恋より甘し 愛には苦し (そのいち)


「両親がしばらく家を空けることになった」

自宅のリビングにて、少年が誰もいない空間に語りかけていた。

一人きりだというのに、まるで講演でもしているかのような仕草である。

「その際、一つだけ注意された。……女の子を家に連れ込むのはほどほどにしろ、とな」

その一言を言った瞬間、リビングは喧騒に包まれた。

部屋中の家具という家具、食器という食器、雑貨にその他もろもろが口々に好き勝手喋りだしたのだ。

(よっ。ダンナの色男ーぅ!)

(このスケベー)

などとフリーダムに騒いでいる。

(そんなこと注意されるなんて……不潔ねぇ、まったく)

(いやいやオスとしてはそれでこそ、にゃあ)

胸ポケットに挿していたシャーペンを手に取り、足元に転がっていた子猫に軽く投げつける。

(きゃっ)

(にゃあ!)

シャーペンと子猫は女の子らしい悲鳴をあげた後。

「……ったく何するのよいきなり!」

「ひどいにゃあ。ドメステックバイオレーヌにゃ」

きらんと軽く瞬いてそれぞれ年頃の少女の姿に変化した。

「釘を刺されたのは、おおむねお前らのせいだということを自覚してもらいたいぜ」

猫少女を膝に抱えている姿や、シャーペン少女にツンデレされている姿を何度か両親に目撃されていたりする。

「まぁしばらくは両親いないし、好き勝手にしてくれても構わないがな。……近所に迷惑かけない程度に」

((はーい))と元気よく返事するモノ共に満足した「ダンナ」はテキパキと身支度をして。

「それじゃあ俺は学校行って来る。良い子にしているんだぞ諸君」

出かけようとしたところ、シャーペンが少女の姿のままのことに気が付いた。

「何してんだ。早く戻れよ」

「きょ、今日はせっかくだし家にいるわ。家の中で自由に過ごせることってあんまり無いし、あのその……」

「ふーん……わかった」

何やら顔を赤くしているシャーペン少女を一瞬だけ眺めたあと、「ダンナ」はあっさり了承した。

色々と淡白な性格をしているのである。

「いってらっしゃいなのにゃあ」

「い、いってらっしゃい」

((いってらっしゃーい))

「うい。行って来る」

数々のモノに見送られ家を出る。

こうして彼の少しだけいつもと違う一日は、それなりに穏やかに始まったのであった。




恋より甘し 愛には苦し (そのに)


学校には着いたダンナは、何だか今日は教室中に落ち着きがないことに気がついた。

小テストでもあったっけ、と思いながらその辺の机に訪ねてみると、

(バレンタインだよバカ)

