「……というワケで我々文芸部はっ」

「肝試しにやってきたのですー」

暗く静かな校舎の中に、場違いな明るい拍手の音が響く渡る。

ただし、見つかってはいけないので遠慮気味に。

深夜に誰もいないはずに校舎に集まっているのは、ぱっと見た感じ大人しそうな女子たちが数名。

全員文芸部員だ。

彼女たちは定期的にお題を決めて小説や詩などの作品を発表し合っている。

今回のテーマは「ホラー」

そのためには恐怖を体験せねば、ということで夜の校舎に忍び込んだのであった。

幽霊に出くわしたらどうするー? 呪われたらどーしよー?

などと呑気に盛り上がる彼女らであったが。

「……ねむ」

その中に一人、ややテンションの低い男子が混ざっていた。

不気味な校舎に場違いな派手な長袖のアロハシャツを着て、さきほどから欠伸を繰り返している。

そんな彼の後ろ頭を一人の少女が元気よく叩く。

「こーらっ。もっとテンション上げてなきゃダメっ」

彼は恨めしげに後頭部を摩りながら、恨めしげに叩いた少女を見やる。

「早坂小雪は元気だな……。俺はもぉ眠くて眠くて」

早坂小雪と呼ばれた少女は腰に手を当てて呵呵と笑う。

「今夜に備えて学校でも家でもしっかり寝てきたからねっ。元気元気っ」

「風紀委員の癖に不真面目なやつだな。それにその格好も些か風紀を乱しとるのぉ」

言いながら彼は視線を早坂小雪の足元に落とした。

確かにややスカートが短い。そろそろ寒くはないのだろうか。

「動きやすいのが一番っ」

「でもその丈じゃ、あんまり動かないほうがいいよ?」

二人の会話に、おずおずとした様子で一人の少女が入り込んできた。

「委員長か。委員長は私服も委員長っぽいな。見るからに文芸少女。さすが委員長。見事な委員長っぷり」

のっけから委員長委員長と連呼された少女は小さく苦笑する。

「だから私は別に委員長じゃないのに……。まぁそれより。今日はわざわざ呼び出してごめんね?」

「今度肉まん奢ってくれるんだろ? 楽しみにしてるぞー」

「何故かキミは警備会社のセンサーに反応せずに校門とか開けられるからなっ。文芸部的に貴重な人材っ」

早坂小雪の言葉に彼は肩を竦める。

彼は少々変わった特技を持っていて、身の回りの動物やモノと会話ができるのだ。

センサーくんに頼んで黙っていてもらい、お鍵さんにお願いして開けてもらった。

この辺は彼の人柄である。

「いっそのこと正式に文芸部に入ってくれると嬉しいな」

「それは断る。文章書くことに楽しみを見出すタイプじゃないぞ、俺は」

上目遣い気味に誘ってきた委員長を彼は一蹴する。

委員長は一瞬、落ち込んだ表情を浮かべたが、彼に気付いた様子はない。

そもそも彼はそんなに感の鋭い方ではないので、色々と見逃す男だ。

「そこの三人ー。そろそろ行くよー」

その他の文芸娘たちに呼びかけられ、彼らは文芸娘たちの輪の中に入っていったのだった。





緑の光は非常口、赤い光は非常ベル。

頼りなく前を照らす安物の懐中電灯の明かりはせわしなく動かされ。

歩く度に足音が廊下に響く。

「ふ、雰囲気出てるねっ」

「そうね。何かワクワクしてきちゃう」

「……何で俺まで。最初のトコで待ってるっつってんのに」

早坂小雪と委員長に両脇を固められ、懐中電灯を持った彼は小さな声でぼやく。

「人数が合わないから仕方ないのっ。二人組だと一人余っちゃうからねっ」

「だーかーら。俺残るっつったじゃん」

説明にならない説明をする早坂小雪にじっとりした視線を彼は送る。

寝不足で少々不機嫌なご様子だ。

それを察したのか、委員長は慌ててフォローに入る。

「す、すごく眠そうだったから。待っててもらうとその間に居眠りしちゃうかもしれないでしょ?」

「というかどっかで寝るつもりだった」

「だからよ。夜の学校なんかで寝たら風邪ひいちゃうわよ? 眠気覚まし眠気覚まし」

委員長の苦しげなフォローにしばし考え込む様子を見せた彼。

