ガラス窓が砕け散る。

そして何か黒い塊が部屋に飛び込んできた。

部屋に響くのはガラスの割れる派手な音と、ガラス窓自身の断末魔の悲鳴だった。

(ぎゃ、ぎゃああああ)

「な、何だー! ていうか……ま、窓ガラスー!」

休日に部屋でごろごろしていたトコにこの惨劇。

俺は窓ガラスの死? に悲しめばいいのか、今飛び込んできた何かに驚けばいいのか分からずパニックだ。

とりあえずというか何と言うか、飛んできた塊にも目を向けてみる。

俺の足元で丸くなってうめいているもの。

長い黒髪を腰まで伸ばして、巫女装束の本来赤である部分が黒くなっている変な服。

「ってヒメちゃんか……」

俺の従妹のヒメちゃんだった。

田舎に住んでいるのだが……遊びに来たのだろうか。

それなら普通に玄関から来て欲しかった……。

「うぅぅ。痛いよぅ、痛いよぅ」

ヒメちゃんは俺のかけた声にも反応せずに自分の右手を抑えて蹲っている。

怪訝に思って覗き込んでみると、手の甲からぼたぼたと血が流れていた。

うわ、ガラスで切ったのかっ。

「ちょっと待ってなヒメちゃん。……救急箱かまん!」

(おういえ!)

俺の声に答えて、タンスの上に置いてあった救急箱が飛んできた。

「治療頼む」

(お任せよー! いっくぜぃ、おまいら!)

((ごーごー!))

救急箱はノリノリで中から消毒液たちを吐き出し、飛び出した彼らも同じくノリノリに働き始める。

献身的に介抱されながらヒメちゃんはしばらくぼけっとしていたが……。

手に簡単に包帯を巻かれたところで我に帰った様子。

周りをふわふわ浮かんでいた消毒液たちを自由な左手で慌てて払った。

「ええい! 情けなど無用だ! でもありがとう!」 

((どういたしまして))

「相変わらず元気だなヒメちゃん」

「ヒメちゃん言うな! 慣れ慣れしいぞツクモガタリ!」

ヒメちゃんはビシっと立ち上がると目を吊り上げさせた。

ツクモガタリって……。

また古臭い呼び方をしてくれる。

「つれないなー。久しぶりに会ったのに。元気してたか? 爺ちゃんも元気?」

「うるさいうるさい! 貴様と馴れ合うつもりなどない!」

言いながらヒメちゃんは俺にどこからともなく取り出した風呂敷包みを差し出してきた。

「これはお土産。今年は柿がいっぱい採れたよ」

「ん、さんきゅ。毎年これが楽しみでなぁ」

やっぱ柿は爺ちゃんの山で採れるやつが一番うまい。

「それは私も思うんだけど、いっぱい食べ過ぎたせいで飽きちゃったよ」

「いいなぁ。俺も飽きるくらい食いたいよ」

「ならたまには帰ってくればいいのに。田舎に帰ればそれこそ山ほど……って!」

台詞の途中で大きく後ろに跳び、俺から間合いを取るヒメちゃん。

「貴様と馴れ合うつもりはないと言っているだろう!」

なんだなんだ。

「さっきからテンションおかしいぞ。また何か漫画に影響されたのか?」

「何を言うかツクモガタリ! 貴様と私は宿命のライバルだろう!」

ずびしぃ! と俺に指を差し、ムダに力強い口調。

「いやいやいや。意味がわからん」

「異能者同士、そろそろ決着をつけねばならんということだ。というわけで果たし状だ!」

またまたどこからともなくピンク色の便箋を取り出し、俺に投げつけてくる。

こ、これは……!

「ラブレター?」

「違う!」

ヒメちゃんは顔を真っ赤にして否定した。

「家にピンクの封筒と便箋とハートのシールしかなかっただけだ! とにかく詳細はそれを読め!」

言いながらヒメちゃんは窓枠に手をかけると、颯爽と飛び出した。

「ちょ……!」

ここ二階二階!

