『旬のリンゴは美味しいので、今年も送ってくれるわ! これぞ正に敵に塩を送ると言ったところだな。これ食べてビタミン採ってね』

「……嫌がらせか、これは」

この週末、従妹のヒメちゃんの家から荷物が届けられた。

同封された手紙を読む限りでは、普通は感謝すべきところなんだろうが……。

「いくら何でも多すぎやしないか」

ダンボール箱10箱分、というのはどうだろう。

ウチだけじゃとても食えねぇ……。

かと言って腐らせるわけにもいかんし。

(暗いよ狭いよ怖いよー)

(食うならさっさと食ってくれー)

(そうだそうだー)

(私はー丸齧りでー食されることをー要求するー)

(俺はパイにされてーなぁ)

「何でお前ら食われることに積極的なんだ」

このリンゴたちうるさいし。

俺は基本的には平凡な高校生なのだが、ありとあらゆるイキモノとモノの声を聞くことができるという難儀な体質。

余計なモノが家に増えるとうるさくてかなわんのだ。







家族会議の結果、一家団結してご近所から知り合いまで配りまくることに決定した。

ウチの両親は常識人なので、一つ一つの家庭に配れる量はそこまで多くない。

配りすぎるとウチみたいに迷惑されるしな。

俺も手伝ってリンゴを少しずつ小分けして近所に配って回った。

おかげでご近所付き合い度がかなり上がってしまった。

近所のチビッ子たちにしばらくはリンゴのお兄ちゃんと呼ばれてしまいそうだ。

しかし地味に疲れる。

もしかしたら、これもヒメちゃんの策略なのかも……とか一瞬思ってしまった。

まぁ毎年送ってくるから違うのはわかってるが。

ウチの親父も頑張って会社で配ってくれた。

それでも残ったリンゴの量は……。





「……あと、3箱か」 多い、まだまだ多いぜ。

もうここ数日、ウチの一家で半泣きになりながら食っているというのに……。

食べ物を無駄に出来ないという性分が憎い。

捨てるのが勿体無い、とか言う以前に恨み言を聞かされるのに耐えられない。

でも何とか処理せねば家で腐るだけ。

というわけで少々気恥ずかしいが、手っ取り早い策に出ることにした。







「……えー。普段お世話になっている皆様に旬の味わいを送らせて頂きますー」

翌日の朝。

俺は家から台車を使って段ボール箱3箱分のリンゴを教室に持ち込んだ。

道中にすれ違った人々と、風紀委員の早坂小雪や生徒主任らに変な顔をされたが、まぁ構うまい。

挨拶してついでにリンゴを一つずつ渡しておいた。

「ど、どうしたのそれ?」

「いい質問だな委員長」

教室に入ってきて真っ先に声をかけてきた眼鏡の少女に、俺はぴしりと人差し指を立てて答える。

「田舎から大量に送られてきて食いきれないのでクラスの皆に手伝ってもらおうと思ってな」

「だからって何も台車まで教室に持ち込むかな……」

「さー。リンゴはいらんかねリンゴは。どれでもタダで配っちゃうよー」

「学校でこんなことしていいの……?」

「「どれどれー」」

「みんなも普通に貰ってないで何とか……ああ」

がくりと膝をつく委員長。

「誰も聞いてくれない……」

何故か教室の隅で涙している委員長は置いといて。

クラスの皆は普通に興味を持ってリンゴを貰いに集まってた。

やはり今が旬の果物だから、あまり嫌がる人もいないということだろう。

ただ俺はもう食いすぎたので見たくもないが。

「まだまだあるよー。一人何個でも持っていっちゃっていいよー」

とまぁ俺の健気な努力の甲斐あって、とりあえず1箱消えてくれた。

朝のホームルームをしにきた担任にも一個贈呈。

うむ。

いい調子だ。

クラス内での俺の株も上がったようだしリンゴも減るし一石二鳥。

残りは昼休みにでも他のクラスにでも配りにいくかね。







次の日の昼休みのこと。

「これ、昨日のリンゴで焼いたんだ。よ、よかったらどうかな?」

今回はリンゴ配るだけの話だと思ったのに……。

俺は目の前に差し出されたアップルパイを見て、うんざりした気持ちになっていた。

(よ! ただいま! 念願のパイになって帰ってきたぞ)