と返された。手厳しかった。

「バカはないだろ……」

「あ、おはよう」

口の悪い机を軽く小突いていると、後ろからクラスの女子に声をかけられる。

振り返るとそこには「委員長」。

委員長ではないけれども委員長っぽいので「委員長」だ。

「おお。おはよう」

委員長は少しの間だけ視線をあちこちに彷徨わせた後、小さく手招く。

何事かとダンナが顔を寄せると、辺りを気にしつつ委員長はそっと彼の耳元に囁いた。

「お昼休み、文芸部の部室で待ってます」

委員長の吐息が耳にかかり、ダンナは少しだけぞくぞくとした感覚を味わった。





そして昼休み。

休み時間ごとに何故か物陰から早坂小雪がこちらを窺っているのが気になったが、それ以外は概ね平穏な半日だった。

「委員長、来たぞー」

文芸部室の扉を軽くノックして応答を待つ。

パンも持ってきたのでついでに昼食もここで済ましてしまうつもりのダンナである。

あまり緊張感の無いダンナに対して、少し張り詰めた委員長の声が返ってきた。

「……どうぞ」

少し埃臭い文芸部室。

本に囲まれた部屋の中心に、眼鏡をかけた少女が緊張した面持ちで立っている。

「もう分かってると思うけど、渡したいものがある……の」

ここに来る途中で色んなモノに散々に今日はバレンタインだと言われてきたので、さすがのダンナも現状を把握できる。

きっと今からチョコをくれるんだろうな、と構えつつ委員長の次の言葉を待つ。

文学少女文学少女した見た目に反して案外お茶目な普段な言動とは違い、今日は真剣な雰囲気を感じる。

「受け取って欲しいものが……」

「はぁぁぁっぴぃぃぃぃぃ……!!」

扉が爆発でもしたかのような勢いで開かれ、とびきり陽気な少女が部室に跳び込んできた。

「ヴぁれんたいぃぃぃんっっ!!!」

唖然として入ってきた少女を見つめるダンナと委員長。

自分を見つめる瞳四つに向かって、中指一本おっ立てる。

「ぃえす! 青春してるかな少年少女! 部長のお出ましだよー」

大きな眼鏡に、長い黒髪の三つ網みが二本。

見た目だけは模範的文学少女、文芸部部長の登場だった。

「ふふふふ! お邪魔だったかなぁお邪魔だったよねぇ実は聞き耳立ててたんだよねぇ」

酔っ払ったようなテンションの部長に委員長は少し目を吊り上げる。

「部長! 何しに来たんですか」

「いやぁバレンタインだからねぇ。ココが空いてたら彼氏呼び出してチョコを渡そうと思ってたんだ」

部長も委員長と似たようなつもりでいたらしい。

「二人っきりの部室。昼休みの喧騒を遠くに聞きながら、甘いスイーツを二人で頬張るの。
天使のように甘く、悪魔のようにほろ苦いチョコレート。甘くなるのは口の中だけじゃないわ。
二人の間の空気も甘く甘くとろけていくの。そんな空気になってしまえばもう誰も二人を止めることはできない。
甘いチョコは二人の愛の着火剤。心も身体も燃え上がる。彼の心を真っ黒なチョコでコーティングした後は……」


「部長、もういいですから……」

「……お返しに彼のホワイトチョコで私はデコレーションされちゃうって寸法よぉ!」

「黙ってくださいホントに!!」

物凄く得意げな様子の部長に対し、委員長はもはや半泣きである。

先ほどあった緊張感のある雰囲気はもう欠片もない。

置いてけぼりのダンナはとりあえずその辺の椅子に腰掛けることにした。

「でも先に場所取られてたなら仕方ないわよね。私はカメラ班に甘んじるからさぁどうぞ続きを!」

そう言って本当に懐からデジタルカメラを取り出す部長。

「帰って! 帰ってよぅ!」

ぽかぽかと部長を叩きまくる委員長を見ながら、ダンナは失礼なことを考えていた。

部長のああいうとこ、少し委員長も影響されてるよなぁなどと。

「あっはっは。仕方ないな退散してあげるわよぅ。あ、お詫びにステキなゴム製品だけ置いていくわね」

何かを差し出された委員長は顔を真っ赤にしてそれを突っ返した。

「い・り・ま・せ・ん」

「うすうすよ? ……あ、ごめんグーは止めて殴らないで」

一瞬委員長の本気を感じ取った部長はそそくさと距離をとる。

「じゃあ後は若いお二人で……ばいばーい」

出て行く部長。そして同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「……はぁぁぁぁ」

地獄の底から響くような重く暗いため息を吐いて、委員長はよろよろと自分の鞄から包みを取り出した。

「これ、チョコレートです。よかったらどうぞ……」

「……これはどうもご丁寧にありがとうございます」

「じゃあもう時間ですし教室に戻りましょうか……」

「……はい、そうしましょうか」

ダンナも委員長もテンションは奈落の底まで落ちてしまった。

二人に出来るのはもう次の授業を受けるためにのろくさと歩くだけである。

バレンタインってもっとこう、良いものじゃなかったっけ。

ダンナにすらそう思わせる部長の実力は大したものであるが、それを評価する人間は誰も、いない。


恋より甘し 愛には苦し (そのさん)