慌てて窓の外を見ると、ヒメちゃんは……。

普通に雨どいを伝ってそろそろと降りていた。

「ヒメちゃん危ないって!」

「うるさい! 去った後なんだから声をかけない!」

「……むぅ」

何をしたいんだあのコは。

ていうか飛び込んできた時も同じようにしたのだろうか。

だとしたら……。

「よく通報されなかったなヒメちゃん」

危なっかしく降りていく様子をはらはらしながら見つめながら、割れた窓ガラスの始末のことを考える俺だった。







その日の夜。

呼び出された場所は、俺が通っている高校のグラウンド。

もちろん誰もいない。暗い。寒い。

イタズラで、ヒメちゃんが来なかったらどうしようコレ。

肩をさすりながらグラウンドの砂さんと雑談して時間を潰していると、頭上から高笑いが響いてきた。

「はーはっはっはっは! よくぞ逃げずにやってきたなツクモガタリ!」

声の聞こえる方に顔を向けてみると、屋上に人影らしきものが見える。

……何やってんだヒメちゃん。

「今宵、貴様との決着を付けてくれよう!」

「……は、恥ずかしいなぁ」

困ったもんだ……ホント困ったもんだ……。

しかもあんなトコに上がってどうしたいんだ。

「大人しくそこで待っていろ!」

ヒメちゃんはもう一度叫ぶと、一度姿を消した。

……あー、やっぱ普通に降りてくるんだ。

しばし待つ。



もう帰ってしまおうかと思ったとき、校舎から息を切らしたヒメちゃんが走り出てきた。

「あーもうセコムは手強いから時間かかっちゃったのだ……」

「警報鳴ると警備会社の人が来るから、こういうことはあまりしないようにな……」

ヒメちゃんは息を整えた後、改めて俺に指を突きつけてきた。

「と、いうわけで勝負だツクモガタリ!」

勝負?

俺とヒメちゃんが何の勝負をしなくてはいけないんだ?

腕を組んで考え込んでいると、ヒメちゃんは痺れを切らした。

「昼間も言っただろう! 異能者同士として決着を付けようと! 果たし状ちゃんと読んで欲しいよ!」

「ああ……そうだったな」

まぁ確かに俺は変な力がある。

その辺の石ころから虫とまで何とまで会話できる、という能力だ。

でもこれでどう勝負すればいいのか。

この力のことをヒメちゃんはツクモガタリ、とか呼んでくるので恥ずかしい。

一方、ヒメちゃんにも変な力がある。

俺と似たような能力だが、ヒメちゃんは虫限定だ。

その代わりというか何故かというか、めちゃめちゃ虫たちに好かれている。

個人的には蟲愛づる姫君という古典を思い出す。

しかし、お互い日常生活がたまに便利になったり概ね不便になったりするくらいの能力。

「で、勝負ってどういうことを?」

「もちろん、バトルだ! ガチンコだ!」

拳を突き出し、鼻息荒く言い放つ。

俺はいい加減テンションもだだ下がり。

ため息を吐きつつ言い返す。

「俺たちの能力でどうやって戦うんだよ? 俺たち単身じゃ何も出来んだろ」

しかしヒメちゃんは不敵に笑うのみ。

勝ち誇ったような表情でぱちりと指を鳴らす。

途端、周囲からざわざわと何かが蠢く音が聞こえてきた。

まるで周りの闇が命を持っているようだった……とでも言えばヒメちゃん喜ぶかも。

ヒメちゃんのことだから勿論、何かしらの虫なんだろうけど……。

「ふふふ。お互い、使役できるものを使えばいいだけのことだろう?」

芝居かかった口調のヒメちゃんは自分に完全に酔っている。

使役って……会話できるだけなのに、操れるわけじゃないのに。

ヒメちゃんの場合は異常なほど虫に好かれてるからいいかもしれんが、俺はそうはいかんぞ。

自分が痛い目に合ってでも俺の言うことを聞いてくれるイキモノやモノなんて……。

(ここにいるわよ?)

胸元から聞こえてきた声に意識を向けると、いつも持ち歩いているシャーペンが得意げな様子。

(ま、普段から世話になってるアンタだし? 力を貸してやらないことも……)

「ありがたいけどシャーペンに貸してもらえる力はない」

(……それもそうね、頑張って)

「さぁ、準備はいいか? 何もしないならこちらから!」

言いながら右腕を高く空に掲げる。

何か予行演習でもしたのか、周囲に蠢く虫たちの気配が変わり、じわじわと俺を包囲しつつあるようだ。

虫たちの声も俺の耳に入り始めてくる。

(こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!)

(ヒメの為なら死ねる、殺せる!)

(てめぇらー! ヒメの前で醜態見せんじゃねぇぞゴラァ!?)

