようと思って声を出せば、だいたい伝わるので便利なものだ。

(友達同士と何やら話しながら、おどおどした感じで歩いてきてるよんよん)

「ふむ。ありがとうよ」

(気にすんなよん)

という、無機物との心温まるやり取りで情報を得たところで……。

ちっとだけ早坂小雪に意地悪してやりたいな。

ささやかな嫌味くらいにしとこう。

「委員長、ちょっと移動してくんない?」

「え? うん、いいけど……」

というわけで、まず委員長を廊下側に移動させてっと。

廊下の様子を窺ってっと。

よしよし、ここからなら向こうに声が聞こえるかな。

「それにしても風紀委員の早坂小雪は乱暴だよなー」

「え、またその話?」

突然話を振られて戸惑う委員長は置いといて。

「遅刻したくらいで木刀で頭をカチ割るなんて真っ当な女子高生のやることじゃないっつーの」

言いながら廊下の様子を横目でちら見。

俺の声が聞こえているらしく、眉を寄せて立ち止まっている早坂小雪の姿が見えた。

よしよし。

「それに対して委員長は最高だよな」

「え?」

「まさに眉目秀麗成績優秀品行方正大和撫子って感じ?」

知りうる限りの四文字熟語を乱用してみる。

「て、照れちゃうよ……」

真に受けて頬を赤くしている委員長。

それはいいとして、もっかい窓の外を見てみる。

早坂小雪は俯いて肩を震わせていた。

ふふ。怒ってる怒ってる。

「あーあ。どこぞの風紀委員も委員長みたいだったら良かったのになぁー」

白々しい声でフニッシュ!

我ながら見事な挑発。

さてさて。早坂小雪の反応は……。

「……悪かったねっ。真っ当な女子高生じゃなくてっ」

「おお!?」

振り返ると、窓が開けられてその向こうに早坂小雪が腕を組んで仁王立ちしていた。

目を吊り上げさせて、気のせいか髪も逆立っているようにさえ見える。

……やりすぎたかもしれん。

「わざわざ比べられなくても自分で自覚してるよっ!」

早坂小雪は言いながらワインドアップ。見事なフォームで振りかぶる。

「な、何をする気だ」

「男のクセにぐちぐち言うなっ!」

「あいたぁ!」

ぱちこーん! と見事な音を立てて、俺の顔面に何かを叩きつけられた。

すげぇ痛ぇ。こんな至近距離で何をしやがる……!

俺が鼻をさすりながら文句の一つも言ってやろうと思った時には。

「ばーかばーかっ!」

早坂小雪は舌を出しながら走り去ってしまっていた。

風紀委員が廊下を走るなっつの。

「だ、大丈夫?」

「おう……」

だいたい何を投げつけたんだ……。

床に落ちたそれに目をやると、小さなビニール袋に包まれたクッキーだった。

(う、ううう)

俺の顔面に直撃した衝撃で木っ端微塵になってうめき声を上げていたが。

「なんだこりゃ」

「さっき調理実習だったみたいだから……。その時に作ったものじゃない?」

「ふむ」

「……今朝のお詫びに持ってきたとか?」

ぽんと手を打って委員長は言うが。

「ふん。ありえんありえん。手に持ってたもんを投げつけただけだろ」

本当に乱暴なヤツだよ早坂小雪は。

でもこのクッキーは勿体ないから食べちゃおう。

(た、助けて……)

「今楽にしてやるぜっと」

(きゃあああ……)

拾い上げて封を開け、ほとんど粉になったクッキーを口に流し込む。

おっ、意外とイケる。

「委員長もどう?」

「私は遠慮しておくわ……」

粉塵クッキーはいらないか。

それにしても早坂小雪め……どうしてくれようかな。











と、腹を立てていた俺だが放課後になる頃にはすっかり平常心に戻っていた。

よくあることと言えばよくあることなのだ。

いつまでも腹を立ててもいられない。

授業も終わり、部活にも入っていない俺はまっすぐ帰ってもいいのだが帰っても別にやることはない。

なのでちょっと文芸部の部室に遊びに行くことにした。

あの部室は部員たちの所有する漫画や小説置き場と化しているスペースだ。

週に二、三回集まってダベる以外には利用されていない様子。

なので使っていない日は、たまに俺が勝手に入って漫画を読ませてもらっているのだ。

少女漫画とかたまに読むと面白いんだよな。

鍵なんか俺にとっては意味のないものだし、見つかったって別に構わない。

委員長や早坂小雪を通して他の文芸部員とも多少は付き合いがあるので、好き勝手にできる。

「あーれーはー何ー巻ーまーでっ、読んっだかなっとぉー」

この間途中まで読んでいた、女性歌手が活躍する漫画を漁ろうと本棚に手を伸ばしかけた俺だが。

机の上に無造作に置いてあるノートが目についた。

早坂小雪 めも用ノート。

とまぁヤケに可愛らしい丸文字で書かれていた。

「……ネタ帳か?」

(そうですよ)