「あー、なんか疲れちまったな。もう今日はさっさと帰ろう」

「私もそうする……」

本日全ての授業が終わり、ダンナはさっさと鞄を掴んで立ち上がった。

昼休みに部長と会ったせいで、すっかりテンションが下がりきってしまった。

委員長も同じらしく、バレンタイン?なにそれ食べれるの?みたいな顔をしている。

「じゃあ委員長またなー」

「うん、ばいばい」

さくっと別れの挨拶をして、教室を出ようとしたところで早坂小雪とぶつかった。

別のクラスの彼女だが、ダンナたちのクラスより早くホームルームが終わったらしい。

何か用があるらしくここまで来たようだ。

しかしさすがのダンナも早坂小雪がこのクラスの誰にどんな用があるかは承知している。

昼休みの一件のこともあるし、一日中こそこそと様子を窺われていたのだから。

「よう、早坂小雪」

「よ、ようっ!」

だからと言って「チョコくれるんだろ? 早くくれよ」とは言えないので気が付かないフリをすることにした。

早坂小雪はあからさまに顔を朱色に染めつつ、もじもじとつま先で床を突いている。

「あー……っとねっ。なんだねっ。うんとねっ」

どうせ義理なんだからサクっとくれれば良いのに、とか考えているダンナは少し病んでいる。

「うん。あれだ早坂小雪。ここじゃ出入り口で邪魔になるから中でゆっくり話そうぜ」

ダンナは早坂小雪を教室に引き入れると、適当に空いた席に座らせた。

自分も向かいの席に座ると、どんとコイヤという姿勢をとる。

しかし向かい合うことにより、早坂小雪はさらに緊張してしまったようだ。

顔色が紅くなるのを一周して逆に少し青ざめている。

「あ、あのねっ。きょ、今日はアレだからそのっ。あのっ」

「……おう」

長期戦を覚悟しているダンナは雄大に構えているが、早坂小雪はもう限界が近づいてきたらしい。

「あ、うっ。……うぅぅ」

もう何も言えなくなり、めそめそと泣き出してしまう。

せっかくダンナがしっかり話を聞く体勢になっているのに、いつまでも何も言えない自分が情けなくなったのだった。

「……あー。さっきの授業、数学だったんだけど」

「……ううっ?」

「細かい計算ばっかりやらされて疲れちゃってさぁ。甘いものでも欲しい気分だよ」

アメでも持ってきたら良かったぜ、とダンナはそっぽを向きながら言った。

何気にまだ教室にいる委員長はさっきあげたチョコがあるのに白々しいことを……と思っていた。

さすがに空気を読んで何も言わなかったが。

すっかりしょげてしまっている早坂小雪も、このわざとらしいほどの気遣い。

これだけは頑張って受け止めようと勇気を振り絞る。

「じゃ、じゃあたまたまチョコなんか持ってるから、くれてあげようっ」

涙はまだ目尻に残っていたが、鞄から包みを取り出しダンナに押し付けた。

「おお悪いな早坂小雪。ありがたく頂くぜ」

「光栄に思うといいよっ」

やっと渡せてすっきりしたのか、早坂小雪の顔は随分晴れやかなものになっている。

だが、その後ろに忍び寄る影が一つ。

「ちょっとズルくないかしら……」

「ひっ!?」

いつの間にか早坂小雪の背後にいた委員長は、彼女の耳元で囁いた。

「私なんか散々だったのに小雪ちゃんだけ甘いのはズルい……」

「もういいじゃねぇか委員長……」

「だって私のときは部長が……」

『もぉ、ちょっと待ってってばぁ。焦らなくてもこれからたっぷり……』