す、すげぇガラ悪い……!

説得のしようも無さそうだし俺はいったいどうすれば。

……しかしこの完全に寒くなってきたこの季節、何の虫を集めてきたんだ?

俺の表情から考えていることを読み取ったのか、ヒメちゃんはバツの悪そうな顔になった。

「……この季節でも集まってくれる虫たちは限られているのでな。……まぁある意味最強なんだけど」

「ある意味最強……ってまさかヒメちゃん!?」

すんごい嫌な予感が。

ヒメちゃんは掲げた腕を振り下ろす。

すると、それに合わせて周囲の虫たちは羽を広げて俺に飛び掛ってきた。

その、黒い、脂ぎった、姿、は。

「ゴ、ゴキブリかぁぁぁぁ!?」

そう。

もう無数に、というか数百匹は確実にいるゴキブリの大群だった。

それが完全に俺を包囲した上に飛び掛ってきたのだ。

発狂モノだよ!

(なぁ。いくら俺らが丈夫でも、さすがに冬場に外でこんなけ運動すんのはヤバくね?)

(うっせー! ビビってんじゃねーよ! 死ぬ気でいけ死ぬ気で!)

「無理すんなよお前ら!」

「全てのモノと意思を通わす者、ツクモガタリよ! 私の力が虫限定だと侮ったな!」

「侮るも何も! 未だに俺は何でこんな状況になってんのか分かんねぇよ!」

ゴキブリの壁の向こうのヒメちゃんに向って怒鳴っておく。

ああもう! 身を守るのに手段なんか選んでられんわぁ!

「グラウンドの砂さん! お願い! お願いですから! ちょっとだけ助けて!」

俺は地面に向って泣きそうになりながら叫ぶ。

(……さすがに可哀相だからな、ちょっとだけ手助けしてやろぉ)

グラウンドの砂さんは気の毒そうな口調でそう呟くと。

間欠泉を思わせる勢いで地面から吹き上がってくれた。

((う、うっひゃあー))

凄まじい勢いで現れた砂の壁に、俺に襲い掛かろうとしていたゴキたちは吹き飛ばされる。

(一回だけな、あとは頑張れ)

「マジサンクスです! 夏になったら水撒きとかします!」

その壁もすぐに消えてしまうが、おかげでゴキの壁も破られた。

砂さんに最敬礼しながら俺はゴキの包囲から抜け出る。

「むむ、やるなツクモガタリ! だが我が軍団は勇猛なり!」

ヒメちゃんは心底嬉しそうにゴキたちに次の指示を出す。

混乱していたゴキたちはすぐ態勢を整え、空に滞空するモノ、地面を這うモノに分かれる。

「ワケわからんと言ってるだろーが! だったら俺も容赦しねぇぞ! ゴキ共も逃げるなら今のうちだからな!」

俺は言い放つと……念じてみた。

自分でもどうすればいいかよく分からんが、とりあえずイメージイメージ。

すると、地面からずぶりずぶりと押し出されるように、煌びやかな抜き身の刀が現れた。

これがアニメならBGMの一つでも流れそうな感じだった。

おお、ホントに出てきた。

この刀、この町の博物館に展示されている日本刀だが、古すぎて妖刀化している。

ヒマなのでたまに呼んで欲しいと以前から頼まれていたのだ。

まさか本当に呼ぶことになるとは……。

(よ、よくぞ召還してくれたぁ! 博物館で会って以来呼んでくれないから忘れられたものかと……!)

「再会の挨拶は後でな! 今は目の前の敵を頼みますぜ先生!」

妖刀さんの柄をぽんぽんと叩く。

(何だ何だ!? 敵もいるのか!? 最高ではないか!)

「いるぞいるぞ。勝手に動いてくれてもいいぞ! だから頑張ってね!」

(おうとも! ……って何だ、相手は虫か。……しかもゴキブリィ?)

やる気を無くしかける妖刀さん。

いやいや頑張ってくれよぅ。

「違う違う! 相手は……そう、虫……蟲使い! 妖のモノって感じ?」

(!? よ、よい! 燃える!)

よしよしよしよし。

「俺は本体を叩くから先生はゴキお願い! 一騎当千! 格好いい!」

(おぉぉぉし! 任されたぁ!)

……いよし! 盛り上げるのに成功!