すぐにぽんと手を打って顔を上げると、二人に笑いかけた。

「そうだな。眠気覚ましってことで俺もはしゃがせてもらうかな」

「そうだよっ。せっかく忍び込んだんだから楽しまないとっ」

「そうそう!」

前向きな態度を見せた彼に盛り上がる二人。

彼のテンションが下がらないように必死だ。

「……ふふふ。せいぜい楽しませてもらうぜ」

そのためか、彼が極々小さな声で呟いた言葉に気付くことはなかった。





「ひ、ひぃぃぃぃ……」

がくがくと膝を震わせながら、彼の右腕にほとんどぶら下がるようにしがみ付いているのは早坂小雪。

廊下を歩き始めてしばらくしてから、奇妙な現象が連続して起こりていた。

がたり、と物音がしたので振り向いてみると、背後の廊下の窓が全て開き切っていたり。

何気なく教室の扉を開けると、机と椅子が全て逆に並べられていて。

見間違いかと思って一度扉を閉め、もう一度見直すと元に戻っていたり。

その代わり、黒板に「今のは、忘れろ」と赤いチョークで書き殴られてたり。

便所の前を通ると、トイレットペーパーを引き出す音が急に鳴り響き、その上、何時までも止まらなかったり。

他にも諸々。

怪奇現象好きにはなかなか愉快な状況と化していた。

「も、もうヤダっ。帰ろうっ。帰ろうよっ」

しかし、早坂小雪はあまりこの状況がお好きでないようで、気を抜けばその場に座り込んでしまいそうだ。

「えー。ちゃんとゴールまで行かないと。罰ゲームさせられちゃうじゃない」

早坂小雪とは対照的に、委員長は先ほどからウキウキとした様子だ。

むしろ普段より明るいかもしれない。

にこにこしながら、早坂小雪とは反対側の彼の腕にしがみ付いている。

両側から挟まれている彼は、満更でもないようだが、それ以上に照れくさそうだ。

「なー。お前らあんまりくっ付くなよー」

「み、見捨てないでぇぇ」

「……早坂小雪はマジでヤバそうだから構わんが、委員長とか平気そうじゃないか」

自分で歩いているとは言い難い状態の早坂小雪を見下ろしながら彼はぼやく。

「そ、そんなことないわよ? 私ももぉいっぱいいっぱいで……」

「その割には妙に頬が緩んでるじゃないか。そんなに心霊現象が好きだとは思わなかったぜ」

委員長の頬が緩んでいるのはまた別の理由なのだが、彼には知る由もない。

「……やりすぎたかな。でも、まさかみんなここまでノって来るたぁ思わなかったしなぁ」

先ほどからの怪奇現象は全て彼が周囲のモノに頼んで起こしていたのだった。

適当にホラーな状況を作り出し、二人がきゃーきゃーやってる様子を楽しむつもりだったのだが。

早坂小雪は予想以上に怖がりだったし、委員長も予想外に肝っ玉がデカかった。

両脇を固められて何だかむず痒い気分にさせられている分、損した気分になっている彼だった。

もうさっさとゴールでに行ってしまおうと、早坂小雪を引きずるように先を急ぐ。

「そんなに急がなくても。ゆっくり雰囲気楽しまない?」

「いやーっ。早く帰るーっ」

「あーうるさい。早く帰って寝るんだ俺は。だいたい何で水曜にやるかな。休み前にやりゃあいいものを……」

彼の言葉に早坂小雪は瞳を輝かせた。

「そ、そうだよっ。明日も学校だよっ。授業中に居眠りとかもよくないしね? ね?」

「私は朝に強いから平気よ。眠いなら先に帰ってもいいけど?」

「ううっ……」

二人のやり取りを聞きながら、今夜の委員長は少しキツイような気がする、とか考えていた。

一人で帰れば、と言われてしまった早坂小雪。

難しい顔で考え込み……。

「お、お願いっ。校門まで連れてってっ……」

情けない声を出して彼の顔を見上げた。

そろそろこのイベントが面倒になってきた彼だったので「構わんぞ」と即答するつもりだったのだが。

「駄目よ駄目駄目。もう本当に駄目」

もの凄い勢いで委員長が割り込んできた。

「せっかく来てくれたのに途中で帰すなんてとんでもないわ! 彼に対するとんだ侮辱だわ!」