「この間もネタを書いてある手帳を拾ったが……。あいつも色々持ってんだなぁ」

(中見ます? 私、忘れられちゃってちょっと機嫌悪いから覗いていいですよ)

目の前のノートの発言に俺は少し興味をそそられる。

あいつ、見かけによらずメチャメチャ可愛らしい文章書くんだよな……。

前に手帳読んだときはあまりの内容に背中を掻き毟らせてもらったが。

痒くなるんだよな……凄まじい乙女っぷりに。

というわけで久々に悶えさせてもらうかな。

「ではお言葉に甘えて」

(どうぞどうぞ)

パイス椅子に腰掛けて俺は机にノートを広げる。

授業中に描いたと思われる落書きに混じって小説のアイディアらしきものが走り書きしてあった。

病弱な女の子と野球少年。

顔は美形だけど意地悪な男と男勝りな女。

清純派新人少女歌手とそれを見守るマネージャー。

他にも……他にも……。

「……いいなぁ。こういう設定大好きだぜ俺は」

早坂小雪のセンスに感嘆しながらノートをめくっていくと、走り書きとは違う長い文章が出てきた。

最近書かれたばかりのようでノートの一番新しい部分に書き込まれている。

アイディアというかほとんど小説の形態になっていたので読んでみることにする。

「……ふむ……ふむ……ふむ」

何だこりゃ。

内容はどうも今朝の出来事を文章化しているもののようだった。

登場人物は俺と早坂小雪。

ネタにするのは構わんが、俺の本名そのまんま使うなよな……。

こっ恥ずかしいものを感じながらもとりあえず読み進める。

……なーんで俺が「素直になれない意地悪な同級生」みたいな描かれ方してんだよ。

早坂小雪は「恋に悩む元気っ娘」になってるし。

ていうかこの内容、俺と早坂小雪の少女漫画的なラブコメと化してるぞ。

恥っずかしいなぁ。

しかし、この内容だと早坂小雪は口ではどうこう言いつつも、内心反省してることになっているな。

現実とはえらい違いだ。

ふんふん、小説じゃあ教室には謝りに来てたわけか……。

で、クッキーを渡すときに? 部室に放課後に来るように伝えて?

そこで二人っきりになって今朝のことを謝り合い?

それから……。

「ちょぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁぁっ!!」

「おおう!?」

び、びっくりした……!