テンションが上がった妖刀さんは重力をまるで無視して宙に浮かび上がる。

「か、格好いいー! いいなー! いいなー!」

何故か瞳を輝かせて喜ぶヒメちゃん。

いいのか?

「ふふふ、ヒメちゃんよ。形成逆転だぜぃ」

もはやヒメちゃんに勝ち目はないというのに。

「この妖刀さんはバリバリの業物。単品でも半分妖怪で、俺と組んだら完全に妖怪だ。ゴキなんかじゃ立ち向かえないぞ」

俺が言っている間にも、妖刀さんは凄まじい勢いで俺の周りと飛び回りゴキたちを牽制してくれている。

ゴキたちは斬られたくないし、妖刀さんもゴキはあんまり斬りたくないご様子だ。

しかしその気になれば死ぬにはゴキ側だけなので俺たちのほうが優勢と言えるだろう。

ゴキだって生きているのだ。こんな意味のない戦いで命を落としたがる奴もいない。

(ゴキたちは慄いておる。……この隙に本体斬ってよいか?)

「駄目」

超久々の運動で燃えている妖刀さんを抑えながら、じりじりとヒメちゃんに歩みよる。

そんな俺を悔しそうに見つめていたヒメちゃんだったが……。

ふっと笑みを漏らして両手を挙げた。

「負けたよツクモガタリ。降参だ。やはり従兄殿には勝てんな」

……何だよ「従兄殿」って。

その言葉と同時に、周囲を飛び交っていたゴキたちが散会してゆく。

(お疲れー)

(何だかよく分からんかったけど面白かったぁ)

(ヒメー、また呼んでなー)

(さぶっ! 帰りにファミレスでも襲って腹膨らませて帰ろうぜ)

((いいねぇ))

などという言葉を残して……。

結局なんだったんだ。

でももう身の危険は去ってようだな。

「妖刀さんも帰っていいよ」

(ええ!? まだ何も斬ってないというのに!?)

「また今度また今度」

(く、口惜しやぁぁ)