そりゃよかったな……と口の中で小さく呟いておく。

委員長……。

お菓子を作ってきてくれるということ自体は凄く嬉しい。

嬉しいのだが、今はリンゴが入ってる食べ物は見たくもないのに。

正直言って「こんなもの食えるかぁ!」と叫びつつ目の前のタッパをひっくり返してやりたい。

だが俺も男。

照れくさそうに頬を赤らめながら差し出されたお菓子を無下にすることはできない……!

「ありがとう委員長。うまそうだなぁコレ」

顔は笑って心で泣いて。

嗚呼、男は辛い。辛いなぁ。

でもパイは甘いぜ……。

(味わって食べるんだぞー)

「だから何でお前はそんなに食われることに積極的なんだよ」

「え? 何か言った?」

「別に……」

小首を傾げる委員長の質問をはぐらかし、俺は内心うんざりしながらもパイを頬張る。

美味いとは思うけど身体が受け付けねぇ。

だからと言って食わないわけにもいかず、ちびちび齧っていると目の前の委員長が何だか悲しそうな表情を浮かべた。

「……口に合わなかったかな?」

う、顔に出てたか。

「そんなことは無いぜ委員長。美味いって」

「無理してくれなくても……」

俺のフォローも通用しない。

くっ、委員長の人の気持ちを察しられると言う美点がここで裏目に出るとは。

どうする……もう素直に食いたくないから他の人にやってくれとでも言ってしまおうかな。

考えあぐねていると、手に持っていたパイの感触が突然、消えた。

「いっただきっ!」

声のする方に顔を向けると、まるでお魚咥えたドラ猫のごとくな感じで早坂小雪がパイを咥えてほくそ笑んでいた。

「早坂小雪か」

またいきなり現れたなコイツは。

「ちびちび食べてるからいらないかと思っちゃったよーだっ」

言いながら早坂小雪はこれ見よがしにパイを全て口の中に押し込んでしまった。

もしゃりもしゃりと豪快に咀嚼し、飲み込む。

「あーっ。美味しかったっ。やっぱり委員長の作るお菓子は最高だねっ」

にやにやと笑いながら、委員長にではなく俺に向かってパイの感想を語る。

嫌味のつもりなんだろうなぁ。

でも普段なら腹の立つところだが、今回は助かったぜ。

「くそー。早坂小雪め。やってくれるな」

「へっへーんっ」

悔しそうなフリをしてやってると、委員長が小さな声でぼそりと呟く。

「何か台詞が棒読みな気がする……」

……気にしない気にしない。

微妙な居心地の悪さを味わっていると、早坂小雪がスカートのポケットから何かを取り出した。

何それ、と訊ねる隙もなく、その何かを口に押し付けられた。

「むぐっ」

なんだなんだ。

俺が思わず反射的に受けとると、早坂小雪は得意げに胸をそらす。

「昨日貰ったリンゴを一個、リンゴアメにしてみたっ。ありがたくいただくがいいよっ」

……はぁ。

押し付けられたモノを見てみると、確かにそれは綺麗に包装されたリンゴアメだった。

リンゴアメとかフツー自分で作るか? 感心していいとこなのか?

