「明日はテストね。勉強はかどってる? 私は今回はちょっと自信あるかも……」
「テスト?」
俺が帰り支度をしていると、隣の席の委員長に声をかけられた。
この委員長という娘、一年の時から同じクラスなのだが、なかなか感じの良い娘で、二人で話すことも良くある。
一緒に弁当を食べることもよくあるので、個人的には脈アリかも、とか思ってる。
まぁそんな積極的にどうこうしたいとかは思ってはいないが。
ちなみに彼女は別に何の委員長でもない。
見た目が眼鏡かけてて真面目そうで『委員長っぽい』から俺が勝手に呼んでいるだけである。
「テストとな」
それはさておき、再度問い返す俺。何の話だ。
「な、何でそんな不思議そうな顔をしてるの。明日は定期テストでしょ」
「……」
ケータイを開き、今日の日付を確認してみる。
……ああ。ああ、そうか。
や……。
「やっちまった……」
いやむしろ何もやってないのが問題か、この場合。
「テスト来週かと思ってた……」
「えええ!?」
俺より良いリアクションを見せてくれる委員長。
「故に何もやってない!」
委員長のリアクションに負けないように胸を張ってみせる。
「どうするの? 何とかなりそう?」
「何ともならんな! 諦める!」
見てて可哀想なくらい心配そうな様子の委員長を安心させるため、自信たっぷりに言い放ってみる。
「諦めないでぇぇぇ」
何故か必死な様子の委員長にとりあえず親指を立てて見せて、俺は鞄を肩に担ぐ。
「冗談だっつの。まぁせいぜい一夜漬けで命を繋いでみせるぜ」
「あ、待って待って! 一夜漬けするくらいなら……」
俺を引きとめた委員長はそこでいったん言葉を切り、深く深呼吸をした。
「よ、良かったら私と勉強しない? 分からないところあったら教えてあげられるし」
「ありがたいけど、委員長に負担かけるのは悪いから遠慮しとく」
何故か顔が赤くなっている委員長の言葉に即断で断る俺。
毎度毎度学年でも上の方にいる委員長の足を引っ張るのは可哀想だろう。
ちなみに俺は毎回欠点ギリギリ。
しかし目の前の委員長が傷ついた顔をしているような気がするのは俺の勘違いだろうか。
「そ、そんな迷惑なんかじゃ……ない……んだけどな……」
委員長の言葉はどんどん小さくなっていって、語尾などはほとんど聞き取れなかった。
むう、言いたいことがあるならはっきり言って欲しいもんだな。
それに今日の俺には時間がないしな。
「じゃ、俺は帰るんで。また明日な」
「う、うん……。また……ね」
……委員長、大丈夫か? 何でそんないきなり元気なくなってんだ?
体調が悪いのかもしれん、とは思ったが……。
まぁもう放課後だし他に女子もいるから俺は何にもしないで構わんだろう。
委員長の身体が何事もないように、一応心の中で祈っといてから教室から立ち去った。
「さて、どうするか……」
俺は自室にて、腕を組んで考え込んでいた。
明日はテスト。
勉強はしてない。
一夜漬けするにもどこから手をつけたらいいのやら。
(その道のプロに訊けばいいじゃない)
胸ポケットに入れていたシャーペンが声をあげる。
(あの女に頼っても良かったと思うけど、アンタにはもっと頼りになるのが身近にいるでしょ?)
ここで軽く説明をしておこう。
俺にはちょっと変な特技ある。
そこら辺の路傍の石ころから、動植物とまで、何とでも会話をすることができるのだ。
何でこんなことが出来るのかは俺も知らん。
あと、俺にしか見られてない時だとモノが自分の意思で動くことも多々。
おかけで俺は一人でメシが喰えん。逃げられるから。
……閑話休題。
「頼りになるのって?」
(バカねぇ。専門家がいるでしょ)
勉強の……専門家……。
……はっ!
(ふふん、気付いたようね?)
「うむ。その手があったか! カモン! マイ教科書!」
俺が気合を入れて声を上げると、通学用の鞄と机の本立てから、何かが羽ばたきながら飛んできた。
教科書たちである。
ページを翼のように羽ばたかせて彼ら? は俺の目の前に着地すると、綺麗に並んだ。
その中から代表して数学の教科書が口を開く。
(ふふふ。高校生活二年目にして、ようやく我らに頼ることを思いついたようですな、主殿)
「うむ。盲点だった。……ていうかお前ら乗り気か? もしかして」
(乗り気も乗り気! あの教師などという人種よりは我らの方が遥かに巧くお教えすることが出来ますぞ!)
教科書は興奮気味にばたばたとページをはためかす。
「助かる、助かるなぁ! じゃあ頼んじゃっていいかな」
(むしろ寝かせませんぞ!)
「ほ、程ほどに頼むっ」
「……ねぇ。そろそろ起きなきゃっ」
「……はっ」
ここは……。
「ここはどこだ?」
「何言ってるの? ここは教室よ」
何故か目の前にいた委員長の言葉に俺は周りを見渡してみる。
……うむ、確かに教室だな。
さっきまで自分の部屋で教科書たちに絞られてたハズなんだが。
何時の間にか机に突っ伏していたようだ。
思いながらケータイを開いてみると、一晩過ぎていた。
もうテスト開始十分前。
(アンタが昨晩、力尽きて寝ちゃったからみんなでガンバッて運んできてあげたのよ?)
いささか混乱していた俺に胸ポケットのシャーペンが声をかけてくれた。
「……どゆこと?」
小声で尋ねてみる。
(だから。寝ちゃってたアンタを、制服と靴に自力で動いてもらってここまで運んできたのよ)
(そゆこっとすよダンナ)
(大変だったんすよー?)
シャーペンの言葉に続いて制服と靴が喋る。
……さぞかしカックンカックンとした動きだったんだろうなぁ、俺。
でも助かった。
「うう。苦労かけるなぁ、お前ら。助かるよ」
((お安い御用で!))
俺が感激に咽び泣いていると、目の前の委員長は分からないといった様子で尋ねてきた。
「な、何でいきなり目を潤ませてるの? ……もしかして勉強全然できなかったとか?」
「何を仰る委員長。……ちょっと待てよ」
昨晩の記憶が曖昧なので少し自信がない。
試しに歴史の教科書をぱらぱらと捲ってみる。
おっ、結構いけるかも。
「四割はいける!」
「……それ以下だったら欠点だからもっと頑張ってね。……あっチャイム鳴っちゃった」
「まぁお互い頑張ろうぜー」
「ありがとう、頑張ろうね」
委員長も自分の席に戻り、担当の先生がやってくる。
はてさて解けるものかな……っと配られた用紙を受け取り、シャーペンを固く握り締める。
(いたいっ。もっと優しく握りなさいよ、もう)
……いろいろ気を使うなぁ。
ま、気を取り直して。
問題用紙をじっと読み……読み……読んで……読み込んで。
「答え教えてくれない?」
ちょっと問題用紙に話し掛けてみた。
(あはは。ボクに言われても解らないナー。解答用紙クンに訊いておくれヨー)
「……いや。訊いた俺が悪かった」
自力でやるしかないか。
それにしてもこういう方面にはまるで役に立たん能力だな……あーあ。