心の底から恨めしそうな声を出しながら、妖刀さんは来た時と同じく地面の中に消えていった。

どういう原理なんだろな。

……まぁ今はそれより。

つかつかとさらにヒメちゃんに近づいていく。

ヒメちゃんはまだ自分に酔った様子でいた。

「ふふふ。まさか従兄殿が妖刀の力を手にしていたとはな。お手上げだ……あいたぁ!」

意味の分からん語りを続けるヒメちゃんの頭をどつく。ぐーで。

「久々に会ったと思ったらどういうつもりなんだヒメ!」

そのままヒメちゃんの両方の頬を掴むとぐいぐい引っ張ってやる。

「いひゃい! ミっちゃん、いひゃいよぅ!」

「どーゆーつもりなのかと聞いているんだ俺は!」

さらに頬を掴んだまま怒鳴りつけると、ヒメちゃんは情けない声で悲鳴をあげた。

「ごめんなひゃい、ごめんなひゃい! ……だって、だって悔しかったんだ!」

「悔しかったぁ?」

俺が眉をひそめると、ヒメちゃんは半泣きのまま叫ぶ。

「お爺ちゃんが! お前はツクモガタリと比べて能力が弱い、弱いって苛めるんだもん!」

「……はぁ」

爺ちゃんかぁ……。

「むしろ虫と話せる程度で良かったとは思わんか? 無機物とまで話せると疲れるぞー?」

「わかってる! でも何年も言われてると悔しくなってくるの、だ!」

それに、とヒメちゃんは続ける。

「勝負して勝った方に山をやるってお爺ちゃんが!」

「マジか!?」

思わずヒメちゃんの頬から手を離す俺。

ホントに……。

「あの山貰えるのか!?」

それはいい話だなぁ。

あの山というのはヒメちゃんが住んでいる田舎にある、爺ちゃんの土地の一部。

完全に自然のままに放置されてる山だから、金銭的な価値はそれほどでもないらしい……が。

俺にとっては小さい頃によく遊んだ思い出の場所。

そこの主になれるというは……良い話だ。

俺はつねられた頬を撫でているヒメちゃんの頭をぽんぽんと叩く。

「じゃあ後で爺ちゃんに電話しないとな。いやー。山貰えるのかー。嬉しいなー」

「ま、まだ勝負は終わっていないぞ!」

俺の言葉に慌てふためくヒメちゃん。

いやいや。

「俺勝ったじゃん。参った、とか言ったくせに」

「さ、三回勝負なの!」

じゃんけんかよ。

冷めた視線を送ってやると、ヒメちゃんも不味いと思ったのか言い直す。

「……ほ、ほら! この季節あんまり虫いないもん。ずるいよずるいよ。フェアじゃないよ」

「いやー……ゴキブリの群れはかなりの脅威だったが」

「でも殺傷能力ないし! 内臓食い破るとかはできるかもだけど」

「恐ろしいこと言うなヒメちゃん……!」

さらっと言うようなことじゃないだろうに。

「春になったらハチの大群とかで勝負できるし! 速いし強いし瞬殺だ!」

「殺す気なのか!? やめてくれよ!」

しばらく見ないうちに随分と物騒なコになったなヒメちゃん……!

「そもそも勝負ってどういうカタチで決着つけりゃいいんだよ? ギブアップ制?」

言いながら俺はヒメちゃんの頬をもっかいつねる。

「いひゃい! いひゃいってば!」

「ほーらギブアップするかーい? ……って虚しいっつーの」

「あー痛かった……」

でも実際、山を貰うんならヒメちゃんよりも爺ちゃんに勝った、ということをアピールせにゃならんよな。

うーん。

……あ、いいこと思いついた。

「ヒメちゃんよ。俺たちはイトコ同士だろ? 土地の奪い合いの喧嘩なんかやめようぜ?」

「でも私はあの山が欲しいんだ」

「だからさ、二人のモノってことで良くないか? 別に困ることもないだろう?」

唇を尖らさせるヒメちゃんに諭すように言ってみる。

ヒメちゃんは俺の言葉に感心したような声を漏らした。

「おー。確かに。別に二人で共有すればいいよね。あの山小屋だって一緒に使えば」

「そうそう」

ノってきたヒメちゃんをさらに盛り上げようと、頑張ってみる。

「休みの日とか山小屋に泊まりに行ったりとかさ」

「いいねいいね!」

「俺が薪を割るからヒメちゃんがご飯作ってー」

「うんうん」

「俺は何とでも会話できるから管理もできるし。ヒメちゃんは虫に頑張って貰えれば花畑とかも作れるんじゃないか」

「そっかそっか!」

瞳をきらきらさせて頷きまくるヒメちゃん。

よーし、いい調子だ。

「……ただし名義は俺のモノな」

「いいねいいね! ……って騙されるかぁ!」

ちぃ、ノリだけじゃ無理だったか!

「いいじゃないか。税金だって俺が頑張って払ってやるさ!」

「そういう問題じゃない! 私のモノにしたいんだ!」

「俺だってそうだよ!」

その辺は譲れないのだ。

だってヒメちゃんのモノになってしまったら、だ。

ヒメちゃんが家庭でも持ったら、俺が気軽に遊びに行きにくくなると思うんだ。

老後はあの山で過ごしたいと考えてるというのに!