そんなことはない、と否定したい彼なのだが委員長のテンションがおかしいので口を挟めない。

怯みまくる早坂小雪に委員長はさらにたたみかける。

「わざわざ平日の深夜に呼び出して! 盛り上がってきたところでやっぱり帰ろう? ……ありえないわ!」

「う、ううっ」

もはや今にも泣きそうなほどに、瞳を潤ませる早坂小雪。

「そ、そうなのか……?」

委員長と早坂小雪の間に挟まれている彼は、この状況に混乱の極みに達しようとしていた。

いつもとは違う妙な委員長の険しさに、どうやら早坂小雪は耐え切れなくなったようだ。

「う、うわーんっ。一人で帰ってやるっ」

ずっと掴んでいた彼の腕を放すと、目を固く瞑ったまま走り去ってしまった。

「は、早坂小雪ー。大丈夫なのかー」

全然大丈夫ではなさそうだ。

暗闇のせいで早坂小雪の姿は見えないが、遠くから何かと何かがぶつかるような音と。

「痛いっ。痛いよっ」

という悲痛な声が響いてきていた。

「……やっぱ送ってやったほうが良かったんじゃ」

「大丈夫大丈夫。さ、行きましょう」

早坂小雪を気遣う彼の腕を引き、委員長は強引と先へと進むのであった。







「はー……。やっと着いたな」

「もう着いちゃったわね」

お互いに違う感想を抱きながら、到着したのは目的地。

ここは屋上へと続くドアの前であった。

そのドアノブには「安産祈願」と書かれたお守りが引っ掛けてあった。

「何だこりゃ」

「これが目印よ。昼間のうちに用意しておいたの」

「なぜ安産……」

「たまたまよ、たまたま。……それより何だか疲れちゃったなぁ」

言いながらドアを背にしてその場に座り込む委員長。

「おいおい委員長。疲れたのは俺も一緒だけど、こんなトコで休まないでさっさと帰ろうぜ」

「ちょっと休憩してから」

いつになく頑固な様子の委員長に、彼は軽く肩をすくめた。

そして委員長の隣に腰掛ける。

諦めて付き合うことにしたようだ。

明かりは懐中電灯の頼りない光りだけ。

そんな暗い暗いこの場所だが、二人の間には何とも言えない雰囲気が漂っていた。

というか彼は委員長に怯えていた。

妙に強い視線を彼女から感じるからだ。

特に見るとも無しに前を見ている振りをしていたが、横顔にちくちくと痛いほど視線を感じる。

彼は思った。

正直怖い、と。

二人の間に会話がないのも怖かったが、彼は自分から話題を触れずにいた。

今の委員長には話し掛け難いのだ。

そろそろ帰りたい、と彼が内心ため息を吐いていると、どこからともなく荒い吐息が聞こえてきた。

一瞬、幽霊でもホントに現れたのかと彼は思った。

彼は幽霊の姿を見ることはできないが、声だけは聞こえるのだ。

幽霊というモノはほとんどこの世にいないので、彼も数えるほどしか出会ったことがないのだが……。

もし出会ってしまった場合、間違いなくとり憑かれて恨み言を聞かされまくるので恐ろしい。

近くにいるなら逃げないと……と耳を澄ませてみた彼だったが、思ったよりも近くにその声の元はいた。

というか委員長だった。

視線を送るだけでは飽きたらず、やけに息を荒くしている。

「い、いい夜ね……」

「な、何で委員長そんな息荒いんだ? お、落ち着け」

もしかしたら委員長は良い雰囲気にしたいのかもしれないが、いかんせん興奮しすぎて彼はドン引きだ。

「はぁ……はぁ……!」

「委員長怖いよ……?」

瞳をぎらぎらさせながらにじり寄ってきた委員長に、彼は座り込んだままじりじりと後ろに下がる。

「……☆♪♯?」

「か、噛みすぎだって!」

異常にテンパってらっしゃる委員長が最早何を言っているのか彼には分からない。

ただ何かを必死に伝えようとしているのだけは理解できる。

ハァハァ言っている委員長の肩をできるだけ優しく掴み、彼はなだめてやることにする。

「落ち着け―落ち着けー」

言いながら頭を撫でる。