ていうかリンゴアメとかアップルパイよりヘビーなんだが。

平常時でも一個丸ごとなんて食えねぇよ、俺は。

俺が何も言わず、眉間に皺を寄せてリンゴアメを眺めていると、何故か不安そうな声を出す早坂小雪。

「……いただくがいいよっ」

「うーん」

「……もしかしてリンゴアメは嫌いだったかなっ?」

見るからに早坂小雪はしょんぼりとして肩を落とす。

嫌いも何もリンゴそのものを今は見たくないんだよ。

と、言ってやりたかったが俺もそこまで外道にはなれないので、仕方なく包み紙を剥がす。

ぱくり。

甘い……でも。

「うん美味いよ。早坂小雪もこういうの作るんだなぁ」

出来るだけ辛そうな顔をしないように注意する俺。

一応ウソではない。

美味いとは思ってるんだ。身体が受け付けないだけで。

「えへへっ。ありがとっ」

俺の言葉に不安そうな顔を一転して明るくさせる早坂小雪。

素直なヤツめ。というか扱い易いヤツだ。

とかやってるうちに予鈴が鳴った。

そろそろ昼休みも終わる。俺としては絶妙のタイミングだ。

「予鈴鳴っちゃったな。じゃあこのアメはまた後で頂くぜ」

言いながらそそくさとリンゴアメを包み直す俺。

「そうだねっ。この早坂小雪もそろそろ教室に戻るとするよっ。じゃあまた後でっ」

早坂小雪は片手をさっと上げ、そのまま去ろうとした。

と、その時。

「てや」

今まで物静かだった委員長が、俺の持っていたリンゴアメを奪いとった。

そしてあれよあれよと言うまに包み紙を剥がすと、自分の口に運んでしまった。

とっさの事に反応できなかった俺と早坂小雪は呆然と立ち尽くす。

もりもりとリンゴアメを一通り齧ると、早坂小雪に向かって不敵に微笑んだ。

「やっぱり小雪ちゃんの作るアメは最高ね」

もしかして委員長、怒ってる?

しかも何故か早坂小雪に対して。

「……むっ」

早坂小雪も眉をひそめてしまった。

なんだろう。よくわからないけど凄く居心地が悪くなってきた。

ていうかよくわからない俺が一番悪いような気がしてきた。

とりあえず謝ってみようかな……。

俺の目の前で不敵な笑みを浮かべあっている二人を見ると、そんな考えが頭に浮かぶ。

そんな弱気になっている俺の肩を後ろから誰かが叩いた。

振り返ってみると、いい笑顔をしたクラスの女子が立っていた。

「今思い出したんだけど、昨日もらったリンゴでケーキ焼いてみたんだけどどう?」

また増えたよオイ。

その様子を見ていたクラスの男子は、ふと思いついたように鞄から何かを取り出した。

「オレも思い出した。昨日もらったリンゴでワイン煮を作ってみたんだ。食ってみろよ」

言いながら俺にタッパを差し出してくる。

……おいおい。

そしてその男子に続いて他のクラスメートが。

「アップルクランブル作ってみたんだけどどうよ?」

「リンゴのパウンドケーキ作ってきたんだけど……」

「焼きリンゴを……」

「リンゴシュー……」

「リンゴのカラメリゼ……」

クラスメートが続々と……!

「ちょ、ちょっと待とうぜお前ら。何でそんな俺にお菓子を食わせようとする。しかも全部自作かよっ。……え? お菓子作りがブーム? 知るかっ」

ご丁寧にみんなタッパに詰めてもってきている。

クラスメートたちは何故か俺を包囲すると、じりじりと輪を狭めてくる。

みんな作ってばかりで味見役がいなかったんだよな、などと呟いている奴がいた。

だからって俺に全部食わせようとするなよ!

「お、俺に食わせたって、美味いとしか言わんぞ。え? それでいい? 褒めろ? なんだそりゃ!」

完全に囲まれてしまった俺。

クラスメートたちは容赦なく顔にタッパーを押し付けてきたりする。

意味がわからない!

「わかった! 食べる、食べるから全部! とりあえず並べ! 日持ちしないヤツから食べるから置いていけ!」

頑張ってそれだけ叫ぶと、わりと素直にクラスメートたちは列を作ってくれた。

助かった……。

……いや、助かってはいないか。

目の前には次々とリンゴのお菓子が積み上げられていく。

あ、何か委員長と早坂小雪まで並んでるし。

よく分からないケンカがうやむやになったかと思えば、こんな意味のわからない騒ぎになるとはな……。

普段目立たない俺が昨日目立ちすぎたのが原因かもしれん。チクショウめ。

俺はうず高く積まれていくタッパーを見ながら、すでにこみ上げてくる吐き気と戦うのであった……。








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