突然の叫び声に腰を抜かしかけながら振り返ると、そこには早坂小雪が息を荒くして立っていた。

たぶん色んな理由のせいで顔が耳まで真っ赤になっている。

「ひ、人の持ち物を勝手に見るとは何事かっ」

「……いやぁ。置いてあったもんだからついつい」

「ついついじゃあないっ」

誤魔化し笑いをする俺の手から早坂小雪はノートを乱暴に引ったくる。

奪い取ったノートをぐしゃぐしゃと自分の鞄に突っ込むと、まだ赤い顔でこちらを睨んできた。

「……どこまで読んだっ?」

「部室で謝り合って……ってとこまでだな」

「……せーふっ」

何やら額の汗を拭いながら小声で呟く早坂小雪。

「しかし良く書けてるとは思うが、俺の名前をまんま使うのは恥ずかしいぞ」

「ちょ、ちょっと借りただけだよっ。男の子の名前が思いつかなかっただけなのっ」

「ふーん……」

「な、何にやにやしてるんだよっ」

あ、顔に出てたか。

俺は腕を組みながら早坂小雪に歩み寄る。

何だろう、勝者の余裕みたいなものを感じるぜ。

「何だよっ」

「で、どこまでフィクションなのかなぁ?」

俺の言葉に音が立ちそうな勢いでさらに耳まで赤くする早坂小雪。

顔の前で両手をぶんぶか振り回す。

「け、今朝のことは参考にしただけだってばっ」

「……どうしよう、彼の頭を思い切り叩いちゃった。あんぽんたんになっちゃったら私のせいだわ」

「ぐっ」

「謝る機会が掴めなかったけど、このクッキーはいい口実になるわ。さっそく持っていこう」

「はうっ」

「酷い。いくら機嫌が悪いからって他の女と比べなくてもいいじゃないっ」

「ちょっ」

「何とか部室に来るように言えたけど、ちゃんと来てくれるかな……」

「もう止めてぇぇぇぇっ」

頭を抱えてしゃがみ込む早坂小雪。

ふはは、作者の目の前で小説の暗唱は効くだろう。

「まぁ最後のトコはフィクションだよな。俺は別に呼び出されてないし」

「全っ部フィクションなのっ! つーくーりーばーなーしっ!」

早坂小雪はもはや泣きそうな顔でわめく。

フィクションなのは分かってるって。

……あー面白かった。

でもこの辺で勘弁しといてやるか。

何か貰ったラブレターを読み上げるアホな小学生のようなことをしている気がしてきた。

「あはは。悪い悪い。勝手に覗いてすまんかった」

さて帰るか。

呵呵と笑うと、へたり込んでいる早坂小雪の横を抜けて部室を出ようとする。

そんな俺のズボンを掴んで早坂小雪は引きとめてきた。

「なんだよ」

「……えっと。一つだけフィクションじゃなかったりっ」

視線を落とすと、早坂小雪は俯いたままもじもじやっていた。

「あ、頭叩いてごめんよっ」

か……。

「可愛いヤツめ……」

俺は早坂小雪の頭に手を伸ばしてぐりぐりと撫で回す。

こいつは何だかんだで素直だから良いヤツだ、うん。

頭を撫でられている早坂小雪は相変わらず俯いたままで表情は見えないが、抵抗もない。

なので嫌がってはいないと判断しておこう。

「……でも俺は謝らないぞー」

「なんでだよっ。ここは気持ちよく謝り合っておこうよっ」

俺の言葉に早坂小雪は跳ね上がるように立つと、目を吊り上げさせた。

えー。

「だって別に俺が謝るようなことはないしなー」

「委員長と比べたりしたでしょっ」

「うーん……でも謝りたくねぇなー」

などと揉み合っていると、そのドタバタで俺は本棚に背中をぶつけてしまった。

おっと。

一瞬ぐらついた本棚を慌てて抑える。

その時に早坂小雪は変な声を出した。

「あれっ。何か降ってきたよっ」

「何だ何だ」

早坂小雪が拾い上げたものに視線をやると、それもまたノートだった。

ここの部室は片付いてないなぁ。

何で本棚からノートが降ってくんだよ。

「……これもネタ帳みたいだねっ」

「ほう。誰の?」

(お前が委員長って呼んでる人の)

ノート本人? が即答してくれた。さんくす。

「わからないなっ。中見たら筆跡でわかるかもだけどねっ」

「ふーん」

首を傾げる早坂小雪だが、俺はもう答えがわかっているのでどうでもいい。

委員長は見かけによらず……何と言うかアレな文章を書くのであまり見たくないのだ。

「誰か忘れていったのかもっ。確認しなくちゃっ」

言いながら早坂小雪はノートを開く。

あーあ開いちゃったよ。

でも早坂小雪のネタ帳も見ちゃったし、ついでに見てくかな。

「どれどれ」

中を見ると、ネタ帳ではなく小説が最初からびっちりと書き込まれていた。

その内容は……。

「の、濃厚なラブストーリーだねっ」

「そんなことより登場人物の名前が俺と委員長かよ……」

またか……。

でもさっきより、何というか酷い。

俺が絶対言いそうにないような甘い台詞を言いまくってるし……。

身に覚えの無い情景ばっかだし……。

「これこそ俺の名前使ってるだけだろ」

「あ……でも何だか途中から挿絵が入ってるっ」

「う、上手い」

「しかもそっくりだっ」

やっぱり俺なのか!?

何なんだ……委員長は普段どういう目を俺を見ているんだ……。

好かれているってのとはちょっと違う気がするんだが。

でも文章能力は秀逸なので、お話としては面白い。

せっかくなので早坂小雪と二人でそのまま読み進めていた。

……だんだん挿絵が増えてくるのがちょっと気になるな。

フルカラーなのが凄ぇ。

「……」

「……」

半分ほど読み進めたところで、俺と早坂小雪の間に居心地の悪い雰囲気が漂い始めた。

お話も佳境、といった部分なのだが……展開が……その……。

いささかお子様には見せれないような内容に。

……ぶっちゃけ官能小説的展開になってきたのだ。

「うわーっ。うわーっ」

「こ、この中の俺って凄いな」

二人で顔を赤くしながらさらに先を読み込む。

年頃の男女が一緒に読む内容じゃないとは思うが、官能抜きにしても面白いことは面白いのだ。

色んな意味でどきどきしながら次のページをめくる。

「「ぶふっ!?」」

二人して吹いた。

「こ、この場面でも挿絵付きっ!?」

「委員長……!」

健全じゃないにも程があるぜ委員長!

恐る恐る次のページもめくってみるが……。

「ひぃぃっ。まただっ」

「それどころかここから先は漫画になっている……!」

お前は文芸部じゃなかったのか委員長!

漫画を描いてどうする。そして内容も少しは自重してくれ。

いや……それより……それより……!

俺の身体の各部がやけにリアルなのはどういうわけだ!

委員長の前でハダカになった覚えはないぞ!

……ないはず……ないよなぁ?

「うわぁぁ……」

今度は俺が頭を抱えてしゃがみ込む。

「ああっ! しっかりするんだっ」

俺の気分を察してくれたらしい早坂小雪は一緒にしゃがみ込んで励ましてくれた。

「しばらく委員長の顔をまともに見る自身がないよ……」

げんなりしながら漏らす俺。

早坂小雪も複雑な表情をしながら頷いた。

「と、とにかくこれは無かったことにっ」

「燃やしちまいたいよ……」

何かもう早坂小雪と言い合いしてたこととかどうでもよくなってしまった。







「おはよう」

「お、おはよう。……じゃ」

「じゃっ……。何か最近様子おかしくない? 何で机を離そうとするの? そ、その怯えた目つきは?」

後日、しばらく委員長を避けていた俺を責めることは誰にも出来ないはず。








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