「私はいつかあの山で暮らしたい! そのためには名義も私のモノにせねばやりにくいではないか!」

ち、ヒメちゃんもかよ。

じゃあもう……。

「じゃあもう結婚しようぜ! めんどくせぇ! 一緒に住めばいいだろーが!」

「けけけ、結婚!?」

俺の言葉に顔を耳まで真っ赤にさせるヒメちゃん。

「……って今、めんどくせぇ! って言ったな! 人を馬鹿にして! 女ったらし!」

「ちょっとした冗談だろーが!」

そこまで変に反応されるとこっちが腹たってくるなぁ、もう。

「とーにーかーく! まだ決着はついてない! そのうち再戦を挑む! リベンジだ! あいるびーばっく!」

「知るかっ。田舎に帰れ!」

「もう終電出ちゃったもんね! 明日は日曜だし大丈夫! 今夜は泊めてね!」

おいおいおいおい。

「そういうことは早く言えよ。布団の準備とかあるのに」

「おばさんには前もって電話してあるから。明日は帰る前にどっか遊びに連れてって」

えー……。

「勝負はもういいのか」

「今日はもう叫び疲れちゃったからリフレッシュしてからにしようよ」

いや俺はできればもうしたくないのだが。

というかやっぱりあの絶叫口調は疲れるんだな。

「それにしてもやっぱ大きい本屋さんはいっぱい漫画置いてるから飽きないねー」

「約束の時間までは漫画買ってたんかい」

「漫画だけじゃないよ。最近気に入ってる漫画の画集も」

やっぱ漫画なんじゃん。

あ、もしかして。

「さっきからの変な喋り方って漫画を参考にしてたり?」

ヒメちゃんは俺の言葉に少しだけ固まると……。

「えへっ」

妙に可愛らしく舌を出して笑った。

ごまかすなごまかすな。

「ヒメちゃんな。もう中学生なんだから。漫画の真似はほどほどにな? その格好はコスプレか?」

改造巫女装束の裾を持ち上げ、ヒメちゃんは照れくさそうに微笑んだ。

「自分で作ったのだ。ウチの神社の巫女装束を拝借してな?」

「爺ちゃんに怒られるぞー……」

俺の言葉にヒメちゃんは無意味に胸を張る。

「もうこってり怒られたから気にするな! ちなみツクモガタリの分も作ったぞ、ありがたく思え!」

「いや、そんなの着ないって」

速攻で断る俺。

元が本物だからそんなにコスプレ臭くないが、非現実的な格好なのは確か。

そんな恥ずかしい格好できるかい。

すると、目に見えてヒメちゃんが凹んでいくのがわかった。

情けない顔ですがりついてくる。

「ミ、ミっちゃんの分は巫女装束じゃなくてちゃんと男の人用……」

「そういう問題じゃないだろ……」

呆れ果てて返事を返すと、ヒメちゃんはガックリと肩を落としてしまった。

俺から離れると、明後日の方に向かってよろよろと歩き始めた。

どこに行くんだ……。

ヒメちゃんは少し歩いては振り返り、恨みがましい視線を送ってくる。

「せっかく作ったのになー……」

とことことこ。ちらり。

「おばさんに電話してミっちゃんのサイズも出来るだけ詳しく調べたのになー……」

とことことこ。ちらり。

「絶対似合うと思うんだけどな……ー」

う、うっとおしい。

「わかった、わかったよ! 着ればいいんだろ!」

「……! さすが私のライバル! 分かってるな!」

「漫画の真似はもうやめろって!」

急に表情を輝かせやがって……。

「あ、あと勝負中は何か格好いい呼び名でお願い。……クイーン・オブ・バグなんて良くない?」

……はぁ?

呆れ果てる俺に気付いた様子もなく、ヒメちゃんは嬉々として話を続ける。

「で、ミっちゃんがマスター・オブ・ソロモン! ……なーんてどう?」

「ヒメちゃん……」

付き合ってられんよ。

「ん?」

俺はづかづかとヒメちゃんに歩みより、襟首を鷲掴む。

さすがに雰囲気を察したのか顔を強張らせるヒメちゃん。

「……改造巫女装束さん? ちょっとお空を飛んでみたくないかい?」

(え? なになに?)

「え、ええ?」

急に話題を振られて戸惑う改造巫女装束にさらに囁く。

もっと戸惑っているヒメちゃんはシカトだ。

「俺が近くにいれば、何だって自由に動けるんだぜ? もちろん宙にだって浮ける」

(へぇ。楽しそうですねぇ)

「なに!?」

「たまには着られてるだけじゃなくて自由に飛んでみよう、さぁ! ヒメちゃんは気にせず!」

(それじゃあお言葉に甘えて……)

「なになになにぃ!?」

「と、いうわけでヒメちゃんは調子に……」

俺は掴んだ襟首に力を込めて、一本背負いの要領で。

「……乗るなぁ!」

気合を入れてヒメちゃんを投げ飛ばした。

「う……!?」

吹っ飛ぶヒメちゃんだが……そのままじゃ終わらない。

(あ、飛べる飛べる!)

「……っきゃあああああああ!?」

投げ飛ばされた勢いでそのまま飛んでってしまった改造巫女装束。

中のヒメちゃんはたまらない。

不恰好な体勢のまま、夜の空の宙に舞った。

「お、覚えてろぉぉぉー!」

でも最後の台詞を言ったヒメちゃんの顔は凄く嬉しそうだった。

言ってみたかったのか……。

しかし……リベンジとか言ってたけどまた来るつもりなのだろうか。

普通に遊びに来るなら歓迎するんだが。

だがまぁ、山は欲しい。

来るなら来るで、今度から会う度にコテンパンにしてやろうかと空を舞うヒメちゃんを見上げて思う俺なのだった。








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