突如学校中に響き渡る甘い声。

『それにしても放送室空いてて良かったね。昼休みダメだったから私もうガマンが……って』

スピーカーからさらに伝わってくるのは続いてどたばたとした雰囲気。

『マイク入ってたよコレやっば! ……え、先生もう来た? 仕方ないわ、窓から逃げましょ!
ここは四階だって? 大丈夫、二人なら空も飛べるはず! とやー!』

最後にガラスが割れるような音が流れたあと、放送は途絶えた。

「ぶ、部長か……」

頬をつたう冷たい汗を拭いつつ、ダンナは完全に慄いた様子である。

よくもまぁここまで色々とぶち壊してくれるものだ。

「息の根も途絶えればいいのに……」

完全に打ちのめされた具合の委員長はその辺の机に突っ伏して、それからもう動かなくなってしまった。

彼女の中の何かがへし折られたようである。

「ぶ、部長は何してるのかなもうっ」

一人顔を真っ赤にしているのが早坂小雪。

一瞬聞こえたアダルトな会話にやや妄想を膨らませているご様子だ。

「……はぁぁぁぁぁ」

口から魂が漏れそうなほど深いため息を吐いて、ダンナは改めて鞄を掴んだ。

「じゃ、二人ともチョコありがとうな……俺もう帰るから……」

「あ、う、うんっ。また明日っ」

委員長はただ無言で手を振るのみである。

「今日は何か厄日かもしれんなぁ……」

とぼとぼと一人帰路に着くダンナ。

その背中はやや煤けていたと、その姿を見た学友たちは後に語った。


恋より甘し 愛には苦し (そのよん)


「早かったじゃない。今日は寄り道しなかったのってきゃああああ!?」

「あっはっはっは」

玄関を開けると、シャーペンが人型で出迎えてくれたので、ダンナは彼女? を抱き上げてくるくると回転した。

「ちょ!? な、なに!?」

戸惑い切っているシャーペンを無視してなお回る。

ダンナは何が楽しいのか踊るような足取りでそのままリビングに突入した。

ソファーで寝ていた子猫がその様子を見て、瞳を輝かせて跳ね起きる。

(ナニそれナニそれ。うちも混ぜて欲しいのにゃあ!)

とんっと、宙でくるりと一回転。ぴかりと輝き少女へ変化。

「受け止めて欲しいのにゃあ!」

「よっしゃ来い!」

ダンナは片腕を空けて子猫少女もがっしり受け止める。

一人と一匹と一本は絡まるようにリビングの中で回り、踊った。

「あははははは」

「にゃはははは」

「あーもう、何なのよー」

やがてダンナの腕にも限界が来て、三人? ともソファーの上に倒れこむ。

「あー楽しかったにゃあ」

「ったく何だって言うのよホントに」

「いやぁ学校で盛り下がることがあったもんで、ついテンションを上げたくなってな」

しれっとした顔をしているダンナ。

もう満足したのか、二人? をおいて立ち上がると着替えるために自室に向かってしまった。





「親がいないとやりたい放題でいいよなぁ」

部屋着に着替えたダンナは、すっかりくつろいだ様子でいた。

ソファーの上で寝転がり、だらだらと雑誌を読んでいる。

「次のページ」

(はいはい)

仰向けに寝たダンナの顔の上で浮かんでいる雑誌は、指示に従って自分でページをめくっている。

「お茶とお茶請けが欲しいな」

(了解了解)

(ちょっと待ってねー)

自由に動けることが楽しい家の中のモノたちは、基本的に喜んでダンナの指示に従う。

(あ、煎餅の野郎が逃げやがったぞ!)