微笑ましい光景ではあるが、暴れ馬とそれを抑えようとしている調教師の図に見えなくもない。

頭を撫でられた委員長はひとまず大人しくなったが、その代わり顔が可哀相なくらい真っ赤になっていた。

周りが暗いので彼は気付いていない。

ちらちらと上目遣いで彼の顔を見ていた委員長だが、先ほどより少し落ち着いた様子で口を開く。

「あ、あの」

「うん?」

「そ、その……あの……その……」

「うんうん」

どもりながらも何とか話そうとしている委員長に根気良く付き合う彼。

向かい合って見詰め合っていると。

再び委員長の瞳がぎらつき始めた。

「う、うわぁぁぁ」

何を血迷ったのか、委員長は突然彼に対してタックルをかました。

抱きつきたかったのかもしれないが体当たりを食らった彼はたまらない。

「うわぁぁぁ!?」

彼は悲鳴をあげながら突き飛ばされてしまい。

「ああああ……!?」

運の悪いことに、階段の方に突き飛ばされたのでふらついた彼はそのまま転げ落ちてしまった。

態勢を整えることも出来ず、頭から落ちてしまう。

大きく響いた鈍い音と、後頭部に痛みを感じながら彼は意識を暗転させるのであった。







「……はっ」

「あ、気が付いた?」

意識を取り戻した彼が目を開ければ、目前に委員長の顔があった。

後頭部には鈍い痛みも感じるが、柔らかい温もりも感じる。

どうも膝枕をしてもらっているようだった。

「俺、どうなったんだっけ?」

前後の記憶が曖昧な彼が呟くと。

「物音にびっくりして階段から転げ落ちたんだってさっ。なっさけないねっ」

横から早坂小雪に声をかけられた。

彼が寝転んだまま周りに目をやると、文芸部の面々が揃っていた。

どうも帰りが遅い二人の様子を見にきたようだった。

「そうだったっけなぁ……」

今ひとつ納得できない彼。

「やーいっ。怖がりっ」

そんな彼にちゃちゃを入れるは早坂小雪。

彼は早坂小雪が全身いたるところにシップを貼られていることに突っ込みたかったが、ここはぐっと黙っておく。

自分が気絶した原因を思い出せないので、あまり強気になれないのであった。

「頭痛くない? 大丈夫?」

早坂小雪に対して委員長は実に甲斐甲斐しい。

やはり委員長は優しいなぁ、と浸りかけた彼だが少しだけ違和感も感じていた。

何か忘れている気がするのだ。

例えば……。

「委員長。ちょっと記憶が曖昧なんだが、さっき俺に何か言おうとしてなかったか?」

「え?」

彼は身を起こして委員長に向き直るとそう尋ねた。

そう、何か彼女は自分に伝えようとしていたのではなかったか。

委員長は彼の瞳をじっと見つめ返し……顔を赤らめ、頬に手をあてると目を逸らした。

「今夜はもう何か満足しちゃったから……その話はまた次の機会にでも」

「満足?」

どういうだろう、と思って委員長をじっと見てみても確かに満たされたような顔をしている。

何だかこれ以上質問しにくい。

しかし、まぁ委員長がいいと言うなら、と彼は思い直すとズボンを払って立ち上がる。

その時、腰の辺りに違和感を感じた。

「ん?」

手をやってみると……何故かベルトが緩んでいた。

自分が締めた時よりも浅い位置で締められているような。

しかも彼は今気付いたが、シャツの胸元も何だか乱れているよう気がする。

恐る恐る委員長に目をやってみる。

ちらちらとこちらを見ては頬を赤らめ……。

「……うふ」

口元にはほんのり怪しい笑みが。

「い、委員長。俺に……俺に何かしたか?」

「さぁ、みんな。明日も学校だからそろそろ帰りましょう」

「委員長……!」

「さっさっと帰るよっ。もう怖いし痛いし眠いし最悪だったねっ。でも明日遅刻したら承知しないよっ」

「は、離すんだ早坂小雪っ。……委員長、俺に! 俺に何をしたんだぁぁ!」








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