「ウチが狩ってくれるにゃあ!」

(捕まるもんかぁぁぁ)

食われたがらないタイプの食べ物だけは空しい抵抗を続けているが、それ以外はまるで従者のように良く働く。

まさにダンナはこの家の「ダンナ」であった。

「堕落してるわねぇ……」

ソファーにもたれて、シャーペンは呆れた様子でダンナの顔を覗き込む。

「誰もいないからってちょっと人間離れしすぎじゃない?」

「お前だって意味なく人型になってるだろうが」

「……人間の真似事するならやっぱり人間の姿のほうがいいと思ったのよ」

「うん?」

ぼそっと言ったシャーペンの顔は、何やら複雑なものだった。

恥ずかしがっているというよりも、つまらなさそうな表情を浮かべている。

「こんなことしたって何になるって気もするんだけどね。……はい」

と、簡単なラッピングをした小箱を手渡してきた。

「もしかしてチョコか?」

(そうでーす。なんと手作りでーす)

先にチョコの方から返事が返ってくる。

「私はシャーペンなのに何でチョコなんか用意してるのかしらね……ホント変な話だわ」

(チョコなんかとは失礼な)

不平を言うチョコであったが、シャーペンにじろりと睨まれて黙り込む。

「人間ごっこもいい加減にすべきよねぇ……」

「嬉しい」

俯いていたシャーペンは、ダンナの声で顔を上げた。

「俺は、お前からチョコを貰えて嬉しいよ」

ダンナは満面の笑顔を浮かべていた。心から喜んでいる様子で、お世辞ではないらしい。

「……シャーペンから貰って喜んでるんじゃないわよ」

そう言い捨てて立ち去ろうとするシャーペンの手を握る。

「何よ」

「ありがとう」

「……」

「ありがとうな」

「……うん」

再び座り込み、ソファーに寄りかかる。

人間に近い感情を持ってしまったシャーペンは、色々と思い悩むことも多い。

でも今日は渡すモノも渡したし、欲しかった以上の反応も得られた。

もうちょっとだけ人間ごっこをしようかしら。

シャーペンはそっと目を閉じて、このまま『眠る』ことした。

本当に眠れるわけでもなく、単なる照れ隠しでもあったが、今の気分に浸っていたかったのだった。


恋より甘し 愛には苦し (そのご)


家の皆でしばし騒いだあと、ダンナはそろそろ寝ようと自室に引き上げた。

シャーペンは顔を合わすのが恥ずかしいということで今夜はリビングで過ごすらしい。

子猫も気分的にリビングで眠りたいらしく、一階に留まっている。

ちなみに子猫にチョコは用意してないのかとダンナが尋ねてみたら、

(バレンタイン? そんなもん知らんにゃあ)

と返された。実に正しいリアクションである。

というわけで色々あった一日も終わりつつあり、布団を敷こうかと押入れに手をかけたところ。

「――あさがすみ」

戸の外から女性の声が響いてきた。

もうすっかり聞きなれた声、妖刀先生の声である。

「――仄かに色付く 妹の芯」

つつっと音も無く入ってくる。

いつもの着流しとは違う、随分と艶やかな振袖を身に纏っている。

「――故意には絶てぬ」

違うのは格好だけはなく、普段なしゃきしゃきとした雰囲気はどこへやら。

随分としとやかな色気を放っている。

「――恋の糸かな」

ダンナに妖艶な流し目を送りつつ、ちょんっと妙な歌を打ち切った。

「……何事だよ妖刀先生」

「今日はバレンタインだからの。こちらとて化ければ女体の身。たまにはお淑やかに……とな」

くすくすと口元を隠しながら微笑む。

お姫様然とした立ち振る舞いがえらく様になっていた。

「チョコレートは……。ふふっ、貰えたようだの」

机の上に並べられたものを見て、何が楽しいのか再びころころと鈴を転がすように笑う。

「貰えた娘たちの中に本命はおるのかの?」

「……正直、本命と言えるほど意識はしてないな」

尋ねられて何となく素直にダンナは答えた。

ほほう、と愉快そうに口の端を吊り上げる妖刀先生。

「可愛らしい娘たちだと思うがの? 学友の娘たちなり、シャーペンのアヤカシなり、の」

上目遣いでダンナの顔を窺いつつ、 さらに問いかける。

「いったいツクモガタリはどのような女性が好みのかのぉ?」

「ぶっちゃけると、やっぱりオンナは二百を過ぎてからだな!」

本当にいきなりダンナがぶっちゃけた。

「ほ、ほう?」

「ここだけの話、モトカノが樹齢二百だか三百の楓の木なんだよ。それで」

「お主、楓と付き合っておったのか! 一応人の身だというのに!」

さすがに目を丸くして驚く妖刀先生。

「いやぁ樹齢のせいと俺の体質のせいもあって人型にも化けられる素敵な大木だった」

モミジ、ツクモって呼び合ってたんだぜと嬉しそうにダンナは語る。

「そんなのと付き合ってたせいか人間の女の子やシャーペンなんかはどうも幼く感じてしまって。……やっぱ年上だよ」

「はー……意外なことを知ってしまった。というかお主にも一応色恋の感覚があったのだのぉ……」

「そりゃあ、あるさ」

「で、そのモミジだかカエデだかとは何で別れたのかの? 年上のオンナに弄ばれたのかや?」

「いやいや」

顔の前で手を振りつつ、ダンナは苦笑い。

「山が町の再開発計画に組み込まれてさ。切り倒されちまった」

「……はー」

「俺もそりゃあもう暴れに暴れたが、ニンゲン様には敵わなかったね。色々あって負けてしまった」

「……お主も苦労したのだのぉ」

「普通なんじゃね? みんな似たような苦労はしてるだろうさ」

「してないような気もするが……まぁ湿っぽくなってもいかん。その話はこのくらいにしておこう」

「おう」

さて、と仕切りなおし、ふんわりと花の咲いたような微笑を見せる。

「今日は甘いものに囲まれたばっかりだったであろ? というわけで」

ずずいっと身体の後ろに隠していたものを差し出す妖刀先生。

小さなお盆の上には湯気を立てる湯のみが一つ。

「ここらで一つ、お茶が怖い?」

「……そろそろ寝るところだったんだが、せっかくだし頂いておこうかな」

妖刀先生がお茶を淹れてくれるなんて珍しいし、とダンナは湯のみを手に取った。

楚々とした動作で口元を隠す妖刀先生。

その隠された口元が、まるで悪ガキのような笑みを浮かべていることに気づくものはこの場にいない。

ダンナはゆっくりと湯のみの中身をすすり、

「……っ!!」

そして思いっきり顔をしかめた。

その渋りきった表情を見て、妖刀先生は足を崩してからからと大笑い。

「あははは! ひっかかりおったわ!」

「に、苦ぇ……! 何だこれ……!」

(チョコレートでーす。ただし砂糖は入ってませーん)

湯のみの中身の黒々とした液体が律儀に答えてくれた。

「ふふふ。バレンタインじゃからの? 乙女としてはチョコの一つも贈ってやらねばと工夫を」

「何が乙女だ小癪なことを……!」

「あっはっはっは。……もちろん全部飲んでくれるの? 優しいダンナ殿は?」

またまたくるりと表情を変えて、しっとりした空気を纏う。

(残さないでー。全部飲んでー)

苦いチョコにも哀願されて、ダンナは渋々……本当に渋々と残りを飲み始める。

「苦い……苦すぎる……」

「チョコレートというものはな、」

ぴっと人差し指を一本立てて、妖刀先生は楽しげに言った。

「恋より甘いが」

ダンナは嫌そうな顔を隠そうともせず、先生に続く。

「愛には苦いってか? ……何が愛だよ畜生め」

毒づくダンナに、妖刀先生は本日一番の微笑みを送る。

それはなかなか魅力的で、大抵の男性を恋に落とせそうなものだった

「なかなか刺激的じゃろ?」

「やかましいわ」









TOP